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戦争編〜第三章〜

第166話 台風の暴風域

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 クアドラード王国のファルシュ領、国境付近。

 トリアングロ連合軍の猛攻を無事食い止めたクアドラード王国軍に彼らは居た。

「…………」

 周囲と距離がある。物理的な意味で。
 誰も近寄れない雰囲気を持つ男が1人、ローク・ファルシュである。

 纏う気配は怒気。
 一応前線の将であるヴォルペールが1番近い距離にいるとはいえ、最低1mは離している。だって怖いもん。

「(拝啓、天国の母さんへ。俺はもしかしたら死ぬかも知れません、身内おじの手によって)」

 空の上からヴォルペールの母親が『王族にとって血の繋がりこそ敵でしょ、殺られる前に殺れ』と言った気がした。無理言わないでください。



 そんな彼らの元に、1人の奴隷がやってきた。
 逃げ出さない様に魔法でガッチガチに固められたリィンの奴隷。トリアングロ王国の陸軍に所属するシュランゲである。

 王都にいるシュランゲを出せと言われてから約2日後である。その為に派遣された騎士は、もう、めちゃくちゃ頑張ったのだ。
 通常の迂回路で片道半月、魔法を用いた軍事強行で片道2日の所、なんと1日にまで短縮した。命令を出したヴォルペールでさえ5日はかかると思っていたのだから脅威のスピードである。


「これはこれはファルシュ辺境伯様。お久しぶりで、ございます」
「御託は良い。彼女をどこへやった」

 殺気。

 あんまりにも容赦のない叩きつけ方にクアドラード騎士及び冒険者は気配に威圧されて吐き気を催した。味方になんてことを。

「ほっほっほっ、はてさて、検討もつきますまい」

 そんな中、拘束具をつけまま佇まいを正し、なんてことない顔をしてシュランゲがほけほけと笑った。

「貴方様のご息女をいち奴隷身分のじじいが行動を縛れるとお思いですかな、いやはや、無茶を言いなさる」

 そう、止められないのである。勝手に裏切りの王城へ向かったご主人を、止められないのである。止めなかったとも言うが。


 ロークもシュランゲも、リアスティーンがリィンであることを知っている。互いに知っていることを理解してはいるが、周りに人の目も耳もあるため、突っ込んだ話をできないのだ。
 例えばシュランゲがロークの娘のことをご主人様、と呼ぶなど。

 シュランゲの主人がFランク冒険者だと知る人間は居るだろうと踏んだ。そこの王子がまさにそうです。

 まぁ最もらロークはシュランゲの主人がリィンであることを知らないのだが、この場では意味の無い情報だろう。

「……。いいかい、あの娘はとても馬鹿だ」

 突然の罵倒にシュランゲの目が開く。

「あと変なところで素直な癖にあくどい。それに普通の人間と違い重りを抱えている。だけど、魔法に優れていて非常に貴族らしい子だ」

 そう言えば深窓の令嬢とか噂を聞いたな、言語的な重りかな、なんてシュランゲは考えた。
 概ね正解である。生きていくにはちょっとデメリットが大きいです。

「舐めるなよ、トリアングロ。嵌めた、なんて思うなよ。私の娘は私より遥かに強い子だ。あの子は人を巻き込む、私と違って。どれだけ負けようと、どれだけ騙されようと、ねちっこいぞ、あの子は」

 シュランゲは目を閉じた。

「…………存じ上げております」

 巻き込まれた側の人間は納得しか出来ない。願うのは祖国の勝利、だが、主人の敗北が想像出来ないシュランゲだった。



「この親にして子あり、ってことかぁ…………」

 おっそろしいな。そばで耳を立てているヴォルペールは小さく呟いた。
 会いたいような会いたくないような。というか親がこんだけハチャメチャなんだから娘に会ったら俺どんなトラウマを負わされるんだろう。

 そんなことを思いながらヴォルペールは視界の奥に映る運命の視界を覗き見た。

 なんか幹部っぽいのが目の前に見えるんだけど、どうすっかな~~~~。


 既にトラウマを負わされていることに気が付かないまま、迫り来る胃痛に身を任せた。




「…………。ねぇ」
「気にするな」
「……分かってる、気にしてないわ。えぇ微塵も」

 そんな修羅場を眺める騎士の中に、眉間に皺を寄せた男女がいた。



 ==========



 トリアングロ王城。
 現在トリアングロは突然の広範囲攻撃魔法に復旧作業を急がせていた。


 2日前、4つの隕石がトリアングロ王国の王城に降り注いだ。
 的確に、命とも言える場所を狙って。

 ひとつは外壁に直撃した。
 ひとつは城の一角に。ひとつは厩舎に。ひとつは中庭に。

 最も、中庭で魔石抑圧魔導具を管理し守護するエルフは国の心臓を魔法で守りきったが。

「──やめろ……っ!」

 王城の一室で窓にしがみついて空に吠えた男が1人。

「やめろ、やめろ! 俺の努力を……! 無駄にするなっ!」

 ライアルディ・ルナール。
 コツコツと積み重ねたスタンピードをたった1人の少女にぐしゃぐしゃにされた男である。

 リィンが使った魔法はサイコキネシスによる疑似隕石であって、地魔法のメテオとは違うのだが、魔法に馴染みのないトリアングロ国民には違いなど分からない。

 大地から浮かび上がる岩。
 畑が潰れ兵糧攻めという目的は達成出来たものの、魔物による惨殺はなかった、そんな失態を嫌ってほどに思い出させてくれる。
 ひとつひとつが、ルナールの心を奪う。

『──ねぇライアー。コンビ、組まぬ?』

 耳の奥で甘ったるい声が響く。
 地面に落ちた地響きで、体が震えた。

 ルナールは無駄な努力が嫌いだ。必要のない物は捨てるし、そもそも買わない。娯楽も、嗜好品も何もかも。
 だから無駄にされた努力を恨み続ける。

『ライアー』

 覚えている。忘れられるわけが無い。

 吸い込まれそうな程の黒い目は、ペインと似て言葉を探るようだった。嘘なのか、真実なのか。存在を探るような目。背中が冷たくなった。子供がそんな目をするものか。

『ライアー寝心地悪き』

 光を浴びた金髪はキラキラと輝いていた。ぴょこぴょこと揺れる2つ結びの髪は、掬い取るとはらりと落ちた。あの金に、青のリボンが結ばれ始めたのは筋肉痛で起きた朝だ。


『──ほら見るすてライアー、似合うですぞね?』

 ……。『似合うかな?』などと問いかけるのではなく『似合うに決まってるよね?』って言い方だったな、あれ。


 思えばあの子供は、徹底的とも言えるほど自分のことを話そうとしなかった。探りかけてものらりくらりと交わしていた。異世界人では無い、過去がある。

『私、ライアーとコンビぞ組むしていたいので』

 腹の探り合いが要求される交渉の場で、よくもまぁその口調で口が回るものだ、と感心した。この子供を味方に引きこめれば便利だろうと思った。


 覚えている。全て。

 ただの使えるやつならともかく、リィンは自分本位だった。年相応にいい子ちゃんであったのならばお断りだった。だがリィンはそうではなかった。
 光の中で育ったような表情を、笑顔をする。そのくせ性根が腐っていた。寒い中布団に潜り込むような、そんな心地良さ。



「──くっっっだらねぇ! 何もかも、気に入らねぇ!」

 現実でルナールが叫んだ。

 邪魔をされた事も腹が立つ、利用出来なかった事も腹が立つ。

『お前は……俺の味方で居てくれるよな………?』

 春の寒さは秋の寒さに似ていた。
 王都に向かう最中、ライアーはリィンに問いかけた。

 あの時頷いていれば、スタンピードを無駄にされたことにお釣りが来る程の挽回が出来たのに。あれだけの存在をトリアングロに、自分に付けれていれば! 思い通りに操れていれば!

 なのに!

『ライアーが私を裏切らぬ限り、味方くらいはしてあげますぞ』

 リィンはそう言った。

『なんだ、簡単な条件じゃねェか』

 裏切るのは確定事項で。
 ──それを誓うには嘘が多すぎた。


「…………なんで、頷かなかったんだよ」

 最悪な気分だ。

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