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3章
麻耶の頼み
しおりを挟む片喰は倒れた麻耶を抱え上げて家に入れると自分のベッドに寝かせ、ルイの煎じ薬を無理やり口に詰め込んで飲ませる。あまりの昏倒具合に死んだかとも思ったが、浅く速い呼吸を繰り返していてまだ生きているようだった。
「こいつ、大変な熱だな……すげえ体が熱い」
「エクリプサーってそうなんだ。ずっと熱があるんだよ。とはいえ、高熱に吐血…肺機能もだめそうだったね。レイがいながらなんでこんなことに…」
心配そうによちよちとついてきたひよこは横幅がつっかえて部屋には入ってこられないようだ。片喰は可哀想にと押し込んでやるべくひよこの裏にまわり、そこで初めてひよこが担いでいるものが人間の足だと気がついた。
「うわっ…!」
「えっ、何?」
「このひよこ、足運んでるぞ…!は…いや、これは…」
足を引き摺り出そうと引っ張り、ひよこの毛の中から現れたものに言葉を失う。
片喰の悲鳴に近寄ってきたアスクも転がり出たものを見て息を呑んだ。
「…レイ……?」
ひよこの毛に埋もれて背負われていたのは、ぐったりと気を失ったレイだった。
すぐに呼吸を確認するが生きているようだ。
「な…なんでレイまで…?」
「ぴーぴっ、ぴぃー」
ひよこが何かを一生懸命に説明してくるが生憎アスクでも聞き取れないようだ。言葉がわからない以上、ひよこの身振り手振りなどいくら眺めてもわかるはずもない。片喰とアスクが困り果てているとベッドから小さな呻き声が上がった。
「う…ぁ……」
「ぴぃ~」
「たくあん……」
薬を処方されて目覚めた麻耶の声は掠れてはいるものの先程までよりはしっかりと出ている。片喰に押し込んでもらったたくあんと呼ばれたひよこは情けない声を上げながら麻耶に駆け寄った。
背中に乗せられていたレイは落とさないように走って器用なひよこだ。
「エクリプサー。少しでも変な動きをすれば殺すよ。そのままベッドの上で話だけ続けて。内容によっては即刻追い出す」
アスクは片喰と麻耶の間に入って凄む。
麻耶は緩慢な動きで身を起こすと頷き、たくあんにレイごとベッドに乗るように指示すると首を垂れた。
「ルイに…会わせてほしい。レイの治療を、頼みたいンだ」
「……はあ!?どの口が…っ!」
咄嗟に吠えたアスクを片喰が片手で制する。
アスクの鱗からは白いもやが湯気のように立ち上り、怒りのあまり魔力が吹き出しているようだった。
制止をした片喰に沸騰した血の池の瞳を向けて身を捩る。
「かたばみ!なんで…!こいつ、こいつ…!」
「わかってる。…こんな頓珍漢な頼み、普通はないだろ。殺されてもおかしくないところに死にかけで来てる…よっぽどの理由だろ」
片喰の声も低く震えていることに気が付き、アスクは渋々怒りをおさめる。一番泣き叫んで麻耶を八つ裂きにしたいのは片喰のはずだ。この数ヶ月の精神状態では、今ここでこの瞬間に何もかもが崩壊してもおかしくはない。それでも勤めて冷静であろうとする片喰を差し置いて怒り狂うことがアスクにはできなかった。
「……レイに、何があった?」
低く小さく尋ねる片喰に、麻耶は頭も上げないままベッドのシーツを皺になるほど握りしめる。
「……この通り、最近のレイは…ほとんどの時間を死んだように昏倒してンだ…理由はわかってる。……悪化する俺の病気を、ずっと移し身し続けてるからだ…」
たくあんの上に寝かされているレイは麻耶と同じように発熱からくる不健康な頬の高揚をしている。滲んだ汗からも浅い呼吸からも、意識が朦朧とするほどの高熱が出ていることは一目瞭然だ。
片喰は古城で見たルイの能力を思い出していた。
「俺ァ…もう、多分、寿命だ。こんな体に生まれて、誤魔化し誤魔化し生きてンだ…いつ死んだって構わねェよ。でも、レイは死なせられねェ。家族まで迫害される前にと国を出たガキだった俺を、拾ってくれたレイに……こいつが、俺のために死ぬこたァ俺が許せねェ……」
片喰とアスクは相槌を打つこともなく途切れ途切れの麻耶の話を聞いている。
よく考えればレイと麻耶についてはゲームに設定がないため、彼らがどういう存在なのかは全く初めて知ったことだった。
「これ以上はもう二度と、レイがどう言っても移し身はさせねェ…次にレイが移し身の浄化を終えたら、俺ァもうレイの元を去る…でも、もう数週間このままだ…!浄化が間に合ってねェんだ…!」
「それで、ドクターに診てほしいって?知らないよ。自業自得でしょ」
アスクは冷たく言い放った。
麻耶は何も反論できずに悔しげにシーツを握りしめる。指に爪が食い込んでシーツに血が滲んだ。
自業自得だと言われれば何も言い返すことはできない。実際、麻耶の病状が進んだのはルイを攫うための交戦で力の暴走を繰り返したからだ。ルイをそばに置きたいというのはレイが望んだこととはいえ、レイの自分では埋めることができない底知れぬ寂しさを見かねて実行したのは麻耶である。
現状は、レイと麻耶ふたりの自業自得で引き起こされたもので間違いがない。
頭を下げたまま震えて黙りこくってしまった麻耶を、片喰は哀れなものを見る目で見つめる。
自分よりも年若くして治ることのない奇病に体を蹂躙され、いつ死んでもおかしくないという命を繋ぎ続けてくれている恩人を今まさに自分のせいで亡くそうとしているところだ。
高熱を出した状態で雪の中を古城から診療所まで来て、着物を脱ぎ捨てて肌を晒し、血を吐きながら訴える麻耶の必死さを片喰は無碍にはできなかった。
「……麻耶、だったな。俺はお前を許していないが、それとルイへの頼みはまた別案件だ…ルイが判断すべきだと思う」
「…じゃあ……」
「でも、したくてもルイの判断は確認できねえんだ。あの時から、ルイは……一度も、目覚めてないんだ」
感情を押し殺した片喰の声に麻耶がはっと顔をあげる。
部屋着の片喰の袖から揺らめく紫の糸がのぞいた。それは、ルイの治療が進んでいない証拠でもある。
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