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2章 一人のアルファで一人の兄で
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狭い茶室では少し息苦しくなり、長谷川と潤は庭に出てきた。
陽の光の下で長谷川の和装姿を、潤はまじまじと見つめる。ぴんと背筋が伸び凜々しさを感じるその背中は、とても七十に近い年齢とは思えない。
長谷川家の庭は、まだ真冬であることからも少し寒々しさを感じたが、一角に椿と梅が植えられており、そこばかりは華やかでわずかな春の香りを感じ取れた。
国をも巻き込んだ、新しい治療法の確立。それがペア・ボンド療法の最終目的であることは分かった。
確かに、一昨年メルト製薬によって、フェロモン誘発剤「グランス」が上市されて、それ以前と比べると、アルファ・オメガ領域……いや、厳密に言うならオメガのフェロモン治療が根本から変わったといってもいいだろう。
それほどまでに、医療的なインパクトが大きな薬剤の登場だった。
早咲きの梅の木を眺めながら長谷川は潤に語り掛ける。
「まずは番と死別したオメガでしたが、これはおおむね良好な結果が得られたと言っていい。次なるステップは番に捨てられたオメガです。おそらくここも医療的なニーズが高く、患者数も多い」
潤も頷いた。
アルファとオメガの番契約は、アルファがオメガの項を噛むことによって成立するが、その契約の破棄はアルファのみが可能とされる。オメガと番契約を結んだとしても、アルファ側は他のオメガと番うことができるうえ、気持が離れてしまった、他に相性の良い番に出会ってしまったなど、そのオメガと番う理由が無くなってしまった場合は、一方的に破棄することができる。
一方、オメガはその生涯で番うことができるアルファは一人と言われている。自分の半身とも例えられる番に捨てられたオメガは、その後どうなるか。
番を失ったオメガは心身ともにひどく不安定になるケースが多い。それは死別したオメガと同様で、QOLも下がり、数年後の生存率にも影響するといわれる。死別にしろ離別にしろ、オメガにとって番を失うのは、生きていくことも困難になるほどの喪失なのだ。
「番と離別するという筆舌に尽くし難い経験を経て、なお新たな生きる道を見つけられたオメガには、その選んだ道を全うして欲しいと思うんです」
アルファに捨てられたオメガのその先は、一般的には無残なものだが、それをペア・ボンド療法で救うことができれば、それはとても価値のあることに違いない。
潤も無言で頷いた。
「アルファに捨てられたオメガの体調の変化は、番と死別したオメガ同様に、かなり精神的肉体的に厳しいと聞いています。番った相手と天寿を全うできれば幸せですが、そうとも限らない。その場合のオメガの救済は必要で、医療ニーズとしても高いと思います」
潤の脳裏に颯真の姿が過ぎる。
これまで自分が誰かと番うなんてことを考えたこともなかった。しかし、今は自分と番いたいと思ってくれる相手がいる。
もちろん、これが颯真に該当するわけではない。もし颯真と番ったとしても、彼が別の相手を見つけて自分を見捨てることはないと思いたい。
潤の中では、それまではどこかで他人事のように思っていた「アルファとオメガが番う」という生理的な行為が、颯真の存在によって、突然現実味を帯びてきたのだ。だからなおさら番に捨てられたオメガの嘆きと悲しみは、身に迫るものがある。
「話を戻しましょう」
空気が沈んだのを素早く察した長谷川が話を戻す。
「御社はアルファ・オメガ領域でプレゼンスを確立していますが、なぜ御社なのかと疑問に思われているかもしれません」
潤はあえて反応をしなかったが、長谷川は振り返る潤を見た。視線が交差し、それを肯定したと捉えたのか長谷川は話を続ける。
「御社が一昨年からフェロモン誘発剤のキット製剤として開発を進めている開発コード番号M203を、我々はとても興味深く見ています」
潤は長谷川に向き合う。
「まだ申請前の薬剤ですよ?」
「それでも、キーオープンを迎えられたと伺いました。順調に解析が進めばさほど掛からずに、厚生労働省に承認申請が可能でしょう」
それには潤も頷いた。
「よくご存じで」
グランスに続くフェロモン誘発剤として開発を進めているM203は、昨年の年末に第三相臨床試験を終え、解析を進めているところ。なるべく早く厚生労働省に承認申請を行う予定だ。
メルト製薬がM203に興味を示しているのは、昨年末に大西から簡単にだが聞いている。
「あのキット製剤……もちろんフェロモン抑制剤の効果も含めて可能性があると感じています。M203の治験には誠心医科大学病院も参加されたと聞き及んでいますが、感触は悪くはないという声を聞きます」
調査がエグい。
M203は自己注射剤だ。フェロモン促進剤が充填された自己注射剤と中和剤がセットになっている。
グランスは注射剤と錠剤が販売されており、用途に応じて使いやすくなったといわれているが、やはり即効性といえば注射剤。しかし、そのアクセスが難しいといわれている。アルファ・オメガ科が設置された病院は地域の中核となる大病院が多く、オメガの中にはいくつも電車をいくつも乗り継いで通う人も少なくないためだ。
そんななか通院でこの薬剤を使うのは難しい場合も想定される。帰宅途中で薬剤の効果が出始めて発情期が起きてしまえば身を危険に曝すことになる。
森生メディカルが目を付けたのはこの点だ。発情期を起こすのであれば、リラックスできる自宅が最適だ。発情しても安全な場所でオメガ本人(もしくは番のアルファ)が投与できれば理想だ。
M203はそのニーズに応えるべく開発されている薬剤だ。しかも誤投与のリスクも想定し、中和剤も開発している。
「今日明日の話ではなく、今後、ペア・ボンド療法が広がっていく際に、選択肢は多い方が良いに決まっています。
番に捨てられ疑心暗鬼になっているオメガの投薬治療としては、自宅で自分……もしくは番候補のアルファが投与する薬剤というのはとてつもなく安堵感があり、薬剤の効果にも影響する」
長谷川は潤に向き合う。
「それは、ペア・ボンド療法の成功率が左右されるほどだともいわれています」
潤も頷いた。
「実際にそのような試験も並行して行っています。この薬剤が新たな可能性を広げ、医療に貢献できたらと……」
「だから、ペア・ボンド療法で、このM203を提供していただくことはできませんか」
そのため共同研究者としての参加をお誘いしているのです。
長谷川の表情は真剣で、七十を目前に迫った人間の目とは思えないほどの切れ味を持っていた。
「週末、長谷川社長の感触はいかがでした?」
週が明けた月曜日の昼過ぎ、ミーティングを終えて社長室に戻ってきた潤を、早々に捕まえたのは副社長の飯田だ。
挨拶もそこそこにそう切り出したというのは、飯田自身が長谷川社長との面談内容がよほどに気になっている証左だ。当然だろうなと潤も思う。
「大西さんが到着されてから、話しましょう」
長谷川から得てきたことを飯田と共有するのは当然だが、大西にも知ってほしいことでもある。先程、相模原の研究所から品川本社に向かっているという連絡を受けたので、大西の到着を待ってから相談することになった。
大西の到着はその一時間後。
着いてすぐの大西と飯田、社長室の応接セットに腰掛け、江上が同席した。
「誠心医科大学病院のペア・ボンド療法ですが、どうも厚労省も絡んだ官民学の研究のようです」
潤がそう切り出すと、大西と飯田はほう、と興味深げな反応を見せた。
「新しい治療法ですからね」
飯田がそう反応すると、大西も頷く。
「おそらく、アルファ・オメガ学会も関与しているのでしょうね」
行政機関に学術界、そして産業界が絡む大きなプロジェクトだ。
「長谷川社長の話は、端的に言えば我が社もM203を携えてペア・ボンド療法の適応拡大研究に参加してほしいとのラブコールでした」
そこで長谷川から聞いた話を、三人に話して聞かせた。
「なるほど」
そう切り出したのは飯田。
「かなりデリケートな話で、外でするには落ち着かない類のものですね」
長谷川が潤を自宅に呼んだ理由に納得していた。おそらくその理由はあるのだろう。同時に、潤は経営者として長谷川に見極められていたような気もする。
「社長はどのようにお考えですか」
大西の問いかけに潤は頷いた。
「社会的な貢献度は高い話だと思います」
その意見に異論はないようで三人は同時に頷いた。
「でもそれだけじゃなくて……」
非常に将来性のある研究だとは思うんです、と潤は印象を述べた。
オメガにとって治療手段が確立されるというのは、喜ばしいことだ、しかし、世の中は、ほとんどがベータで、オメガはアルファより少なく、ほんの一握り。経済的な視点で考えれば、さほどに市場規模が大きいわけではない。しかし、オメガの横には常にアルファがいるわけで、それを考慮すると、与えるインパクトはあるだろう。
ましてや、森生メディカルはアルファ・オメガ領域でプレゼンスを確立しつつある企業だ。この研究に参加することによる会社としての利益は大きい。
「ただ、それには負うリスクも大きいと思うんです」
具体的に挙げるならば、参加することによって企業と製品の存在感が確固たるものとなる、新しい標準治療の薬剤にM203が組み入れられるというのは、大きなメリットだ。
しかし、これには注目されることによるリスクも存在する。M203は承認はおろか申請さえ行われていない。この微妙な時期に、乗るべき話か否か。
潤は大西に向き合う。
「M203の進捗はどうなっています?」
「実はM203の担当者と相模原の研究所から一緒に戻ってきたのです。今下に居ますから、呼びましょう」
大西は立ち上がる。潤も思いあたるところがあった。
「……M203の担当者って」
「ええ、社長もご存じの」
口元に手を当てる。
「あの男か」
「今は半分はあちらだそうですが、今日は会合があるそうで。なに、一緒に仕事した仲じゃないですか」
連絡を取っていないのですか? と問われ、潤は言葉を濁した。
「久しぶりですか」
「まあね」
「なら丁度いい。内線お借りしますね」
大西が受話器を取り上げ、階下の開発部に連絡を入れた。しばらくすると、社長室のドアがノックされた。
「失礼します」
一礼して入室したのは、ダークグレーのスーツを身に纏う、背丈の高い男だった。
「藤堂」
潤の呼びかけに、その男は顔を上げる。懐かしい。数年前はほぼ毎日見ていた同僚で、戦友だ。
藤堂と呼ばれた男も、にかっと笑った。端整な顔立ち、というよりは、笑うと人懐っこさが見えるファニーフェイス。
「社長、お疲れ様です。お久しぶりっすね」
藤堂伊織といい、現在は大西の直属の部下だ。M203のプロダクトマネジメントを担当する、潤と同期の男だ。
陽の光の下で長谷川の和装姿を、潤はまじまじと見つめる。ぴんと背筋が伸び凜々しさを感じるその背中は、とても七十に近い年齢とは思えない。
長谷川家の庭は、まだ真冬であることからも少し寒々しさを感じたが、一角に椿と梅が植えられており、そこばかりは華やかでわずかな春の香りを感じ取れた。
国をも巻き込んだ、新しい治療法の確立。それがペア・ボンド療法の最終目的であることは分かった。
確かに、一昨年メルト製薬によって、フェロモン誘発剤「グランス」が上市されて、それ以前と比べると、アルファ・オメガ領域……いや、厳密に言うならオメガのフェロモン治療が根本から変わったといってもいいだろう。
それほどまでに、医療的なインパクトが大きな薬剤の登場だった。
早咲きの梅の木を眺めながら長谷川は潤に語り掛ける。
「まずは番と死別したオメガでしたが、これはおおむね良好な結果が得られたと言っていい。次なるステップは番に捨てられたオメガです。おそらくここも医療的なニーズが高く、患者数も多い」
潤も頷いた。
アルファとオメガの番契約は、アルファがオメガの項を噛むことによって成立するが、その契約の破棄はアルファのみが可能とされる。オメガと番契約を結んだとしても、アルファ側は他のオメガと番うことができるうえ、気持が離れてしまった、他に相性の良い番に出会ってしまったなど、そのオメガと番う理由が無くなってしまった場合は、一方的に破棄することができる。
一方、オメガはその生涯で番うことができるアルファは一人と言われている。自分の半身とも例えられる番に捨てられたオメガは、その後どうなるか。
番を失ったオメガは心身ともにひどく不安定になるケースが多い。それは死別したオメガと同様で、QOLも下がり、数年後の生存率にも影響するといわれる。死別にしろ離別にしろ、オメガにとって番を失うのは、生きていくことも困難になるほどの喪失なのだ。
「番と離別するという筆舌に尽くし難い経験を経て、なお新たな生きる道を見つけられたオメガには、その選んだ道を全うして欲しいと思うんです」
アルファに捨てられたオメガのその先は、一般的には無残なものだが、それをペア・ボンド療法で救うことができれば、それはとても価値のあることに違いない。
潤も無言で頷いた。
「アルファに捨てられたオメガの体調の変化は、番と死別したオメガ同様に、かなり精神的肉体的に厳しいと聞いています。番った相手と天寿を全うできれば幸せですが、そうとも限らない。その場合のオメガの救済は必要で、医療ニーズとしても高いと思います」
潤の脳裏に颯真の姿が過ぎる。
これまで自分が誰かと番うなんてことを考えたこともなかった。しかし、今は自分と番いたいと思ってくれる相手がいる。
もちろん、これが颯真に該当するわけではない。もし颯真と番ったとしても、彼が別の相手を見つけて自分を見捨てることはないと思いたい。
潤の中では、それまではどこかで他人事のように思っていた「アルファとオメガが番う」という生理的な行為が、颯真の存在によって、突然現実味を帯びてきたのだ。だからなおさら番に捨てられたオメガの嘆きと悲しみは、身に迫るものがある。
「話を戻しましょう」
空気が沈んだのを素早く察した長谷川が話を戻す。
「御社はアルファ・オメガ領域でプレゼンスを確立していますが、なぜ御社なのかと疑問に思われているかもしれません」
潤はあえて反応をしなかったが、長谷川は振り返る潤を見た。視線が交差し、それを肯定したと捉えたのか長谷川は話を続ける。
「御社が一昨年からフェロモン誘発剤のキット製剤として開発を進めている開発コード番号M203を、我々はとても興味深く見ています」
潤は長谷川に向き合う。
「まだ申請前の薬剤ですよ?」
「それでも、キーオープンを迎えられたと伺いました。順調に解析が進めばさほど掛からずに、厚生労働省に承認申請が可能でしょう」
それには潤も頷いた。
「よくご存じで」
グランスに続くフェロモン誘発剤として開発を進めているM203は、昨年の年末に第三相臨床試験を終え、解析を進めているところ。なるべく早く厚生労働省に承認申請を行う予定だ。
メルト製薬がM203に興味を示しているのは、昨年末に大西から簡単にだが聞いている。
「あのキット製剤……もちろんフェロモン抑制剤の効果も含めて可能性があると感じています。M203の治験には誠心医科大学病院も参加されたと聞き及んでいますが、感触は悪くはないという声を聞きます」
調査がエグい。
M203は自己注射剤だ。フェロモン促進剤が充填された自己注射剤と中和剤がセットになっている。
グランスは注射剤と錠剤が販売されており、用途に応じて使いやすくなったといわれているが、やはり即効性といえば注射剤。しかし、そのアクセスが難しいといわれている。アルファ・オメガ科が設置された病院は地域の中核となる大病院が多く、オメガの中にはいくつも電車をいくつも乗り継いで通う人も少なくないためだ。
そんななか通院でこの薬剤を使うのは難しい場合も想定される。帰宅途中で薬剤の効果が出始めて発情期が起きてしまえば身を危険に曝すことになる。
森生メディカルが目を付けたのはこの点だ。発情期を起こすのであれば、リラックスできる自宅が最適だ。発情しても安全な場所でオメガ本人(もしくは番のアルファ)が投与できれば理想だ。
M203はそのニーズに応えるべく開発されている薬剤だ。しかも誤投与のリスクも想定し、中和剤も開発している。
「今日明日の話ではなく、今後、ペア・ボンド療法が広がっていく際に、選択肢は多い方が良いに決まっています。
番に捨てられ疑心暗鬼になっているオメガの投薬治療としては、自宅で自分……もしくは番候補のアルファが投与する薬剤というのはとてつもなく安堵感があり、薬剤の効果にも影響する」
長谷川は潤に向き合う。
「それは、ペア・ボンド療法の成功率が左右されるほどだともいわれています」
潤も頷いた。
「実際にそのような試験も並行して行っています。この薬剤が新たな可能性を広げ、医療に貢献できたらと……」
「だから、ペア・ボンド療法で、このM203を提供していただくことはできませんか」
そのため共同研究者としての参加をお誘いしているのです。
長谷川の表情は真剣で、七十を目前に迫った人間の目とは思えないほどの切れ味を持っていた。
「週末、長谷川社長の感触はいかがでした?」
週が明けた月曜日の昼過ぎ、ミーティングを終えて社長室に戻ってきた潤を、早々に捕まえたのは副社長の飯田だ。
挨拶もそこそこにそう切り出したというのは、飯田自身が長谷川社長との面談内容がよほどに気になっている証左だ。当然だろうなと潤も思う。
「大西さんが到着されてから、話しましょう」
長谷川から得てきたことを飯田と共有するのは当然だが、大西にも知ってほしいことでもある。先程、相模原の研究所から品川本社に向かっているという連絡を受けたので、大西の到着を待ってから相談することになった。
大西の到着はその一時間後。
着いてすぐの大西と飯田、社長室の応接セットに腰掛け、江上が同席した。
「誠心医科大学病院のペア・ボンド療法ですが、どうも厚労省も絡んだ官民学の研究のようです」
潤がそう切り出すと、大西と飯田はほう、と興味深げな反応を見せた。
「新しい治療法ですからね」
飯田がそう反応すると、大西も頷く。
「おそらく、アルファ・オメガ学会も関与しているのでしょうね」
行政機関に学術界、そして産業界が絡む大きなプロジェクトだ。
「長谷川社長の話は、端的に言えば我が社もM203を携えてペア・ボンド療法の適応拡大研究に参加してほしいとのラブコールでした」
そこで長谷川から聞いた話を、三人に話して聞かせた。
「なるほど」
そう切り出したのは飯田。
「かなりデリケートな話で、外でするには落ち着かない類のものですね」
長谷川が潤を自宅に呼んだ理由に納得していた。おそらくその理由はあるのだろう。同時に、潤は経営者として長谷川に見極められていたような気もする。
「社長はどのようにお考えですか」
大西の問いかけに潤は頷いた。
「社会的な貢献度は高い話だと思います」
その意見に異論はないようで三人は同時に頷いた。
「でもそれだけじゃなくて……」
非常に将来性のある研究だとは思うんです、と潤は印象を述べた。
オメガにとって治療手段が確立されるというのは、喜ばしいことだ、しかし、世の中は、ほとんどがベータで、オメガはアルファより少なく、ほんの一握り。経済的な視点で考えれば、さほどに市場規模が大きいわけではない。しかし、オメガの横には常にアルファがいるわけで、それを考慮すると、与えるインパクトはあるだろう。
ましてや、森生メディカルはアルファ・オメガ領域でプレゼンスを確立しつつある企業だ。この研究に参加することによる会社としての利益は大きい。
「ただ、それには負うリスクも大きいと思うんです」
具体的に挙げるならば、参加することによって企業と製品の存在感が確固たるものとなる、新しい標準治療の薬剤にM203が組み入れられるというのは、大きなメリットだ。
しかし、これには注目されることによるリスクも存在する。M203は承認はおろか申請さえ行われていない。この微妙な時期に、乗るべき話か否か。
潤は大西に向き合う。
「M203の進捗はどうなっています?」
「実はM203の担当者と相模原の研究所から一緒に戻ってきたのです。今下に居ますから、呼びましょう」
大西は立ち上がる。潤も思いあたるところがあった。
「……M203の担当者って」
「ええ、社長もご存じの」
口元に手を当てる。
「あの男か」
「今は半分はあちらだそうですが、今日は会合があるそうで。なに、一緒に仕事した仲じゃないですか」
連絡を取っていないのですか? と問われ、潤は言葉を濁した。
「久しぶりですか」
「まあね」
「なら丁度いい。内線お借りしますね」
大西が受話器を取り上げ、階下の開発部に連絡を入れた。しばらくすると、社長室のドアがノックされた。
「失礼します」
一礼して入室したのは、ダークグレーのスーツを身に纏う、背丈の高い男だった。
「藤堂」
潤の呼びかけに、その男は顔を上げる。懐かしい。数年前はほぼ毎日見ていた同僚で、戦友だ。
藤堂と呼ばれた男も、にかっと笑った。端整な顔立ち、というよりは、笑うと人懐っこさが見えるファニーフェイス。
「社長、お疲れ様です。お久しぶりっすね」
藤堂伊織といい、現在は大西の直属の部下だ。M203のプロダクトマネジメントを担当する、潤と同期の男だ。
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