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第54話・産休入り
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12月初旬。冬の気配が本格的になり始めた朝。
空気は凛としていて、窓の外には白い吐息がよく映えた。
詩織はいつも通りに目を覚まし、寝室のカーテンを少しだけ開ける。
怜司が用意してくれた加湿器の音が、静かに空間を満たしていた。
今日から、もう会社には行かない。
そう思うだけで、少し胸がざわつく。
「……おはようございます、怜司さん」
ダイニングへ行くと、怜司がすでに朝食を並べていた。
栄養バランスを考えた優しい和食。温かい湯気とともに、いつもの朝がそこにあった。
「おはよう。眠れたか?」
「……はい。少し緊張してましたけど、よく眠れました」
「なら良かった。今日からしばらくは、しっかり身体を労わってくれ」
怜司はそう言って、詩織の前にそっと椅子を引いた。
食卓に向かいながら、詩織は改めて“日常”が変わっていく実感をかみしめていた。
「……変な感じですね。平日の朝に、こうして落ち着いて座ってるなんて」
「今まではぎりぎりまで働いてたからな。しばらくは、ただの“妊婦”でいい」
「……“ただの”って、ずいぶん特別な立場ですよ?」
微笑みながら言うと、怜司も少しだけ口元を緩めた。
「確かに。“俺の子を抱えた妊婦”だ」
その言葉に、詩織の胸が一瞬だけ熱くなる。
お腹に手を添えながら、ふっと笑う。
「……じゃあ、“あなたの子の母”として、ちゃんと穏やかに過ごしますね」
「それが一番ありがたい」
怜司はそれだけを静かに言って、湯飲みのお茶を手渡してくれた。
産休入りの朝。
何も変わらないようで、何かが確かに変わりはじめた朝。
詩織の“新しい時間”が、静かに、けれど確かに動き出していた。
産休に入り、詩織の生活は大きく変わった。
朝は、怜司やばあやが用意してくれる食事をゆっくり摂り、無理のない範囲で家の中を歩く。
天気のいい日はバルコニーに出て、短い日向ぼっこをすることもあった。
「……こうしてのんびり過ごすのも、久しぶりだね」
手をお腹に当てながら、詩織はぽつりと呟く。
ばあやは台所から顔を覗かせて、ふふっと優しく笑った。
「詩織様はいつも走り続けてきましたから。ようやく、お腹の子とゆっくり向き合える時間ですよ」
「……うん。そうだね」
赤ちゃんは今日も、ぽこぽことお腹の中で小さく動いていた。
もう、ちゃんと命として、そこにいる。
週末。怜司が早めに仕事を切り上げ、詩織のために必要な入院グッズやベビー用品をチェックしてくれる。
「病院から指定されたもの、ここにまとめてある。足りないものがあれば、言ってくれ」
「……怜司さん、全部確認してくれたんですか?」
「当然だ。俺の子を産む場所だ。抜かりがあっていいはずがない」
詩織は思わず笑ってしまう。
少しだけ、肩の力が抜ける気がした。
「ありがとうございます。……でもなんだか、実感が湧いてきました。
本当に、もうすぐなんですね」
「ああ。……もう、すぐだ」
そう言いながら、怜司は詩織の髪にそっと手を伸ばし、撫でた。
(怖くないわけじゃない。むしろ、これからが一番怖い)
けれど、こうして怜司が側にいてくれること。
ばあやも、家族も、支えてくれること。
それが、詩織にとっては何よりの力になっていた。
ゆったりと過ぎていく日々の中で、
詩織は少しずつ「母になる準備」をしていく。
優しさに包まれながら、静かに、静かに――
その時を、待っていた。
空気は凛としていて、窓の外には白い吐息がよく映えた。
詩織はいつも通りに目を覚まし、寝室のカーテンを少しだけ開ける。
怜司が用意してくれた加湿器の音が、静かに空間を満たしていた。
今日から、もう会社には行かない。
そう思うだけで、少し胸がざわつく。
「……おはようございます、怜司さん」
ダイニングへ行くと、怜司がすでに朝食を並べていた。
栄養バランスを考えた優しい和食。温かい湯気とともに、いつもの朝がそこにあった。
「おはよう。眠れたか?」
「……はい。少し緊張してましたけど、よく眠れました」
「なら良かった。今日からしばらくは、しっかり身体を労わってくれ」
怜司はそう言って、詩織の前にそっと椅子を引いた。
食卓に向かいながら、詩織は改めて“日常”が変わっていく実感をかみしめていた。
「……変な感じですね。平日の朝に、こうして落ち着いて座ってるなんて」
「今まではぎりぎりまで働いてたからな。しばらくは、ただの“妊婦”でいい」
「……“ただの”って、ずいぶん特別な立場ですよ?」
微笑みながら言うと、怜司も少しだけ口元を緩めた。
「確かに。“俺の子を抱えた妊婦”だ」
その言葉に、詩織の胸が一瞬だけ熱くなる。
お腹に手を添えながら、ふっと笑う。
「……じゃあ、“あなたの子の母”として、ちゃんと穏やかに過ごしますね」
「それが一番ありがたい」
怜司はそれだけを静かに言って、湯飲みのお茶を手渡してくれた。
産休入りの朝。
何も変わらないようで、何かが確かに変わりはじめた朝。
詩織の“新しい時間”が、静かに、けれど確かに動き出していた。
産休に入り、詩織の生活は大きく変わった。
朝は、怜司やばあやが用意してくれる食事をゆっくり摂り、無理のない範囲で家の中を歩く。
天気のいい日はバルコニーに出て、短い日向ぼっこをすることもあった。
「……こうしてのんびり過ごすのも、久しぶりだね」
手をお腹に当てながら、詩織はぽつりと呟く。
ばあやは台所から顔を覗かせて、ふふっと優しく笑った。
「詩織様はいつも走り続けてきましたから。ようやく、お腹の子とゆっくり向き合える時間ですよ」
「……うん。そうだね」
赤ちゃんは今日も、ぽこぽことお腹の中で小さく動いていた。
もう、ちゃんと命として、そこにいる。
週末。怜司が早めに仕事を切り上げ、詩織のために必要な入院グッズやベビー用品をチェックしてくれる。
「病院から指定されたもの、ここにまとめてある。足りないものがあれば、言ってくれ」
「……怜司さん、全部確認してくれたんですか?」
「当然だ。俺の子を産む場所だ。抜かりがあっていいはずがない」
詩織は思わず笑ってしまう。
少しだけ、肩の力が抜ける気がした。
「ありがとうございます。……でもなんだか、実感が湧いてきました。
本当に、もうすぐなんですね」
「ああ。……もう、すぐだ」
そう言いながら、怜司は詩織の髪にそっと手を伸ばし、撫でた。
(怖くないわけじゃない。むしろ、これからが一番怖い)
けれど、こうして怜司が側にいてくれること。
ばあやも、家族も、支えてくれること。
それが、詩織にとっては何よりの力になっていた。
ゆったりと過ぎていく日々の中で、
詩織は少しずつ「母になる準備」をしていく。
優しさに包まれながら、静かに、静かに――
その時を、待っていた。
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