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番外編8・家族旅行ー後編ー
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「すごい、山の中にこんな旅館があるなんて……!」
車が静かに坂道を登り、旅館の敷地内へ入った瞬間、
詩織の声が弾んだ。
木造建築に瓦屋根。
静かな庭と、冬枯れの木々の中に凛と佇む高級温泉旅館。
駐車スペースまで案内してくれたスタッフがドアを開けると、
「おりるー!」と蒼生が元気よく手を伸ばした。
「はいはい、靴ちゃんと履いてから」
怜司が蒼生を降ろし、帽子をかぶせると、
彼は嬉しそうに「おふろー! おふろどこー!」と叫びながら、駆け出しかけた。
「ちょ、蒼生!? まって、走らないでっ!」
詩織があわてて追いかける。
怜司は苦笑しながら、スタッフに軽く会釈した。
ロビーへ入ると、木の香りと温かな照明に包まれる空間が広がっていた。
「すご……え、これが玄関……?」
詩織は感動のあまり、ぐるぐる見回している。
「おぉー……あれ、あれなに? おおきい!」
蒼生は蒼生で、飾ってある瓶のディスプレイに興味津々。
詩織が「それ触っちゃダメだよ!」と追いかけているうちに、
案内のスタッフが話していた場所を聞き逃しそうになる。
「あれ? どっちの廊下だっけ……?」
「こっち」
怜司が何も言わず、
スタッフのあとにさりげなく詩織の腕を取って導いた。
「……ありがとうございます」
詩織は少し照れながら小声で言った。
案内されたのは、離れ風の特別室。
広い和室に、座敷のリビング、奥には露天風呂がついている。
窓からは山々と木々の景色。
雪がちらほらと舞っていた。
「わ……! え、えっ、すごい……!」
詩織が両手で口元を押さえて感激している間に、
蒼生は早速畳に突っ伏してごろんごろん転がり始めた。
「たたみー! きもちいー!」
「蒼生、転がっちゃだめっ……あっ、ちょっと、怜司さん、止めてください!」
「無理だ。楽しそうだし、いいだろ」
「だ、だめです……写真撮りたいから一回起きて……!」
詩織はバッグからスマホを取り出し、
転がる蒼生を必死に追いかけながらシャッターを切っていた。
怜司はその光景を見ながら、そっと笑う。
「露天風呂も見てみますか?」
スタッフが声をかけてくれた。
外へ出ると、石造りの露天風呂が、白い湯気を静かに立ち上らせていた。
「わぁ……!」
詩織は、湯船の縁にそっと近づき、
指先で湯に触れて、ほっとしたように微笑んだ。
「怜司さん……これ、本当に、私たちが泊まっていいんですか?」
「泊まるんだよ。家族3人でな」
怜司のその一言に、詩織はもう一度、景色を見渡して
「……すごい」と呟いた。
夕食は、旅館の個室で用意されていた。
木のぬくもりのある部屋に、丁寧に並べられた懐石料理。
器のひとつひとつまで美しく、料理はどれも温かく香り高い。
「わ、これ……全部、食べるんですか……?」
詩織は席に着くなり、動揺していた。
「まだ前菜だけだ。落ち着け」
怜司が淡々と答えると、詩織はさらに目を丸くした。
「え、前菜……!?」
「ぼくのー!」
蒼生の前には、可愛い器に盛り付けられたキッズプレートが置かれた。
ハンバーグ、ミニうどん、プリン。
「すごーい! プリンあるー!」
「食べるのは最後な」
蒼生の第一声に、怜司が低く言うと、
「プリン……あとで……」と素直に切り替えた。
詩織は「うちの子……いい子……」と感動しながら、
自分の箸の持ち方をうっかり逆にしてしまい、怜司にそっと直されていた。
夕食のあとは、お風呂。
蒼生と一緒に湯船につかり、
ぽかぽかと温まりながら、詩織は「幸せってこういうことだなぁ」と小さく呟いた。
お風呂から上がったあとは、
疲れきった蒼生が布団に沈み込むように眠った。
「もう……寝ちゃった」
詩織がタオルで髪を乾かしながら、そっと布団をのぞく。
「かわいすぎて、写真……撮れない……」
「寝てるときが一番大人しいな」
怜司は冗談めかして言いながら、
寝息をたてる蒼生の小さな手をそっと握った。
夜。
窓の外には、静かに雪が舞っていた。
照明を落とした部屋で、詩織は湯上がりの肌着のまま、
怜司の隣で毛布に包まっていた。
「……今日、すっごく幸せでした」
ぽつりと呟く声に、怜司は振り向く。
「怜司さんと、蒼生と……こうして旅行できるなんて。
昔の私からは、想像もできなかったです」
「……そうか」
「……怜司さん、最初からこんな未来、考えてたんですか?」
「……ずっと前から」
怜司は詩織の手を取り、指を絡めた。
「最初から、君と蒼生は――俺の家族だったよ」
そっと抱き寄せ、額にキスを落とす。
詩織はじんわりと目を潤ませながら、
「……ありがとうございます」と小さく呟いた。
「……俺こそ、ありがとう」
怜司は、詩織の髪を撫でながら、
その柔らかなぬくもりに、そっと頬を寄せた。
「これからも、守る。詩織と、蒼生と、全部」
それは約束ではなく、宣言のようだった。
詩織は怜司の胸にそっと身を預け、
「……うれしいです」と呟いた。
毛布の中、ふたりの距離は自然に近づいていく。
眠る蒼生の寝息に包まれながら、
ふたりは静かに、あたたかく、愛を深めていった。
小さな旅の夜。
そこには、かけがえのない未来があった。
車が静かに坂道を登り、旅館の敷地内へ入った瞬間、
詩織の声が弾んだ。
木造建築に瓦屋根。
静かな庭と、冬枯れの木々の中に凛と佇む高級温泉旅館。
駐車スペースまで案内してくれたスタッフがドアを開けると、
「おりるー!」と蒼生が元気よく手を伸ばした。
「はいはい、靴ちゃんと履いてから」
怜司が蒼生を降ろし、帽子をかぶせると、
彼は嬉しそうに「おふろー! おふろどこー!」と叫びながら、駆け出しかけた。
「ちょ、蒼生!? まって、走らないでっ!」
詩織があわてて追いかける。
怜司は苦笑しながら、スタッフに軽く会釈した。
ロビーへ入ると、木の香りと温かな照明に包まれる空間が広がっていた。
「すご……え、これが玄関……?」
詩織は感動のあまり、ぐるぐる見回している。
「おぉー……あれ、あれなに? おおきい!」
蒼生は蒼生で、飾ってある瓶のディスプレイに興味津々。
詩織が「それ触っちゃダメだよ!」と追いかけているうちに、
案内のスタッフが話していた場所を聞き逃しそうになる。
「あれ? どっちの廊下だっけ……?」
「こっち」
怜司が何も言わず、
スタッフのあとにさりげなく詩織の腕を取って導いた。
「……ありがとうございます」
詩織は少し照れながら小声で言った。
案内されたのは、離れ風の特別室。
広い和室に、座敷のリビング、奥には露天風呂がついている。
窓からは山々と木々の景色。
雪がちらほらと舞っていた。
「わ……! え、えっ、すごい……!」
詩織が両手で口元を押さえて感激している間に、
蒼生は早速畳に突っ伏してごろんごろん転がり始めた。
「たたみー! きもちいー!」
「蒼生、転がっちゃだめっ……あっ、ちょっと、怜司さん、止めてください!」
「無理だ。楽しそうだし、いいだろ」
「だ、だめです……写真撮りたいから一回起きて……!」
詩織はバッグからスマホを取り出し、
転がる蒼生を必死に追いかけながらシャッターを切っていた。
怜司はその光景を見ながら、そっと笑う。
「露天風呂も見てみますか?」
スタッフが声をかけてくれた。
外へ出ると、石造りの露天風呂が、白い湯気を静かに立ち上らせていた。
「わぁ……!」
詩織は、湯船の縁にそっと近づき、
指先で湯に触れて、ほっとしたように微笑んだ。
「怜司さん……これ、本当に、私たちが泊まっていいんですか?」
「泊まるんだよ。家族3人でな」
怜司のその一言に、詩織はもう一度、景色を見渡して
「……すごい」と呟いた。
夕食は、旅館の個室で用意されていた。
木のぬくもりのある部屋に、丁寧に並べられた懐石料理。
器のひとつひとつまで美しく、料理はどれも温かく香り高い。
「わ、これ……全部、食べるんですか……?」
詩織は席に着くなり、動揺していた。
「まだ前菜だけだ。落ち着け」
怜司が淡々と答えると、詩織はさらに目を丸くした。
「え、前菜……!?」
「ぼくのー!」
蒼生の前には、可愛い器に盛り付けられたキッズプレートが置かれた。
ハンバーグ、ミニうどん、プリン。
「すごーい! プリンあるー!」
「食べるのは最後な」
蒼生の第一声に、怜司が低く言うと、
「プリン……あとで……」と素直に切り替えた。
詩織は「うちの子……いい子……」と感動しながら、
自分の箸の持ち方をうっかり逆にしてしまい、怜司にそっと直されていた。
夕食のあとは、お風呂。
蒼生と一緒に湯船につかり、
ぽかぽかと温まりながら、詩織は「幸せってこういうことだなぁ」と小さく呟いた。
お風呂から上がったあとは、
疲れきった蒼生が布団に沈み込むように眠った。
「もう……寝ちゃった」
詩織がタオルで髪を乾かしながら、そっと布団をのぞく。
「かわいすぎて、写真……撮れない……」
「寝てるときが一番大人しいな」
怜司は冗談めかして言いながら、
寝息をたてる蒼生の小さな手をそっと握った。
夜。
窓の外には、静かに雪が舞っていた。
照明を落とした部屋で、詩織は湯上がりの肌着のまま、
怜司の隣で毛布に包まっていた。
「……今日、すっごく幸せでした」
ぽつりと呟く声に、怜司は振り向く。
「怜司さんと、蒼生と……こうして旅行できるなんて。
昔の私からは、想像もできなかったです」
「……そうか」
「……怜司さん、最初からこんな未来、考えてたんですか?」
「……ずっと前から」
怜司は詩織の手を取り、指を絡めた。
「最初から、君と蒼生は――俺の家族だったよ」
そっと抱き寄せ、額にキスを落とす。
詩織はじんわりと目を潤ませながら、
「……ありがとうございます」と小さく呟いた。
「……俺こそ、ありがとう」
怜司は、詩織の髪を撫でながら、
その柔らかなぬくもりに、そっと頬を寄せた。
「これからも、守る。詩織と、蒼生と、全部」
それは約束ではなく、宣言のようだった。
詩織は怜司の胸にそっと身を預け、
「……うれしいです」と呟いた。
毛布の中、ふたりの距離は自然に近づいていく。
眠る蒼生の寝息に包まれながら、
ふたりは静かに、あたたかく、愛を深めていった。
小さな旅の夜。
そこには、かけがえのない未来があった。
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