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番外編11・もしかして——
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朝からじっとりと蒸し暑い夏の日。
まだ午前9時をまわったばかりなのに、すでに空気は真夏のようだった。
専属ドライバーの運転する車で、蒼生を幼稚園まで送り届けた帰り道。
後部座席から車窓の景色を眺めながら、詩織は小さく息を吐いた。
(……今日も暑くなりそう)
自宅に戻ると、ばあやがすでに玄関先で待っていてくれた。
「おかえりなさいませ、奥様。蒼生坊ちゃまはご機嫌でしたか?」
「うん。今日はお友達と虫とりをするって、朝から張り切ってたよ」
ばあやは微笑みながらうなずくと、
「では、家のことは任せて。奥様はゆっくりお過ごしください」と深く頭を下げた。
詩織は軽く礼を返し、リビングへと足を運ぶ。
掃除の音も、洗濯機の稼働音も、もう聞こえない。
家中がすでに整っていて、何ひとつ手を加える必要がなかった。
ばあやの段取りの良さには、毎日頭が下がるばかりだ。
(ちょっと、座ろう……)
ソファに腰を下ろした瞬間、詩織はふと、胸の奥に違和感を覚えた。
眠い。だるい。けれど、昨日はしっかり眠っている。
起き抜けに感じた軽い吐き気は、水を飲んで落ち着いたはずだった。
(……疲れてるのかな)
けれど、その“疲れ”がどこかで見覚えのある感覚に似ていることに、
詩織自身が気づいていた。
頭がふわふわする。
身体の芯がどこか温かく、ぼんやりする。
(もしかして――)
前回の妊娠初期に感じた、あのかすかな“兆し”。
検査をしたわけでも、確証があるわけでもない。
でも、心の奥に芽生えた直感が、
“それ”を疑わずにはいられなかった。
詩織は、ゆっくりとお腹に手を添える。
「……まさかね。でも、もしも……」
確信のない微熱のような感覚が、
どこか嬉しくて、少しだけこわくて――
それでも、静かに胸の奥で灯っていた。
翌日。
午前中のうちに近所の薬局で、妊娠検査薬をひとつ、そっと買い求めた。
(こんなに緊張したの、いつぶりだろう)
蒼生を妊娠したときのことが、胸によみがえる。
あのときは、もっと戸惑いのほうが大きくて――
今のように、心が静かに震えるような感覚とは、少し違っていた。
昼過ぎ。
ばあやが買い物に出ている隙に、そっと洗面所へ向かった。
カーテン越しの午後の光が、ほんのりと差し込む。
(深呼吸して、落ち着いて……)
検査薬を持つ手がかすかに震える。
数分が、やけに長く感じた。
そして、そこに浮かび上がった――
ふたつのくっきりとしたライン。
「……」
嬉しい、のだと思った。
でもそれ以上に、胸にじんわりと広がっていくのは、温かい安堵だった。
(また、この手に命が宿ってくれた)
静かに目を閉じて、お腹をそっと撫でる。
夜。
夕食を終えたあと、蒼生が眠ったのを見計らって、
詩織はリビングのソファに怜司を呼んだ。
「どうした?」
いつもと変わらない声。けれど、詩織の様子に気づいたのか、
怜司の目が少しだけ優しく細められた。
詩織は、小さく深呼吸して――
スマホで撮った写真を見せる。
「……怜司さん。今日……調べてみました。
そしたら――、陽性で」
怜司の手が、そっとスマホを受け取った。
数秒の沈黙。
そして、ふっと、肩の力が抜けるような息がこぼれた。
「……そうか。……そっか」
まるで、自分のこと以上に大切な何かを、大事に受け止めるように。
怜司はゆっくりと詩織の手を取った。
「ありがとう。知らせてくれて」
「ううん……こちらこそ。
蒼生の時は、不安だったけど……今は、ちゃんと嬉しいの」
「……今度は、最初から一緒にいられる」
その言葉が、何よりも安心をくれた。
怜司の手が詩織の背にまわり、
そっと抱き寄せられる。
「また、家族が増えるんだな」
「……はい」
詩織はその胸元で、目を閉じた。
ふたりで始まった私たちが、
やがて家族になって、
そして今また――新しい命を迎えようとしている
それは、静かで、確かな幸福の夜だった。
まだ午前9時をまわったばかりなのに、すでに空気は真夏のようだった。
専属ドライバーの運転する車で、蒼生を幼稚園まで送り届けた帰り道。
後部座席から車窓の景色を眺めながら、詩織は小さく息を吐いた。
(……今日も暑くなりそう)
自宅に戻ると、ばあやがすでに玄関先で待っていてくれた。
「おかえりなさいませ、奥様。蒼生坊ちゃまはご機嫌でしたか?」
「うん。今日はお友達と虫とりをするって、朝から張り切ってたよ」
ばあやは微笑みながらうなずくと、
「では、家のことは任せて。奥様はゆっくりお過ごしください」と深く頭を下げた。
詩織は軽く礼を返し、リビングへと足を運ぶ。
掃除の音も、洗濯機の稼働音も、もう聞こえない。
家中がすでに整っていて、何ひとつ手を加える必要がなかった。
ばあやの段取りの良さには、毎日頭が下がるばかりだ。
(ちょっと、座ろう……)
ソファに腰を下ろした瞬間、詩織はふと、胸の奥に違和感を覚えた。
眠い。だるい。けれど、昨日はしっかり眠っている。
起き抜けに感じた軽い吐き気は、水を飲んで落ち着いたはずだった。
(……疲れてるのかな)
けれど、その“疲れ”がどこかで見覚えのある感覚に似ていることに、
詩織自身が気づいていた。
頭がふわふわする。
身体の芯がどこか温かく、ぼんやりする。
(もしかして――)
前回の妊娠初期に感じた、あのかすかな“兆し”。
検査をしたわけでも、確証があるわけでもない。
でも、心の奥に芽生えた直感が、
“それ”を疑わずにはいられなかった。
詩織は、ゆっくりとお腹に手を添える。
「……まさかね。でも、もしも……」
確信のない微熱のような感覚が、
どこか嬉しくて、少しだけこわくて――
それでも、静かに胸の奥で灯っていた。
翌日。
午前中のうちに近所の薬局で、妊娠検査薬をひとつ、そっと買い求めた。
(こんなに緊張したの、いつぶりだろう)
蒼生を妊娠したときのことが、胸によみがえる。
あのときは、もっと戸惑いのほうが大きくて――
今のように、心が静かに震えるような感覚とは、少し違っていた。
昼過ぎ。
ばあやが買い物に出ている隙に、そっと洗面所へ向かった。
カーテン越しの午後の光が、ほんのりと差し込む。
(深呼吸して、落ち着いて……)
検査薬を持つ手がかすかに震える。
数分が、やけに長く感じた。
そして、そこに浮かび上がった――
ふたつのくっきりとしたライン。
「……」
嬉しい、のだと思った。
でもそれ以上に、胸にじんわりと広がっていくのは、温かい安堵だった。
(また、この手に命が宿ってくれた)
静かに目を閉じて、お腹をそっと撫でる。
夜。
夕食を終えたあと、蒼生が眠ったのを見計らって、
詩織はリビングのソファに怜司を呼んだ。
「どうした?」
いつもと変わらない声。けれど、詩織の様子に気づいたのか、
怜司の目が少しだけ優しく細められた。
詩織は、小さく深呼吸して――
スマホで撮った写真を見せる。
「……怜司さん。今日……調べてみました。
そしたら――、陽性で」
怜司の手が、そっとスマホを受け取った。
数秒の沈黙。
そして、ふっと、肩の力が抜けるような息がこぼれた。
「……そうか。……そっか」
まるで、自分のこと以上に大切な何かを、大事に受け止めるように。
怜司はゆっくりと詩織の手を取った。
「ありがとう。知らせてくれて」
「ううん……こちらこそ。
蒼生の時は、不安だったけど……今は、ちゃんと嬉しいの」
「……今度は、最初から一緒にいられる」
その言葉が、何よりも安心をくれた。
怜司の手が詩織の背にまわり、
そっと抱き寄せられる。
「また、家族が増えるんだな」
「……はい」
詩織はその胸元で、目を閉じた。
ふたりで始まった私たちが、
やがて家族になって、
そして今また――新しい命を迎えようとしている
それは、静かで、確かな幸福の夜だった。
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