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3 童貞を捨てるまでは帰しません!
しおりを挟む広間の中心に、エリザベスはよく知る人物の影を見つけた。目の部分だけをくり抜いた真っ白な布を被った〝おばけ〟の仮装をした、背の高い若い男。目元を仮面で隠していても、正体はすぐに分かる――マーカスだ。
「おばけさん! こんばんは」
エリザベスはマーカスの肩を後ろから叩いた。
「うわっ、エリザベス……でなくて、今日は、その……」
「魔女よ、魔女! アグネスと呼んで。あなたの名前は?」
エリザベスはこの国で有名な魔女の名前を名乗った。せっかくの仮面舞踏会なのだ。今日くらい、性格のきつい悪役令嬢ではなく、別の人物を演じていたい(といっても、仮装したのもまた、おどろおどろしい謂れを持つ魔女なのだが)
ノリノリのエリザベスとは対照的に、マーカスは特に設定を詰めていなかったようで、名前を聞かれて口ごもった。こういうところが真面目すぎるのだ。適当に相手に合わせて答えればいいのに、マーカスはいつも真剣に考えてしまう。
(でも、そういうところが私は好きなんだけどね)
長身で容姿端麗、教養があって馬術が得意――マーカスはこの国の第一王子として十二分に役割を果たしている。
ぎゅっ、と手を握ると、マーカスが口を開いた。
「えっ、僕は、その……」
「名前がないの? では、、あなたのことは〝おばけさん〟と呼ぶわね」
「えっ? ああ……分かったよ。エリザベス……ではなくてアグネス……んんっ?」
戸惑うマーカスの腕を、エリザベスは引っ張った。
「さっそくだけれど、パーティを抜け出しましょう。ほら、私の連れてきた〝妖精〟も、他の殿方と抜け出すみたい」
ちょうど妹のマーガレットが、片思いをしている貴族と広間から抜け出そうとしていた。妖精の仮装をした彼女の相棒は、獣の皮を被ったオークの仮装をした青年だ。美女と野獣のいった趣きで、会場に居合わせた他の者たちもみな、二人に注目をしている。
「えっ、どこに……?」
「決まっているじゃない、二人だけになれる場所よ」
広間のざわめきの中、エリザベスはマーカスを振り返り、妖しげに微笑む。
半ば強引に連れ出されたマーカスの喉元が、ごくり、と動く――仮装で見えないが、少なくともエリザベスには、そう見えた。
「おばけさん! あなたは自分が童貞だということを気にしているのでしょう! 今日、それを捨てなさい」
「アグネス? 何を言っているんだ?」
「いいから……童貞を捨てるまでは帰しません!」
「そんな無茶苦茶な……!」
おばけは、困ったような表情をして、しかしエリザベスに逆らうことなく付いていくのだった。
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