司祭の国の変な仲間たち

ひしご

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第一章

アストレーゼン

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 暖かな日差しに包まれ、真っ白な法衣に身を纏う司祭は書斎机の上で寝入っていた。大量の書類の山に囲まれながら、さも居心地良さそうに。
 ブラウンの緩やかな髪が風に揺れ、その端正な顔は夢でも見ているのかとても幸せそうに見えた。
 魔法と司祭の国、アストレーゼン。
 隣国の寒い地域、シャンクレイスとは違い、温暖な気候で緑と水に恵まれた、比較的過ごしやすい国。国王は存在せず、司祭の頂点と言われる司聖という立場の者が最高位に立っていた。
 あらゆる物事に秀でた、魔法の能力も高い魔導師から選別され、偉方からの支持を集めた一人がようやく司聖となれる。
 司聖や司祭は人々を救う魔法しか使えず、それまで習得した魔導師としての魔法は禁忌魔法の扱いとなり、万が一使用すれば忽ち罰せられてしまう。そして、堕落の証として体の一部に模様のような痣が出現するのだ。
 規則正しく、品位を保ち慎ましい生活を強いられる司祭の頂点。彼は今、仕事場であり自室でもある塔で爆睡していた。
「…はっ!?」
 突如、がばっと頭を上げる。
 寝惚けていた頭をぶるぶる振り、いかにも仕事していた風を装った。下から向かう魔力の気配を察し、瞬時に目を覚ましたのだ。
 間を置いて、下から突き上げてくる爆風が巻き起こる。慌てて書類の山に手を当て、飛ばされないように押さえた。
 魔法で階下から浮上されるのには慣れたが、突風で色々な物が巻き上がってしまう。部屋のカーテンがぶわりと舞う中、着地した足音と共にただいま戻りましたの声が飛んできた。
「もう!書類が飛んじゃいますから階段使って下さいよ!」
 片付けるのが面倒で悲痛な声を上げる。
 ベランダからするりと入った乱入者は、表情を変える事もなく階段が長いんです、と答えた。
「仕事は進みましたか、ロシュ様」
 床に散乱された書類を回収すると、白の独特なラインの入った灰色のローブを身に付けた青年は問う。
「やってますよ」
「顔に服の跡がありますが」
「ややや、やってますって!」
 彼を補佐する魔導師は、呑気な相手に溜息をつきながら「それならいいんですが」とだけ述べると回収した書類を机に置いた。
「毎度毎度厳しいなぁ、オーギュは…」
「誰のせいですか」
 監督役がきついのを軽く愚痴りながらも、何故か楽しそうに呟く、穏やかな表情を称えた、物腰の柔らかい司祭の長…ロシュ=ネレウィン=ラウド=アストレーゼン。
 優しい表情が良く映える美貌の司祭と言われる彼は、外見はとにかく見惚れる程の美形。
 ふんわりと笑うその顔は、人々が惚れ込む位でアストレーゼンの天使とまで謳われるのだが、昔馴染みの魔導師オーギュにとっては外面が良過ぎる詐欺師にしか見えないようだ。
 風船のように今にも浮きそうなロシュとは違い、常に側で監視役の役目をするオーギュは真逆の冷たい印象を与えてくる知性派。銀の縁取りされた眼鏡の奥にある切れ長の目は、有無を言わさぬ何かを感じさせ、細かい事を見逃さない性質を剥き出しにしてくる。
 すらりとした背丈でなかなかの美形なのだが、その性質のせいで近付くのは幼馴染のロシュや同僚の魔導師仲間位のものだった。
 ロシュから見たオーギュの印象は、素直じゃなく負けず嫌いの意地っ張り。常に冷静を装うのは、それを隠す為だろうと思っている。
 外面の良い詐欺師と負けず嫌いの意地っ張り。アストレーゼンは大体、この二人によって支えられている。

「何ですかこの書類。汚い文字で読めなさ過ぎですよ」
 次々と捌いていた書類に目を通していたオーギュは、ぐったりしながら文句を垂れる。ロシュの机の前に置かれた来客用のテーブルに書類や本を置き、同じように仕事をこなしていた。
 ロシュは大きなリクライニング式の椅子から立ち上がると、どれどれ…とオーギュから書類を受け取ると、つい吹き出してしまう。
「わ!…これはこれは。ミミズのような文字で暗号化されていますねぇ。ふふふ、殴り書きですかね?随分急いで書いた感がある」
 苛立つオーギュとは逆に、ロシュは楽しそうに文面を眺めていた。
 様々な人々の要望を受け入れるべく、彼らは日頃書類に目を通していくのだが、記載されていた項目は目を凝らしても読みにくい内容だった。
 記入する時はきちんと明確に書くように頼んでいたのだが。
「護衛兵舎専用の要望書ですよ。これじゃ対応したくても出来ないじゃないですか、汚すぎて。直接聞きに行くしかないですよ、あぁ面倒臭い」
「それなら私がお伺いに!」
 ここぞとばかりに目を輝かせるロシュが申し出るが、ばっさりとオーギュはぶった斬った。
「そう言ってサボる気でしょう。私が行ってきますよ」
「そ、そんなあ」
 しゅんとするロシュを無視し、オーギュはスッと立ち上がると、仕事をしたくなくて現実逃避しようとする彼にちゃんと決めた場所まで書類に目を通すようにと釘を刺してベランダから飛び降りていった。

 汗臭く湿っぽい、そして男所帯で暑苦しい。それがアストレーゼン大聖堂の護衛兵舎のイメージ。大聖堂に仕えている司祭の護衛をする為の鍛錬の施設は、荒々しい剣士達によって改装を繰り返すものの、土埃に塗れて汚れやすくなり、度重なる振動や衝撃によって老朽化が進んでいた。
 広い練習場では実戦に備えた訓練や単独トレーニングをする屈強な剣士達で沸き、気合いの入った声が飛び交っている。
 その中で、不釣り合いな容貌の者が一人。
 日焼けした色黒の筋肉だらけの剣士達に紛れ、華奢な体つきをした若い少年が木刀を手にしたまま、無表情で尻餅をついた練習相手を見下ろしていた。
「どうした?腰が抜けたのか」
 凛とした様子の少年は、黒髪を揺らしながら落ち着いた声音で問う。一方の相手の男は、悔しそうな顔を見せながらゆっくり立ち上がると、「このクソガキめ…」と舌打ちした。
 体格差があり、こんなひょろひょろした子供に隙を突いて倒されるなんてあり得ない。
 こちらは実戦経験のある剣士だ。それなのに、こんなひ弱な子供に翻弄されるなんて。
 奥歯をギリッと鳴らし、剣士はゆっくり立ち上がる。
「手ぇ緩めてたわ。新入り相手に優しくし過ぎたな」
 ハッタリをきかせておけば相手も戸惑う筈だ。手加減してやったのだと思わせておいて、先輩である自分の力が強いのだと。
 ぽっと出の人間に舐められる訳にはいかない。
「…ですよね。まさか経験のある先輩があっさり尻餅をつく筈はない。俺、経験を積みたいんで本腰入れて相手してくれますか?お互いの為にもならないでしょうし」
 口達者な後輩剣士。小生意気な顔からして、本気で苛立ってくる。それを狙っているのかは知らないが、彼は生意気にも少女と見紛う容貌で更に煽ってくる言動を放つ。
「俺も勉強にならない事はしたくないんですよ。無駄でしょう。その分遠回りになる」
 純粋に言っているのか、嫌味なのか。
 本人にしか知り得ないが、その言動は熟練の剣士を更に苛立たせるには十分だった。
「名前、何つったっけ?」
 この生意気過ぎる後輩剣士の鼻っ柱を折り曲げてやりたい。
 木刀を構え、男は少年を睨み据えた。しかしモヤモヤする男とは裏腹に、涼しげな顔をする少年は落ち着いた様子で答える。
「リシェ=エルシュ=ウィンダートです」
「お前、シャンクレイスから出てきたんだっけなあ?王族お抱えの戦士になりゃ良かったろうに、何か疚しい事でもしでかしたのかよ」
 小馬鹿にされているのを自覚しながら、少年は「ここに来るのに、いちいち色んな人に説明して歩く必要がありますか?」と眉を寄せた。
「あんたに関係ないでしょう」
  …生意気な。
 男は奥歯をギリッと強く噛みながら心の中でそう吐き捨てた。あんたという発言と、後輩の立場のくせに見下す態度が妙に癪に触る。
 どう贔屓目に見てもまだ十代。自分がその年の頃は遊び歩くのに夢中な時だが、この少年はそんな事には全く興味が無い様子。ただひたすら剣技を磨き、命の危険があるかもしれない物騒な場所へ好んで来るとは、頭のネジが飛んでいるに違いない。
 そして、男にするには惜しいその風貌。
 隣国の人間の特徴と言われる白い肌に、少しの事でも折れてしまうのではないかと心配になってくる華奢な体つき。どう考えても筋肉だらけの剣士達よりは遥かに浮いていた。
 優男、というよりあどけなさをひたすら隠す少女にも見える。
 対戦しても、彼は力は無い。その代わりに普通の剣士より素早く、身のこなしが生かされていた。
 対戦相手を翻弄するかのように、こちらの動きから先手を取ってくる。憎たらしい位に。それはさながら風の妖精のように、素早く動き回るのだった。
「さっさと立ったらどうです」
 彼…リシェは先輩に冷たく言うと、練習用の古びた木製の剣を鞘に収める。
「練習、もうやらないならいいけど」
 男はちっと舌打ちした後、憮然としながら体を起こす。
「誰がやらねぇって言ったよ?」
 後から来た人間に、虚仮にされる訳にはいかない。先輩としてのプライドもある。
「その生意気な態度を改めさせねぇとな」
 リシェの手にある剣が、再び抜かれた。
「なら俺に勝って尊敬させて下さいよ。こっちより力があるんだから」
 いちいち突っかかる言い方しか出来ないのか。
「このクソガキ…」
 犯してやろうか、と言いたくなるのを押さえ、木の剣を構えた。
 見た目の可愛いらしさと真逆の嫌味な発言が多いリシェは、普段仲間とつるむようなタイプではない。どちらかと言えば寡黙で、一人でも平気なタイプ。
 似た年頃の剣士達が休憩時にわいわいとリラックスする中、彼だけはその輪から離れつつ剣を磨いているのを良く見かけたりする。その風貌のせいもあってか、やけに孤立が目立っていた。
 遊びたい盛りの若い者がこのような物々しい場所へ好んでくるのは珍しい。余程の変わり者でなければ、年上の屈強な剣士や短気な荒くれ者にどやされなければならない所に好んで行かないだろう。
 しかも女日照りの欲求不満な男しか居ない場に、愛くるしい容姿に恵まれたリシェが飛び込んでくるとは、獲物が自ら獣の巣穴へ向かう自爆行為に他ならない。
 現に、何度かは襲われた話も聞くのだ。
 無自覚なのか、被害を受けても気にしない性格なのか、それとも慣れているのか、性に無頓着なのか。
「あんま舐めた態度ばっかだと、後で泣きを見るぞ」
 同じように剣を構えるリシェは、「その時はその時考えます」と先輩の発言を突き放した。
 …忠告も聞く耳持たないってか。
 更に生意気な態度にムッとした。他人に興味が無いのかもしれないが、世間を渡り歩くにはその思考は危なっかしい。
「ママが恋しくなるまで叩き込んでやるよ」
 男はリシェに向かって駆け出し、上から剣を叩きつけてきた。数歩後退する彼を、尚も男は剣を振るい薙ぎ払う。
 それすら難無く回避する様子を見ると、やはり腹が立ってきた。馬鹿にされているようで。体が小柄な分、自分の利点を生かしているのは頭では理解しているものの、実際目の当たりにすると一泡吹かせてやりたくなる。
「気ぃ使って…少しは当たれっつーの!」
 剣先すら当たらないリシェに、男は本音を漏らした。
「相手に気を使ってたら死んじゃうでしょう」
 避ける一方のリシェを忌々しげに見ながら、一旦男は動きを止めて呼吸を整える。
 興を失ったように「さっきと変わらないじゃないですか」とリシェが吐き捨てると、時間の無駄だと言わんばかりに剣を鞘へ突っ込んだ。
 さらりと揺れる黒い髪。茶色味がかった丸く大きな瞳は、感情を表すこともない憂いに満ちていた。
「待てよこら!まだ終わっちゃいねえぞ」
 こんな弱そうな相手にされないなどありえない。周囲の目もある。このままで終われない。
 しかしリシェは戦意を失っているのか、練習場外に出ていた。剣を角に立てかけながら、冷たい表情で返す。
「やる意味が無い」
 その小さな唇から放たれた聞き捨てならぬ発言。
「は!?」
 周りの剣士達が双方のやり取りに気付き始め、視線を向けてくるのが分かる。
 全身が火照るのを感じながら、男はふざけんなよと奥歯を噛んだ。
「あんたの動きはワンパターン過ぎて面白くない。ただ間合い詰めて棒切れを振ってたらいいってもんじゃない。あんたは俺の動きに惑わされてるだけで、振れば当たるだろうって単に力任せに頼ってるだけだ。そんなんじゃ、練習の足しにもならない」
「…偉そうに…」
 握り締めている剣の柄に力がこもる。
 ここまで人を苛立たせる人間は他に居ないだろう。先輩を立てるどころか、相手を尊重するという意思が後輩であるリシェには感じられなかった。
 屈辱感が湧いてくる。
「まだ終わってねぇって言ってんのが分かんねえのかクソガキ!!待てこら!!」
 感情を表に剥き出しにし、無礼な後輩に怒鳴った。
 しかしリシェは無表情のまま、無駄だからもうやりませんよと返した。腹が立つことに、自分からさっさと離れて片付けを始めている始末。あまりに無礼。
 頭に血が昇りそうになるその時、「そこでストップ!」と目の前に影が横切る。ぬうっと前方が塞がれる形で、ついたじろいでしまった。
「練習なのに喧嘩しちゃダメでしょ」
 重い雰囲気を崩す軽い声が飛んできた。明らかな邪魔が入り、男は舌打ちする。
「相変わらず横入りが好きだな、ヴェスカ」
 目の前の大柄な同僚へ文句をつけた。
 真っ赤に燃えるような赤い髪をした巨体の男は、「人聞きの悪い」と肩を落とす。
 短く、日焼けし過ぎた浅黒い肌をぱりっとした剣士の制服で収めた肉体は、いまにもはち切れんばかりの筋肉質。壁になる為に生まれたような恵体の持ち主は、子供っぽく戯けた顔で宥めてきた。
「俺は仲間内で揉めるのを見たくねえだけだよ」
「こっちは練習したいだけなんだけどな!」
 ヴェスカと呼ばれた男は、ふとリシェに目を向けた。揉め事の当事者のはずなのに、我関せずといった様子だ。何事にも興味が無さそうで、若い癖に落ち着いている。
 来た時から風変わりだと思っていたが、集団生活を強いられる場所で自分から孤立するような行動を取る彼の考え方はよく分からない。
 困った奴だと頭を掻いた。
「リシェ」
「?」
 伏せがちな目をヴェスカに向け、リシェはきょとんとした。
 大柄過ぎるヴェスカと比べると、リシェは小動物のようだ。隣国の人間特有の日焼けを知らない白い肌と、下手をすれば飛ばされてしまうのではないかと思わせてくる華奢な体。明らかに剣士としては不利だ。
 頼りないと思われても仕方ない。
 よく剣士になりたいと志願したなと思う。
「お前、もうちょっと可愛げがあった方がいいぞ」
「練習するのに可愛げなんか必要か?」
 眉を寄せ、不機嫌な顔をするリシェ。ヴェスカはそんな返事を貰うなり、ぐっと詰まった。
 …可愛くねぇ性格してんな、こいつは…
 馬鹿正直なのかひねくれ者なのか、子供らしさがまるで無い。
「ならあんたが俺の相手してくれよ。そっちの先輩よりは全然いいし」
「やだよ、お前すばしっこいもん。…いやいやそういうんじゃなくて!!」
 リシェはつんとした顔のまま、なら構うなとぶっきら棒に言った。
「勿体無ぇなあ」
 ドライなリシェに対して、ついヴェスカは呟く。リシェは自分より大きな彼を見上げると、怪訝に何がと問う。
 ヴェスカは別にとだけ言うと、下手すればいらない発言をしそうになるのを心の中で必死に抑えていた。
 誰にも興味を持たないリシェが、もし特別な人間に興味を持ったらどうなるのだろうかと気にせずにはいられない。
「とにかくお前は協調性とか学習した方がいい」
「………」
 こいつは人の話を聞いているのか?とヴェスカは疑問を抱く。その柔らかな頰をぐにっと抓りたいのを我慢しつつ、話を続けた。
「シャンクレイスから来たからって、贔屓にするつもりは無い。だからこそ、お前は他の人間に気を配るべきだろ、リシェ?俺らも多少不便する分お前の世話もするし、勿論悩みがあるならいつでも聞いてやる。まだ若いし意地張りたくなるだろうけどそんな必要は無ぇよ。自分から壁作られちゃあ、誰でもお前の相手が出来ねえぞ」
 宥めようとするヴェスカの言葉を、リシェは興味無さそうに無言で聞き流す。やがてはあ、とその小さな唇から吐息が漏れると、自分より大きなヴェスカを見上げた。
「初めから舐め切ってくる相手に対して敬意を払えと?俺はそこまで親切じゃない。乱暴な態度をする奴に、何で気を使わなきゃならないんだ」
 …言いたい気持ちは分からないでもない。
 そのような姿をしていれば、筋肉塗れの剣士達からはからかいの的になりやすいのだろう。
 ヴェスカも最初彼を見た時は一体何をしに来たのかと思った位だ。
 どう見てもきつい鍛錬に耐えられる体型ではないのだから。背伸びしたい年頃の子供が、つい親の忠告を無視して来たのだと思っていた。
 だが、話を聞けば隣の国から来たという。
 生半可な気持ちでやってきたのかと思っていたら、剣士としての技術や能力、最低限の礼儀作法、心得をみるみる吸収していった。
 本人は自分の話をしたがらないので、その先は分からなかったが余計ミステリアスだった。やけに白い肌をしていると思っていたが、隣の国特有のものだとなれば納得がいく。
「参ったなあ、そう言われちゃうと反論出来ないや。確かにお前の言う通りだもんな」
 リシェはあからさまに嫌そうな目をヴェスカに向ける。
「分かるだろう。ここに居る荒くれは脳味噌が筋肉で節操の無い猿しか居ない。話せば人を色眼鏡で見てくる変態ばっかりだ。そんな奴らの相手なんかしたくない」
 それは言い過ぎだと思った。
 そう言わせているのはこちらなのかもしれないが、今までどんな経験をしてきたのか気になる。
「生意気なガキだよ本当に!ヴェスカ退いてろ、俺がこいつに礼儀叩き込んでやる!」
 先程までリシェの剣の相手をしていた男が鼻息を荒くしながらヴェスカの前に出る。だが、彼は同僚の腕をがっちりと掴むと、「あんたじゃ無理だ」と止めた。
 ただでさえ頭に血が上っているのに、更に逆上しては余計に周りが見えなくなる。彼の動きを見極めようともしないくせに、礼儀を叩き込むどころか返り討ちにあって恥をかくだけだ。
 彼の為を思って止めているのだが。
「離せ、こら!」
 そんな思いやりをよそに、感情に任せてばたばたともがく男を、ヴェスカはダメだってと押さえながら呆れる。
 同じ剣士仲間でも頭が悪くても力だけはトップクラスのヴェスカに押さえられながら男はリシェをギリっと睨みつけた。
「だーめだって、もう!」
「うるせぇ!!」
 すぐにカッとなる所が脳筋で猿だと思われてしまうのが分からないようだ。自分も比較的短気なタイプだが、さすがに早くカッとはならない…と思いたい。
 リシェは飄々として「後はあんたが相手にしてやれよ」と面倒な事を投げるようにヴェスカに告げ、練習場を後にしようとする。
「あ!こら、リシェ!」
 こんなに面倒になるなら最初から声をかけなければ良かった、と後悔した。自分が関わっているのに、リシェは常に他人事みたいに振る舞うのだろう。ヴェスカには全く理解出来ない。
 荒ぶる仲間を押さえていると、やけに周囲が騒めき始めた事に気付く。リシェですらぴたりと帰る足を止めていた。
 突然の来客。この場には不似合いな存在。
 汗臭い剣士らがひしめく中で、そこだけふわりと雰囲気が変わる。先程までヴェスカに押さえ付けられていた男ですら、その来客に目を引かれた。
 ここに来る事自体、まず有り得ない人間が目の前に居た。
「オーギュスティン様じゃねえか」
 ヴェスカは耳に入ってきたその名前に、怪訝な視線を向けた。リシェもその注目されたその先に目をやる。
 すらりとした細身の体を法衣で覆った、冷たい印象を嫌という位に与えてくる青年が、ツカツカと革靴を鳴らしながら練習場に足を踏み入れていく。神経質そうな切れ長の目を眼鏡で隠し、時折鼻を突く汗臭さに眉を寄せていた。
「何だ?何かあったのか?」
「さあ…」
 余程の用事が無ければ、彼のような重鎮が来る訳が無い。誰かが壊滅的な何かをやらかしたのか、それともアストレーゼンで非常事態が起きようとしているのか…という位、彼が来る事は有り得ない筈。
 リシェは目の前を通過しようとする来客を無言で見ていた。過去に見覚えがあったが、相手は覚えてはいないだろう。
 リシェにとって、憧れの人と一緒に居た魔法使いだという印象しかない。向こうも自分の事は眼中に無い筈。
 頭をすっと下げ、彼が通過するのを待つと、眼前に影が過ぎりすぐに消え失せていく。背中を見送った後、ほうっと一息ついて練習場を後にした。
 ざわざわと剣士らが騒めく中で、一人の手練れの剣士が来客に近付く。
「オーギュスティン様、この様な場所に何か…」
「こちらから嘆願書が届きまして。剣士長のゼルエ殿に問い合わせに行く所です」
「申し訳ありませんオーギュスティン様…士長は昨日から遠征業務でして」
「おや…そうなのですか。困りましたね…嘆願書の内容が少し分からなくて。士長の字では無いのは確かなのですが、判子は宮廷剣士の詰所内の判子なのでどなたかが書いてきたのだと思うんですが。心当たりありませんかね?」
 剣士はオーギュが持っていた嘆願書を受け取り、中身を調べていく。やがて誰が買いたのか理解したらしく、はあ…と溜息を漏らした。
「お恥ずかしい。きちんと文字を書く事が出来ないばかりに貴方様にこの様なお手間を取らせてしまった」
 彼はそう言うと、同僚を押さえていた壁のような仲間に目を向ける。
「ヴェスカ」
 突如飛んできた呼び声に、ヴェスカは反応した。同僚を掴む手が緩むと、囚われていた男は彼を忌々しげに見ながら離れていく。
「あ!?」
「お前、嘆願書書いてたのか」
「書いたっけ…ああ、書いたかも」
 剣士は嘆願書を手にヴェスカの前に近づくと、その紙をばしんと胸に押し付けてきた。
「な、何?」
 彼はヴェスカの耳元で小さく囁く。
「お前の字が汚ぇから、読めねーんだとよ」
「え?」
「お前正式な嘆願書位きちんと書けよ!」
 吐き捨てるように彼は言うと、ヴェスカの背をオーギュの方へと押し出す。くらりとよろめきながら来客の前に躍り出た。
 オーギュは自分よりも少し身長のあるヴェスカを見上げながら、「貴方が嘆願書を書いたのですね」と言う。
「はあ…」
 何だか取っつきにくいなと思いつつ、頭をガリガリと掻きながら「読めなかったですか」と聞いた。
 外見からキツそうな印象だが、なかなかの美形。だから更に怖く感じる。
 そして、オーギュは表情を全く変えない。
「読めませんね」
 ヴェスカの問いに、普通に冷たく返された。
「むしろどうして正式な嘆願書にこのような殴り書きをしてくるんです」
「すいません」
 怖…!!とヴェスカはたじろぐ。
 自分より格上という立場もあるが、雰囲気的に威圧されてしまう。かなりきっちりした性格が姿に表れすぎて、反論の余地も与えさせない気がする。
 切れ長の目にスッとした鼻筋、薄い唇がそうさせているのだろう。それに、平民の自分からすれば彼は雲の上の存在。滅多にお目にかからないような相手だ。
「まあいいです。あなたの嘆願書の内容を教えて下さい。次回からはきちんと綺麗な文字で書いて頂けると助かります。こちらも無駄に動く事が無いので」
「えっと…兵舎の老朽化で雨漏りとか出てきたんで。扉も立て付けが悪い場所あるもんで、どうにかして欲しいなと」
 オーギュは彼の要望を手持ちのメモ用紙に軽く書き込むと、「その他はありますか」と慣れたように問う。
「いや、特には」
「分かりました」
 事務的に動くオーギュを見下ろし、ヴェスカは彼を観察しながら思う。細過ぎだと。
 成人の筈だが、大の男がこれ程までに細い事が不思議でならない。リシェのようなまだ成長途中ならまだしも、ここまでほっそりしているとは、常日頃から屈強な剣士らを見ているヴェスカには信じ難かった。
 いつも何を食っているのだろう…と全く関係無い事を思う。
 まじまじと黙って身過ぎたのか、オーギュはヴェスカの視線に気付いた。
「何かありますか?」
 眉を寄せ、見上げてくる。それなりにオーギュも身長が高い方だが、ヴェスカはそれを更に凌駕していた。
「無いです」
 オーギュは無作法な彼から興味無さげに視線を逸らす。むさ苦しい場所で、尚且つむさ苦しい相手にやや窮屈さを覚えながら目的は果たしたと言わんばかりに「失礼します」と踵を返した。
 さっさと立ち去ろうとする背中を見送り、ヴェスカは何か礼を告げるべきなのかと少し考えた後、ついオーギュを引き止める声をかけた。
「あの!」
 ぴたりと足が止まり、オーギュは無表情のまま振り返る。汗臭さが鼻につく練習場から早く出たかった彼は、眉を寄せながら返事をした。
 いい大人の筈だが、妙に少年っぽい無邪気な雰囲気をする巨体の男。オーギュは変に苦手なタイプだと思った。親睦を深めれば深める程、かなり面倒そうだ。
 良く言えば純朴。悪く言えばガサツな印象。冷めた自分の性格とは相入れぬ気がする。
「?」
「えと…ありがとうございました!」
 言葉を選ぶかのようにヴェスカはそう言い、頭を下げた。
 普段ならば、彼はこのような場所に出て来る事は無い。それなのに、自分のせいでわざわざ足を運ぶ羽目になったのは、さすがに鈍感なヴェスカでも分かっていた。
 それを汲み取ったのだろうか。オーギュは、ふっと口元に笑みを浮かべた。
「いえ」
 クールな表情が緩む。ヴェスカはそのギャップに、同性ながらドキッとした。自分とは身分が違い、オーギュは雲の上の存在のせいなのだろう。尚更そう感じる。
 綺麗な奴だな…とヴェスカは思った。大人の男を相手にそう思うのも変な話だが。
 この先、彼とこのように近くで話す機会はないだろう。オーギュの細身の背中を見送りながらヴェスカはそう思っていた。

 …アストレーゼン大聖堂、司聖の塔頂上。
 大聖堂真正面から向き合い右側、奥ばった場所に塔は位置する。将来の大司聖の保護を目的とし、有事の際には塔の頂上に自室を置く事で容易に攻め入る事が出来ぬよう、敢えて不便な場所に配置されていた。
 慣れぬ者は塔の螺旋階段の乗降は苦痛でしか無く、要件のある者は階下から井戸方式を用いて書簡のやり取りをしていた。
 稀に自前の足を使う事を放棄し、魔法で浮上をする者も居るが。
 口煩い補佐が居ないのをいいことに、未来の大司聖であるロシュは塔から抜け出し階下へ散歩に来ていた。塔の入口に居る剣士にお疲れ様と声をかけつつ、飄々と放浪する。
 年齢の割にその甘く麗しい容貌の為に、春風のような暖かさを振り撒くロシュを見かけた人々は和やかな気持ちになっていく。真っ白い司祭用の法衣姿は天から降りてきた女神の如く華やかで、中性的な優しい顔の為か妙な耽美さがあった。
 彼が通り過ぎた後、大抵の人々はその優麗さにうっとりするが、間を置き怒り顔の補佐役が彼を引き摺って塔へ連れ戻していくパターンが多い。…ロシュは大量の仕事からよく現実逃避するのだ。補佐役オーギュスティンはロシュとは昔馴染みの付き合いで、かなりの勉強家。そして言いたい事をズバズバと言い放つので補佐には適役だった。
 お互い貴族の出で、魔導師を志していたライバル同士。切磋琢磨していた相手だから、好き放題気軽に意見を言い合える分には最高の相手。
 だがロシュにはたまに恐怖を感じる相手でもある。
「やる事をやってからほっつき歩いてくれませんかね!?」とビキビキさせながら訴えてくるのは昔馴染みでも怖い。
 何度怒られようが、気分転換したいじゃないかと懲りずに外出する自分も自分だが。
 柔らかく暖かい空気を満遍なく味わいながら、ロシュは大聖堂の中心へ向けて歩く。中心部は観光客や参拝客などの一般人が足を運びやすい場所であり、噴水や木花が揃った小規模の庭園、軽食を楽しめるカフェなど様々な施設が置かれていた。
 司祭の服を着用する参拝客も目立つ事から、ロシュが混じっていてもそこまで騒がれない。顔を知られている相手から声をかけられる程度だ。
 塔から大聖堂中心部を抜けて真っ直ぐ歩くと、司聖を護衛する宮廷魔導師の研究室となる。補佐役のオーギュはそこに所属しており、かつてはロシュもそこの所属を希望していた。
 研究室前を更に進むと、高台にある大聖堂から城下の景色を望める絶景ポイントがある。剣士達の訓練施設もあり、様々な人間模様が垣間見える場所だ。
 そろそろと研究室前を足早に通過したロシュは、その絶景ポイントへと進む。来客が多い割には足が届かないらしく滅多に人が来ないので、ここまで来れば好きに休める。
 魔導師の研究の為の庭も兼ねたそこは、整備された花壇に謎の薬草や花が植えられている。時折不思議な香りが鼻を突いてきて、少し眉を顰めた。
 ふわりと下から巻き起こる風に髪を撫でられ、ロシュは景色を見る為に足を進める。しかし、どうやら先客が居るようだ。珍しいなと思いながら、彼はゆっくり近づいた。
 黒い剣士の制服を纏った、小柄な少年。まだかなり若いように見える。
 落下防止の錆ついたフェンス越しに、ぼんやりとしながら下界を眺めていた。まだ子供なのに剣士に志願するとは…とロシュは少し哀れに感じる。
 気配に気付いたのか、少年は黒い髪を揺らしながらこちらへ体を向け、はっと丸い瞳を大きくさせた。
「こんにちは」
 ロシュは少年に話しかける。
「ここからの景色、よく見られるんですか?」
 少年はロシュの言葉に、頭をぺこりと下げる。
「も…申し訳ありません。ロシュ様のお気に入りの場所だとは知らず」
「いえ!絶景の場所なのは皆様に良く知られていますから…どうぞお気遣いなく」
 明らかに少年は緊張していた。彼はロシュの事を知っていて、改まっているのがよく分かる。しかしロシュは、この大聖堂を護衛する剣士の一人だというのは理解出来た。しかし、過去にどこかで見かけたような気がしたが、どこで見かけたのかは覚えていなかった。
「良くここへ来られるんですか?」
 気まずそうにしている少年剣士に問う。
 爽やかな風が二人を揺らしていく中、彼は憂いを帯びた目のままロシュの問いに答えた。まだうら若いのに、やけに落ち着き達観したような表情が印象的。
 それに、健康的な少年のはずなのに、やけに色白で華奢で儚さを感じる。目鼻立ちもはっきりしていて、女装させたらさぞかし見映えがする程の美少年と言ってもおかしくはない。
「…たまに、です。気分転換とか落ち込んだ時とか」
「そうなんですね。分かります、綺麗な景色は心を癒してくれますから…あっ…と、お邪魔してすみません!私もよく気分転換にこの場所を使うので、仕事休みに寄ってみただけで」
「この場所、好きなんです。色々見れるし、余計な事を考えなくて済む」
 ロシュは彼の妙に寂しさを感じさせてくる表情が気になった。彼は一旦間を置いてから、はっと何かに気付いたかのように「すみません」と謝罪する。
「俺が邪魔しちゃってますね」
「いえ!そんな事は…大丈夫ですよ、ここに居て下さっても構いませんから」
 慌てて取り繕うロシュを見上げ、少年は大人びた表情でふふっと笑った。
「やっぱり、俺が思っていた通りのお方だ。ロシュ様」
「え?」
「前に一度、お会いしているのです。分からないかもしれないけど、やっぱりお優しい方だった」
 サラサラした黒髪を揺らしながら、彼は言う。ロシュはきょとんとした顔をしたまま。三十路近いとは思えぬ童顔が、やたら強調されてしまう。
 えっと…と考えるロシュ。
「遠征とかでお会いしたのでしょうか…私もあなたとはどこかでお会いしたような気がします」
「…ええ。そうだと思います。俺、シャンクレイスから来ましたから」
 隣国の少年が、何故このアストレーゼンの剣士になっているのか。ロシュは驚いた顔を露わにした。
 予想通りの反応なのか、少年は「おかしいですか?」と微笑んだ。先程の微笑みとは違い、少し子供っぽさを見せている。
「いえ…とても意外で。まさか隣の国の方が力を貸して下さるとは」
 かさり、と足元に落ちた葉を鳴らしロシュは少年に更に近づいた。それに伴い、少年は少し後退りをする。ロシュは景色を見たいに違いないと思っての行動だった。
 風に乗せられ、ふっと柑橘系の香りが少年の鼻に纏わり付いた。甘酸っぱい香りは、ロシュから香ってくる。
「ありがとうございます」
 ロシュは少年の手を優しく取り、礼を告げる。
 誰しもがアストレーゼンの最高権威と言われる彼を目の前にするだけでも萎縮する。少年も例によって同じだったが、彼の場合は少し様子が違って見えた。
 顔を真っ赤にし、先程までの大人びた様子をかき消して、握られた逆の手で口元を覆っていた。
 照れ過ぎではないかと思う位に。
「お、俺…力を貸すとか、そんなつもりじゃ」
「目的はどうであれ、あなたがここに来て御尽力頂いている事は事実ですよ?」
「俺は、その…」
 自分より背の高いロシュを見上げながら、彼が言いかけたその時だった。凄まじい怒号が二人の耳を突き破る。
「やはりこちらに居たんですね、ロシュ様!!」
 ひゃああ!!とロシュは反射的に情けない悲鳴を上げ、少年の手をぱっと放した。
 灰色の魔法使い用の法衣を翻し、ズカズカと二人に近付く補佐役は、有無を言わさずロシュの首根っこを掴む。
 厳しい顔をしながら忌々しげな低い声で言う。
「私が出払うとこうですからね」
「き、気分転換ですよう」
「気分転換で他の人にちょっかいかけるんですか」
「人聞きの悪い…戻りますよ、戻りますから離して下さいオーギュ。彼が怯えてしまいます」
 ロシュが懇願すると、彼を連れ戻しに来た補佐役オーギュは剣士姿の少年に目を向ける。
 まだ剣士にしては若すぎる少年に、オーギュは内心驚いた。命をかける仕事をするには早すぎる、と。
「あ…あの、俺戻ります。失礼しました」
 ぺこんと丁寧に頭を下げ、少年は足早にその場から去っていった。甘過ぎる外見に似つかわしくない制服姿を見送りながら、ロシュは「もう」と膨れた。
 いいとこだったのにと言わんばかりに。
 オーギュは手を離すと、呆れながらロシュに言う。
「いい年してナンパですか」
「違いますよ!あの子は最初からここに居たんです」
 若干疑いの目をしたが、オーギュはまあいいでしょうと態度を軟化させた。眼鏡を掛けた切れ長の目で、外見で損をするタイプの彼だが、物事には厳しいが性格は穏やかだ。
 珍しいタイプの自国の剣士を思い、ロシュは半ば残念そうにしながら名前を聞いておくべきだったと後悔する。
「ほら、戻りますよロシュ様」
 オーギュに促されるまま、ロシュは名残惜しそうに景色をちらりと見遣った後、その場から離れた。

 それから数日経過したアストレーゼン大聖堂は、珍しく朝から雨降りで、観光客もやや足が遠のいていた。比較的温暖な気候だが、雨のせいか若干寒さを覚えるその日、ロシュの仕事っぷりを監視しながら自らの事務作業をこなすオーギュは毎回こうだといいのにと軽く嫌味を放ちつつ一息ついていた。
 晴れるとまたあの広場へ向かうので、仕事が滞る。
 あの日から暇が見つけては、ロシュは宮廷魔導師の研究室側へ出かけていた。聞けば、前に出会った少年に会えるかもしれないと言い出す。
 その呆けた顔といったら。
 とにかく間抜け過ぎて、溜まった仕事をさっさと処理してしまいたいオーギュには腹が立つだけだった。
 天気が良ければぼんやり外を眺める。現実逃避する。それを叱咤して仕事をしろと促すのも飽きてきたオーギュは、早く悪天候にならないかと内心待っていた。
 いっそのこと一週間位嵐にならないものだろうか。
「ロシュ様」
「仕事してますよ、ちゃんと!」
「お茶にしましょう。疲れも溜まってきただろうし」
 ロシュは凝り固まった体を伸ばし、呑気な欠伸をする。
「今日はずっとこの調子でしょうねえ」
「そんなに彼に会いたいのですか?」
 湯を作るオーギュの言葉に、ロシュは「えっ」と動きを止める。そして年甲斐もなく?を赤らめた。
「そ、そんな訳じゃ」
 少年の頃はかなりの美少年と持て囃されたロシュだったが、大人になっても外見は物腰の柔らかい優男風に育ったせいで実年齢より若く見られてしまう。
 アストレーゼンの天使とまで称される程だが、中身は脳が蒸発したようにほやほやと平和ボケしていた。
「感心したのです。隣国から来てまでこの国に尽くして下さっているのですから…」
「それだけじゃないでしょう。あなたは昔から興味ある物に関してはとにかく追求したい性格だ。あの少年が気になって気になって仕方ないんですよ」
「珍しいタイプだと思ったんです」
 でなければ隙を見てあの広場に行き、彼の姿を求めてフェンスにしがみ付いたりはしない。確かに、人目を惹きつける容姿をしていたが単なる子供だ。
 剣士にしてはやけに華奢で、女性と見間違えそうな儚さをした風変わりな剣士。
「あなたがそんな趣味だとは思ってもいませんでした」
「そっちに話が行くんですか…」
 まあ、確かに可愛かったけれども。
 ロシュは少年の姿を思い出す。その後、オーギュに目を向けた。爽やかな香りを漂わせた紅茶を淹れていた彼は、ロシュの視線に気付き不審そうに眉を軽く寄せる。
「何か?」
「いえ、あの子の必死に大人ぶろうとする様子が、昔のあなたに良く似てたなあって」
「は?」
「ふふふ」
 オーギュの突き放す話し方は誰でも一歩引いてしまうが、完全に慣れているロシュには何のダメージも無い。
 温まったカップを受け取り、ロシュはオーギュの反応を楽しみつつ「いただきます」と紅茶を一口飲み込んだ。
「はあ、美味しい」
「当然でしょう。私が淹れたんですから」
 選びに選び抜いた茶葉を使って丁寧に淹れた紅茶は、爽やかな香りに程良い甘さを引き立ててくる。
 思っていた以上に、疲れが溜まっていたようで気持ちが落ち着いた。
 雨は引き続き降っていたが、屋根を叩きつける雨音を聞くのも悪くはない。
「少し休憩して、また仕事の続きをしましょう、ロシュ様。クッキーは如何ですか?」
 至れり尽くせりの補佐役に、ロシュは有り難さを感じる。彼はやはり自分には勿体ない位の有能な人材だ。
「ありがとうございます。優秀な方が側にいるととても助かりますねぇ」
「あなたに泣きながらお願いされましたからね。まあ、私以外にあなたを操作出来る人は居ませんし」
 冗談を言い合うのもお互いを知り尽くしているからこそ。
「泣いた覚えはないですよ、もう」
 こうした毎日の仕事の合間の息抜きは、二人の楽しみでもあった。

 宮廷剣士兵舎、休憩所。
 現在のアストレーゼンに宮廷は存在していないが、昔の王政を敷いていた名残で、その名称だけは残されていた。何代目か昔の王が司祭業に力を入れ過ぎた余り、世継ぎが途絶えてしまった過去があり、豊富な知識と魔力を兼ね備えた司祭が代わりに国を統治するようになった。
 剣士達は王家や国を護る業務から、司祭と国を護る業務に自然に移行されていったという逸話がある。
 そして現在。彼らは護衛や大聖堂の補修工事、近隣の警備など多数の業務を任されていた。
 簡単に言うと力のある便利屋。
 この日も天候の悪い中、それぞれの任務を終えて集団で休憩所へなだれ込んでいく。
 雨は湿気を纏い、兵舎の空気をより息苦しくしてくる。外での仕事を済ませた剣士達は、その不快感から逃れるように我こそはとシャワールームに駆け込んでいた。
「寒っ、寒っ!!」
「急に冷えてきたな」
 大柄な剣士らは濡れた制服を脱ぎ捨てると、半裸のままで暖を取る。シャワールームは男達でごった返しているので、賢い者は順番を待つ間、とりあえず暖かな場所へ避難していた。
「お、何だリシェ。そのままの格好で平気か?」
 眼前に現れた褐色の全裸の大男に、リシェは不快感を剥き出しにする。シャワー前は必ず全裸で徘徊する同僚にはもう慣れていたが、せめて恥じらいを持って欲しかった。
 自慢の肉体を披露したいのだろうが迷惑だ。
「もう俺は上がりだからこのまま帰る。気色悪いから目の前に出てくるな」
「お前、顔に似合わず定期的に暴言吐くよな」
「誰がそうさせてるんだ。恥ずかしいと思わないお前が異常なんだ、ヴェスカ」
 リシェのきつい言葉に慣れているのだろう。ヴェスカは大して気にせずに普通に「水分が纏わりつくのが嫌なんだよ」と返した。
 他の剣士達は彼の全裸は慣れているようで、まるで景色の様にスルーしている。だが、見ろと言わんばかりに披露するヴェスカに、リシェはあからさまに嫌そうな顔を見せていた。
「さっさとシャワーに行け。見苦しいし邪魔だ」
 リシェは髪から伝い落ちていく水滴を邪魔そうに払うと、自分の荷物を背負った。男性とは思えぬ容姿のせいで、一挙一動が不思議と絵になる。
 男所帯の中で異彩を放ちすぎて、仲間の剣士らからあらぬ妄想を引き立たせてくるのも頷けた。
「可愛くねえなあ」
 その甘い顔をしながら毒を吐くのは本当に勿体無いと思うのだが、リシェはその容姿を利用したいとは思わないタイプのようで、発せられるのは明らかに可愛くない発言ばかり。
 ヴェスカが文句を言うのも分からなくはなかった。
「退け。帰る」
 ぶっきら棒に言うと、リシェはヴェスカを無視してさっさと休憩所から出て行ってしまった。ありゃ…と呆気に取られるヴェスカ。
「生意気なガキだなあ」
 二人のやり取りを見ていた剣士らは、去って行ったリシェに対して文句を放っていた。
「先輩に対してこれだもんな。シャンクレイス人ってのは、あんな横柄な訳?」
「まあ…ヴェスカからしてあれだからな。先輩を尊敬しろっつっても厳しいだろ。毎回毎回見たくもない暑苦しいフルチン姿で立ち尽くす奴をどう尊敬しろってんだよ」
 文句を言われても仕方が無いという意味合いを持ちながらヴェスカにも軽く非難を向ける。ヴェスカは反省の色も見せずにムッとした。
 紅葉のような鮮やかな赤髪と、筋肉質の裸は神話に出てくる英雄の出で立ちだが、逞しさはそこだけでは無く、今まで数多くの異性を虜にしてきたと吹聴したくなる程のものを持っている。
 しかし得意げに披露される側はたまったものでは無い。
「せめてタオル巻いてろよ!変態かお前は!!」
 何度、仲間達に同じ事を怒鳴り散らされてきただろうか。休憩所に響く声が、ヴェスカの耳を突き破る。
 いくら同性でも、他人の裸体は目のやり場に困るのだった。

 その日のやるべき仕事をひと段落させ、アストレーゼン司聖補佐役のオーギュスティン=フロルレ=インザークは大聖堂の中にある図書館へと足を踏み入れていた。知識の宝庫である図書館は多岐に渡るジャンルの蔵書でひしめき合い、国家図書館とあって通う度に新書が入荷してくる。
 館内の広さも他の図書館とは規模が違い、職員でも把握しきれなかった。常に一般にも解放されており、人々の出入りは激しい。
 古書独特の匂いは嫌いではなく、むしろこの場にずっと居たいとオーギュは思うのだが、ただ一つだけ問題点がある。
「出会ってすぐに人の身体に触るのはやめてくれませんかね」
「んん?…ああ!失礼。まるで君が私を誘うような目をしてくるからついつい!」
「この目は生まれつきです」
 きつく手を振り払いながらオーギュは舌打ちした。そんな殺伐とした態度にも慣れている図書館司書、カティル=ウラニア=エンシュレスは対照的な朗らかな表情でオーギュに接する。
 自分と同じように眼鏡を身につけ、いかにも文系で大人しい感じの印象だが、彼はいつもこうだった。
 普通に本を探して読みたいのに、自分を見つけるととにかくちょっかいを出してくる。振り払おうが御構い無しにくっついては、何かしら邪魔をするのだ。
 しかも本の虫で細身の体つきのくせに、やたら力が強い。
「私の事はいいからあなたは自分の仕事をして下さい」
「冷たいなあ…君を見ると弄りたくなるのに」
「近付かないで下さい。煩わしい」
 オーギュのきつい言葉はカティルを更に増長させるのだが、突き放したい一心のオーギュには分からないようで、嫌がる君もまたいいと薄気味悪い発言をしてくる。
 壁を自ら作りそうな近寄り難い外見のオーギュだが、カティルはその奥に隠されている性質を直感で知っているのか、とにかく彼を責めたくて責めたくて堪らないのだ。
「暴言もこちらにはご褒美みたいなものだ、オーギュ。あ、そうだ。この前君に貸してあげた『世界の裸祭大全集』はどうだったかな?」
「苦情付きで速攻返しました」
「何だぁ…反応が見たかったのに。ちゃんと読まないと!」
「頼んでもいない物を無理やり袋に詰めないで下さい」
 思い出し、オーギュは気分を余計損ねる。勝手に変な本を押し付け、感想を聞こうとするのはある種のセクハラではないのだろうか。
 いつものように無視して本を探していると、やがて違う来客を見つけたカティルが「ああ」と声を上げた。
「やあリシェ君、こんにちは!」
 図書館の入口の方向に向け、カティルは手を上げて声を張り上げると、呼ばれた相手は彼に一礼した。
 オーギュも反射的にその方に目をやる。
「カティル先生」
「久しぶりじゃないか。君好みの本も次々と入荷してきたんだよ、楽しんでいってね」
 あれ…あの子は。
 カティルと親密な様子で話している小柄な少年を、オーギュは記憶していた。あんなに特徴的な少年はすぐに脳に焼き付く。
 宮廷魔導師の研究室近くに居た、ロシュと話をしていた彼。
「あなたはいつぞやの」
 まさかロシュが気になっていた相手と偶然遭遇してしまうとは。今は休息日なのか、それとも仕事が既に終わったのか、宮廷剣士の制服ではなくラフな格好をしている。
「あれっ、オーギュも知り合いかな?」
「いや…少しだけ会ったのみです。珍しいタイプの子でしたから覚えてますよ。えっと…リシェ?」
「リシェ=エルシュ=ウィンダートです」
 まだ幼さのある顔から、大人びた口調で喋る。黒くサラサラしたストレートの髪と、同じような真っ黒で丸く大きな瞳。剣士の割には妙に白い肌。少女と見紛う位の独特の雰囲気。
 ロシュが気になる訳だ…とオーギュは変に納得する。
「リシェ君もよくここに来てくれるんだよ。とても勉強熱心でねぇ…おかげでこちらも、いい本を集めたくなるものさ」
「ここは沢山本があるから。最近なかなか来れなかったし、今日はもう任務も無いから久々に来れて良かった」
 カティルはにこにこしながら頷く。
「常連さんなのですね」
「オーギュ様もよくこちらに?」
 面と向かって様付けをされると変にくすぐったい。オーギュは「私も本の虫なのです」と微笑んだ。
「それに、カティルとは昔からの腐れ縁ですしね」
 同時に横に居たカティルはオーギュの尻を鷲掴みにする。
 とにかく何かをやらなければ死ぬ病気にかかっているのだろうか。オーギュはリシェに知られないようにカティルの片足を思いっきり踏ん付ける。
 それまでにこやかにリシェに接していたカティルから素っ頓狂な悲鳴が上がり、静かな図書館に声が響いた。
 右足のつま先に激痛が走り、苦悶の顔を剥き出してしまう。
「あ痛ぁあああああ!!!!」
「カティル先生?」
 リシェは首を傾げ、カティルに問う。
 彼に襲いかかった不幸を、リシェは知るはずもない。図書館を訪れていた来客は一気にこちらに注目していた。
 言葉を失うカティルを無視するオーギュは、リシェに何でもないですよと吐き捨てるように返した。
 震えて屈むカティル。
「何てこと無いですよね、カティル?」
「くぅっ…ふうう…!!」
「それはそうと…リシェ君、と言えばいいでしょうか。あなたはなかなかの勉強家のようですね」
「リシェ、で構いません」
 涼しげな顔でふっと微笑むオーギュ。
「まだお若いのに宮廷剣士になるとは珍しい。そして読書家でもあるとは、探究心も大したものです」
「…いえ…元々本が好きだったし、それに」
 思いもよらぬ相手に褒められ、リシェは少しばかり照れ臭そうに答える。
「守りたい人が居ますから」
「それはそれは…頼もしい方だ」
 この年でもう守りたい相手が居るとは、今の若い子はませているなとオーギュは思った。今から経験を重ねていけば、将来は相当頼りになる剣士になるだろう。
 屈強な剣士の中、リシェのような外見が華やかなタイプが入ればさぞかし絵になるだろうが、彼なりの苦労もありそうだ。
 アストレーゼンの男達は血気盛んな性質があるから、まだ経験の浅い若者は押されてしまう傾向になる。慣れてきた頃、自ずと周囲と溶け込むのだ。
「あの」
「?」
 リシェは自分より背の高いオーギュを見上げる。
「何でしょう?」
 不意に思い浮かんだ言葉を口走ろうとしたが。
「…あ…いいえ、大丈夫です。すみません」
 変に照れたような印象を与えながら、リシェは押し黙った。
「何も遠慮する事は無いですよ、リシェ。あなたはなかなか聡明に見える。疑問ならば私に答えられる範囲でお答えしますし」
「いえ、いいんです。こうして会話させて頂くだけで」
 悶え苦しんだ末にようやく痛みが抜けてきたカティルは、よろめきながらオーギュに言った。
「リシェ君はロシュ様の大ファンのようだよ、オーギュ。惚れ過ぎてここに来たって言ってもおかしくはない」
「カティル先生!!」
 ひたすら大人ぶろうとするリシェの顔がたちまち真っ赤になっていく。意外な言葉に、オーギュは驚いて目を少し見開いてしまった。
「大ファンって…あなたまさか、その為に…?」
「いっ…いや、あの…その為だけって訳じゃ…」 
 急激にもじもじするような仕草を見せてくる。まるで図星だと言わんばかりに。
「リシェ君は純粋だからね。またそれが初々しくていい。憧れる一心で剣士にまでなっちゃうんだから」
 まさかこの国に来た理由があのロシュだとは、本人でも思いもよらないだろう。こんな話を聞いたら彼の事だから嬉しさで舞い上がってしまうはずだ。
 隣国から野心を持って来たのかと勘ぐってしまった自分が恥ずかしく思えてきた。
「俺、憧れの方の盾に少しでもなれたら」
「ふふ…ロシュ様が聞いたら大喜びしますよ。ですがあまり気負い過ぎないようにしないと」
 早まるな、と言いたくなった。しかも当の本人も、リシェの事を気にしているというのに。
 居たたまれないのか、挙動に変化を見せたリシェは顔を真っ赤にしながらカティルに向けて蔵書を見せ、「これを借りていくから!」と言うと足早に図書館から走り去ってしまった。慌てながら去る小さな姿を見送り、カティルは苦笑いする。
 まだうら若く、純粋過ぎるリシェをからかうのが楽しいらしい。
「初々しい子を弄るのは楽しいねぇ」
 からかう癖が全身に染み付いているカティルに、オーギュは悪趣味なと心底嫌そうな表情を見せた。
 いつの頃か、彼は自分に対してもしなくていい悪戯をしてくる。他人には軽いものだが、昔馴染みの自分には無駄に体に触ったりセクハラを好んでやってくるのだ。
 いくら怒鳴ろうが殴ろうが、止める気配すらない。それも爽やかな笑顔付きで。
 悪気が全く無いように見せるのが余計タチが悪い。
「君もこういう時期があっただろうに、今じゃ少しのギャグも許してくれないもんなぁ」
 オーギュの肩に手を置き、耳元で囁くカティル。
「無意味に体を触ってくるのもギャグですか、この変態が。私は図書館は好きですがいちいち人にちょっかいかけてくるあなたは好きではありません」
「スキンシップだとは思えないのかなー?君さえ良ければ、こちらはいつでもオープンになるのに」
「思えませんね。度を越したスキンシップなんてされても嬉しくない」
 はあ、とカティルはがっかりしたように一息付くと、「君には愛の告白ですらばっさり切り捨てそうだ」と嘆いた。
 オーギュのような外見からして堅物な性質では、近寄る者は少なそうだとカティルは心配になった。これではいけないと抱きつくなり何なりしてみるが、本気で嫌がるのでどうしようもない。
 キツそうな外見だが身長は高い。目付きは悪いが顔も悪く無い。総合的に素質はいいのに、勿体ないなと思う。
「まあ、寂しくなったら私が君を抱いてあげるからいつでも来るといいよ、オーギュスティン?君の弱点はあちこち触ってきたから存分に満足させてあげられる」
 声高らかに言い出すせいで、静かな図書館に声が響いていく。周辺の人々が一斉にこちらを振り向き、やがて好奇な目線を向けてきた。
 完全にそっち方面の誤解をされてしまう発言だ。
  …何を言い出すのか、この場所で!!
 オーギュは普段は冷静な顔を真っ赤にさせ、へらへらしているカティルに「誤解を生むような事を喋るな!!」と怒鳴った。
 このカティルの悪癖はいつになったら治るのだろう。彼は火に油を注ぐどころか、更に炎上させてしまう。
 …その所為か、大聖堂の敷地内ではオーギュ様は図書館司書と出来ているらしい、という変な噂が流出するようになってしまった。

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