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マルトー商会
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【 会長ジャン•セルビーの視点 】
発端は王都の婦人服部門の責任者と靴鞄部門の責任者からの報告だった。
高貴な夫人がマルトーのいくつかの平民向け店舗で買い物をしたりオーダーを入れたらしい。
その場でさっとデザイン画を書いて注文し、届け先はミュローノ侯爵家と告げたようだ。
店舗から部門責任者に報告が上がり、彼らも相手が相手なだけに相談しに現れた。
テーブルの上に複数のデザイン画が並べられた。
「これを夫人が?」
「はい。アンジェリーナ•ミュローノ様 ご本人で間違いありません」
「それで?」
「侯爵家の夫人どころか、女性が着るには少しデザインが…」
確かにスカートではないものが2つあった。
「本人のデザイン画なのだろう?」
「店の者も恐る恐る尋ねてみましたら“乗馬服なんてスカートでもないし もっとピッタリしているじゃない”と言われたそうですが、後々問題になった時に夫人がマルトーに責任転嫁しないかと心配なのです」
「布の指定は高級なものだな……少しだけ待ってくれないか。この2つ以外は進めてくれ」
「かしこまりました」
「エドワードの方は何が問題だ」
「問題というよりは、デザインの使用権をいただきたいと相談に上がりました。こちらの3枚の中にはいくつかの靴が描かれておりますが、実際に作るのは丸の付いた3つのデザインです。
居合わせた店舗の従業員が欲しがり、たまたま差し入れに来た妻も欲しいと言い出しました」
いずれもローヒールで太めのもの、細めのもの、フラットの3タイプ。シンプルなものと装飾をしたものと多様だ。
「これは?」
「こちらの靴は色違いで作って欲しいと依頼を受けました」
「確かに良いとは思うが、夫人に使用権を願い出るほどか?」
「最大の特徴は内側で、底と踵周りに工夫がなされています。疲れの軽減と靴擦れの予防だそうです。足の裏には硬い角質ができ 削っている女性が多いです。後ろの踵から足首付近にかけて酷い靴擦れに悩む女性も多くおります。少しでも軽減できるのならと女性従業員や妻が目の色を変えていました」
「何か理由を付けて夫人と接触してみてくれ」
「かしこまりました」
その夜、妻からパーティに招待してみたらどうかと言われ、来ないだろうとは思ったが出してみた。
翌日の月初め、珍しく中古販売店を任せている店長が現れた。
「今月はかなりの買い取りがありまして、こちらが報告書です」
「…貴族の没落でもあったのか?そんな記事は出ていなかったが」
「それが、引き取り依頼があり ミュローノ侯爵邸に出向きまして、夫人のアンジェリーナ•ミュローノ様が大量にドレスや靴やアクセサリーなどを手離して換金なさいました。“好みじゃなくなった”と。
大量な上に高価なものばかりでしたので、丁寧な輸送が必要で荷馬車で往復しました」
「分かった。ご苦労様」
どういうことだ?王命婚だから離縁などしないだろう。ミュローノ家が困窮しているはずもない…。
その後、エドワードからは夫人が不在で会えなかったと言われた。
招待状は欠席の返事が届いた。
服の納品を終えたらしい婦人服部門の責任者オーティスが報告に来た。
「どうやら、あれからすぐに夫人はヤンヌ子爵の領地に滞在しているらしく、お会いすることは叶いませんでした」
「確かミュローノ家の親戚だな。分かった」
「あの、実は…針子の1人が夫人のデザインした服を作るときに、試作を作り着てみたところ 好評でして」
「もしかして、“ワイドパンツ”“フレアパンツ”とかいうものか」
「はい。動きやすく楽だと申しております。スカートではないので捲れたりしないので安心のようです。夫人が描いたようにブラウスのように仕立てたチュニックや ジャケットを合わせて腰回りを隠すこともできます」
「そうか。夫人と会う機会ができるまで待つしかないな。
その針子の試作品は没収しろ。くれぐれも模造するなとキツく忠告してくれ」
「かしこまりました」
もうすぐパーティという時期になり屋敷は準備が始まっていた。
「旦那様、大変です」
使用人が慌てて手紙を手にしながら走ってきた。
渡された手紙の差出人はローランド・ミュローノと書いてあった。
手紙を読むと、欠席の返事を出したが出席したいと書いてあった。
急いで返事を出した。
そして当日、噂通りの2人が到着した。だが噂は半分間違っていた。
侯爵令息は黒髪に海のような青い瞳の美男子で、夫人は赤みを帯びたダークブロンドに淡い水色の瞳の美し過ぎる女性だった。
確かにこんなに美しければ王太子殿下も心を奪われるだろうと納得した。
ミュローノ侯爵家は裕福な家門だ。領地は海に面していて貿易の拠点となっている。ローランド様は王太子殿下の親友だった。王太子殿下にアンジェリーナ様は相応しくないと反対していたらしい。
毛嫌いしていた女と婚姻をしろという王命が出てから女遊びをするようになったと聞いている。婚姻した今も、妻ではなく恋人をパートナーにして出席していると聞いたことがある。
夫人の実家であるプラジール侯爵家は敵に回してはいけない家門だ。
表向きは国王裁判室の裁判長で、重要な裁判を任されている。それだけではないらしい。懇意にしている貴族から忠告を受けた。生き延びたければ、そして家族が大事であれば敵に回しては駄目だと。
その侯爵の末娘アンジェリーナ様はまさに高嶺の花。言い寄る令息達を鼻で笑い、下位貴族は話しかけることも近寄ることも許さなかった。
王太子殿下が見初めたときも、微笑むだけで相手にしなかったとか。
その2人がセルビー邸に来ている。ローランド様の方はアンジェリーナ様を熱い眼差しで見ていた。そしてあのアンジェリーナ様が息子フレデリックの手を取った。男爵になって10年足らず。彼女が息子の手を取るとは思わなかった。
だが、そのすぐ後にフレデリックの不満が爆発した。息子は学園でもどこでも差別を受け続けていた。“平民の方が良かった”と泣き言を口にすることもあった。確かにそう思うこともあるが陛下に爵位なんか要らないとは言えない。前向きに進むしかないと何度も宥めていた。
セルビー男爵家を知らない夫人にフレデリックは文句を言った。よりにもよってプラジール侯爵家出身のアンジェリーナ様に…。
ローランド様はすぐに怒りを顕にして反論した。
彼女は記憶を失い、自分のことも国のことも覚えていないと。
全てが繋がった。
大量のドレスなどの引き取り、平民向けの店での服や靴の依頼、うちのパーティの出席、フレデリックの手を取ったこと。
アンジェリーナ・プラジールを作り上げた記憶が失くなり価値観が変わったのだろう。
平伏して謝罪をする我らと、妻を守ろうと我らに怒るローランド様の間で彼女は泣き出した。
“うわぁ~ん!! 喧嘩やだぁ!!”
二十歳に満たないが人妻であるアンジェリーナ様が 幼子のように声を上げて泣いたのだ。それにはローランド様は狼狽し、直ぐに折れた。
そして愛おしそうに彼女を宥めながら涙や鼻水を拭いて笑っていた。
王命婚姻をした犬猿の夫婦ではなく、妻にメロメロな夫と、彼の気持ちに気付いていない妻といった関係に見えた。
その後、パーティで楽しんでもらい、帰り際に使用権のお願いをしてみた。デザインを多少変えたら好きに使っていいと許可をもらえた。しかも無償で。
翌朝、朝食の席でフレデリックが思い出し笑いをした。
「父上、アンジェリーナ様はとても優しい方ですね」
「そうだな」
「あんなふうに泣き出すとは思わなかったわね」
「あれ、嘘泣きですよ」
「「え?」」
「姪っ子の嘘泣きにそっくりでした。
ローランド様の怒りを鎮めるための苦肉の策だったのでしょう。
彼女に酷いことを言ってしまいました。それなのに嘘泣きで場を納め、気を取り直してパーティに出席してくださって、商品の権利を一切主張せずにいてくださるような、心が綺麗で優しい方です。しかもあの美しさ。あのやりとりが何とも可愛い。ローランド様が羨ましいです」
貴族令嬢なんかとは婚姻しないと言っていたフレデリックが不毛にも心を奪われてしまったようだ。
食事を終えた後、ローランド様には酒を、アンジェリーナ様には花束と美容品を贈るよう指示を出した。
発端は王都の婦人服部門の責任者と靴鞄部門の責任者からの報告だった。
高貴な夫人がマルトーのいくつかの平民向け店舗で買い物をしたりオーダーを入れたらしい。
その場でさっとデザイン画を書いて注文し、届け先はミュローノ侯爵家と告げたようだ。
店舗から部門責任者に報告が上がり、彼らも相手が相手なだけに相談しに現れた。
テーブルの上に複数のデザイン画が並べられた。
「これを夫人が?」
「はい。アンジェリーナ•ミュローノ様 ご本人で間違いありません」
「それで?」
「侯爵家の夫人どころか、女性が着るには少しデザインが…」
確かにスカートではないものが2つあった。
「本人のデザイン画なのだろう?」
「店の者も恐る恐る尋ねてみましたら“乗馬服なんてスカートでもないし もっとピッタリしているじゃない”と言われたそうですが、後々問題になった時に夫人がマルトーに責任転嫁しないかと心配なのです」
「布の指定は高級なものだな……少しだけ待ってくれないか。この2つ以外は進めてくれ」
「かしこまりました」
「エドワードの方は何が問題だ」
「問題というよりは、デザインの使用権をいただきたいと相談に上がりました。こちらの3枚の中にはいくつかの靴が描かれておりますが、実際に作るのは丸の付いた3つのデザインです。
居合わせた店舗の従業員が欲しがり、たまたま差し入れに来た妻も欲しいと言い出しました」
いずれもローヒールで太めのもの、細めのもの、フラットの3タイプ。シンプルなものと装飾をしたものと多様だ。
「これは?」
「こちらの靴は色違いで作って欲しいと依頼を受けました」
「確かに良いとは思うが、夫人に使用権を願い出るほどか?」
「最大の特徴は内側で、底と踵周りに工夫がなされています。疲れの軽減と靴擦れの予防だそうです。足の裏には硬い角質ができ 削っている女性が多いです。後ろの踵から足首付近にかけて酷い靴擦れに悩む女性も多くおります。少しでも軽減できるのならと女性従業員や妻が目の色を変えていました」
「何か理由を付けて夫人と接触してみてくれ」
「かしこまりました」
その夜、妻からパーティに招待してみたらどうかと言われ、来ないだろうとは思ったが出してみた。
翌日の月初め、珍しく中古販売店を任せている店長が現れた。
「今月はかなりの買い取りがありまして、こちらが報告書です」
「…貴族の没落でもあったのか?そんな記事は出ていなかったが」
「それが、引き取り依頼があり ミュローノ侯爵邸に出向きまして、夫人のアンジェリーナ•ミュローノ様が大量にドレスや靴やアクセサリーなどを手離して換金なさいました。“好みじゃなくなった”と。
大量な上に高価なものばかりでしたので、丁寧な輸送が必要で荷馬車で往復しました」
「分かった。ご苦労様」
どういうことだ?王命婚だから離縁などしないだろう。ミュローノ家が困窮しているはずもない…。
その後、エドワードからは夫人が不在で会えなかったと言われた。
招待状は欠席の返事が届いた。
服の納品を終えたらしい婦人服部門の責任者オーティスが報告に来た。
「どうやら、あれからすぐに夫人はヤンヌ子爵の領地に滞在しているらしく、お会いすることは叶いませんでした」
「確かミュローノ家の親戚だな。分かった」
「あの、実は…針子の1人が夫人のデザインした服を作るときに、試作を作り着てみたところ 好評でして」
「もしかして、“ワイドパンツ”“フレアパンツ”とかいうものか」
「はい。動きやすく楽だと申しております。スカートではないので捲れたりしないので安心のようです。夫人が描いたようにブラウスのように仕立てたチュニックや ジャケットを合わせて腰回りを隠すこともできます」
「そうか。夫人と会う機会ができるまで待つしかないな。
その針子の試作品は没収しろ。くれぐれも模造するなとキツく忠告してくれ」
「かしこまりました」
もうすぐパーティという時期になり屋敷は準備が始まっていた。
「旦那様、大変です」
使用人が慌てて手紙を手にしながら走ってきた。
渡された手紙の差出人はローランド・ミュローノと書いてあった。
手紙を読むと、欠席の返事を出したが出席したいと書いてあった。
急いで返事を出した。
そして当日、噂通りの2人が到着した。だが噂は半分間違っていた。
侯爵令息は黒髪に海のような青い瞳の美男子で、夫人は赤みを帯びたダークブロンドに淡い水色の瞳の美し過ぎる女性だった。
確かにこんなに美しければ王太子殿下も心を奪われるだろうと納得した。
ミュローノ侯爵家は裕福な家門だ。領地は海に面していて貿易の拠点となっている。ローランド様は王太子殿下の親友だった。王太子殿下にアンジェリーナ様は相応しくないと反対していたらしい。
毛嫌いしていた女と婚姻をしろという王命が出てから女遊びをするようになったと聞いている。婚姻した今も、妻ではなく恋人をパートナーにして出席していると聞いたことがある。
夫人の実家であるプラジール侯爵家は敵に回してはいけない家門だ。
表向きは国王裁判室の裁判長で、重要な裁判を任されている。それだけではないらしい。懇意にしている貴族から忠告を受けた。生き延びたければ、そして家族が大事であれば敵に回しては駄目だと。
その侯爵の末娘アンジェリーナ様はまさに高嶺の花。言い寄る令息達を鼻で笑い、下位貴族は話しかけることも近寄ることも許さなかった。
王太子殿下が見初めたときも、微笑むだけで相手にしなかったとか。
その2人がセルビー邸に来ている。ローランド様の方はアンジェリーナ様を熱い眼差しで見ていた。そしてあのアンジェリーナ様が息子フレデリックの手を取った。男爵になって10年足らず。彼女が息子の手を取るとは思わなかった。
だが、そのすぐ後にフレデリックの不満が爆発した。息子は学園でもどこでも差別を受け続けていた。“平民の方が良かった”と泣き言を口にすることもあった。確かにそう思うこともあるが陛下に爵位なんか要らないとは言えない。前向きに進むしかないと何度も宥めていた。
セルビー男爵家を知らない夫人にフレデリックは文句を言った。よりにもよってプラジール侯爵家出身のアンジェリーナ様に…。
ローランド様はすぐに怒りを顕にして反論した。
彼女は記憶を失い、自分のことも国のことも覚えていないと。
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“うわぁ~ん!! 喧嘩やだぁ!!”
二十歳に満たないが人妻であるアンジェリーナ様が 幼子のように声を上げて泣いたのだ。それにはローランド様は狼狽し、直ぐに折れた。
そして愛おしそうに彼女を宥めながら涙や鼻水を拭いて笑っていた。
王命婚姻をした犬猿の夫婦ではなく、妻にメロメロな夫と、彼の気持ちに気付いていない妻といった関係に見えた。
その後、パーティで楽しんでもらい、帰り際に使用権のお願いをしてみた。デザインを多少変えたら好きに使っていいと許可をもらえた。しかも無償で。
翌朝、朝食の席でフレデリックが思い出し笑いをした。
「父上、アンジェリーナ様はとても優しい方ですね」
「そうだな」
「あんなふうに泣き出すとは思わなかったわね」
「あれ、嘘泣きですよ」
「「え?」」
「姪っ子の嘘泣きにそっくりでした。
ローランド様の怒りを鎮めるための苦肉の策だったのでしょう。
彼女に酷いことを言ってしまいました。それなのに嘘泣きで場を納め、気を取り直してパーティに出席してくださって、商品の権利を一切主張せずにいてくださるような、心が綺麗で優しい方です。しかもあの美しさ。あのやりとりが何とも可愛い。ローランド様が羨ましいです」
貴族令嬢なんかとは婚姻しないと言っていたフレデリックが不毛にも心を奪われてしまったようだ。
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