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ハヴィエル・サルト(想い人の妊娠)
しおりを挟む【 ハヴィエルの視点 】
フィンネル邸の使用人面接を厳しくしながらアネットと交流した。
アネットは頑固な面があるが、甘えるようにお願いするとノーとは言いにくいらしい。
それに、菓子を取ってくれと言うと、皿に取るだけでいいのに食べさせてくれるのだ。
誤解?を解かないまま、言われるがままに口を開けアネットが菓子を入れてくれるのを待つ。
最初は使用人達の前で恥ずかしかったが、アネットが声のトーンを落としたので慌てて口を開いた。
今や日常の出来事になった。
散歩は手を繋ぎ、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる。
こんな生活に慣れてしまったら、アネットがフィンネル邸に移り住んだ時にどうなるのだろう。
そしてその生活はある人物の登場で終わりを迎えることになる。
何度目かの面接で現れたのはアーノルドという男だった。
書類の事前審査では年齢は31歳。
貴族経験ありの平民で元王宮勤めと書いてあった。
詳しい経歴は極秘と書いてあった。
興味本位で面接を許可してしまった。
『アール!』
『アネット』
『久しぶり!……遊びに来たの?』
『ここは面接の場だろう』
『だって……仕事は?』
『こっちが最優先だ。安全な日常が確認できるまで側にいる』
『許しは貰えてるの?』
『辞めたということになっている。勿論あちらに報告もしない』
知り合いらしい。親しいな。
だからといって雇用主にこの口のききかたはどうなんだ。不採用にしたいところだが…。
『アネット、状況が掴めない。使用人として雇用するには難しい気がするが』
『う~ん、使用人ではないわね。
なんだろう、アール』
『アーノルド』
『アーノルド……慣れないわね。
ハヴィエル様、彼は近衛騎士団のエリートなんです。私が保証します』
『………』
『アネット、サルト男爵と二人きりで話をさせてくれ』
『……ハヴィエル様は私の友人だってことを忘れないでね』
『分かったから』
アネットが部屋を出ると男の雰囲気がガラリと変わった。
『ほとんど見えないと聞いたが』
『そうだ』
『アネットには護衛が必要だ。俺の腕を触ってみろ』
『何故だ』
『触れば分かる』
触るとよく分からない感触だった。
『これは酸を浴びた肌だ』
『!!』
『アネットが襲撃された時に、女とアネットの間に入ったが飛んだ液体はほとんどアネットにかかってしまった。狙いは顔だった』
『……それで?』
『アネットに好意を寄せているのは分かる。だがこの手触りが肩、二の腕、脇と広範囲に広がっている。目が不自由でも手触りに怯んで結局はアネットを傷付ける』
『そんなことで怯まない』
『婚歴があるということは他の女を抱いた経験があるはずだ。必ず比べるだろう』
『いいか、これまで前妻と比べることは何度となくあったが、アネットのような素晴らしい人間と出会えて友人になれたことが奇跡だと知っている。
私よりお前の方が危険だ。その異様な気配』
その時、男が近寄ったのが分かった。
足音も立てず後ろに回り込み喉に何か冷たい物が当たった。
『近衛騎士団で暗殺者? 影か』
『異様な気配で正解だ。アネットも知っている』
『まだ、そんなにも危険なのか』
男はソファに戻り座ると茶を口にした。
『嫉妬は人を狂わせる。
アネットは人を惹きつける』
『……』
呼び鈴を鳴らしアネットを部屋に入れた。
『アネットはどうしたい?』
『アーノルドが私の所でいいと言うなら』
『アーノルド、君は採用だ。よろしく頼む』
『では、先に屋敷に行って防犯対策をしてくる。アネット、鍵を貸してくれ』
『え?、 はい』
その後アネットはフィンネル邸に移り住んだ。
こんなに寂しくなるとは。
ケイトリンが出て行った時は寂しいという感情は無かった。
元に戻っただけなのに、陽射しが入らなくなった屋敷のように感じる。
父上も使用人達も寂しがっていた。
寂しさに慣れることなく次の問題がやってきた。
『父上、アネットが妊娠したそうです』
『お前!』
『違います!私ではありません!』
『従兄か』
『そのはずです』
『どうするんだ』
『産むそうです』
『そうじゃない。ハヴィエルはどうするんだ』
『分かりません』
『愛する女が他の男の子を産むとなると受け入れられない男の方が多いし、その場合産まれた子が憎くなる。
もし子を受け入れてアネットを娶っても、実子が出来た時に気持ちが変わるかもしれない。
その時はアネットにとってはどちらも実子だ。お前の態度次第では離縁される。
よく考えるんだな』
『父上ならどうしますか』
『聞いても意味がない。無理だと思ったら距離を置けばいい。完全な友人として友好的にな。
ただ、あんなに良い子は現れないと思うがな』
私の心次第だと言われた。
良くも悪くもフィンネル邸に足を運ぶ理由ができた。三日に一度様子を見に来たと言って訪ねた。
アーノルドは呆れていた。
徐々に動きが鈍くなるアネットが心配だった。
『アーノルド、アネットは大丈夫なのか?
立ち上がるのも辛そうに感じるが』
『そりゃ腹が膨らんでいるんだから重たいだろう。しかも二人入っているらしい』
『双子!?』
『医者はそう言っていた』
『ああ、もっと早く言ってくれ。うちの乳母だけでは足りない。探さないと』
『……すまない』
『いや、いいんだ。他に何かあれば教えてくれ。些細な事でもいい』
『入院して産みたいらしい。双子はリスクが高まる』
『対処する』
そう言われて気が付いた。出産で命を落とす妊婦もいるのを失念していた。
リスクが高まる……
『父上、アネットを望みます』
『そうか。では孫が産まれるのだな』
『双子らしく病院で産みたがっています』
『その方がいいだろう』
産まれて、退院した日に求婚したが断られた。
翌年も、更に翌年も。
サックス侯爵令息は結婚はしたが子は産まれていない。
もし自身に似た男児がいることを知ればアネットごと連れ去るだろう。
すっかりミーシェは私を父親だと思ってパパと呼ぶ。甘え方にも遠慮がない。
父上も喜んで二人を可愛がっている。
ライアンは毎日遊んでくれるアーノルドに懐いてしまい、彼をパパと呼んでいる。
ちょっと気に食わないが彼の不器用さが気に入っている。
そして冬、北部から王都を中心に大規模な流感が猛威を奮った。
サルト領は徹底的に出入りを封鎖した。
荷物の受け取りは領境の定められた場所に置き二、三日後に引き上げ、代金は次回に置いておく。
他国でも流行っているらしい。
冬の終わり頃に国王陛下からアネットに手紙が届いた。
“ゲラン夫人が危篤。だが行くな”
難しい選択だった。もし領外にでれば流行が収まるまでこの地に戻らせることはできない。
『アネット、残念だが流行が終わるまで外に出せない。出たらサルト領には当分戻れない。君はもう二人の母親だ。
子供のことを優先して欲しい』
『陛下の忠告は正しい。絶対に領外に出すつもりはない。俺のせいにしてかまわないから屋敷にいろ』
『分かってる。外に出ないわ。ハヴィエル様、アーノルド、ありがとう。大丈夫よ』
数日後、私はアネットに再度求婚した。
『そんな時期じゃないのは分かっている。
今回のことだけじゃない。
いずれ親は病気なりして天に召される。
その時のことや、それ以前に子供達を合わせたい時、今のままでは無防備だ。
まず、子を見たら父親が親権を主張するかも知れない。
見なくてもアネットを連れ戻したくなるかもしれない。
それじゃあ何のために別れたのか分からない。
アネットとライアンとミーシェを守らせてくれないか。
アネットを愛しているし子供達も可愛い。父上も同じ気持ちだ。
私は社交が免除されている。だから社交の心配はない。
ライアンとミーシェがいるから子は考えなくていい。産みたいと思ったら伝えくれればいい。閨も考えなくていい。欲が無いとは言わないが君が望まないことはするつもりはない。
よく考えて欲しい。
どうせ断られてもまた求婚するけど』
それから一ヶ月後、私はアネットと結婚した。
『決め手は何だったんだろう』
『アーノルドがいいんじゃないかって』
『特別ボーナスを出そう』
『アーノルドはお金持ちよ』
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