母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第五章 サザンポール亜大陸にて

5ー17 ヨルドムル その一

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 マルコ達の一行は、適宜隊商の後に続きながら、足止めを食らったカマルハンディを発ってから4日目にして古都ヨルドムルへ到着しました。
 幸いなことに、ブラキャビク以降の町では、宿に泊まれたので野営をしなくても済みましたけれど、実のところカラガンダ翁もステラ媼も野営を特段苦にはしていません。

 マルコの作った馬車の中で我が家同然に暮らせるのですから、外気の暑さや寒さを感じず、時にある雨天時の湿めっぽさもない室内は、高給宿の部屋よりもよほど快適なのです。
 また、野営(?)中にコックのアッシュが造る料理は、有名な料理店にも負けない味を生み出しています。

 但し、アッシュといえども、その地における郷土料理的なものはさすがに作れないのですけれど、アッシュが実際に見て味見をしたものであれば、すぐにでも作れるようになるのです。
 従って、野営とは言っても馬車の中であれば、高級宿以上の待遇で過ごせるのですから文句のつけようもありません。

 むしろ、カラガンダ義父様とうさまもステラ義母様かあさまもトイレだけは、馬車の方が快適と言って、余り宿のトイレを使われないようです。
 同じような水洗式のトイレであっても、便座に色々と仕掛けのある馬車の中のトイレは一旦使い始めるとそれがないと不便に感じるようですね。

 古都ヨルドムルの街は、クロキオン宗主国の中でも巡礼地として有名であり、多くの人々が訪れるので宿の数も多いのです。
 マルコ達が泊まったのは、ヨルドムルの中でも比較的グレードの高い方の宿でしたので、五日の連泊でも支障なく泊まることができました。

 例によって従者や護衛も含めての大人数の宿泊になりますので、宿の方はマルコ達一行を滅多にいない上客としてとらえているようですね。
 先日、カマルハンディでの殺人事件の余波で予定外の足止めを受けたわけですが、それでもベランドル温泉郷の滞在を取りやめた分だけかなり余裕があったので、当初の予定よりもこの地の滞在を二日ほど長くしました。

 それにより、史跡観光の日程がゆったりとしたものに変わるとともに見学史跡等も増えることになりました。
 明日からは市内の観光案内をしてくれるガイドを伴っての史跡巡りになります。

 ◇◇◇◇

 翌日、宿の手配によりガイドとして現れたのはカトレイネさんとマルヘレートさんといういずれも中年の女性でした。
 二人ともに、もうかれこれ10年ほどもガイドを務めているベテランだそうで、ヨルドムルの街の事なら何でも知っているそうですよ。

 ヨルドムルは、運河を市内に張り巡らせた水の都としても有名なんです。
 このため運河や水路にかかっている橋の総数は500を超えるというとても橋の多い街です。

 マルコ達の泊まった宿は中心部を少し離れた場所にあって、ここまでは馬車の出入りもできますが、街の中心部へ馬車で乗り入れることは禁止されています。
 古都の中心部につながる橋は、太鼓橋のような弧を描いた石橋で段差がついているのと、急こう配のために馬車は侵入できないのです。

 このようにしているのは、街の中心部を防衛するために軍馬の侵入を拒むための設備だからという説明を受けました。
 その代わりに小舟ならば街の中心部にも簡単に出入りできる構造なのです。

 敵の侵入が水路からあった場合は、橋や周囲の建物などが城壁代わりとなるために、侵入してくる敵の小舟は簡単に弓矢の餌食になってしまいます。
 今日の観光で移動する際もこの水路を使い、船首と船尾が切れ上がった形のゴンドラにも似た櫓櫂船のガルドーヤという船を使います。

 マルコ達は総勢で10名、ガイドの二人を加えると十二名になりますので、ガルドーヤは二隻で、マルコ達は五名ずつに分散しました。
 カラガンダ翁、ステラ媼、マルコ、護衛のウィツとワルが一つの船でカトレイネさんと一緒です。

 残りの、セバス、エマ、クリシュと護衛のエィワとテカウはマルヘレートさんと一緒の船ですね。
 二隻の船は連れだって運河や水路の中を進みます。

 乗客を12名以上も載せられる大きな観光船もあるそうですけれど、少し大きめになって小回りが利かない上に、狭い水路を通り抜けられないという欠点があるので、多くの場合は小さなガルドーヤが使われるそうですよ。
 最初に訪れたのは、日本人金谷正二の記憶に残っているバチカンのピエトロ広場(金谷はバチカンに旅行に行ったことはないがネットの動画や映画で情報を得ていた)にも似た大きな聖堂前の広場です。

 広場の半分は弧状の建物の壁で覆われ、その上には多数の聖人の像が広場を見下ろしています。
 因みにカトレイネさんは48体の聖人像の名前とその業績を教えてくれました。

 立て板に水のごとく、かなり早口の説明でしたので、カラガンダ夫妻にきちんと内容が分かったかどうかは定かではありません。
 義父様とうさま義母様かあさまも、歳を召されてからゆっくりと話すことが多くなっています。

 余り早口で喋られると内容が分からないままになる恐れもありますので、マルコがそれとなくカトレイヤさんに注意を与えました。
 カトレイヤさんすぐに対応してくれましたが、その分観光スケジュールが遅れることはやむを得ないですね。

 この聖堂前の半円弧状広場の前面は水面で覆われた半円形の池になっています。
 広場と池とを合わせると円形になるという造りのようですね。

 この広場は聖人の名に因んでプニタ・アンブルス広場と呼ばれているそうです。
 そうして背後に立つ立派な聖堂は同じくレ・プニク・アンブルス大聖堂と呼ばれており、かつては総主教の住居兼執務室となっていた場所なのです。

 この広場で総主教選別のためのイベントが繰り広げられた場所なのだそうですが、現在は新首都であるロームベルトにそうしたイベントも含めて総主教の居場所が移されています。
 この大聖堂は宗主国が管理する聖堂であり、司教様以下の教会関係者が教会としての役割を維持しているそうです。

 広場には、観光客目当てに土産物を売る売店がいくつもあって、多数の絵描きや吟遊詩人が居るのもこの街の特徴ですね。
 絵描きさんは、概ね、目の前の大聖堂をモチーフにした絵を描いており、その絵の上に観光客の似顔絵もしくは絵姿を描くのが商売です。

 客一人の絵を描くのに金貨1枚から2枚は少々お高いのかもしれませんが、絵の具代や布地のカンバスを考えると、さほど高くは無いのかも知れません。
 似顔絵を描かない風景画としても結構見栄えがします。

 似顔絵を描かない風景画だけの場合は、長辺が50センチ程度、短辺が42センチ程度のもので銀貨6枚なんです。
 絵の具は天然素材の顔料で、主として岩などを粉末にして油で練ったものを使いますが、実はこの顔料が結構高いんです。

 観光地で写真を撮る感覚で絵を描いてもらうことになりますが、時間もかかるし、お値段も高いのでさほどたくさんの客が居るわけではありません。
 それでも、義父様とうさま義母様かあさまは記念に風景画のみを二枚買っていました。

 昨日打ち合わせした際には、執事のセバスとメイドのエマには小型カメラを持たせて、適宜人物を入れて写真を撮るように言ってあるので、お二人ともそれを重々承知なのです。
 従って、記念写真の類は、後でマルコが細工をしてお渡しすると伝えてあるのです。

 因みにこれまでに寄った場所で密かに撮った写真もあるのですが、いわゆる写真のままでは他人ひとにも簡単に見せられませんので、写真を絵画風にアレンジしたものを作っています。
 その辺はIT関係に詳しい金谷正二の得意とするところであり、写真画像のドット部分を加工して絵画風に変化させてしまうのです。

 金谷の生きた時代にはパソコンのソフトでそのようなものがありましたけれど、その原理が分かっていれば、魔法で似たようなことが再現できるわけです。
 カメラもそういう意味では光属性魔法を利用した陰画への転写にすぎません。

 カンバスに描いた絵ではなく印画紙状の特殊な紙面に印刷してあるところが、この世界では明らかに異質ですけれど、お二人の旅行の記念になればとアルバムを作っています。
 そのうちの一冊をお見せしたわけですが、とても喜んでおられましたね。

 お二人だけでなく、マルコも、従者やほかのアンドロイド型ゴーレムたちも映っている写真です。
 全員が集まっての集合写真はカメラを設置したりしなければならない上に、人から不審がられますのででなかなか難しいのです。

 従って、その多くは、旅行に立ち会った全員がそれぞれの場面で個々に映っている写真になりますね。
 画家とは別に、吟遊詩人はどちらかと言うと大道芸人という感じであり、賽銭さいせん箱ならぬ歌が良かったら適宜の祝儀を入れる布製のバケツのようなものを置いて、勝手に演奏しています。

 吟遊詩人が歌う題材は子供でも知っているような英雄譚が多く、生憎と聖人を讃えるようなものは少ないはずなのですけれど、さすがに教会系列のお膝元だけあって、客の中には聖人の名を挙げてリクエストを出す客もいるのです。
 吟遊詩人はそうしたリクエストにもきちんと応え、朗々とした声と小型のハープのような楽器(地球世界では『ライアー』と称したはずです)ヴィーナルで見事に演奏していましたね。

 その上手な歌と演奏を称えてマルコは銀貨一枚を献上しましたよ。
 このレ・プニク・アンブルス大聖堂をはじめとする市内の史跡三か所をめぐってこの日は終わりでしたが、ガルドーヤを使って水路の移動がメインとはいえ、目的地の史跡はどれも広い敷地を持っているために、結構な距離を歩きました。

 夕食前には、無事に宿に戻りましたが、夕食前に義父様と義母様には軽くヒールをかけながらマッサージをしてあげなければなりません。
 以前から比べると随分と体力もついたはずですが、一日中歩くと流石に足腰に疲労も溜まるものです。

 ですから観光で出歩いた時にはマルコのマッサージが定番になっているのです。
 セバスやエマもマッサージだけならできますけれど、ヒールをかけながらマッサージをできるのはマルコだけなんです。
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