母を訪ねて十万里

サクラ近衛将監

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第五章 サザンポール亜大陸にて

5ー18 ヨルドムル その二

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 ヨルドムル観光の二日目、ヨルドムル到着から数えると三日目の朝ですね。
 今日は、ヨルドムルの街にある二つの名所を訪ねる予定です。

 昨日に引き続き、カトレイネさんとマルヘレートさんがガイドを務めてくれます。
 午前中は、レ・プニク・アンブルス大聖堂から結構離れた丘の上にあるデラ・フェルティ・オスマルド記念美術館、お昼を挟んで、その丘の麓にあるフルボニア宮殿を見学する予定なのです。

 どちらも由緒ある建造物で、クロキオン宗主国が創立する前にあったフルボニアと言う王国の遺物なのですが、宗主国建国の際の動乱に巻き込まれず、その威容を現在に遺しているものです。
 クロキオン宗主国建国当初はあまりかえりみられていなかった建造物でしたが、宗主国建国50周年を機に多額の予算と人手をかけて整備したことにより、観光の目玉になりました。

 現在では巡礼時に必ず訪れる名所となっているそうです。
 一つには、美術館のある丘の上からの眺望ちょうぼうがすばらしいことと、その麓にある宮殿の壮麗さと威容が、少し斜め上から眺めると非常に素晴らしいことから、美術館を訪れた者がその日もしくは翌日に王宮にも観光に行くようになったことから始まったようです。

 そんなわけで、今日は最初に宿から馬車で美術館のある丘の上に参ります。
 街の中心部を迂回うかいするように馬車の通る道があって、宿から見るとレ・プニク・アンブルス大聖堂を中心にほぼ反対側に位置する丘にまでつながっているのです。

 丘の上に至るまでの九十九折りつづらおりの坂道も名所の一つだとか。
 マルコ達の馬車に余裕がないわけではありませんが、護衛四人も一緒に行くために、別途観光用の馬車1台を借り切っています。

 二台の馬車は連なって、街の中心部を迂回し、曲がりくねった坂道を登って行きます。
 丘の麓は植生豊かで、道の周囲の視界は樹木等で遮られますけれど、坂道にかかると周囲の風景が変わります。

 赤茶けた礫岩れきがんからなる荒れ地が続き、灌木は多少あっても大きな丈のある樹木が無いのです。
 従って、坂道を上って行くと左右に街の風景が変わりますけれど、ヨルドムルの街並みが少しずつ視界に広がってくるのです。

 ガイドのカトレイネさん曰く、これも知られざる観光の目玉なんだそうです。
 生憎とクロキオン宗主国では街灯が余り普及していませんので、夜景を眺めることは難しそうですけれど、もしも照明装置が普及するば街並みの灯りを丘の上から眺める景色もきっと観光名所になることでしょうね。

 但し、そうなるのは百年以上の長い年月がかかるかもしれません。
 マルコが産業革命でも引き起こして、照明装置を新たに生み出したりすれば別で、マルコ自身はいろいろ革新的なものを製作したり生み出したりできますけれど、その時代に応じた文化や文明の程度があると思っているのです。

 余りに隔絶した技術や製品は、様々なところで歪を起こし、予期せぬ不幸を引き起こすかもしれません。
 マルコは起こすにしてもできるだけ緩やかな変革を望んでいるのです。

 自分の周囲や知り合いに災いが起きない限り、できるだけ自分の力を秘匿しているのもその考えがあるからです。
 例えばこのクロキオン宗主国で、治癒師の手に負えない怪我人や病人がいたとしても、マルコ若しくはカラガンダ夫妻に余程関りがない限りは手を出さないように決めています。

 クロキオン宗主国で、聖人と呼ばれる者はその多くが聖属性魔法もしくは光属性魔法などにより治癒能力を保有していた人達であり、多くの人々を治癒した功績をもって聖人に崇められているのです。
 仮にマルコがこの地で死に瀕した人を助け、それが多くの人に知られると、否応なくクロキオン宗主国の教会に取り込まれる恐れがあります。

 そうなれば、またしても逃げるしかなくなりますね。
 ですからそれは避けたいところなのですけれど、その場面に出会ってしまったなら、逃亡を前提に助けてしまうかもしれません。

 丘の上の展望台で下界の街並みを眺め、美術館に入ってフルボニア王家所縁ゆかりの宝物であろう美術品の数々や、クロキオン宗主国になってから収集された美術品などを見て回りました。
 秀逸な品だけを展示しているのでしょうけれど、マルコの鑑定能力で査定しても非常に高額の値がつけられる品が多かったですね。

 但し、数点ながら鑑定にかけると贋作がんさくとされた品が混じっていました。
 美術館を管理している人に左程の眼力が無いのか、余程贋作が上手なのかはわかりません。

 悪戯いたずらに騒ぎを起こしてもいけませんので、マルコは何も言わずに置きました。
 黙ってさえいれば、相応の宝物に見えないこともないのです。

 贋作の製作年月日から見ると二百年以上も前の物ですから、作者はこの世にはいないでしょうね。
 知らなければ幸せということもあるのです。

 その日のお昼は、美術館に付属しているレストランでりました。
 お天気も良かったので戸外にあるテーブルを囲んでのお食事です。

 ガイドさんを入れて12人の団体ですけれど、レストラン側にとっては左程の大人数ではなさそうです。
 カトレイネさん曰く、地方に住む者がまとまって巡礼に来ることはよくあることらしく、特にヨルドムルでの記念式典や、宗主国の記念行事の際には大勢の巡礼客が団体で訪れるようです。

 お昼の料理は、香辛料を多用したこの地域独特の郷土料理でした。
 少し香辛料が効きすぎている嫌いはありましたけれど、さほど無理なく食べられ、味そのものは美味しかったですよ。

 但し、人によっては好き嫌いが分かれるところでしょう。
 カトレイネさん曰く、一般の観光客相手に味を調えているのであって、本来の郷土料理はもっと大量の香辛料とこの地独特の匂いのきつい植物油(オリーブに似た柑橘類)を使うのが伝統料理だそうで、カトレイネさんとしては不満の残る味なんだそうですよ。

 流石にそれを聞いた義父様とうさま義母様かあさまは顔を少ししかめていました。
 義父様と義母様にとってもこの料理はお口に合わないものだったのかもしれません。

 お食事の後は少し休憩して、それから麓の王宮へ向かいました。
 クロキオン宗主国が建国する際に、フルボニア王家は廃絶され王政が無くなりました。

 その結果、王家の象徴であった王宮は、教会の接収物となり、人の住まない建造物になったようです。
 その宗主国建国が84年ほど前の事です。

 従ってこの王宮が概ね50年は放置され、それから整備され始めて34年になることになります。
 その間の管理体制がおざなりだったのでしょうね。

 王宮にあった多くの装飾品や調度品が失われています。
 現在ある品の9割がたは復刻製造されたものらしいですよ。

 但し、往時の姿は未だによみがえっては居ないようです。
 王宮の概ね三割が観光のために開放されていますが、残りの七割は未だに整備中のようです。

 教会に関わらない建造物に架ける予算はさほど多くはなく、カトレイネさんは、王宮が完全に復活するにはまだ百年以上もかかるそうですよ。
 その日は、まだ明るいうちに宿に戻りました。

 明日は、王国時代の闘技場跡とディ・ファルバーナ音楽堂でのコンサートを聴きに行く予定です。
 マルコはこの旅の間に出会った旅の一座の歌と演奏ぐらいを聞いただけで、いわゆる演奏会や歌劇などに参加した覚えがありません。

 その点はカラガンダ夫妻も同じようで、明日のコンサートを非常に楽しみにしているのです。
 マルコに蓄積されている過去の記憶では、金谷が二度ほど婚約者とともにオーケストラのコンサートに行ったことがあります。

 療養師アズマンは、自らが仕える公爵の催す弦楽六重奏などの演奏会にしばしば付き合わされた経験がありますが、こちらは、公爵邸で開催されたものであって、コンサートホールのような正式な場所ではありませんでした。
 戦士レティルドや一介の兵士であったイレザードに、コンサートなどに出かけるような機会は全くありませんでしたが、イレザードは自らの趣味でフルートに似た横笛を好んで演奏しており、かなりの腕前に達していました。

 但し、あくまで趣味の域を出ず、戦地を転戦していたことから、仲間内で演奏会を開くなどの機会もありませんでした。
 魔導師プラトーンや錬金術師ユーリアは、そもそも楽曲に対する興味が皆無であったので、演奏会等に参加する機会はあってもすべて断っていたようです。

 従って6人の記憶経験から言うと、音楽に親しみを持っていたのはイレザード一人だったかも知れません。
 マルコもその意味では横笛や縦笛などの木管楽器や金管楽器は扱えそうであるけれど、実は試したことはありません。

 今度何かの折に、演奏してみても良いかもしれませんね。
 その際は、ゴーレムたちも練習させることにしましょう。

 多彩な楽器を作ることもできるし、この世界にある楽器も集めることはそう難しくはないと思うのです。
 多分楽器は手作りですし、好事家や有名な楽師が買い求めるだけの品であることから非常に高価なものになるだろうけれど、マルコが目にし、若しくは手に取れば複製品はすぐにでも作れるのです。

 その意味では明日の演奏会が良い機会かもしれません。
 但し、今回演奏するのは教会が承認したヨルドムル合奏団らしいので、楽器も教会の教えに準じたものしか無いかもしれません。

 因みにコンサートの参加費用は、一人当たり大銀貨1枚であり、おそらくは金谷の時代の2万円程度に相当する金額です。
 従って、あまり経済的に余裕のない人が参加できるようなものではなさそうです。
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