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第三章 魔晶石ギルドの研修

3-14 リスやネズミと実験です

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 中秋月も後半に入りました。
 ギルド周囲にある林や庭園も黄色や赤に彩られ、すっかり秋の気配です。

 これから寒くなるのでしょうが、私の故郷バンデルでは雪も降らないけれど、ホープランドではたまには降ると言うことを聞いています。
 冬場の寒い時には零下30度を下回ることもあるそうですので、暖かいところで育った私にはかなり厳しそうです。

 ギルドに来てから早三週間余り、私達研修生は順調に育っていると思います。
 尤も、私はずっと手加減のしっぱなし。

 ヒラトップの夜の特訓で憂さを晴らしています。
 ツアイス症候群の独自調査ですが、少し進展がありました。

 ツアイス症候群関連の書籍の中でギルド以外の人間との比較検証がなされていました。
 それによれば、魔法師や錬金術師は長寿だけれど普通に老化するようなのです。

 従って、ツアイス症候群患者が一時的なものとしても不老となることは、魔法師や錬金術師には認められない症状だと言うことです。
 また、大食漢は、魔法師や錬金術師では見られない症状のようです。

 結果として、長寿になるのにはツアイス症候群とは無関係で、私としては魔力の保有量の違いではなかろうかと思っています。
 魔法師や錬金術師は魔力の保有量が大きい人が多いですからね。

 一方で、ツアイス症候群患者の特徴であるカロリーの膨大な消費にも何らかの関係がありそうだと思っています。
 もしかすると不老効果は、新陳代謝が異常に激しい所為かも知れないのです。

 普通、細胞は、老化すると新しい細胞にとって代わります。
 しかしながらその再生処理の過程で何度も細胞複製を行っているとその機能に異常が生じて複製ができなくなったり、異常な細胞を作ったりすることがあるのです。

 老化現象の一部でもあるけれど、これが嵩じるとお顔にしわができたり、シミそばかすができたりするわけなんです。
 前世の現代文明は、臍帯さいたいエキスから色々な成分(例えば、プラセンタ、ヒアルロン酸、コンドロイチン硫酸、アミノ酸等)を取り出して若返りに利用していたけれど、精々老化を遅らせる程度の効果しかないし、その効果も個人によって随分と差が出ていたような気がします。

 私も前世では、一応適齢期の女性だったから化粧品にはそれなりの関心を寄せていたので知っているのです。
 いずれにせよ、新陳代謝が活発だと細胞更新も活発に行われ、その結果として異常細胞の発生も増えるような気がするんだけど、何故それが抑えられるのか?

 それがもし身体に蓄えられる魔力の所為なら、魔力はDNA鎖の両端の複製を助けているのかも知れません。
 DNA鎖の両端の複製が妨げられることにより、DNAそのものが変質するらしいという論文を化粧品会社の説明文の中に見たことが有るのです。

 うーん、DNAの鑑定までできるのかしらん。
 やってみると意外にできちゃったけど、分類のための一覧表が凄いことになっている。

 尤も私の頭ではなく、きっと頭の中の誰かさんが上手いこと働いていて、気になるところや危険なところは黄色やピンクでブリンクして知らせてくれているから、何だかよくわからないままに、怪しいところが見えてくるんです。
 同期生9名の中でDNAに若干の異常があるのは、4名でした。

 ハーフエルフ、ハーフドワーフ、獣人、魔族の同期生は、他の5人、いや私を入れて6人のDNAと少し異なっています。
 で、これが致命的にまずいのかと言うと、そうでも無いようなんです。

 淡い黄色でブリンクしている表示は、危険なものを意味しておらず、普通とは異なることを表示しているだけなので、これは多分種族間の違いなのだと思うのです。
 でも、講師役の指導員達のDNAは、明らかにピンク色を呈している部分が多いのです。

 恐らくこれがツアイス症候群の兆候の一つなんだろうと思うのです。
 色々調べると、指導員達のDNA鎖の両端部分が、研修生に比べると大きく肥大しているようです。

 この両端部分はDNA本体の保護膜的な役割を果たしており、この保護膜が無くなると複製がうまく行かなくなるのです。
 逆に言えば、指導員達は厚い保護膜の所為で複製が非常にうまくいっているということで。これが老化を防ぐ切り札になっているのだろうと推測できます。

 問題は何がそうさせているのかのですが、一覧表ではそこまでは見えないし、分からないのです。
 一方血液検査の結果から、指導員達の血漿に研修生には見られない成分が含まれていました。

 不明な成分なのでUMAと名付けたけれど・・・。
 残念ながらその機能や効果が分かりません。

 仕方ないのでUMAを分離抽出して、動物実験をすることにしました。
 寮内では万が一の場合に危険なので、ヒラトップに地下施設を作ってそこを実験場にすることにしました。

 土属性魔法って便利ですよね。
 岩盤に穴を開けて地下室を作りました。

 地表からは容易に入口が見えないよう隠してあります。
 モルモットは、ギルドの桟橋からギルド本部に至る道筋の森の中に居たリス君と地ネズミ君。

 クリーンを掛ければ何とか扱えそうですが、何かに感染しても嫌なので、できるだけ手を触れないよう、魔法のリモコン宜しく遠隔操作で実験するのです。
 最初にモルモット検体のDNAや血液その他の検証です。

 モルモットには、UMAはありませんでした。
 で、この血液中に人から抽出したUMAをごく微量入れてみると、変化が起きました。

 僅かに1時間で動かなくなり、やがて死亡しました。
 鑑定にかけてびっくり、死因は餓死でした。

 つまりは、エサが足りなくて死んじゃったの?
 もう一度リスト君と地ネズミ君を捕まえて、再度の実験。

 今度は傍らに餌を山盛り一杯にしておきました。
 結果として、リス君と地ネズミ君は、自分の体重の倍ほども1時間足らずで食べていました。

 それでいてあまり太ったようには見えません。
 うん、これはギルド支部のサブマスであるジェシカさんの状態ですね。

 ということは、このUMAが大食漢の原因ですね。
 この段階でDNAを検証しましたが、指導員達のようなDNA鎖の端末肥大は認められませんでした、

 従って、最終的な結論を出すには早すぎますが、UMAと不老については因果関係がない様に思えます。
 で、餓死対策のために、リス君と地ネズミ君の血液中からUMAをできるだけ除去してみました。

 結果としては以前より大食いだけど、標準レベルより少し上程度の食欲に変わったようです。
 一応の実験が終わったので、リス君と地ネズミ君は元の林の中に放してあげました。

 人間にもこの方法が適用できるかもしれませんが、人体実験は危ないですから慎重にしなければなりません。
 それと、このUMAが仮に不老と何らかの関わりがあるならば、おいそれと除去もできません。

 何しろ、50歳(地球の年齢では65歳以上?)を超えてもなお現役でいられるのは不老化のなせる業です。
 不用意にUMAを取り除いて、働けなくなったら、ギルド存続の危機ですからね。

 それと餓死したリス君と地ネズミ君の亡骸を鑑定した際に確認しましたけれど、石化はどの細胞でも始まっていませんでした。
 つまりは、UMAは石化とは無関係ということになります。

 では石化は何が原因なのか?
 少なくとも症候群の名前の発祥となったツアイス君は、ギルドに来てから半年余りで死んだそうなので、50年以上も現役で働いている大先輩達とは周辺環境との接触期間に物凄い隔たりがあります。

 因みに、ツアイス君も初秋にギルドに仮登録、研修員として勉強に励んでいたはずです。
 彼が亡くなったのは初夏のころのようです。

 伝染病や寄生虫の介在を懸念して、ギルド周辺の蟲の生態を調べました。
 すると、過去の報告書の類からこの周辺には蚊が多いということがわかりました。

 私が、このギルドに来てからは確認していないのですが、おそらく暖かい時期に多いのでしょう。
 蚊と言えば日本では日本脳炎、東南アジアではマラリア、オーストラリアでは脳炎ウイルス、デング熱などがありますね。

 まぁ、それらの蚊から感染する病気もあり得ると言うことだけで、ツアイス症候群に関わりあるとは断言できないですけれど・・・。
 因みに冬場にマイナス30度以下にもなる気候の中で蚊が生息できるのかというと、ちゃんと生きられるらしいのです。

 シベリアでは夏場にプラス30度、冬場にマイナス30度はざらだそうですが、そんな中でも蚊が夏場には大量に発生するということを、シベリアに抑留されていたことのある曽(ひい)お爺ちゃんから聞いたことが有ります。
 どのように冬場を乗り越えているのかは知りませんが、自然ってたくましいですよね。

 この地でメジャーな蚊は、ホープランド・ミニと呼ばれる種類のようです。
 大きさは5ミリほどで他の地域の蚊よりも小さいのが特徴のようです。

 人間も刺されますけれど、主として魔境に住んでいる魔獣の血を吸っているみたいですが、生態が良くわかって居ない上に、この蚊が病気を媒介しているかどうかについては研究もされてもいない様です。
 ある意味超人に近い脳筋連中が群れている場所なので、蚊なんぞには興味を示さないと言うところかもしれませんが、蚊が恐ろしい病気を媒介することが有ると言うこと自体を知らないのでしょう。

 ツアイス症候群の患者が激増するような状況に陥ったなら慌てて対策を考えるのかもしれませんが、それでは遅すぎます。
 ウィルスなんかの場合は突然変異で強力なものに生まれ変わることが有りますからね。

 これはもしかすると本当に危ないかもしれません。
 ツアイス君が特殊体質だったかどうかは別としても、蚊に刺されて石化する可能性があるのならば蚊対策をしなければなりません。

 少なくとも晩春までには、その見極めをやっておかねばいけないですよね。
 窓には網戸、室内には蚊取り線香辺りが日本ではメジャーなんだけれど、蚊に対する結界ができればそれはそれでいいかもしれない。

 彼の生態を調べて、例えば蚊の嫌がる環境を作ってやれば防げる可能性もあるよね。
 まぁ、蚊が原因と決まったわけじゃないんだけれど、蚊が出るようになったら調べてみましょう。


 それと一月経った所為か、とうとう派閥の勧誘が始まったみたいです。
 私にも少なくとも5人の大先輩が接近してきました。

 中にはかなり強引に迫る人も居たのですけれど、威圧に負けずに私は派閥への加入を断り続けています。
 ギルドの工房にずっと留まる加工師ならばともかく、個人営業の採掘師にグループで結束するメリットなんかほとんどありません。

 情報共有ならば、ギルドを通してすべきであって特定のグループだけが秘密を共有すると言うのはそもそもいただけません。
 何故か、私の研修成績をどこかから入手しているようで、かなり有力な採掘師として目を付けられているようです。

 そのためか、他の研修生には左程勧誘が行っていないのが、良かったのか悪かったのかですよね。

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