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第九話 デニスとロイド
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蝋燭の光が揺らめく中、デニス・クライン卿が重々しい足取りで、夜の娼館の扉をくぐった。
「よう。今日もルシアを頼むよ。いつもの部屋でな」
彼の姿を見ると、ちょうど受付に座っていた娼館の主があわてて立ち上がり、頭を下げた。
「あっ、ご来店ありがとうございます。すぐにお部屋を準備して、ご案内いたします!」
娼館の主は、ヒゲ面で媚びた笑顔を見せた。手を叩いてリサを呼び、指示を出す。上客であるクライン卿の来店に、娼館の主は上機嫌な表情でヒゲを撫でつけた。
デニスの後ろには、異母弟の騎士ロイドが控えていた。彼は、デニスの邸に居候を続ける従者代わりとして、このように付き添いでここへ来て、手持ち無沙汰で長時間待たされる機会も珍しくはなかった。ロイドは黙ってロビーの片隅に立ち、不快そうな表情で、周囲を観察していた。
「待つ間に、軽く酒でもどうだ?」
デニスがロイドに言うと、ロイドは軽く首を振った。
「いいえ、結構です、兄上」
「そうか? まあ、いいさ。そこに座って待ってろ」
デニスは娼館の主人に何か耳打ちすると、店の奥のVIP室に消えた。店の隅の席に座るロイドに視線を向けると、娼館の主人は少し考え込んでから口を開いた。
「ロイド様。お一人で待たれるのも退屈でしょう? うちの子を相手に、どうです?」
ロイドは眉をひそめた。
「そんな必要はありません。自分は単なる付き添いですから」
「そうおっしゃらずに。どうせなら気晴らしに楽しんでいってくださいよ」
娼館の主は、リサを手招きした。
「ロイド様にも、誰か相手させろ」
「あの弟さんは、いつもあんな感じだからいいわよ。それに、いまちょうど満員で、空いてる子がいないし」
「そこに新入りがいるじゃないか」
「ダメよ。またこないだみたいに倒れたらどうすんの? それなら私が相手したほうがマシかもね」
リサの制止に耳を貸さず、娼館の主人はアストリアに声をかけた。
「おい、アスタ! 客を取るんだよ。ロイド様のお相手をしな」
突然呼ばれたアストリアは、驚きながら掃除の手を止めた。
「私ですか?」
「そうだよ。お酒を勧めて、どうにか気に入られて、可愛がってもらえばそれでいいんだ」
娼館の主が命じると、アストリアは戸惑いながら、ロイドのほうを向いた。娼館の主はロイドに声をかけて、アストリアを紹介する。
「この子、新入りなんですよ。ロイド様が初めてのお相手になりますんで。気に入ったら、ぜひ朝まで一緒に部屋でお過ごし下さい」
アストリアはおずおずとロイドの隣に座り、そっと顔を上げた。
「初めまして、アスタと申します」
ロイドはうなづき、アスタを見つめた。
「ロイドだ。君はここで働いているのか?」
「はい。でも私、まだあまり慣れてなくて……」
アストリアは目を伏せながら、小さな声で答えた。
ロイドは、彼女の様子に違和感を覚えた。彼女の物腰は、上品で柔らかい。言葉づかいも、まるで王都の貴族令嬢のようなアクセントを感じる。しかも、彼女自身がそれを意識して真似しているわけではなく、自然に身についた所作と見えた。
「君は、どうしてここに来たんだ。来る前のことは覚えているのか?」
アストリアは少し戸惑い、首を横に振った。
「いえ……記憶がないんです。気づいたらここにいて、それ以来、ずっとここで暮らしています。」
「記憶が、ない?」
ロイドは目を細め、じっとアストリアを見つめた。その表情には、彼女の言葉を信じる気持ちと、何か特別なものを感じ取った驚きがあった。
「君の話し方や態度を見ると、普通の人とは少し違うようだ。何か、特別な教育を受けていたんじゃないか?」
アストリアは驚いて聞き返した。
「私が、特別な教育を?」
「そうだ。少なくとも、君の言葉遣いはかなり洗練されているし、仕草もどこか……」
ロイドはそこで言葉を切り、慎重に考えを巡らせた。彼女の振る舞いには、何かがあると感じた。
「でも、私は何も思い出せなくて……」
アストリアは肩を落として答えた。
「ここにいるしかないから、毎日働いて過ごしてます」
ロイドは静かにうなづき、口を開いた。
「どうやら君は、ここにいるべき女性じゃないようだ」
「えっ?」
アストリアはロイドを見上げた。
「君が記憶を取り戻せなければ、本当の居場所に戻ることは難しいだろう。だが少なくとも、ここが君の居場所じゃないことは確かだ。君をここから出す方法を考えよう」
アストリアはロイドの真剣な表情に息を呑んだ。
「でも、そんなことが可能なんですか?」
「可能かどうかじゃなく、やるべきことだ」
ロイドは低い声で言い切った。
「君がここでくすぶってるのを、見過ごすわけにはいかないよ」
アストリアは、ロイドを見つめた。彼の瞳には堅い決意が宿っているように見えた。彼女は初めて、誰かが本気で自分をここから助け出そうとしていることに気づき、胸がいっぱいになった。
「そろそろ君は、寝たほうがいい。自分の部屋に戻りたまえ。また話す機会があるだろう。その時まで、自分を見失わないでくれよ」
「ありがとうございます」
アストリアは、深々と頭を下げて退出した。ロイドは少しだけ微笑むと、アストリアの後ろ姿を目で追った。
アストリアは、ロイドを振り返りながら、小さな希望を感じた。闇に閉ざされた彼女の生活に、わずかながら光が差し込み始めていた。
「よう。今日もルシアを頼むよ。いつもの部屋でな」
彼の姿を見ると、ちょうど受付に座っていた娼館の主があわてて立ち上がり、頭を下げた。
「あっ、ご来店ありがとうございます。すぐにお部屋を準備して、ご案内いたします!」
娼館の主は、ヒゲ面で媚びた笑顔を見せた。手を叩いてリサを呼び、指示を出す。上客であるクライン卿の来店に、娼館の主は上機嫌な表情でヒゲを撫でつけた。
デニスの後ろには、異母弟の騎士ロイドが控えていた。彼は、デニスの邸に居候を続ける従者代わりとして、このように付き添いでここへ来て、手持ち無沙汰で長時間待たされる機会も珍しくはなかった。ロイドは黙ってロビーの片隅に立ち、不快そうな表情で、周囲を観察していた。
「待つ間に、軽く酒でもどうだ?」
デニスがロイドに言うと、ロイドは軽く首を振った。
「いいえ、結構です、兄上」
「そうか? まあ、いいさ。そこに座って待ってろ」
デニスは娼館の主人に何か耳打ちすると、店の奥のVIP室に消えた。店の隅の席に座るロイドに視線を向けると、娼館の主人は少し考え込んでから口を開いた。
「ロイド様。お一人で待たれるのも退屈でしょう? うちの子を相手に、どうです?」
ロイドは眉をひそめた。
「そんな必要はありません。自分は単なる付き添いですから」
「そうおっしゃらずに。どうせなら気晴らしに楽しんでいってくださいよ」
娼館の主は、リサを手招きした。
「ロイド様にも、誰か相手させろ」
「あの弟さんは、いつもあんな感じだからいいわよ。それに、いまちょうど満員で、空いてる子がいないし」
「そこに新入りがいるじゃないか」
「ダメよ。またこないだみたいに倒れたらどうすんの? それなら私が相手したほうがマシかもね」
リサの制止に耳を貸さず、娼館の主人はアストリアに声をかけた。
「おい、アスタ! 客を取るんだよ。ロイド様のお相手をしな」
突然呼ばれたアストリアは、驚きながら掃除の手を止めた。
「私ですか?」
「そうだよ。お酒を勧めて、どうにか気に入られて、可愛がってもらえばそれでいいんだ」
娼館の主が命じると、アストリアは戸惑いながら、ロイドのほうを向いた。娼館の主はロイドに声をかけて、アストリアを紹介する。
「この子、新入りなんですよ。ロイド様が初めてのお相手になりますんで。気に入ったら、ぜひ朝まで一緒に部屋でお過ごし下さい」
アストリアはおずおずとロイドの隣に座り、そっと顔を上げた。
「初めまして、アスタと申します」
ロイドはうなづき、アスタを見つめた。
「ロイドだ。君はここで働いているのか?」
「はい。でも私、まだあまり慣れてなくて……」
アストリアは目を伏せながら、小さな声で答えた。
ロイドは、彼女の様子に違和感を覚えた。彼女の物腰は、上品で柔らかい。言葉づかいも、まるで王都の貴族令嬢のようなアクセントを感じる。しかも、彼女自身がそれを意識して真似しているわけではなく、自然に身についた所作と見えた。
「君は、どうしてここに来たんだ。来る前のことは覚えているのか?」
アストリアは少し戸惑い、首を横に振った。
「いえ……記憶がないんです。気づいたらここにいて、それ以来、ずっとここで暮らしています。」
「記憶が、ない?」
ロイドは目を細め、じっとアストリアを見つめた。その表情には、彼女の言葉を信じる気持ちと、何か特別なものを感じ取った驚きがあった。
「君の話し方や態度を見ると、普通の人とは少し違うようだ。何か、特別な教育を受けていたんじゃないか?」
アストリアは驚いて聞き返した。
「私が、特別な教育を?」
「そうだ。少なくとも、君の言葉遣いはかなり洗練されているし、仕草もどこか……」
ロイドはそこで言葉を切り、慎重に考えを巡らせた。彼女の振る舞いには、何かがあると感じた。
「でも、私は何も思い出せなくて……」
アストリアは肩を落として答えた。
「ここにいるしかないから、毎日働いて過ごしてます」
ロイドは静かにうなづき、口を開いた。
「どうやら君は、ここにいるべき女性じゃないようだ」
「えっ?」
アストリアはロイドを見上げた。
「君が記憶を取り戻せなければ、本当の居場所に戻ることは難しいだろう。だが少なくとも、ここが君の居場所じゃないことは確かだ。君をここから出す方法を考えよう」
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「でも、そんなことが可能なんですか?」
「可能かどうかじゃなく、やるべきことだ」
ロイドは低い声で言い切った。
「君がここでくすぶってるのを、見過ごすわけにはいかないよ」
アストリアは、ロイドを見つめた。彼の瞳には堅い決意が宿っているように見えた。彼女は初めて、誰かが本気で自分をここから助け出そうとしていることに気づき、胸がいっぱいになった。
「そろそろ君は、寝たほうがいい。自分の部屋に戻りたまえ。また話す機会があるだろう。その時まで、自分を見失わないでくれよ」
「ありがとうございます」
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