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第十話 大脱走
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アストリアがロイドと短い会話を交わした後、すぐに戻ってきたのを見て、娼館の主は舌打ちした。苛立つ彼を尻目に、リサは、アストリアに早く掃除を済ませて部屋に戻るよう告げた。
深夜、アストリアが薄暗い寝室で寝付けずにいると、扉がそっと開いた。入ってきたのは、先輩娼婦のルシアとナタリーだった。深刻な表情を浮かべ、二人はアストリアの横に座った。
「アスタ、起きてる?」
ルシアが囁くように声をかけた。
アストリアは目をこすりながら顔を上げた。
「はい。どうしたんですか?」
ナタリーが言葉を選びながら答えた。
「あんたに、話があるの。」
アストリアはベッドの上で半身を起こし、二人を見つめた。
「何の話ですか?」
ルシアが、深呼吸をしてから口を開いた。
「実はね、私たち、あんたを逃がすことに決めたの」
「えっ?」
アストリアは目を白黒させた。ナタリーが続けた。
「あんたの後で、私がロイドさんと話したのよ。ロイドさん、あんたを連れて行くつもりでいるの。私たちも賛成。あんたはここにいるべきじゃないって、ずっと思ってたからね」
アストリアはしばらく呆然としたまま、言葉を探す。
「でも、そんなこと、できるんでしょうか?」
ルシアが強い口調で言った。
「できるよ。ロイドさんなら、たとえ追手が来ても、きっとあんたを守ってくれる。あんたは、まだ子供。外の世界で生きてほしいの。私たちが今からここを出るのは難しいけど、あんたには、まだ希望がある」
「ルシアさん、ナタリーさん……」
アストリアはうつむき、涙をこらえながら小さな声で言った。
「ありがとうございます……」
ナタリーは微笑みながら、彼女の肩に手を置いた。
「泣かなくてもいいのよ。あたしたちにできるのは、あんたが無事にここを出られるように助けることだけ。後は自分で道を切り開くの」
ルシアがうなづいた。
「デニス様は、まだ部屋にいる。私が朝まで帰さないようにするわ。それまでに、ロイドさんが来るから。彼に従って、馬車に乗るのよ。いい?」
アストリアはしっかりとうなづいた。
「分かりました」
ナタリーとルシアが出ていくと、アストリアは、窓辺でそっと座りながら、ロイドが来ると信じて夜明けを待った。心臓は高鳴り続けていた。そもそも、ここは二階だ。どうやって出るのだろうか。
しばらくすると、窓の外を眺めていたアストリアの眼前に、暗闇を引き裂きながら、蛇のようなものが飛びかかってきた。アストリアは思わずのけぞって、身を避けた。
窓から部屋に飛び込んできたのは、太いロープだった。窓の下にロイドが来ている。
「そのロープを、ベッドの脚にきつく結んでくれ」
ロイドは声をひそめながら、アストリアに指示を出した。アストリアがロープを結び終わると、ロイドは両手でロープでつかみ、アストリアの部屋の窓まで登ってきた。
「さあ、私の体につかまって」
アストリアは窓から半身を出すと、思い切ってロイドの分厚い胸に飛び込んだ。必死でしがみつく彼女の体を左腕一本でしっかり抱きとめながら、ロイドはロープを降りていく。
二人が地上に降りると、アストリアの部屋の窓からナタリーが顔を出し、走り去る二人の背中に向かって小さく手を振ると、垂れたままのロープをスルスルと回収した。
ロイドは、アストリアを馬車まで連れて行った。馬車は、馬一頭に引かせる二人掛けの小さなものだった。御者席はなく、ロイドが自分で手綱を握って、その横にデニスが座る。したがって、空いている座席はない。ロイドはアストリアに、座席の下の荷台へ隠れるよう告げた。
「早く、ここに入るんだ」
ロイドが、急ぐように促す。
「わ、分かりました……」
アストリアは身をよじりながら、馬車の座席の下に潜り込んだ。彼女の体は緊張で震えていたが、頼りになるロイドの声に、少しだけ安心を感じていた。
「しっかり隠れていろよ。声を立てないように」
ロイドは布を被せ、彼女を完全に隠した。
朝日が昇り始めたころ、ルシアや娼館の主に見送られながら、デニスが店から出てきた。ロイドが涼しい顔で、馬車の御者席に座って待っていた。デニスは馬車に乗り込みながら、不思議そうな顔で尋ねる。
「おい、ロイド。朝早くから、ここで何をしてたんだ?」
「今日は昼までには、また王都に戻らねばならぬ予定でしょう。すぐ馬車を出せるよう、出発の準備を整えておきました」
ロイドは落ち着いた声で答えた。
デニスは疑念を抱きながらも、それ以上追及はせず、座席に座った。ロイドは座席の下をチラリと見ると、手綱を握って馬車を出した。
馬車は村を抜け、街道を進む。ロイドはアストリアが荷台から落ちていないか気にして、何度も座席の下を見た。
デニスがまた、ロイドの挙動を怪しんで尋ねる。
「ロイド、お前、何がそんなに気になるんだ?さっきから下ばっかり見てるぞ」
「いや、特に何も。道が狭いから気をつけているだけですよ」
ロイドはさらりとかわした。
「それならいいが、何か隠しているんじゃないだろうな?」
デニスが半分冗談めかして言うと、ロイドは薄く笑った。
「隠すようなものはありませんよ、兄上」
ロイドは穏やかに答えたが、心の中では緊張が走る。
しばらくすると、デニスは大きくあくびをした。
「このまま王都に向かうんだろう?俺は少し寝る。着いたら起こしてくれ。」
「承知しました。」
ロイドがうなづいた。
デニスが居眠りを始めると、ロイドは手綱を握りながら、座席の下に向かってささやいた。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
アストリアも小声で、布の下から返事した。
「乗り心地が悪いだろうが、あと四時間くらい、そのままで、そこにいてくれ」
「ロイドさん、ありがとうございます……」
馬車は開けた田園風景の中を、王都に向かって進んでいく。アストリアは座席の下の狭い空間で息を殺しながらも、少しずつ緊張が和らいでいくのを感じた。ロイドの頼もしい態度が、彼女に安心感を与えていたのだった。
深夜、アストリアが薄暗い寝室で寝付けずにいると、扉がそっと開いた。入ってきたのは、先輩娼婦のルシアとナタリーだった。深刻な表情を浮かべ、二人はアストリアの横に座った。
「アスタ、起きてる?」
ルシアが囁くように声をかけた。
アストリアは目をこすりながら顔を上げた。
「はい。どうしたんですか?」
ナタリーが言葉を選びながら答えた。
「あんたに、話があるの。」
アストリアはベッドの上で半身を起こし、二人を見つめた。
「何の話ですか?」
ルシアが、深呼吸をしてから口を開いた。
「実はね、私たち、あんたを逃がすことに決めたの」
「えっ?」
アストリアは目を白黒させた。ナタリーが続けた。
「あんたの後で、私がロイドさんと話したのよ。ロイドさん、あんたを連れて行くつもりでいるの。私たちも賛成。あんたはここにいるべきじゃないって、ずっと思ってたからね」
アストリアはしばらく呆然としたまま、言葉を探す。
「でも、そんなこと、できるんでしょうか?」
ルシアが強い口調で言った。
「できるよ。ロイドさんなら、たとえ追手が来ても、きっとあんたを守ってくれる。あんたは、まだ子供。外の世界で生きてほしいの。私たちが今からここを出るのは難しいけど、あんたには、まだ希望がある」
「ルシアさん、ナタリーさん……」
アストリアはうつむき、涙をこらえながら小さな声で言った。
「ありがとうございます……」
ナタリーは微笑みながら、彼女の肩に手を置いた。
「泣かなくてもいいのよ。あたしたちにできるのは、あんたが無事にここを出られるように助けることだけ。後は自分で道を切り開くの」
ルシアがうなづいた。
「デニス様は、まだ部屋にいる。私が朝まで帰さないようにするわ。それまでに、ロイドさんが来るから。彼に従って、馬車に乗るのよ。いい?」
アストリアはしっかりとうなづいた。
「分かりました」
ナタリーとルシアが出ていくと、アストリアは、窓辺でそっと座りながら、ロイドが来ると信じて夜明けを待った。心臓は高鳴り続けていた。そもそも、ここは二階だ。どうやって出るのだろうか。
しばらくすると、窓の外を眺めていたアストリアの眼前に、暗闇を引き裂きながら、蛇のようなものが飛びかかってきた。アストリアは思わずのけぞって、身を避けた。
窓から部屋に飛び込んできたのは、太いロープだった。窓の下にロイドが来ている。
「そのロープを、ベッドの脚にきつく結んでくれ」
ロイドは声をひそめながら、アストリアに指示を出した。アストリアがロープを結び終わると、ロイドは両手でロープでつかみ、アストリアの部屋の窓まで登ってきた。
「さあ、私の体につかまって」
アストリアは窓から半身を出すと、思い切ってロイドの分厚い胸に飛び込んだ。必死でしがみつく彼女の体を左腕一本でしっかり抱きとめながら、ロイドはロープを降りていく。
二人が地上に降りると、アストリアの部屋の窓からナタリーが顔を出し、走り去る二人の背中に向かって小さく手を振ると、垂れたままのロープをスルスルと回収した。
ロイドは、アストリアを馬車まで連れて行った。馬車は、馬一頭に引かせる二人掛けの小さなものだった。御者席はなく、ロイドが自分で手綱を握って、その横にデニスが座る。したがって、空いている座席はない。ロイドはアストリアに、座席の下の荷台へ隠れるよう告げた。
「早く、ここに入るんだ」
ロイドが、急ぐように促す。
「わ、分かりました……」
アストリアは身をよじりながら、馬車の座席の下に潜り込んだ。彼女の体は緊張で震えていたが、頼りになるロイドの声に、少しだけ安心を感じていた。
「しっかり隠れていろよ。声を立てないように」
ロイドは布を被せ、彼女を完全に隠した。
朝日が昇り始めたころ、ルシアや娼館の主に見送られながら、デニスが店から出てきた。ロイドが涼しい顔で、馬車の御者席に座って待っていた。デニスは馬車に乗り込みながら、不思議そうな顔で尋ねる。
「おい、ロイド。朝早くから、ここで何をしてたんだ?」
「今日は昼までには、また王都に戻らねばならぬ予定でしょう。すぐ馬車を出せるよう、出発の準備を整えておきました」
ロイドは落ち着いた声で答えた。
デニスは疑念を抱きながらも、それ以上追及はせず、座席に座った。ロイドは座席の下をチラリと見ると、手綱を握って馬車を出した。
馬車は村を抜け、街道を進む。ロイドはアストリアが荷台から落ちていないか気にして、何度も座席の下を見た。
デニスがまた、ロイドの挙動を怪しんで尋ねる。
「ロイド、お前、何がそんなに気になるんだ?さっきから下ばっかり見てるぞ」
「いや、特に何も。道が狭いから気をつけているだけですよ」
ロイドはさらりとかわした。
「それならいいが、何か隠しているんじゃないだろうな?」
デニスが半分冗談めかして言うと、ロイドは薄く笑った。
「隠すようなものはありませんよ、兄上」
ロイドは穏やかに答えたが、心の中では緊張が走る。
しばらくすると、デニスは大きくあくびをした。
「このまま王都に向かうんだろう?俺は少し寝る。着いたら起こしてくれ。」
「承知しました。」
ロイドがうなづいた。
デニスが居眠りを始めると、ロイドは手綱を握りながら、座席の下に向かってささやいた。
「大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
アストリアも小声で、布の下から返事した。
「乗り心地が悪いだろうが、あと四時間くらい、そのままで、そこにいてくれ」
「ロイドさん、ありがとうございます……」
馬車は開けた田園風景の中を、王都に向かって進んでいく。アストリアは座席の下の狭い空間で息を殺しながらも、少しずつ緊張が和らいでいくのを感じた。ロイドの頼もしい態度が、彼女に安心感を与えていたのだった。
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