奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

文字の大きさ
16 / 30

第十六話 誠実な愛

しおりを挟む
 アストリアが窓辺に座り、バイオリンの弦を丁寧に調整していると、軽いノック音が扉から聞こえた。

「どうぞ」

 彼女が振り向くと、ロイドが顔を出した。

「ちょっと入ってもいいか?」

 ロイドは少し気まずそうに尋ねた。

「ええ、もちろん。」

 アストリアは微笑みながら手を止めた。

 ロイドが部屋に入ると、手に小さな袋を持っていた。

「ほら、これ。一ヶ月分の給料だ。店主から預かって、代わりに持ってきた」

 アストリアは驚きつつ袋を受け取る。

「あ、ありがとうございます。でも、これって……」

「君の稼いだお金だ。堂々と、受け取っていいんだよ」

 ロイドは優しく言った。アストリアは袋をそっとテーブルの上に置き、ロイドを見上げる。

「いつもお世話になってばかりだから、私からもロイドさんに、何かお返ししたいですね」
「そんなこと、気にしなくていい」

 ロイドは椅子を引いて座り、肩をすくめた。

「私は、君が君らしく生きられるようになったら、それで十分なんだ」

 アストリアはしばらく考えた後、小さく笑った。

「じゃあ、何かを弾きましょうか?」
「私がリクエストするのか?」

 ロイドは少し眉を上げて尋ねた。

「ええ、ロイドさんが好きな曲を弾きますよ」

 アストリアは笑顔でバイオリンを手に取った。

「うーん、そうだな……」

 ロイドは腕を組んで考え込んだ。

「実はあまり音楽に詳しくないんだ。だから、君が好きな曲を弾いてくれないか?」

アストリアは少し考え込んだ。

「じゃあ、私が最近思い出した、昔の曲があります。楽譜はないんですけど、弾けそうな気がするので、弾いてみますね」

 そう言いながら、バイオリンを持ち上げた。

 アストリアが弓を弦にあて、一音目を奏でると、部屋の中に柔らかい音色が広がった。ロイドは腕を組んだまま、じっとそれを聞いていた。聞いたこともない曲だったが、演奏が進むにつれて、アストリアの表情が自然と穏やかになり、心から楽しんでいる様子がロイドにも伝わってきた。

 演奏を終えたアストリアは、ロイドに視線を向ける。

「どうでしたか?」
 
 ロイドはしばらく無言のまま座り続けたが、やがて口を開いた。

「……すごくいい曲だな。君が弾くと、本当に心に元気が湧いてくるよ」

「本当ですか?それならよかった」

アストリアはホッとしたように微笑んだ。

「これからもずっと毎日、私のために弾いてほしいくらいだよ」

 ロイドは冗談っぽく言いながらも、その言葉にはどこか本心が混じっていた。

「そう言われると、少し照れちゃいますね」

 アストリアは頬を赤らめながら答えた。

「君の演奏を聞くと、明日はきっといい日になる、そんな気分になれるからね」

 ロイドは素直な口調で続けた。

「じゃあ、これからもずっと、リクエストしてくださいね」

 アストリアは、ほんの少し大胆に言った。

「そうだな。頼むよ、アスタ先生。」

 ロイドがわざと敬称を付けて茶化すと、アストリアは笑いをこらえ切れなかった。

「先生だなんて。もう、ロイドさんってば……」

 笑うアストリアを見て、ロイドは照れくさように鼻を触りながら、視線をそらした。

「まあ、なんだ……とにかくいい演奏だったよ。ありがとう」
「こちらこそ、聞いてくださってありがとうございました」

 アストリアは深くお辞儀をしながら答えた。

 次の日、酒場への道を二人は並んで歩いていた。アストリアが何気なく、道端の青い花を指差した。

「きれい。この花、なんて名前でしょうね?」
 
 ロイドは少し考え込んでから答えた。

「パンジーだな。どこにでもある花だよ」
「意外ですね、ロイドさんが花の名前に詳しいなんて」

 アストリアはクスクスと笑った。

「パンジーの花は、食べられるんだ。騎士は野営に備えて、食べられる野草や薬草のことだけは、意外と勉強してるんだぞ」
 
 ロイドが肩をすくめて答えると、アストリアは少し甘えた声で言った。

「じゃあ、今度ロイド先生に、パンジー料理を作ってもらおうかな」
「ははは、任せておきなさい。ちなみに、青いパンジーの花言葉は、『誠実な愛』だ。どこにでもあるものだが、果たしてアスタ先生のお口に合うかな」

 ロイドが冗談めかして言うと、アストリアはまた笑った。

 その日も酒場で演奏を終えたアストリアは、以前よりずっとリラックスした様子で客の声援を受け止めていた。演奏後、ロイドと目が合うと、彼に向かって自然に笑いかけた。

 ロイドはその笑顔を見て、少しだけ頬を緩める。アストリアの心が少しずつ開き始め、その生命の輝きが、だんだん強くなってきていることを彼も感じていた。彼女の笑顔を見ることが、いつしかロイドにとっても大切な喜びとなっていたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

所詮、わたしは壁の花 〜なのに辺境伯様が溺愛してくるのは何故ですか?〜

しがわか
ファンタジー
刺繍を愛してやまないローゼリアは父から行き遅れと罵られていた。 高貴な相手に見初められるために、とむりやり夜会へ送り込まれる日々。 しかし父は知らないのだ。 ローゼリアが夜会で”壁の花”と罵られていることを。 そんなローゼリアが参加した辺境伯様の夜会はいつもと雰囲気が違っていた。 それもそのはず、それは辺境伯様の婚約者を決める集まりだったのだ。 けれど所詮”壁の花”の自分には関係がない、といつものように会場の隅で目立たないようにしているローゼリアは不意に手を握られる。 その相手はなんと辺境伯様で——。 なぜ、辺境伯様は自分を溺愛してくれるのか。 彼の過去を知り、やがてその理由を悟ることとなる。 それでも——いや、だからこそ辺境伯様の力になりたいと誓ったローゼリアには特別な力があった。 天啓<ギフト>として女神様から賜った『魔力を象るチカラ』は想像を創造できる万能な能力だった。 壁の花としての自重をやめたローゼリアは天啓を自在に操り、大好きな人達を守り導いていく。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】奇跡のおくすり~追放された薬師、実は王家の隠し子でした~

いっぺいちゃん
ファンタジー
薬草と静かな生活をこよなく愛する少女、レイナ=リーフィア。 地味で目立たぬ薬師だった彼女は、ある日貴族の陰謀で“冤罪”を着せられ、王都の冒険者ギルドを追放されてしまう。 「――もう、草とだけ暮らせればいい」 絶望の果てにたどり着いた辺境の村で、レイナはひっそりと薬を作り始める。だが、彼女の薬はどんな難病さえ癒す“奇跡の薬”だった。 やがて重病の王子を治したことで、彼女の正体が王家の“隠し子”だと判明し、王都からの使者が訪れる―― 「あなたの薬に、国を救ってほしい」 導かれるように再び王都へと向かうレイナ。 医療改革を志し、“薬師局”を創設して仲間たちと共に奔走する日々が始まる。 薬草にしか心を開けなかった少女が、やがて王国の未来を変える―― これは、一人の“草オタク”薬師が紡ぐ、やさしくてまっすぐな奇跡の物語。 ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】姉は聖女? ええ、でも私は白魔導士なので支援するぐらいしか取り柄がありません。

猫屋敷 むぎ
ファンタジー
誰もが憧れる勇者と最強の騎士が恋したのは聖女。それは私ではなく、姉でした。 復活した魔王に侯爵領を奪われ没落した私たち姉妹。そして、誰からも愛される姉アリシアは神の祝福を受け聖女となり、私セレナは支援魔法しか取り柄のない白魔導士のまま。 やがてヴァルミエール国王の王命により結成された勇者パーティは、 勇者、騎士、聖女、エルフの弓使い――そして“おまけ”の私。 過去の恋、未来の恋、政略婚に揺れ動く姉を見つめながら、ようやく私の役割を自覚し始めた頃――。 魔王城へと北上する魔王討伐軍と共に歩む勇者パーティは、 四人の魔将との邂逅、秘められた真実、そしてそれぞれの試練を迎え――。 輝く三人の恋と友情を“すぐ隣で見つめるだけ”の「聖女の妹」でしかなかった私。 けれど魔王討伐の旅路の中で、“仲間を支えるとは何か”に気付き、 やがて――“本当の自分”を見つけていく――。 そんな、ちょっぴり切ない恋と友情と姉妹愛、そして私の成長の物語です。 ※本作の章構成:  第一章:アカデミー&聖女覚醒編  第二章:勇者パーティ結成&魔王討伐軍北上編  第三章:帰郷&魔将・魔王決戦編 ※「小説家になろう」にも掲載(異世界転生・恋愛12位) ※ アルファポリス完結ファンタジー8位。応援ありがとうございます。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

あっ、追放されちゃった…。

satomi
恋愛
ガイダール侯爵家の長女であるパールは精霊の話を聞くことができる。がそのことは誰にも話してはいない。亡き母との約束。 母が亡くなって喪も明けないうちに義母を父は連れてきた。義妹付きで。義妹はパールのものをなんでも欲しがった。事前に精霊の話を聞いていたパールは対処なりをできていたけれど、これは…。 ついにウラルはパールの婚約者である王太子を横取りした。 そのことについては王太子は特に魅力のある人ではないし、なんにも感じなかったのですが、王宮内でも噂になり、家の恥だと、家まで追い出されてしまったのです。 精霊さんのアドバイスによりブルハング帝国へと行ったパールですが…。

オネエ伯爵、幼女を拾う。~実はこの子、逃げてきた聖女らしい~

雪丸
ファンタジー
アタシ、アドルディ・レッドフォード伯爵。 突然だけど今の状況を説明するわ。幼女を拾ったの。 多分年齢は6~8歳くらいの子。屋敷の前にボロ雑巾が落ちてると思ったらびっくり!人だったの。 死んでる?と思ってその辺りに落ちている木で突いたら、息をしていたから屋敷に運んで手当てをしたのよ。 「道端で倒れていた私を助け、手当を施したその所業。賞賛に値します。(盛大なキャラ作り中)」 んま~~~尊大だし図々しいし可愛くないわ~~~!! でも聖女様だから変な扱いもできないわ~~~!! これからアタシ、どうなっちゃうのかしら…。 な、ラブコメ&ファンタジーです。恋の進展はスローペースです。 小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。(敬称略)

処理中です...