奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

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第二十五話 デニスの報告

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 扉から入ってきたのは、デニス・クライン卿だった。彼の背後には、二人の男が引っ立てられている。

 一人は、あの奴隷オークションの主催者だった奴隷商人、もう一人は、太ったヒゲ面の娼館の主だった。二人とも王族・貴族たちの前に放り出され、おびえた様子で震えていた。

 場内がざわつく中、デニスは深々と一礼して、国王夫妻とエーベル王子に目を向けた。

「両陛下、エーベル殿下。ご依頼の件で、重要な参考人たちを連れて参りました」

 エーベルは目を細め、静かにうなづいた。

「それはご苦労だったな、クライン卿。よくやってくれた」

 デニスは説明を始めた。

「この者たちは、奴隷オークションでアストリア殿下を売り、そして買った張本人どもです」

 奴隷商人が、あわてて口を開く。

「待ってくれ! 私はただ、言われた通りに……」

 デニスが厳しい声で問い詰める。

「言われた通りにやった、とはどういうことだ?」

 奴隷商人は、冷や汗をかきながら言った。

「公爵家の私兵たちに、その娘さんの身柄を引き渡されたんですよ。煮るなり焼くなり、好きにしろと……」

 場内が再びざわついた。デニスは、娼館の主の服の襟をつかみながら、大声を張り上げる。

「この男や、その店の従業員たちから聞き取った話から、アストリア殿下は奴隷オークションを経て、わが領内へ連れ去られたことが判明致しました。そうだよな? おい」

 娼館の主は、力なく口を開いた。

「はい……金貨二十五枚で、私が買いました……」
  
 次いで、デニスは奴隷商人のほうを指差した。 

「そして売られた時、殿下が拳の中に隠し持っておられたもう一つのペンダントを、あの奴隷商人が奪い取っていたのです」

 デニスは、大粒のルビーをはめ込んだ王家の紋章入りペンダントを掲げ、出席者一同に見せた。

「つまり王女殿下は、ペンダントをお揃いで、二個手作りなさっていたのです。エーベル殿下の分と、ご自身の分と」
 
 マリラは顔を青ざめさせながらも、まだ強がって、声を張り上げる。

「そんなもの、見たこともありません!  彼らはきっと、嘘をついてるんですわ!」
「嘘ではありませんよ」

 アストリアが、一歩前に出た。彼女の声は穏やかだったが、その目には揺るぎない意志が宿っていた。

「あなたたちが私に何をしたのか、これで全てが明らかになりましたよね」

観衆の注目を浴びる中、アストリアは深く息を吸い、話を続けた。
 
「私が売られた時、私はすべてを失いました。名前も、身分も。そして自分自身も。でも、その場所で助けてくれた人々や、ロイドさんのおかげで、私は少しずつ記憶を取り戻しました」

 彼女はマリラを見つめた。その目にはもはや、ためらいも迷いもなかった。

「私が受けた傷は、ただ肉体的なものだけではありません。心に深い傷を負ったのです。でも、それに屈するわけにはいきませんでした」

 しかしマリラは、依然として不敵な笑みを浮かべる。

「口先だけでは、何の証拠にもなりませんわ」
「証拠ならある」

 エーベルが静かに言った。

「いまの証言に加えて、当時壊されたペンダントの破片も、後に見つかって、いま私の手元にあるのだ。その破片と、この奴隷商人が盗んだペンダントの特徴が一致すれば、君の犯罪を裏付ける十分な証拠になる!」

 奴隷商人が再び口を開く。
 
「 私たちは何も詳しいことを聞いてなくて、ただ、公爵家の私兵から、身柄を渡されただけなんです。何も知らなかったんです!」

 マリラは金切り声で、奴隷商人の話を遮った。

「お黙り、このペンダント泥棒!  皆様、こんな犯罪者どもが何を言おうと、私には何の関係もありませんわ!」
「関係が、ない?」

 アストリアは、静かに一歩前へ出た。マリラは何も言えず、視線を逸らす。

「あの夜、私がどこにいたか、あなたには心当たりがあるはずです。胸に手を当てて考えてごらんなさい。どうして私が、このような話をわざわざ捏造する必要があるでしょう?」
 
 アストリアは目を閉じて、溜め息をついた。

「公爵令嬢、あなたが私にしたことを、私は許しません。ですが、私が求めるのは復讐ではなく、正義です」
 
 そして再び目を開けると、力強い決意が込めた声で告げた。

「あなたは嫉妬と不安に駆られ、人を見た目だけで判断して、暴力を振るった。それは間違いなく、あなた自身の罪です。真実を明らかにして、誰人も同じ罪を二度と起こさないよう、教訓としたい。それが私の望みです」

 大広間の出席者一同は、静かにアストリアの演説を見守っていた。

 エーベルが、マリラに向き直って言う。

「これだけの証言と証拠が揃った以上、君の行為を擁護するのは、もはや不可能だ」

 マリラは肩を震わせながらも、最後まで否認を続ける。

「殿下、これは何かの陰謀ですわ!  我が公爵家を陥れるための策略です!」

 エーベルは首を振った。

「そう主張するなら、真相を明らかにするための必要な調査に応じることだ。だが、君の行いに対する罰を免れることはできない」

 アストリアは、に目を向けた。

「皆様、私はすべてを話しました。真実が明るみに出ることで、私たちの国がより良い未来へ進むことを願います」
 
 アストリアの強い決意に満ちた言葉が、大広間全体に響き渡り、出席者たちの間から拍手が起こった。

 ロイドは、デニスに近寄って話しかけた。

「兄上、これは一体……?」

 飄々とした態度で、デニスは答えた。

「正直、俺も真面目に取り組む気はなかったんだ。だが、あの娼館についてルシアから気になる情報提供があった。もしやと調べたら、案の定、点と線がつながったわけだ」
「ルシアさん……あの娼館で、兄上がいつも指名していた女性ですか?」
「俺はずっと、ルシアをいずれ買い取って、あそこから助け出して、一緒に暮らすつもりでいたんだ。だが、間違ってたよ。もう、娼館ごと、ぶっ潰すことにした。ルシアだけじゃなく、全員、借金帳消しで解放さ」

 デニスは、ロイドの肩を叩きながら言った。

「だからな、ロイド。お前もちゃんと恋をしろよ、恋を。それが騎士の本分だぞ」
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