奴隷になったお姫様は、バイオリンを弾くだけで全てを取り戻す〜囚われの王女アストリアと追憶の旋律〜

けんゆう

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第二十七話 国務会議

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 アストリアが王室に復帰して、二年が過ぎた。マリラは公開ムチ打ち刑二十発を課された上で、刑務所行きとなった。公爵夫妻は領地の半分を返上し、残りを親族に譲って隠居した。

 アストリアの元乳母リディアを含め、外国に逃亡した三人の行方はつかめず、事件を誘発したスパイ工作の全貌は未だ闇の中だった。

「一つ言えるのは、王室復帰後、アストリアの健康回復が著しいということだ」

 国務会議の席上、エーベル王太子はそう発言した。

「元乳母リディアは、意図的にアストリアを西宮殿に囲い続け、自身が『病弱な王女の後見人』となることで、宮廷内に影響力を広げようとしてきた疑いが濃いな」

 王族の食事には毒味役が付くから、リディアが毒を盛ってアストリアを病気にしたとまでは、考えにくい。

 しかし、外出を禁じ、運動もさせず、食事量を減らし、何かにつけて「姫様は病気だから」と声をかけ、行動を制限した。そうして、アストリアを肉体的・精神的にコントロール下に置いてきたことは明白だった。

 彼女がいなくなって、アストリアにも初めてそれが分かった。それまで全面的に信頼してきた元乳母の知られざる一面を知り、ぞっとした。

「ともかく、アストリア。二年前、お前が戻ったことは、私だけでなく、国全体の喜びだった。成人した今、これから何を目指すのか、お前自身の言葉で聞かせてほしい」

 エーベルは、アストリアに向かって呼び掛けた。十八歳となったアストリアも、この日から国務会議に出席し、エーベル王太子と共に国王を補佐して、政務に携わることになっていた。  

 アストリア王女が壇上に立つと、会議場は静寂に包まれた。集まった貴族たちの視線が一斉に彼女に向けられる。彼女は少し息を整え、穏やかながらも快活な声で話し始めた。
 
「皆様。二年前、正式に王女の地位を回復したアストリアです」

 アストリアの言葉に、会場が一斉に拍手した。
 
「私は、ただ王宮に戻って満足するだけではなく、過去の自分からもう一歩、前へ踏み出したいと思っています。なぜなら、私は短い間ながら、民の生活を身をもって経験し、その中で、多くのことを学んだからです」

 一人の貴族が、手を挙げて質問する。

「アストリア殿下、王女としての身分を失った間、具体的に何を学ばれたのですか?」

 アストリアは、少し間を置いてから答えた。

「私は、民と同じ暮らしを送りました。他人から見下されることもありました。限られた収入で生活をやりくりし、病弱な体を抱えながらも一日中働きました。そして、何よりも、人々が互いに支え合い、苦しい中でも希望を持ち続ける姿を見ました」

 すると、別の貴族が興味深げに尋ねる。

「それが、王族としてのお役目に、何の関係があるのですか?」

 アストリアは少し微笑みながら言った。  
 
「民の暮らしを間近で見て、彼らが何を必要としているかを知りました。人々は、日々苦しい生活を送る中で、明日への希望を求めています。彼らの声を直接聞き、形にすることが、私たちの本当の役目です」

 会議場の中から、さらに声が上がった。

「具体的に、何か政策をお考えですか?」

 アストリアは真剣な表情で応答する。

「例えば、貧しい人たちにも教育を、全ての人に医療を与えることが必要です。人々が安心して働ける仕事を作り出し、生活の環境を整えねばなりません。そして、何よりも、彼らの意見を取り入れる仕組みが必要です」

 すると一人の老齢の貴族が立ち上がり、厳しい口調で諌めた。

「アストリア殿下、そのような政治体制の実現は、極めて困難です。特に、伝統を尊重する者は強く反発するでしょう」

 アストリアは力強く答える。
 
「お気持ちは分かります。私も同じでした。外の世界を知らなかったんです。それで、王族は貴族より強く、貴族は民より偉いと、傲慢にも信じていました。ところが、寝間着姿で歩いていただけで、貴族から虐待を受け、運命が暗転しました。そして奴隷として、私は売られたのです」

「王女殿下の受けられたご苦難には、涙を禁じ得ません。奴隷売買は徹底的に取り締まりましょう」
 
「それはもちろん大切ですが、もっと本質的なことがあります。この国では、人の中身は同じなのに、生まれによって差別したり、見た目や噂に惑わされて、人を不当に扱ったりしています。こうした悪習を、改めねばなりません」

 アストリアは続けた。

「さもなくば皆様も、私のように、いつ地位を奪われ、住まいを叩き出されるか、一寸先は闇ですよ? あの事件の真の再発防止策は、人を家柄や、見た目や、噂で軽々しく判断しない、そういう世の中を作ることなのです」

 また別の貴族が手を挙げ、強い異議を唱える。

「家柄を否定するなら、王室も貴族制度も否定することになる。王族としての殿下のお立場上、そのようなご発言は、失礼ながら自己矛盾ではありませんかな?」

 アストリアは首を横に振って反論した。 

「いいえ、私はそうは思いません。私が王族の地位を取り戻せたのは、家庭教師に習ったバイオリンの技術や、幼いころから教えられた礼儀作法・言葉づかいによる部分が大きかったのです。つまり私たちは血筋によって王族・貴族なのではなく、ただ教育によって、王族・貴族なのです」

 アストリアは一呼吸置くと、堂々たる口調で続ける。

「私は確信しています。困難の中でも、民が安心して暮らせる国を築くことが、私たち王室の本来の使命です。過去に何があろうと、未来を見て進むことが必要です。それが、私たちの責任ではないでしょうか?」

 アストリアの演説に、会議場からは少なくない賛同の声が上がった。それを見て、エーベル王太子が再び口を開く。

「アストリア、君の話には説得力があった。君は直接民の生活を経験し、そこから学んだ。王室にとって非常に貴重な財産だ。民に背かれたら、王も貴族もない。これからも、国を立て直す知恵を貸してほしい」

 アストリアは深く礼をして、高らかに呼びかけた。

「ありがとうございます、お兄様。そして皆様、私たち王室と共により良い未来を築くため、どうか力をお貸しください」

 会議場全体から、徐々に拍手が沸き起こった。その場に出席した王族・貴族の一人ひとりが、それぞれの思惑から、彼女の決意表明を受け止めるのだった。
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