鬼とドラゴン

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森へ

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 聖母の森はアップシート市の北側に広がっていて、街との境界線には獣の侵入を防ぐ柵が張りめぐされていた。その柵を越えればどこからでも森に入ることができる。一応、街の中央をはしる道路を森の方へ進めば門があるが、そこが開かれているのをヴァンは見たことがなかった。

 ヴァン達は家の裏てに回った。茂みの中に聖母の森へと続く小道があった。

「あそこから行けるの?」

 ハナがヴァンに聞く。その声色でハナが緊張していることがわかる。

「うん。あの小道を進めば、森の柵にあたるんだよ」
 ヴァンはできるだけ普段通りの声の調子で答えた。緊張感があることは良いことだが、張り詰めすぎるのもよくない。普段通りに接することでハナにリラックスして欲しかった。
 
 ヴァンは小道に入る手前で振り返って三人に向き合う。

「ここからは一列の縦隊で進むよ。先頭は僕で次にサクラ、そしてハナ、アランの順で行く。それぞれの警戒方向は僕が前方、サクラが右、ハナは左、アランは後方と上空。サクラには全体の防御も担ってもらうから頑張ってね」

「任して。四人分の防壁ぐらいなら一日はもつわ」

 この言葉にハナが驚いた表情になる。

「それは凄いけど、節約もしてね」

 わかったとサクラが応える。

「サクラちゃんの魔法力ってそんなに凄いの?」

「見てみるか?」

 アランがそう言って、木製の丸いフレームにレンズがはめ込まれた物を差し出す。ハナは受け取ってレンズ越しにサクラを覗いた。赤い湯気のようなものがユラユラと漂っていた。

「うそ……、Aクラスなの?」

 その特殊なレンズは魔法の密度を色で識別することができた。

「そう、こいつはA。ちなみに俺はCで、ヴァンはDクラスだ」

「そう……。でもびっくりしたわ。Aクラスなんて初めて見た。私なんてEよ。一人分の防壁で精一杯だわ」

 アランはハナからレンズを受け取り無造作にポケットに突っ込んだ。

「いいんだよ、それで。俺とヴァンなんて防壁すら張れないぜ。防御なんてこいつに任せればいいのさ」

 アランはそう言って妹の頭をポンポンと叩いた。サクラはそれには反応せず、任せてとだけ言った。

「それじゃ行くよ」

 ヴァンを先頭にパーティは茂みの中の小道に入って行った。舗装もされていない、人一人分程の幅の道を五十メートルほど進むと境界線の柵が見えた。高さ三メートルほどで格子状に丸太を組んで作られていた。当然通用口などないので乗り越えていくしかない。

「僕が先に行く」

 ヴァンはザックを地面に置き、一気に柵の頂上まで跳躍した。一旦柵の上に立ち着地点の安全を確認した後、反対側に着地した。

「次はアランだ」
「おう」

 アランもまた、ザックを地面に置きヴァンと同じようにして柵を越えた。

「サクラ、全員の荷物をアランに投げてよこして」

 ヴァンは周囲に注意を払いながらまた指示する。サクラは了解して、指示に従った。ヴァン、アランの荷物は二十キロを越えていたがサクラは軽く投げていった。サクラもまた強靭な鬼の肉体を受け継いでいた。

「次はサクラ来て」

「うん」

 サクラもまた同じように柵を越える。

「最後はハナ。ゆっくりでいいよ。気をつけて来て」

 ハナは飛び越えることができないので、柵に手をかけて登り始めた。頂上に着いた時、下を見てしまって目眩がした。三メートル程の高さでも怖かった。

「ハナさん大丈夫?」

 サクラの気遣う声。心配をかけるわけにはいかない。

「大丈夫」

 はっきりとしっかりと答えた。そして柵に足をかけ今度は降り始めた。足手まといであるのは分かっていたが、こんな所で手を借りるわけにはいかなかった。
 
 ハナは慎重に地面に降りた。これで全員が柵を越えた。ヴァンは時刻が気になったので、ポケットから懐中時計を取り出して確認した。昨年の誕生日にガニアンから貰ったものでヴァンのお気に入りの品だ。一部がスケルトンになっていて、中の歯車が見えるのが良かった。針は五時五十分を指していて、もうそろそろ太陽が昇る頃だろうと思っていたら、東の方から光が差し込んできた。

 長い一日が始まった。



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