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10.番になれなくても
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空気の薄さに胸を喘がせる。
部屋に充満する濃密な欲望の気配が酸素を奪うのか、単純に達真の上に陣取るこの男がしつこいくらい口を吸うからなのか。
「は、はっ……ん、ぅ」
「達真くん」
「んっ、ぁ、んん……っ」
キスしかしていないのに息が上がる。
鼻で呼吸すればいいことは分かってる。なのになぜか達真ばかり呼吸が乱れ、一ツ橋は涼しい顔で何度も仕掛けてくる。
いや、彼も冷静ではなかった。
ぎらついた視線に平時の爽やかさはない。
あるのはただ、獲物を見定めた猛獣の気配だけだ。
シャワーを浴びた後、上に服は身に着けなかった。下も、どうしても全裸は恥ずかしかったので下着だけ。
死地にでも赴くのかと思えるほど緊張しながらベッドに寝転んだ達真を、一ツ橋は嬉しそうに笑って受け入れた。
そんな防御力の極めて低い達真の体は、どこもかしこも簡単に触られてしまう。
「んっふ、ぁ、あっ……」
「ふふ、赤くなってる。かーわいい」
色づいて揶揄されたのは達真の肌全体のことか、それとも一ツ橋に吸われすぎた唇のことか、執拗にいじくられる胸の突起のことか。
恥ずかしさにさらに赤みが増してしまう達真に一ツ橋が笑みを深める。
「うっせぇっ……黙ってヤれよ!」
「そんな勿体ないことしないよ。突っ込んで終わり、なんてものじゃないんだからこれは」
「同じ様なモンだろ!」
「全然違う。これは愛を交わす行為だよ」
なんて恥ずかしいことを真剣に言ってるんだ、この男は。
一瞬また悪い男に当たってしまったかと思ったが、それでも良いかと考え直す程度には達真は絆されてしまっていた。
声は穏やかさを装うのに、目に浮かぶ情欲を全く隠せていないこの男の二面性にゾクゾクする。
今まで体に触れさせる機会はあったが、どちらも達真の熱の処理に重きが置かれていて、一ツ橋が自分本位に動くことは一度たりともなかった。
それが今日、許しを得て解き放たれたとしたらどうなってしまうのか。
ごくりと生唾を飲み込む。
期待している自分がいるのを、達真は認めざるを得ない。
「んっ……もう、下触れよっ」
「苦しそうだね。いいよ」
下着をするりと脱がされ、腰が震える。
勢いよく飛び出た達真の花芯は先走りをトロトロと零して切なげに震えた。そこへ一ツ橋の大きな手のひらが間髪入れず添えられる。
「ぁ、うぁっ」
「気持ちいいね、達真くん」
「んっ、いぃ、きもちぃ……っ!」
オメガの男性器はほとんど使われる機会がないが、機能がないわけではないし、快感を拾うことは当然できる。
考えてみればそこを他人が弄るのも一ツ橋が初めてだ。
大切なもののように包み込まれ、かと思えば乱暴に思えるほど激しく扱かれる。緩急を付けられると達真には動きが予想できなくて、翻弄されるしかなかった。
「ぁ、イくっ……離せ、出るからっ」
「いいよ、一回出して」
「ぁあ───っ」
がくがくと震えながら達して、荒く呼吸を繰り返す達真に一ツ橋がキスの雨を降らせる。
一度放ったことで冷静さが戻ってきた達真は、一ツ橋の体をまさぐり始めた。
「達真くん?」
「お。やっぱ勃ってんじゃん。抜いてやるよ」
「えっ」
のしかかる体を力任せに転がして形勢逆転し、達真は素早く一ツ橋の下衣をくつろげた。
一ツ橋の性器はやや臨戦態勢になっている、という程度ではあったが、自分の体に興奮している証を見つけられて達真は内心安堵した。
こいつのことだから、もし達真に性的興奮を覚えられなかったとしても達真を放り出すことはないだろう。交わした言葉の通りに慈しんで、番のように扱ってくれるに違いない。
でも達真はきっとそれでは満足できない。
この体を少しでも魅力的に感じてもらいたい。
このアルファにすべてを委ねて、このアルファの全部を奪いたい。
「た、達真くん。無理しないで」
「してねぇ」
まずは手で触れて、自分でするように扱いてみる。
角度を増したそれは、まだ成長途中であってもかなりの大きさだった。悲しいかなオメガである達真のそれとは比ぶべくもないサイズだ。
今度はそうっと舌を伸ばして触れた。
なんとも言えない感触だが、臭いとか気持ち悪いとは思わなかった。
当然そう嫌悪してしかるべきだと思ったのだが、不思議なほどに不快感がない。これなら。
「わっ、達真、くん……っ」
唇を窄めて大きく開け、口腔内に一ツ橋の雄を迎え入れる。
頭を動かして、幹に舌で触れる度に角度と太さが増していくのが分かって、自分でも驚くほど愉快な気持ちになった。
拙い達真のフェラチオに一ツ橋が感じている。
技巧などなにもなく、ただ歯を立てることだけはないように気をつけて必死で口淫を続けた達真は不意に上半身を力任せに起こされた。
「うわっ」
「ごめん、すごく嬉しいんだけど、その」
「ンだよ」
「出すならきみのナカがいい。ダメ、かな……」
先程より更に獰猛さを増した双眸に射抜かれ、体が勝手に期待して震える。
口調は丁寧なのに、同意を得る気などまるでないのが分かってしまう。
頷く前に再び押し倒され、一ツ橋の性急な指先が達真の秘められた場所に触れた。
「あ、れ。濡れてる?」
侵入した指先が拒まれることなくずるずると奥へ誘い込まれ、困惑の声が上がった。
オメガといえど基本は男性の体の達真は、ヒート時でなければ中が濡れることはない。
まだ一本しか入っていない指だけで心地よい気分になりながら、達真はかろうじて冷静な頭で自分の体を確かめる。
「んっ……ほんとだ。軽くヒート入っちゃってんのかも」
「達真くんのヒート周期大丈夫なの……? 今度病院行こう?」
「あぁ……多分原因はおまえだけど」
「え!?」
驚いたせいか一ツ橋の指が勢いよく抜かれ「あぁんっ」と情けない声が出てしまった。
きっと睨みつけると一ツ橋はすぐに謝罪し、理由を求めてくる。
「最近の突発的で短いヒートは、おまえとキスするとなってんだよ。だからおまえのせい」
「えっえっ……それってもしかして、僕今後気軽に達真くんにキスもできなくなるってこと!?」
「医者に言われたわけじゃねーし分かんねぇけど。舌入れるやつじゃなければなんないかも? どちらにせよしばらくはお預けかもな」
「そ、そんなぁ」
情けなく眉を下げる一ツ橋がおかしくて、達真は遠慮なく笑った。
腹筋だけで上体を起こし、一ツ橋の首に腕を回して絡め取る。
「しばらくできねぇなら、軽くヒート入ってる今ヤるしかねぇよな……?」
「っ、なるほど。達真くんは誘惑上手だ」
「そりゃどーも。濡れてるし指三本ならすぐ入る」
「ダメだよ、そこはゆっくり準備させて」
「……チッ」
「舌打ちしないの」
唇と舌を甘く食まれながら、後孔にゆっくりと指が挿し込まれた。
やっと戻ってきた感覚に背を反らせて歓迎を示す。すぐに本数が増え、二本の指が腸壁を探りながら隘路を広げた。
「あっ、あ、あ、あぅっ!」
「ここ気持ちいいの?」
「んっ……そこ、いいっ」
時折掠める前立腺をしっかりと探り当てられてからは、ひたすら乱れるしかなかった。
確かな快感を得ながらも明らかに物足りなさを感じて足先がシーツを力なく引っ掻く。
もっと大きく太いもので埋めてくれ。
こんなこと、今まで思ったこともなかったのに。それをするのはただ義務で、結局結果は出なかったのだから、もう二度と縁がない行為だと思っていたのに。
指が抜かれ、三本になって戻ってきた。
「も、指いらないっ……挿れて」
「ダメ。痛くしたくない」
「いたくないからぁっ」
「もうちょっと頑張って?」
本人が良いと言っているのに、一ツ橋はどうしても達真を拒否するようだ。
以前もどんなに言っても挿入しなかったことがあった。またのらくらと達真の願いを躱す気なのだろうか。
掻痒感すら感じるほどもどかしい欲求に、達真は髪を振り乱してねだったが、結局十分に蕾が綻び花開くまで、指だけしか入れてもらえなかった。
長時間の解し作業に耐えた後孔は、律儀に切なく愛液を零し続けている。
達真の体の疼きももう限界に近かった。
「ひとつばし……挿れて、おねがい……」
「クリス」
「へぁ?」
「クリスって呼んで、達真。ほら、クリスだよ」
「く、りす……」
「うん。そのままおねだりしてみせて?」
微かに残った理性が達真に告げる。
酷いアルファから逃れられたと思ったら、今度は面倒なアルファを引っ掛けてしまったと。
それでもいい。この行為には心が伴っている。この男には愛がある。
冷たい床で一人と一人が義務を行うのではない。
二人で高みを目指すための行為に、少しの意地悪やいたずらはスパイスだ。
達真は足を広げ、尻たぶを両手で掴み妖艶に微笑んで見せた。
「クリスのおっきいの、ここにちょうだい」
「……っ、どこで覚えたの、そんな言葉っ!」
「ひぁ、ぁぁぁ───……」
ぐぷりと先端が埋められ、そのままずるずると太い幹が達真の肉筒を容赦なく犯していく。
長時間の責め苦のような尻穴への刺激で、達真の前はとうに萎えてしまっていたはずなのに、今達真を襲う感覚は絶頂のそれだった。
すべてを達真の中に収めた一ツ橋は、くすくすと笑って達真の萎れた花芯を弄ぶ。
「出さないでイったの? ナカ、すごいうねってるよ」
「ぁ、わ、かんね……」
「僕のこと歓迎してくれてるみたい。達真、ちゃんと気持ちいい?」
「ぅん……こんなにきもちぃの、生まれてはじめて、だ……」
「良かった」
一ツ橋は腰を動かさず、しばらく達真との触れ合いを楽しんだ。
挿入時に軽く達してしまった達真も時間が経つにつれ下半身の違和感に慣れてきていた。快感で飛んでしまっていた思考も少しだけ冷静さを取り戻す。
挿入に至ってまで、番以外のアルファに対する拒否感を覚えないということはあるのだろうか。
そうであれば、アルファとオメガの番契約など意味がないとも言えてしまう。
達真は一ツ橋とのキスを解いて鼻をひくつかせた。
項を噛まれたオメガは誘惑フェロモンを無闇に撒き散らさなくなるが、同時に番以外のアルファのフェロモンも感じ取れなくなる。
達真の感じる匂いに特別なものはない気がした。やはり一ツ橋のフェロモンを感じ取れはしていない。
一ツ橋も達真の行動の意図を察したようだった。
「達真のフェロモンはどんな匂いかな……」
「柑橘っぽい匂いがするって、聞いたことある」
「えっ。それは、誰から?」
「誰だったかな。多分家族」
「あ、そっか。楽しみだな、達真の匂いを感じ取れる日が来るのが」
またキスをして抱き締められ、達真も一ツ橋の背に腕を回す。
番を解除することはできない。
アルファは複数のオメガの番を持つことができるが、オメガは番のアルファが唯一だ。噛まれたオメガを元に戻す術はない。
きっと一ツ橋は達真の匂いを嗅ぐことは一生できないだろう。
鼻の奥がつんとして、目の前の肩に顔を埋めて堪える。
何も知らずに未来を楽観視することはできない。でも謝りたいわけじゃない。
彼とこうなったことを後悔はしていない。この先もしないと誓える。
「もう、馴染んだから。動けよ」
「ん。ゆっくりね」
ずっと埋められていたものをずるりと抜かれ、再び押し込まれた。
「ぁっ……は、あぁ……」
雄芯に押されるようにして声が勝手に漏れる。恥ずかしいくらい情欲に濡れた声だが、取り繕う余裕は少しも残っていなかった。
前立腺も精嚢もその奥まで押し潰される。
引き抜かれるときは喪失感すらあるのに、すぐにまた満たされて感情の波に心ごとすべて浚われてしまいそうになる。
「クリス、クリスっ」
「くっ、達真……」
「あぁぁっ、イく、い……っ!」
「イっていいよ」
一ツ橋の手が達真の小さな陰茎を扱き立てた。
内と外両方からの快感に耐えきれず、全身をびくびくと震わせながら達真は上り詰めた。
「あぁ───」
オメガらしく少量しか出なかった精液が一ツ橋の手を汚したことが無性に恥ずかしい。
一度放ったことで平静を取り戻しつつあった達真は、後孔を穿たれたまま体を反転させられたことで再び震えることになった。
「ごめん、もうちょっと付き合って」
「へ? ぁ、……ぁあっ」
後背位よりさらに寝そべったような形でベッドに縫い付けられ、達真を貫く杭が先ほどより激しく抽送される。
一度達した達真の肉筒はきゅうきゅうと一ツ橋を食い締め、奥へ奥へ誘い込むように絶えず誘惑している。自分の体なのに求める動きを制御できず、達真はひたすら喘ぐしかない。
ぽろぽろと絶え間なく涙が流れ、シーツに吸い込まれて染みを作った。
「やめ、くりす、あぁっや、やぁ……!」
「達真っ」
「あ、だめ、うなじダメぇ」
両手を後ろから繋ぎ留められ、隠すことができない首元が露わになっている。
汗で濡れたそこを一ツ橋が舐め上げるたび、達真は力なくぱさぱさと髪を揺らして頭を振ることしかできない。
もちろんそんな抵抗は無意味でしかなく、むしろ一ツ橋をさらに煽る材料になってしまっていた。
肉壺を深く抉られながら、一ツ橋の牙が項に埋められる。
「───ッ!」
達真は声にならない叫びと共に再び射精した。体とシーツの間で押しつぶされていた性器からごく少量の白濁が飛んで、それでも一ツ橋の暴挙が止む気配がない。
今度は角度を変えて、再び項を噛まれた。
一度目は、達真から自由と喜びを奪った既存の噛み痕を上書きするように。二度目は一ツ橋が思うままに。
もう一度、もう一度と一ツ橋が歯を立てる度に達真は激しく身悶え、あり得ないほどの快楽に突き落とされる。唯一自由になる足が力なく宙を掻いて、震えながら堕ちた。
達真と一ツ橋はもう番にはなれない。この行為は意味がない。そのはずなのに。
痛いのに、恐ろしいのに、気が狂いそうなほど気持ちがいい。
「おねが……やめ、ぇ、あ、ぁあああああ───ッ!」
何度目かわからない噛撃と共に最奥を穿たれ、達真は限界の先へ飛び越えるように絶頂した。
いつもならすぐに現実感が戻ってくるのに、それがない。
いきっぱなしで戻ってこられない。気持ちよすぎて恐ろしくて、泣き喚いている気がするのに声が出ない。
肉壁が内側のものを搾り取るように蠕動し、一ツ橋も熱を放った。
ゴム越しに精液が出ている感触すら今の達真にはつらく、快感の種にしかならない。
「くりすぅっ、どうしよ、ずっときもちぃよぉっ」
「大丈夫。ゆっくり戻っておいて。僕がずっと抱っこしててあげる」
子供のようにしゃくりあげて泣く達真の背を、一ツ橋の手のひらがゆっくりとさする。震えながら伸ばされる手にキスが落とされ、額や頬、唇にも達真の不安を取り除くためだけの口づけが贈られる。
そこには性的な意図はなく、達真はやっと安心して体から力を抜くことができた。
さっきまで自分を苛んでいたのは間違いなくこの男なのに、この男から与えられる優しさだけが今の達真の拠り所になっている。
「くりす、クリス……」
「達真」
名をつぶやくと応えてくれる。
求めて彷徨った手が放置されることなく握り返される。
安堵感と倦怠感に包まれながら、無意識にそれが言葉として零れた。
「クリス……すきだ……」
「あぁ……達真、愛しい僕の……」
達真が最後に見たのはとろけるような笑顔のいつもの一ツ橋で。
一年ぶりの性行為に身も心も高まりすぎた体は、すぐさま休息を求め気絶するように眠りにつく。
生まれて初めて身も心も満たされたオメガの浮かべた満足そうな微笑みは、すぐに寝息でかき消えた。
眠ってしまった達真の体を一通り拭き清め、一ツ橋はそっとベッドに腰掛ける。
今のところ目が覚める気配はない。
番と離れてからずっと一人でつらいヒートを乗り越えてきた達真。その前は、虐待まがいの性行為を強要されていたのだろうと推測できる。
キスが初めてだと顔を赤らめていた。
触れ合うだけのヒートのときから、気持ちいいと何度も言っていた。
憎まれ口を叩いて、絶対にアルファに気を許したりしないと警戒しているのに、無意識に一ツ橋の姿を求めて泳ぐ視線の甘いこと。
こんなに可愛らしい生き物を、どうして愛でることができなかったのか。噛んで番にしておきながら手放せるなんて信じられない。
あのアルファ───望月の真意は、一生理解できそうにない。
「理解する必要はないけどね……僕は手放すことはないし、逃しもしない」
達真の体は最後まで一ツ橋に拒絶を示すことはなかった。達真の心以上にオメガの本能が一ツ橋を受け入れてくれている。
その事実が、背筋が震えるほどの喜びを齎す。
指先で弄んでいた手触りの悪い金の髪をさらりと撫で、一ツ橋は立ち上がった。
名残惜しいが、使ったタオルを片付けて水を用意しなくてはならない。きっと達真は目を覚ましたら水を欲しがる。
ついでに夕飯の配達でも頼もうか。今日はこの愛しいオメガを腕の中から離してやれる気がしない。
わずかに動いた寝室の空気に、嗅ぎ慣れない柑橘の匂いが混ざった気がした。
おわり
部屋に充満する濃密な欲望の気配が酸素を奪うのか、単純に達真の上に陣取るこの男がしつこいくらい口を吸うからなのか。
「は、はっ……ん、ぅ」
「達真くん」
「んっ、ぁ、んん……っ」
キスしかしていないのに息が上がる。
鼻で呼吸すればいいことは分かってる。なのになぜか達真ばかり呼吸が乱れ、一ツ橋は涼しい顔で何度も仕掛けてくる。
いや、彼も冷静ではなかった。
ぎらついた視線に平時の爽やかさはない。
あるのはただ、獲物を見定めた猛獣の気配だけだ。
シャワーを浴びた後、上に服は身に着けなかった。下も、どうしても全裸は恥ずかしかったので下着だけ。
死地にでも赴くのかと思えるほど緊張しながらベッドに寝転んだ達真を、一ツ橋は嬉しそうに笑って受け入れた。
そんな防御力の極めて低い達真の体は、どこもかしこも簡単に触られてしまう。
「んっふ、ぁ、あっ……」
「ふふ、赤くなってる。かーわいい」
色づいて揶揄されたのは達真の肌全体のことか、それとも一ツ橋に吸われすぎた唇のことか、執拗にいじくられる胸の突起のことか。
恥ずかしさにさらに赤みが増してしまう達真に一ツ橋が笑みを深める。
「うっせぇっ……黙ってヤれよ!」
「そんな勿体ないことしないよ。突っ込んで終わり、なんてものじゃないんだからこれは」
「同じ様なモンだろ!」
「全然違う。これは愛を交わす行為だよ」
なんて恥ずかしいことを真剣に言ってるんだ、この男は。
一瞬また悪い男に当たってしまったかと思ったが、それでも良いかと考え直す程度には達真は絆されてしまっていた。
声は穏やかさを装うのに、目に浮かぶ情欲を全く隠せていないこの男の二面性にゾクゾクする。
今まで体に触れさせる機会はあったが、どちらも達真の熱の処理に重きが置かれていて、一ツ橋が自分本位に動くことは一度たりともなかった。
それが今日、許しを得て解き放たれたとしたらどうなってしまうのか。
ごくりと生唾を飲み込む。
期待している自分がいるのを、達真は認めざるを得ない。
「んっ……もう、下触れよっ」
「苦しそうだね。いいよ」
下着をするりと脱がされ、腰が震える。
勢いよく飛び出た達真の花芯は先走りをトロトロと零して切なげに震えた。そこへ一ツ橋の大きな手のひらが間髪入れず添えられる。
「ぁ、うぁっ」
「気持ちいいね、達真くん」
「んっ、いぃ、きもちぃ……っ!」
オメガの男性器はほとんど使われる機会がないが、機能がないわけではないし、快感を拾うことは当然できる。
考えてみればそこを他人が弄るのも一ツ橋が初めてだ。
大切なもののように包み込まれ、かと思えば乱暴に思えるほど激しく扱かれる。緩急を付けられると達真には動きが予想できなくて、翻弄されるしかなかった。
「ぁ、イくっ……離せ、出るからっ」
「いいよ、一回出して」
「ぁあ───っ」
がくがくと震えながら達して、荒く呼吸を繰り返す達真に一ツ橋がキスの雨を降らせる。
一度放ったことで冷静さが戻ってきた達真は、一ツ橋の体をまさぐり始めた。
「達真くん?」
「お。やっぱ勃ってんじゃん。抜いてやるよ」
「えっ」
のしかかる体を力任せに転がして形勢逆転し、達真は素早く一ツ橋の下衣をくつろげた。
一ツ橋の性器はやや臨戦態勢になっている、という程度ではあったが、自分の体に興奮している証を見つけられて達真は内心安堵した。
こいつのことだから、もし達真に性的興奮を覚えられなかったとしても達真を放り出すことはないだろう。交わした言葉の通りに慈しんで、番のように扱ってくれるに違いない。
でも達真はきっとそれでは満足できない。
この体を少しでも魅力的に感じてもらいたい。
このアルファにすべてを委ねて、このアルファの全部を奪いたい。
「た、達真くん。無理しないで」
「してねぇ」
まずは手で触れて、自分でするように扱いてみる。
角度を増したそれは、まだ成長途中であってもかなりの大きさだった。悲しいかなオメガである達真のそれとは比ぶべくもないサイズだ。
今度はそうっと舌を伸ばして触れた。
なんとも言えない感触だが、臭いとか気持ち悪いとは思わなかった。
当然そう嫌悪してしかるべきだと思ったのだが、不思議なほどに不快感がない。これなら。
「わっ、達真、くん……っ」
唇を窄めて大きく開け、口腔内に一ツ橋の雄を迎え入れる。
頭を動かして、幹に舌で触れる度に角度と太さが増していくのが分かって、自分でも驚くほど愉快な気持ちになった。
拙い達真のフェラチオに一ツ橋が感じている。
技巧などなにもなく、ただ歯を立てることだけはないように気をつけて必死で口淫を続けた達真は不意に上半身を力任せに起こされた。
「うわっ」
「ごめん、すごく嬉しいんだけど、その」
「ンだよ」
「出すならきみのナカがいい。ダメ、かな……」
先程より更に獰猛さを増した双眸に射抜かれ、体が勝手に期待して震える。
口調は丁寧なのに、同意を得る気などまるでないのが分かってしまう。
頷く前に再び押し倒され、一ツ橋の性急な指先が達真の秘められた場所に触れた。
「あ、れ。濡れてる?」
侵入した指先が拒まれることなくずるずると奥へ誘い込まれ、困惑の声が上がった。
オメガといえど基本は男性の体の達真は、ヒート時でなければ中が濡れることはない。
まだ一本しか入っていない指だけで心地よい気分になりながら、達真はかろうじて冷静な頭で自分の体を確かめる。
「んっ……ほんとだ。軽くヒート入っちゃってんのかも」
「達真くんのヒート周期大丈夫なの……? 今度病院行こう?」
「あぁ……多分原因はおまえだけど」
「え!?」
驚いたせいか一ツ橋の指が勢いよく抜かれ「あぁんっ」と情けない声が出てしまった。
きっと睨みつけると一ツ橋はすぐに謝罪し、理由を求めてくる。
「最近の突発的で短いヒートは、おまえとキスするとなってんだよ。だからおまえのせい」
「えっえっ……それってもしかして、僕今後気軽に達真くんにキスもできなくなるってこと!?」
「医者に言われたわけじゃねーし分かんねぇけど。舌入れるやつじゃなければなんないかも? どちらにせよしばらくはお預けかもな」
「そ、そんなぁ」
情けなく眉を下げる一ツ橋がおかしくて、達真は遠慮なく笑った。
腹筋だけで上体を起こし、一ツ橋の首に腕を回して絡め取る。
「しばらくできねぇなら、軽くヒート入ってる今ヤるしかねぇよな……?」
「っ、なるほど。達真くんは誘惑上手だ」
「そりゃどーも。濡れてるし指三本ならすぐ入る」
「ダメだよ、そこはゆっくり準備させて」
「……チッ」
「舌打ちしないの」
唇と舌を甘く食まれながら、後孔にゆっくりと指が挿し込まれた。
やっと戻ってきた感覚に背を反らせて歓迎を示す。すぐに本数が増え、二本の指が腸壁を探りながら隘路を広げた。
「あっ、あ、あ、あぅっ!」
「ここ気持ちいいの?」
「んっ……そこ、いいっ」
時折掠める前立腺をしっかりと探り当てられてからは、ひたすら乱れるしかなかった。
確かな快感を得ながらも明らかに物足りなさを感じて足先がシーツを力なく引っ掻く。
もっと大きく太いもので埋めてくれ。
こんなこと、今まで思ったこともなかったのに。それをするのはただ義務で、結局結果は出なかったのだから、もう二度と縁がない行為だと思っていたのに。
指が抜かれ、三本になって戻ってきた。
「も、指いらないっ……挿れて」
「ダメ。痛くしたくない」
「いたくないからぁっ」
「もうちょっと頑張って?」
本人が良いと言っているのに、一ツ橋はどうしても達真を拒否するようだ。
以前もどんなに言っても挿入しなかったことがあった。またのらくらと達真の願いを躱す気なのだろうか。
掻痒感すら感じるほどもどかしい欲求に、達真は髪を振り乱してねだったが、結局十分に蕾が綻び花開くまで、指だけしか入れてもらえなかった。
長時間の解し作業に耐えた後孔は、律儀に切なく愛液を零し続けている。
達真の体の疼きももう限界に近かった。
「ひとつばし……挿れて、おねがい……」
「クリス」
「へぁ?」
「クリスって呼んで、達真。ほら、クリスだよ」
「く、りす……」
「うん。そのままおねだりしてみせて?」
微かに残った理性が達真に告げる。
酷いアルファから逃れられたと思ったら、今度は面倒なアルファを引っ掛けてしまったと。
それでもいい。この行為には心が伴っている。この男には愛がある。
冷たい床で一人と一人が義務を行うのではない。
二人で高みを目指すための行為に、少しの意地悪やいたずらはスパイスだ。
達真は足を広げ、尻たぶを両手で掴み妖艶に微笑んで見せた。
「クリスのおっきいの、ここにちょうだい」
「……っ、どこで覚えたの、そんな言葉っ!」
「ひぁ、ぁぁぁ───……」
ぐぷりと先端が埋められ、そのままずるずると太い幹が達真の肉筒を容赦なく犯していく。
長時間の責め苦のような尻穴への刺激で、達真の前はとうに萎えてしまっていたはずなのに、今達真を襲う感覚は絶頂のそれだった。
すべてを達真の中に収めた一ツ橋は、くすくすと笑って達真の萎れた花芯を弄ぶ。
「出さないでイったの? ナカ、すごいうねってるよ」
「ぁ、わ、かんね……」
「僕のこと歓迎してくれてるみたい。達真、ちゃんと気持ちいい?」
「ぅん……こんなにきもちぃの、生まれてはじめて、だ……」
「良かった」
一ツ橋は腰を動かさず、しばらく達真との触れ合いを楽しんだ。
挿入時に軽く達してしまった達真も時間が経つにつれ下半身の違和感に慣れてきていた。快感で飛んでしまっていた思考も少しだけ冷静さを取り戻す。
挿入に至ってまで、番以外のアルファに対する拒否感を覚えないということはあるのだろうか。
そうであれば、アルファとオメガの番契約など意味がないとも言えてしまう。
達真は一ツ橋とのキスを解いて鼻をひくつかせた。
項を噛まれたオメガは誘惑フェロモンを無闇に撒き散らさなくなるが、同時に番以外のアルファのフェロモンも感じ取れなくなる。
達真の感じる匂いに特別なものはない気がした。やはり一ツ橋のフェロモンを感じ取れはしていない。
一ツ橋も達真の行動の意図を察したようだった。
「達真のフェロモンはどんな匂いかな……」
「柑橘っぽい匂いがするって、聞いたことある」
「えっ。それは、誰から?」
「誰だったかな。多分家族」
「あ、そっか。楽しみだな、達真の匂いを感じ取れる日が来るのが」
またキスをして抱き締められ、達真も一ツ橋の背に腕を回す。
番を解除することはできない。
アルファは複数のオメガの番を持つことができるが、オメガは番のアルファが唯一だ。噛まれたオメガを元に戻す術はない。
きっと一ツ橋は達真の匂いを嗅ぐことは一生できないだろう。
鼻の奥がつんとして、目の前の肩に顔を埋めて堪える。
何も知らずに未来を楽観視することはできない。でも謝りたいわけじゃない。
彼とこうなったことを後悔はしていない。この先もしないと誓える。
「もう、馴染んだから。動けよ」
「ん。ゆっくりね」
ずっと埋められていたものをずるりと抜かれ、再び押し込まれた。
「ぁっ……は、あぁ……」
雄芯に押されるようにして声が勝手に漏れる。恥ずかしいくらい情欲に濡れた声だが、取り繕う余裕は少しも残っていなかった。
前立腺も精嚢もその奥まで押し潰される。
引き抜かれるときは喪失感すらあるのに、すぐにまた満たされて感情の波に心ごとすべて浚われてしまいそうになる。
「クリス、クリスっ」
「くっ、達真……」
「あぁぁっ、イく、い……っ!」
「イっていいよ」
一ツ橋の手が達真の小さな陰茎を扱き立てた。
内と外両方からの快感に耐えきれず、全身をびくびくと震わせながら達真は上り詰めた。
「あぁ───」
オメガらしく少量しか出なかった精液が一ツ橋の手を汚したことが無性に恥ずかしい。
一度放ったことで平静を取り戻しつつあった達真は、後孔を穿たれたまま体を反転させられたことで再び震えることになった。
「ごめん、もうちょっと付き合って」
「へ? ぁ、……ぁあっ」
後背位よりさらに寝そべったような形でベッドに縫い付けられ、達真を貫く杭が先ほどより激しく抽送される。
一度達した達真の肉筒はきゅうきゅうと一ツ橋を食い締め、奥へ奥へ誘い込むように絶えず誘惑している。自分の体なのに求める動きを制御できず、達真はひたすら喘ぐしかない。
ぽろぽろと絶え間なく涙が流れ、シーツに吸い込まれて染みを作った。
「やめ、くりす、あぁっや、やぁ……!」
「達真っ」
「あ、だめ、うなじダメぇ」
両手を後ろから繋ぎ留められ、隠すことができない首元が露わになっている。
汗で濡れたそこを一ツ橋が舐め上げるたび、達真は力なくぱさぱさと髪を揺らして頭を振ることしかできない。
もちろんそんな抵抗は無意味でしかなく、むしろ一ツ橋をさらに煽る材料になってしまっていた。
肉壺を深く抉られながら、一ツ橋の牙が項に埋められる。
「───ッ!」
達真は声にならない叫びと共に再び射精した。体とシーツの間で押しつぶされていた性器からごく少量の白濁が飛んで、それでも一ツ橋の暴挙が止む気配がない。
今度は角度を変えて、再び項を噛まれた。
一度目は、達真から自由と喜びを奪った既存の噛み痕を上書きするように。二度目は一ツ橋が思うままに。
もう一度、もう一度と一ツ橋が歯を立てる度に達真は激しく身悶え、あり得ないほどの快楽に突き落とされる。唯一自由になる足が力なく宙を掻いて、震えながら堕ちた。
達真と一ツ橋はもう番にはなれない。この行為は意味がない。そのはずなのに。
痛いのに、恐ろしいのに、気が狂いそうなほど気持ちがいい。
「おねが……やめ、ぇ、あ、ぁあああああ───ッ!」
何度目かわからない噛撃と共に最奥を穿たれ、達真は限界の先へ飛び越えるように絶頂した。
いつもならすぐに現実感が戻ってくるのに、それがない。
いきっぱなしで戻ってこられない。気持ちよすぎて恐ろしくて、泣き喚いている気がするのに声が出ない。
肉壁が内側のものを搾り取るように蠕動し、一ツ橋も熱を放った。
ゴム越しに精液が出ている感触すら今の達真にはつらく、快感の種にしかならない。
「くりすぅっ、どうしよ、ずっときもちぃよぉっ」
「大丈夫。ゆっくり戻っておいて。僕がずっと抱っこしててあげる」
子供のようにしゃくりあげて泣く達真の背を、一ツ橋の手のひらがゆっくりとさする。震えながら伸ばされる手にキスが落とされ、額や頬、唇にも達真の不安を取り除くためだけの口づけが贈られる。
そこには性的な意図はなく、達真はやっと安心して体から力を抜くことができた。
さっきまで自分を苛んでいたのは間違いなくこの男なのに、この男から与えられる優しさだけが今の達真の拠り所になっている。
「くりす、クリス……」
「達真」
名をつぶやくと応えてくれる。
求めて彷徨った手が放置されることなく握り返される。
安堵感と倦怠感に包まれながら、無意識にそれが言葉として零れた。
「クリス……すきだ……」
「あぁ……達真、愛しい僕の……」
達真が最後に見たのはとろけるような笑顔のいつもの一ツ橋で。
一年ぶりの性行為に身も心も高まりすぎた体は、すぐさま休息を求め気絶するように眠りにつく。
生まれて初めて身も心も満たされたオメガの浮かべた満足そうな微笑みは、すぐに寝息でかき消えた。
眠ってしまった達真の体を一通り拭き清め、一ツ橋はそっとベッドに腰掛ける。
今のところ目が覚める気配はない。
番と離れてからずっと一人でつらいヒートを乗り越えてきた達真。その前は、虐待まがいの性行為を強要されていたのだろうと推測できる。
キスが初めてだと顔を赤らめていた。
触れ合うだけのヒートのときから、気持ちいいと何度も言っていた。
憎まれ口を叩いて、絶対にアルファに気を許したりしないと警戒しているのに、無意識に一ツ橋の姿を求めて泳ぐ視線の甘いこと。
こんなに可愛らしい生き物を、どうして愛でることができなかったのか。噛んで番にしておきながら手放せるなんて信じられない。
あのアルファ───望月の真意は、一生理解できそうにない。
「理解する必要はないけどね……僕は手放すことはないし、逃しもしない」
達真の体は最後まで一ツ橋に拒絶を示すことはなかった。達真の心以上にオメガの本能が一ツ橋を受け入れてくれている。
その事実が、背筋が震えるほどの喜びを齎す。
指先で弄んでいた手触りの悪い金の髪をさらりと撫で、一ツ橋は立ち上がった。
名残惜しいが、使ったタオルを片付けて水を用意しなくてはならない。きっと達真は目を覚ましたら水を欲しがる。
ついでに夕飯の配達でも頼もうか。今日はこの愛しいオメガを腕の中から離してやれる気がしない。
わずかに動いた寝室の空気に、嗅ぎ慣れない柑橘の匂いが混ざった気がした。
おわり
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