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番外編
新婚の番
しおりを挟む玄関を開けた途端、ふわりと良い香りがした。
学生時代に実家を出てから一人暮らしが長く、帰宅したとき誰かの気配があるということには未だに慣れない。
しかし家の中にいる相手が彼だというだけで、戸惑いが幸福感に変わるのだからかんたんなものだ。
「ただいま~」
「おー、おかえり」
短い廊下を進んでリビングのドアを開くと、すぐ脇のキッチンから一人の男性がひょっこり顔を出した。
部屋着の色気ないスウェットの上からではあるが、自分が贈ったエプロンを身に着けているのは、会社の先輩で、俺の番で、伴侶でもある真嗣さんだ。
番になって二年弱、籍を入れ新居に移り住んでから数ヶ月。
今までの交際相手ならとっくに別れているか、慣れや飽きを感じる頃合いだ。それがこの人相手となるだけで毎日が薔薇色、いつまでも新婚気分、飽きるなど微塵も考えられない。
「風呂、先に入ったからお湯湧いてるぞ。晩飯もこれからできるからな」
「へへ……やっぱいいですね、こういうの」
「あ?」
「お風呂にする、ご飯にする? みたいなやつでしょ今の」
「いや違うから」
極めて冷たい声で返事されるが、そんなことでへこたれる俺ではない。
背を向けてしまった真嗣さんを追いかけて、背中をそっと抱く。
「お風呂とご飯があるなら、もう一つもありますよね」
「だから違うって」
「真嗣さんを食べるっていうのはダメですか?」
「俺は準備できてな……ん、ぅ」
体を反転させ正面から口づけても、嫌がられることはない。ちょっと眉間にシワは寄っているが、これは不本意だが許容範囲内というサインだ。
ん、待てよ。
さっき「俺の準備はできてない」と真嗣さんは言いかけたけど、いつもより少しあたたかい体温と湿った髪、さっきの発言から、それなりに長時間入浴していたはずだ。
本当に準備ができていないのだろうか?
「あっ! ちょっ、なにしてんだ!」
エプロンの紐を掻い潜り、スウェットの隙間から手を滑り込ませる。こういうとき、ゴムの下履きは便利だ。
薄く筋肉のついた肌の手触りを堪能しながら徐々に指先を撫で下ろしていく。
小ぶりな尻を揉みながら少しだけ奥へ触れると、抱き締めた体がびくんと跳ねた。指の腹で確かめたそこは、侵入を拒むきつさはなく、むしろ綻んでいるように思える。
「真嗣さん、これ」
「違う、違う!」
「なにが違うんですか? ねぇ」
手を伸ばした先にちょうどよく良いものがあったので、手に取り再び後孔に指先を押し付ける。
「んっ……おま、なんで、いつのまに……っ」
オリーブオイルのぬめりを帯びた指はあっけなく根本まで侵入を果たしてしまった。
オメガの体は基本的に、アルファを受け入れやすい構造になっているという。しかし発情期でもない今、こんなにすんなりいくことはない。つまり。
「お風呂で準備してくれたんでしょ?」
「ぁ……!」
耳元で囁いて耳朶に犬歯を立てると、真嗣さんの体は再び震えて、力が抜けてしまったらしかった。
これ幸いと腰を抱いてソファへ誘導する。
スマートに抱き上げてベッドに運んであげられればいいのだが、俺と体格はそう変わらない真嗣さんを安全に持ち上げるのは難しい。
それにもう我慢できそうにない。俺も、たぶん真嗣さんも。
素早くスウェットと下着を脱がせて、自分も服を脱ぐ。さすがにスーツのまま致すのは気が引ける。
ジャケットを放り出しネクタイを毟り取る間、真嗣さんは俺の下でぼんやり頬を赤くしていた。
……すごくかわいい。本当にかわいい。
「お風呂もご飯も嬉しいですけど、先に真嗣さんを頂いちゃっていいですか?」
「……っ、勝手にしろ……」
「じゃ、遠慮なく」
もうここまでくれば抵抗は無意味と悟ったらしく、力の抜けた体を好き放題触りまくる。
オメガになって時間が経ったからか、番を得たからか、真嗣さんの体つきは以前より中性的になっていた。
筋肉がついているところはゴツゴツというよりは弾力が先に立ち、骨ばっていると感じる部分が少なくなった。しっとりと汗ばみ、無意識に俺を誘う瞳は性別を超越したエロティックさを滲ませている。
───そういうことを口に出したら怒られるだろうけど、彼の変化はすごく嬉しい。
俺がこの人を変えていると、目に見える形で自惚れられるから。
前戯もそこそこに後ろへ手を伸ばす。
今にも咲いてしまいそうなほど綻んだ蕾は、俺の指を貪欲に飲み込んでくれた。すぐに指を二本入れてもきつそうな素振りすらない。
しかも信じられないことに、奥からとろりとした液体が溢れてきた。
発情期でないオメガのここは濡れない。ローションを事前に仕込んでおかなければ、こんなふうにはならないのに。
「は、ぁ……っ、もう、いいから、挿れて」
全身を赤く染めて体をくねらせる真嗣さんに、俺の理性が持つはずもなかった。
触ってもいないのに猛りきった屹立を押し当て、深く沈める。
押し入れるというよりは吸い込まれるようで、いつにない快感にすぐ達してしまいそうになった。が、ギリギリ堪えた、危ない。
挿れてからどれだけ活躍できるかは、俺のアルファとしての数少ないプライドに関わる。
「……っ、真嗣さん、挿れただけでイっちゃった?」
「ぁ、あう……」
受け入れる側の方は、過度な刺激に耐えられなかったようだ。
真嗣さんの服の乱れは最低限で、上着とエプロンは脱がせる暇がなかった。
うまい具合に下肢を隠している布の下では、壮絶にエロいことになっているだろう。布から出ている真嗣さんの焦点の合わない瞳がこれだけ扇情的なのだから。
放ってもなお残る快感に震える体を抱きしめて、腰を使う。
自分の快楽は二の次だ。
真嗣さんは正式に異動となり、俺より先に帰宅することが多くなった。
俺の方が疲れているだろうからと言って、慣れない家事を精一杯こなし、風呂で体の準備までしてくれる愛しい番。
真嗣さんが気持ちよくなってこそ、俺も本懐を遂げられるというもの。
「つかさ、ぁあ、司っ」
「真嗣さん……っ」
入り口はあれだけ解されていたのに、中は恐ろしいほどの締め付けと蠕動で雄芯を刺激する。
やっと呼んでくれるようになった名前の甘い響きに後押しされて、俺は真嗣さんの中に放った。残滓を搾り取られる感覚に、彼も達したのだと分かる。
内側を直接犯す感覚に自我が飛びかけ、ハッと気がついた。
「す、すみません! ゴム付ける暇がなくて」
断りもなく中出ししてしまった。なんてことだ。
慌てて抜いたが、そんなことで取り返しがつくはずもない。
僅かだが副作用のある避妊薬をなるべく使わせたくなくて、発情期の初日などどうしても必要な場合以外は、余裕がないときでもなるべく避妊具をつけていたのに。
青ざめる俺をよそに、真嗣さんは焦っていなかった。
二度放ったせいか、先程よりは正気が戻ってきているようなのに、ぼうっと下腹のあたりを見て返事をしない。
「まさつぐ、さん?」
おかしいな、今までだったら俺はもう二、三発叩かれ蹴られているところで、向こう数日間の禁欲を言い渡されたりしているはずなのに。
混乱していると、俺の腕を真嗣さんが引っ張った。
請われるままに体を傾け、触れるだけの口づけを交わす。
顔が離れ、目が合ったのは、淫蕩な笑みを浮かべた「オメガ」の表情だった。
「一回だけで足りるのか?」
「え?」
「つけなくていいから、もう一回……だめ?」
だめなわけないです。
いつのまにか俺の腰には真嗣さんの脚が絡められていて、ぐっと力を込められれば自然と意図が読める。
キスをねだられるたび与え、手で胸の飾りを捏ねながら、隔てるもののないまま俺たちは第二ラウンドに突入した。
せっかく用意してもらった風呂もご飯も冷めてしまうだろうけど、一番大事なものが腕の中にあるのだから、俺によそ見などできるはずもないのだった。
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