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あれから一年程が経った。
僕が父さんと一緒にレインズフォード家に行くことは変わらずで、その中に王宮へと行くことも追加された日々だった。レイン殿下(こう呼べと命令された)も忙しい人だから月に一度の頻度だ。
僕が王宮に行くことになったことで、マナーの勉強も新たに追加されることになった。マナーの先生はマリア様の友人らしく、僕の事情をちゃんと理解してくれていた。
授業は厳しいけれど、ちゃんと褒めてもくれる。そのお陰か、少しは立ち居振る舞いが良くなったと思う。
殿下とはただお茶会をする日もあれば、一緒に勉強や武術訓練をすることもある。武術訓練は、殿下の「万が一何かあっても逃げられる手段は身につけておいて損はない」の一言で決まったことだった。
殿下には全く敵わないけど、体を動かすことがあまりなかったから実はちょっと楽しかったりする。もちろん凄く疲れてヘロヘロになるんだけど。
でも家でも一人で型の練習をしたりしているお陰か、筋肉もちょっとだけついてきた。ハンナさんも「健康になってようございましたね」と喜んでくれている。
その一方、レインズフォード家はかなり暗くなってしまった。
マリア様の病状はかなり悪くなっていて、勉強を教えてもらうことは出来なくなった。今はもう寝たきりの状態だ。
少し前に、子供達にもマリア様の病気のことは知らされた。泣いたり怒ったりとかなり大変だったらしい。
勉強を教わることは出来なくなったけど、それでもマリア様は僕のことを気にかけてくれている。僕がレインズフォード家に行った時は、マリア様の側で本を読んだり話し相手になっている。
僕がここにいることが邪魔になるんじゃないかと思ったけど、マリア様は「気分転換にちょうどいいわ」と笑ってくれた。
そして今日もレインズフォード家に来ている。
マリア様の病気の進行が早いけれど、父さんの薬のおかげで少しだけ遅くすることが出来ているらしい。レインズフォード家の主治医がそう言っていたそうだ。
それでも確実に病は進んでいて、マリア様はかなり痩せてしまった。それでもやっぱり綺麗だけど。
子供たちは父さんの魔法の授業が終わった後は、必ずマリア様の部屋へと来る。ただマリア様の病気のことを知ってから、ここに来るのはニコラス様とアメリア様だけ。
「今日もルディは来てくれないのね」
マリア様の寂しそうな声が耳に残っている。でもそんな雰囲気は一瞬で、すぐに笑顔でなんてことないように振舞っている。それがなんだか痛々しくて悲しい。
ルドヴィク様はマリア様の病気である『魔力回路不全』の治療法を探している。
片っ端からいろんな本をかき集めて、それをとにかく読んで読んで読みまくる日々。だけどこの病気の治療法はまだ確立されていない。だからどの本を探しても、治療法が見つかるわけがないのだ。
でもルドヴィク様はそれを止めようとはしない。その理由は、マリア様の病気の原因が自分にあると思っているから。
後天的に発症した場合のほとんどが、出産後の女性に多いそうだ。もちろん男性でも出産経験のない女性でも、後天的に発症した人はいる。でも後天的発症患者の九割が出産後の女性なのだそうだ。
原因は、妊娠出産に対する魔力回路に負担がかかることで起こる異常だと考えられている。でもその説だって確証はない。そうかもしれない、というだけだ。
だけどルドヴィク様は末っ子で、ルドヴィク様を出産した後にマリア様の病気は始まった。
このことを知ったルドヴィク様は、絶望した様子だったそうだ。
それからルドヴィク様は変わってしまった。一心不乱に魔力回路不全について書かれている本を読み漁っている。どこかに治療法が載ってないか、治療薬が載ってないか。誰が言ってもその手を止めることはなく、夜遅くまで何度も何度も本を読んでいるそうだ。
そのせいか、ルドヴィク様は見るからにやつれてしまい、目の下には濃い隈が出来ている。顔色も悪くて、見ているこちらが心配になるほどだ。
「マリア様、僕ちょっとお手洗いに行ってきます」
ニコラス様とアメリア様がやって来たことで、賑やかになった部屋を出る。そのまま近くにあるトイレへと向かっていると、何冊も本を抱えたルドヴィク様の姿が目に入った。
足取りはふらふらとしていて、大丈夫かな、と思ったその瞬間、ルドヴィク様は本を落としその場に倒れこんでしまった。
「ルドヴィク様!」
慌てて駆け寄って何とかルドヴィク様を抱き起す。顔色は物凄く悪く、額には汗が浮いていた。
「大丈夫ですか!?」
「うっ……お前か……」
意識があったことにほっとする。だけどその声は必死に絞り出したようでか細かった。
「誰かー! 誰か来てください!」
近くに使用人さんたちの姿は見えない。誰か大人を呼ぼうと必死に声を張り上げた。だけどルドヴィク様はそんな僕の服を掴み「やめろ」と止めさせる。
「俺は、大丈夫っ、だ……」
「大丈夫ってどこがですか!?」
服を掴む手だって震えていて、どこをどう見たって大丈夫じゃない。それなのにルドヴィク様は、ふらふらになりながらも立ち上がろうとする。
「ダメです! 誰かに運んでもらいましょう? どう見ても歩けそうじゃっ――」
「うるさいっ! 俺に触るなっ!」
こんなにふらふらな状態なのに、どこからそんな力が出てきたのか不思議なほどの強さで、僕はルドヴィク様に突き飛ばされた。その勢いで、ルドヴィク様自身も床に体を打ち付ける。
そしてのろのろと立ち上がろうとするも、力の入らない腕では体を支えられず、また床へと倒れこんだ。
「ルドヴィク様!」
「だからっ……触るなぁッ!!」
「っ!?」
ルドヴィク様の手には、キラキラとたくさんの氷の粒が舞っていた。そしてそれを僕に向けて放つ。
一度にたくさんの氷の礫が僕に迫り、そのまま服を切り刻んでいく。でも特殊体質の僕に魔法は効かない。体には傷が一つとしてつくことはなかった。
「あ……」
「ルドヴィク様!?」
弱った体で無理やり魔法を使ったからだろう。ルドヴィク様はそのまま気を失った。
「リューク!?」
「父さんっ……」
僕達の声が聞こえて駆け寄ってきてくれたのか、父さんが焦った様子だった。そして僕の惨状を見た父さんは、上着を脱ぎそれを僕に着せる。
「ルドヴィク君が攻撃魔法を放ったんだね?」
「父さん。もしかしたらルドヴィク様は魔法を使った後すぐ気絶したけど、もしかしたら僕の体質のこと……」
「気付いたらアレクに言うかもしれないね。でもアレクは私の友人だ。最悪の状況は防げるかもしれない。今はそれよりも」
父さんは気絶したルドヴィク様を抱えると立ち上がる。
「ルドヴィク君を治療する方が先だ。リュークも付いておいで」
途中使用人さんに出会い、ルドヴィク様の部屋へと案内してもらう。ルドヴィク様をベッドに寝かせると、父さんはポケットから回復薬を取り出しゆっくりとルドヴィク様に飲ませていった。
そうしていると、執事のカールさんが慌てた様子でやって来た。父さんが事情を説明すると感謝の言葉と共に頭を下げた。
「無理がたたっただけだと思うので、このまま休んでいれば元気になると思います。回復薬をいくつか置いていきますので、もしもの場合は使ってください」
「何から何までありがとう存じます。ただこのままルドヴィク坊ちゃまが大人しくなさってくださるか……リューク様にもご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません」
「あ、いえっ……僕は大丈夫ですから!」
実際僕の体は特殊体質のおかげで傷一つついてないし、服が破れた以外大したことはない。それに『役立たず』な僕に、そんな風に謝られるとむずむずとして落ち着かない。
しばらくルドヴィク様の様子を見ていたけど、回復薬が効いて呼吸も容体も安定しているから大丈夫なようだ。
マリア様に挨拶をして、僕達は家へと帰った。
僕が父さんと一緒にレインズフォード家に行くことは変わらずで、その中に王宮へと行くことも追加された日々だった。レイン殿下(こう呼べと命令された)も忙しい人だから月に一度の頻度だ。
僕が王宮に行くことになったことで、マナーの勉強も新たに追加されることになった。マナーの先生はマリア様の友人らしく、僕の事情をちゃんと理解してくれていた。
授業は厳しいけれど、ちゃんと褒めてもくれる。そのお陰か、少しは立ち居振る舞いが良くなったと思う。
殿下とはただお茶会をする日もあれば、一緒に勉強や武術訓練をすることもある。武術訓練は、殿下の「万が一何かあっても逃げられる手段は身につけておいて損はない」の一言で決まったことだった。
殿下には全く敵わないけど、体を動かすことがあまりなかったから実はちょっと楽しかったりする。もちろん凄く疲れてヘロヘロになるんだけど。
でも家でも一人で型の練習をしたりしているお陰か、筋肉もちょっとだけついてきた。ハンナさんも「健康になってようございましたね」と喜んでくれている。
その一方、レインズフォード家はかなり暗くなってしまった。
マリア様の病状はかなり悪くなっていて、勉強を教えてもらうことは出来なくなった。今はもう寝たきりの状態だ。
少し前に、子供達にもマリア様の病気のことは知らされた。泣いたり怒ったりとかなり大変だったらしい。
勉強を教わることは出来なくなったけど、それでもマリア様は僕のことを気にかけてくれている。僕がレインズフォード家に行った時は、マリア様の側で本を読んだり話し相手になっている。
僕がここにいることが邪魔になるんじゃないかと思ったけど、マリア様は「気分転換にちょうどいいわ」と笑ってくれた。
そして今日もレインズフォード家に来ている。
マリア様の病気の進行が早いけれど、父さんの薬のおかげで少しだけ遅くすることが出来ているらしい。レインズフォード家の主治医がそう言っていたそうだ。
それでも確実に病は進んでいて、マリア様はかなり痩せてしまった。それでもやっぱり綺麗だけど。
子供たちは父さんの魔法の授業が終わった後は、必ずマリア様の部屋へと来る。ただマリア様の病気のことを知ってから、ここに来るのはニコラス様とアメリア様だけ。
「今日もルディは来てくれないのね」
マリア様の寂しそうな声が耳に残っている。でもそんな雰囲気は一瞬で、すぐに笑顔でなんてことないように振舞っている。それがなんだか痛々しくて悲しい。
ルドヴィク様はマリア様の病気である『魔力回路不全』の治療法を探している。
片っ端からいろんな本をかき集めて、それをとにかく読んで読んで読みまくる日々。だけどこの病気の治療法はまだ確立されていない。だからどの本を探しても、治療法が見つかるわけがないのだ。
でもルドヴィク様はそれを止めようとはしない。その理由は、マリア様の病気の原因が自分にあると思っているから。
後天的に発症した場合のほとんどが、出産後の女性に多いそうだ。もちろん男性でも出産経験のない女性でも、後天的に発症した人はいる。でも後天的発症患者の九割が出産後の女性なのだそうだ。
原因は、妊娠出産に対する魔力回路に負担がかかることで起こる異常だと考えられている。でもその説だって確証はない。そうかもしれない、というだけだ。
だけどルドヴィク様は末っ子で、ルドヴィク様を出産した後にマリア様の病気は始まった。
このことを知ったルドヴィク様は、絶望した様子だったそうだ。
それからルドヴィク様は変わってしまった。一心不乱に魔力回路不全について書かれている本を読み漁っている。どこかに治療法が載ってないか、治療薬が載ってないか。誰が言ってもその手を止めることはなく、夜遅くまで何度も何度も本を読んでいるそうだ。
そのせいか、ルドヴィク様は見るからにやつれてしまい、目の下には濃い隈が出来ている。顔色も悪くて、見ているこちらが心配になるほどだ。
「マリア様、僕ちょっとお手洗いに行ってきます」
ニコラス様とアメリア様がやって来たことで、賑やかになった部屋を出る。そのまま近くにあるトイレへと向かっていると、何冊も本を抱えたルドヴィク様の姿が目に入った。
足取りはふらふらとしていて、大丈夫かな、と思ったその瞬間、ルドヴィク様は本を落としその場に倒れこんでしまった。
「ルドヴィク様!」
慌てて駆け寄って何とかルドヴィク様を抱き起す。顔色は物凄く悪く、額には汗が浮いていた。
「大丈夫ですか!?」
「うっ……お前か……」
意識があったことにほっとする。だけどその声は必死に絞り出したようでか細かった。
「誰かー! 誰か来てください!」
近くに使用人さんたちの姿は見えない。誰か大人を呼ぼうと必死に声を張り上げた。だけどルドヴィク様はそんな僕の服を掴み「やめろ」と止めさせる。
「俺は、大丈夫っ、だ……」
「大丈夫ってどこがですか!?」
服を掴む手だって震えていて、どこをどう見たって大丈夫じゃない。それなのにルドヴィク様は、ふらふらになりながらも立ち上がろうとする。
「ダメです! 誰かに運んでもらいましょう? どう見ても歩けそうじゃっ――」
「うるさいっ! 俺に触るなっ!」
こんなにふらふらな状態なのに、どこからそんな力が出てきたのか不思議なほどの強さで、僕はルドヴィク様に突き飛ばされた。その勢いで、ルドヴィク様自身も床に体を打ち付ける。
そしてのろのろと立ち上がろうとするも、力の入らない腕では体を支えられず、また床へと倒れこんだ。
「ルドヴィク様!」
「だからっ……触るなぁッ!!」
「っ!?」
ルドヴィク様の手には、キラキラとたくさんの氷の粒が舞っていた。そしてそれを僕に向けて放つ。
一度にたくさんの氷の礫が僕に迫り、そのまま服を切り刻んでいく。でも特殊体質の僕に魔法は効かない。体には傷が一つとしてつくことはなかった。
「あ……」
「ルドヴィク様!?」
弱った体で無理やり魔法を使ったからだろう。ルドヴィク様はそのまま気を失った。
「リューク!?」
「父さんっ……」
僕達の声が聞こえて駆け寄ってきてくれたのか、父さんが焦った様子だった。そして僕の惨状を見た父さんは、上着を脱ぎそれを僕に着せる。
「ルドヴィク君が攻撃魔法を放ったんだね?」
「父さん。もしかしたらルドヴィク様は魔法を使った後すぐ気絶したけど、もしかしたら僕の体質のこと……」
「気付いたらアレクに言うかもしれないね。でもアレクは私の友人だ。最悪の状況は防げるかもしれない。今はそれよりも」
父さんは気絶したルドヴィク様を抱えると立ち上がる。
「ルドヴィク君を治療する方が先だ。リュークも付いておいで」
途中使用人さんに出会い、ルドヴィク様の部屋へと案内してもらう。ルドヴィク様をベッドに寝かせると、父さんはポケットから回復薬を取り出しゆっくりとルドヴィク様に飲ませていった。
そうしていると、執事のカールさんが慌てた様子でやって来た。父さんが事情を説明すると感謝の言葉と共に頭を下げた。
「無理がたたっただけだと思うので、このまま休んでいれば元気になると思います。回復薬をいくつか置いていきますので、もしもの場合は使ってください」
「何から何までありがとう存じます。ただこのままルドヴィク坊ちゃまが大人しくなさってくださるか……リューク様にもご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございません」
「あ、いえっ……僕は大丈夫ですから!」
実際僕の体は特殊体質のおかげで傷一つついてないし、服が破れた以外大したことはない。それに『役立たず』な僕に、そんな風に謝られるとむずむずとして落ち着かない。
しばらくルドヴィク様の様子を見ていたけど、回復薬が効いて呼吸も容体も安定しているから大丈夫なようだ。
マリア様に挨拶をして、僕達は家へと帰った。
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