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第1章
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馬車が止まった。
「おい、降りろ」
乱暴に扉が開く。
どうやらまだ山の中のようだ。
大人しく馬車から降りる拍子に見えた、貴族令嬢にしては丈の短いスカートから覗いた真っ白なふくらはぎに———男の喉がゴクリと鳴った。
「ここはバークレー王国だ」
御者席から降りてきたもう一人の男が言った。
「隣国に捨ててこいとの命令だ。俺達の仕事はこれで終わりだ」
そう、と口の中で呟いて、ローゼリアは二人をちらと見上げた。
寝不足のせいで潤んだその瞳に———もう一度男達が喉を鳴らす。
「ご苦労様でした」
そう言って歩き出そうとしたローゼリアの腕を男が掴んだ。
「大金を貰えた上に、こんな美人とヤレるなんて最高だなおい」
「ヘヘッ。お嬢ちゃん、こんな山の中ほっぽり出されてどうせ獣に喰われるか盗賊に襲われんだから、俺たちと仲良くやっ」
男の声は最後まで続かなかった。
ぐらりと揺れてその身体が崩れ落ちる。
「は?え?」
何が起きたのか分からず動揺する男も———次の瞬間、倒れ落ちた。
「…まったく、汚らわしい」
倒れた二人の男が完全に気を失っているのを確認して、それから周囲を見回して誰もいないのを確認すると、ローゼリアはぐっと拳を握りしめた。
「やっ…たー!!」
ここ数年出した事のなかった喜びの声だった。
「これで!あのバカ王子!退屈なお妃教育!陰湿な家族!みんなお別れ!婚約破棄バンザイ!もう私はローゼリアじゃないわ!ローズよ!」
クルクル回りながらひとしきり喜んでローゼリア———ローズは我に返った。
「っとこんな事してる暇はないわ。急がないと」
早く行かないと。
この事があの人達に伝わる前に。
ローズは倒れ込んだ男の懐を探った。
「これが報酬ね。銀貨で良かったわ」
ずしりとした革袋の中身を確認する。
金貨は高額すぎて使いづらいけれど、銀貨だったら街中でも使える。
「この馬車…に乗って行くのは悪目立ちするわよね。仕方ないか」
とりあえず近くの街まで歩こう。
気合いを入れるように大きく深呼吸すると、貴族令嬢とは思えない速さでローズは山道を下り出した。
「こっの…大馬鹿者が!」
ランブロワ侯爵は怒りに任せて息子を殴り飛ばした。
「貴方?!ギルになんて事を…」
「お前もだ!」
駆け寄った妻を平手で叩く。
「追放しただと?!ローゼリアを?!」
興奮で荒く息を吐きながら起き上がれない妻と息子を見下ろす。
「…だってあの娘…殿下から婚約破棄されたのよ?!妃になれない娘なんて何の役にも立たないわ!ゴミだから捨てたのよ!」
「この…っ」
もう一度平手打ちを食らわすと夫人は再び倒れ込んだ。
視察を終えて王宮には寄らず直接家に帰ってくると、やたら嬉しそうな妻と息子に出迎えられた。
そうして一昨日の夜会での出来事と、娘を追い出した事を自慢げに語られたのだ。
隣国へと捨てただと?あの娘を?
そんな事がもしも〝彼ら〟に知られたら…ローゼリアの身に危険が及んでいたら。
ぞっと首筋が寒くなった。
「…王宮へ行ってくる」
すっと冷徹な宰相の顔に戻って侯爵は言った。
「この二人は逃げ出さないように閉じ込めておけ」
「父上?!」
「貴方!」
呆然とする二人に背を向けて侯爵は身を翻した。
「———愚か者が」
唸るような王の声が響いた。
「この婚約がどういうものか、説明したはずだが」
「で、ですが!父上は私にあの生意気な女と一生添い遂げろと?!」
「それがお前の役目だ」
突き放すような眼差しで王はアルルを見た。
「国の平和の為に身を捧げる。それがお前の王子としての存在意義だ」
「しかし私にはマリーという最愛の女性が…」
「そんなに好きなら側室にでもすればよかろう」
「マリーをあの女の下に置けと?!」
「侯爵令嬢と子爵の娘、どちらが上かなど比べるまでもない」
王は呆れたようにため息をつく。
「それにローゼリア嬢はベイツ帝国のエインズワース公爵の姪であり、皇帝家の血を引く人間だ。彼女の身に何かあってみろ、外交問題になるぞ」
彼女の血筋の事は教えたはずなのに。
この王子は忘れてしまったのか。
目の前の恋に目が眩んだのか。
下位貴族ならば若さゆえの過ちと許される事もあるだろうが、王子という立場では…
何よりも相手が悪すぎる。
「陛下!」
ノックも許しもなく執務室のドアが開かれた。
非常に不敬な行為だが…飛び込んできた相手を見て王は慌てて立ち上がった。
「宰相か」
「…この度は…我が愚息が…誠に……」
息を切らしながら宰相は王の足元に跪いた。
プライドの高い宰相の行動にアルルは目を見開いた。
「———それはお互い様だ」
王は深くため息をついた。
アルルとギルバートが共謀して今回の婚約破棄と追放を謀ったのだ。
宰相だけを責めるわけにはいかない。
「ローゼリア嬢の捜索命令を出した。夜会に出席していた者達への口止めも指示したが…手遅れだろうな」
夜会が開催されたのは二日前だ。
もう既にあの夜の出来事はその場にいなかった者達へも伝わっているだろう。
ベイツ帝国にまで伝わるのも…時間の問題かもしれない。
「ともかくローゼリア嬢の身柄を確保せねば」
もう一度ため息をつくと、王はアルルを見下ろした。
「もしもベイツ帝国と戦争になったならば、お前を最前線に送る」
「せ、戦争?!」
「それだけの事をお前はしでかしたのだ。その身をもって償うがいい」
王は冷ややかな目線で息子を見下ろした。
「おい、降りろ」
乱暴に扉が開く。
どうやらまだ山の中のようだ。
大人しく馬車から降りる拍子に見えた、貴族令嬢にしては丈の短いスカートから覗いた真っ白なふくらはぎに———男の喉がゴクリと鳴った。
「ここはバークレー王国だ」
御者席から降りてきたもう一人の男が言った。
「隣国に捨ててこいとの命令だ。俺達の仕事はこれで終わりだ」
そう、と口の中で呟いて、ローゼリアは二人をちらと見上げた。
寝不足のせいで潤んだその瞳に———もう一度男達が喉を鳴らす。
「ご苦労様でした」
そう言って歩き出そうとしたローゼリアの腕を男が掴んだ。
「大金を貰えた上に、こんな美人とヤレるなんて最高だなおい」
「ヘヘッ。お嬢ちゃん、こんな山の中ほっぽり出されてどうせ獣に喰われるか盗賊に襲われんだから、俺たちと仲良くやっ」
男の声は最後まで続かなかった。
ぐらりと揺れてその身体が崩れ落ちる。
「は?え?」
何が起きたのか分からず動揺する男も———次の瞬間、倒れ落ちた。
「…まったく、汚らわしい」
倒れた二人の男が完全に気を失っているのを確認して、それから周囲を見回して誰もいないのを確認すると、ローゼリアはぐっと拳を握りしめた。
「やっ…たー!!」
ここ数年出した事のなかった喜びの声だった。
「これで!あのバカ王子!退屈なお妃教育!陰湿な家族!みんなお別れ!婚約破棄バンザイ!もう私はローゼリアじゃないわ!ローズよ!」
クルクル回りながらひとしきり喜んでローゼリア———ローズは我に返った。
「っとこんな事してる暇はないわ。急がないと」
早く行かないと。
この事があの人達に伝わる前に。
ローズは倒れ込んだ男の懐を探った。
「これが報酬ね。銀貨で良かったわ」
ずしりとした革袋の中身を確認する。
金貨は高額すぎて使いづらいけれど、銀貨だったら街中でも使える。
「この馬車…に乗って行くのは悪目立ちするわよね。仕方ないか」
とりあえず近くの街まで歩こう。
気合いを入れるように大きく深呼吸すると、貴族令嬢とは思えない速さでローズは山道を下り出した。
「こっの…大馬鹿者が!」
ランブロワ侯爵は怒りに任せて息子を殴り飛ばした。
「貴方?!ギルになんて事を…」
「お前もだ!」
駆け寄った妻を平手で叩く。
「追放しただと?!ローゼリアを?!」
興奮で荒く息を吐きながら起き上がれない妻と息子を見下ろす。
「…だってあの娘…殿下から婚約破棄されたのよ?!妃になれない娘なんて何の役にも立たないわ!ゴミだから捨てたのよ!」
「この…っ」
もう一度平手打ちを食らわすと夫人は再び倒れ込んだ。
視察を終えて王宮には寄らず直接家に帰ってくると、やたら嬉しそうな妻と息子に出迎えられた。
そうして一昨日の夜会での出来事と、娘を追い出した事を自慢げに語られたのだ。
隣国へと捨てただと?あの娘を?
そんな事がもしも〝彼ら〟に知られたら…ローゼリアの身に危険が及んでいたら。
ぞっと首筋が寒くなった。
「…王宮へ行ってくる」
すっと冷徹な宰相の顔に戻って侯爵は言った。
「この二人は逃げ出さないように閉じ込めておけ」
「父上?!」
「貴方!」
呆然とする二人に背を向けて侯爵は身を翻した。
「———愚か者が」
唸るような王の声が響いた。
「この婚約がどういうものか、説明したはずだが」
「で、ですが!父上は私にあの生意気な女と一生添い遂げろと?!」
「それがお前の役目だ」
突き放すような眼差しで王はアルルを見た。
「国の平和の為に身を捧げる。それがお前の王子としての存在意義だ」
「しかし私にはマリーという最愛の女性が…」
「そんなに好きなら側室にでもすればよかろう」
「マリーをあの女の下に置けと?!」
「侯爵令嬢と子爵の娘、どちらが上かなど比べるまでもない」
王は呆れたようにため息をつく。
「それにローゼリア嬢はベイツ帝国のエインズワース公爵の姪であり、皇帝家の血を引く人間だ。彼女の身に何かあってみろ、外交問題になるぞ」
彼女の血筋の事は教えたはずなのに。
この王子は忘れてしまったのか。
目の前の恋に目が眩んだのか。
下位貴族ならば若さゆえの過ちと許される事もあるだろうが、王子という立場では…
何よりも相手が悪すぎる。
「陛下!」
ノックも許しもなく執務室のドアが開かれた。
非常に不敬な行為だが…飛び込んできた相手を見て王は慌てて立ち上がった。
「宰相か」
「…この度は…我が愚息が…誠に……」
息を切らしながら宰相は王の足元に跪いた。
プライドの高い宰相の行動にアルルは目を見開いた。
「———それはお互い様だ」
王は深くため息をついた。
アルルとギルバートが共謀して今回の婚約破棄と追放を謀ったのだ。
宰相だけを責めるわけにはいかない。
「ローゼリア嬢の捜索命令を出した。夜会に出席していた者達への口止めも指示したが…手遅れだろうな」
夜会が開催されたのは二日前だ。
もう既にあの夜の出来事はその場にいなかった者達へも伝わっているだろう。
ベイツ帝国にまで伝わるのも…時間の問題かもしれない。
「ともかくローゼリア嬢の身柄を確保せねば」
もう一度ため息をつくと、王はアルルを見下ろした。
「もしもベイツ帝国と戦争になったならば、お前を最前線に送る」
「せ、戦争?!」
「それだけの事をお前はしでかしたのだ。その身をもって償うがいい」
王は冷ややかな目線で息子を見下ろした。
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