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8巻

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 プロローグ 忍び寄る影


 バザータウンにて、英雄トキワ・ミカイツは騎士団と協力し、ハーモニック大陸に名をとどろかせる大犯罪者『ルネオサ・トクラコス』を捕縛ほばくすることに成功した。カオル・モチミズは、従魔格闘技大会『テイマーズ』にて新たな体術を披露ひろうし、大会を騒がせた。この二人は聖女シャーロットの仲間とされており、聖女一行が去った現在も、タウンでは二人の話で持ちきりだった。
 そんなとき、一人の長身、長髪、黒髪で褐色かっしょくの肌を持つダークエルフが、テイマーズの会場付近で笑っていた。

「あの泣き虫だったトキワが『英雄』か。コウヤが聞いたら、さぞ驚くだろう。彼とは会えなかったが、私の求めていたものはカオル・モチミズのおかげで入手できた」

 男はマジックバッグから、一振りの大剣を取り出す。

「『隕鉄の大剣』改め、『閃光の大剣』か。購入当初、重量感、魔力伝導性は申し分なかったが、硬度や斬れ味に難があった。しかし、ここで有能な鍛冶師を見つけ、さらに私のユニークスキルを利用したことで、この大剣は生まれ変わった。これで、私の悩みも解決だ。ふるい友人の話も聞けたし、いい休暇になったな。そろそろ、祖国へ戻るか」

 男――イオル・グランデは剣を収納し、トキワとカオルのことを考えながら、一人バザータウンを離れていく。彼の祖国はサーベント王国。トキワがジストニス王国の英雄であれば、イオルはサーベント王国の英雄と言える。
 今から六十年ほど前、サーベント王国は一体の魔物により滅亡の危機にひんしていた。国民を恐怖のどん底にたたき落とした魔物の名はラフレシアドラゴン。王都から遠く離れた森林の瘴気しょうきまりから発生した魔物で、通った道筋は腐った大地と化し、人々も腐り果てゾンビと化すという事態におちいった。しかも、かのドラゴンは王都へと少しずつ近づいている。この危機的状況を救ったのが、イオル・グランデである。
 彼は聖峰アクアトリウムにむアクアドラゴンと話し合い、腹心のラプラスドラゴンを従魔に従えることに成功すると、ラフレシアドラゴンへ戦いを挑んだ。一進一退の攻防が続いたものの、イオルは辛勝する。戦いの場が王都からほど近かったこともあり、このニュースはまたたく間に王都中へと広がったのだが、その際信じられない奇跡が起きた。
 アクアドラゴンの美しい声が国土全土に鳴り響くと、清らかな雨が静かに大地へと降り注ぐ。するとどうだろう。イオルとラフレシアドラゴンの戦闘により腐った沼地と化した場所が、見る見るうちに回復し、元の綺麗きれいな草花が生い茂る大地へと復活していくではないか‼
 当時平民の一冒険者だったイオルは国民から『英雄』と呼ばれるようになる。しかも、大勢の国民の前でり行われた表彰式において、国王自らが『イオル・グランデこそが我が国の英雄である‼』と宣言したことで、彼は確固たる称号を手にした。
 その後、ラフレシアドラゴンのような難敵と誰もが戦えるよう、空戦特殊部隊が結成され、イオルは隊長へと大昇進することとなる。
 そんな彼が国境検問所へ到着し、サーベント王国へ入った瞬間、ズボン左側に配置されているポシェットから大きなアラーム音が鳴り響く。音の正体は魔導具『携帯端末』。四年前サーベント王国王都で開発されてから、国内で爆発的にヒットし、今では貴族だけでなく、平民たちにも広がりつつある。

「この音は、いつ聞いても慣れんな。着信相手は……ディバイルか。どうせ休暇先で、いい女が見つかったか、なんて話だろう。イオルだ、どうした?」
『よっしゃ~~~やっと、繋がった~~~』
「声が大きいぞ、どうしたんだ?」
『隊長、なに呑気のんきなことを言っているんですか⁉ 今、王都は大混乱なんですよ‼』

 ベアトリスが積層雷光砲を放ってから、四日が経過していた。現在、サーベント王国王都フィレントでは、多くの国民が困惑している。
 ライトニングドラゴンを模した魔法攻撃には、はっきりわかるほど強烈な魔力と王族への憎悪がこめられていた。王都にいる大部分の国民もその脅威きょういを察知していた。
 さらに、王城の上でピタッと止まり、ドラゴンは見る見るうちに……巨大なベアトリスの顔へと変化したのだ。そして、彼女は高らかに笑い声をあげると、王城を深くにらみつけた。そのおぞましい魔力に当てられたことで、王城内部は『気絶する者』『恐怖で足をすくませる者』『失禁する者』が続出し、誰もが死を悟った。しかし、ベアトリスの顔は何もせず、そのまま霧散した。

「私のいない間に、そんな大事件が起きていたのか。ディバイル、怪我人けがにんはいないんだな?」
『いませんが、精神的な意味合いで怪我けがを負った者は、大勢いますよ。それも、王城内限定で』
「犯人は、ベアトリスか?」
『間違いありません。昨日、セリカとルマッテが王城へ帰還し、全てを打ち明けてくれました。ベアトリスはジストニス王国に潜伏していたんです。二人はバザータウン付近で交戦し敗れこそしましたが、この情報を持ち帰るため、死に物狂いで逃げてきたと国王陛下に話していましたよ。しかも、俺たちの見たドラゴンやベアトリスの顔は、そこから放たれたものだそうです』

 このとき、イオル・グランデの思考はディバイルのある一つの言葉で止まっていた。『バザータウン付近』。彼はついさっきまでその街に滞在していた。にもかかわらず、その巨大魔力に気づけていない。これが何を意味するのか。そう考えただけで、彼は戦慄する。

「確認するが、バザータウン付近で放たれたものなんだな?」
『ええ、そうですけど?』
「ディバイル、私は七日前から今日まで、バザータウンに滞在していた。だが、私はその魔力に気づかなかった。騒ぎにもなっていないから、多くの人が同じだろう」

 しばし、二人とも押し黙った。やがて、イオルが口を開く。

「ベアトリスに、そいつを隠せるほど強力な仲間がいるのは明白だ。知っていたら、名前を教えてくれ」
『ええ、特に強いのが、トキワ・ミカイツ、カオル・モチミズの二人。あと、聖女シャーロット・エルバランもいるそうです』

 名を聞いた瞬間、イオルの額から一筋の汗が地面へとしたたり落ちた。
『トキワ・ミカイツ』。親友コウヤ・イチノイの弟子で、今では『ジストニス王国の英雄』と呼ばれている。
『カオル・モチミズ』。イオル自身は面識がないものの、あの地下のオークション会場で放たれた覇気だけで、その強さを十分認識できる。
 この二人がベアトリスの仲間である以上、王都で本気で戦闘した場合、周辺は更地となってしまう。それを理解したイオルは、すぐには言葉を出せずにいた。

『隊長?』

 あまりの沈黙の長さからか、ディバイルが声をかける。

「これは、厄介なことになるぞ。『英雄トキワ』と『聖女シャーロット』が絡んでいる以上、間違いなくクロイス女王も関わっているはずだ。そちらはどうなっている?」
『今朝、国王陛下が大型通信機を通して、会談が実施されました。クロイス女王と聖女シャーロットは、危篤きとく状態のベアトリスをかくまい治療を施したそうです。完治後、あの事件の話を聞いたらしいのですが、ベアトリスは自らの罪を認めたものの、結果に至るまでのプロセスに納得がいかないようで、直接ここへ来て再調査したいと女王に訴えたとのことです』

 治療を施すだけならば、まだ女王として許されるのだが、彼女をかくまい、サーベント王国王都フィレントまでの道程をアシストしているとなると、明確な裏切りになる。

「クロイス女王は、ベアトリスの言い分を信じたのか?」
『それだけでなく、「彼女は王家に復讐したいと言っていますが、そんなことは私がさせません。だからこそ、トキワとシャーロットを仲間として同行させたのです。もし、王族の誰かに危害を加えるような事態が発生したら、私は女王の座を降りましょう」と宣言しました』
「我が国の国王陛下に対し、そこまで言うとは……だが、女王としては甘いな」

 クロイスは、敬愛するベアトリスと絶対的な力を持つシャーロットを信じているからこそ、自国を揺るがすほどの宣言をしている。サーベント王国の実力者が彼女らを捕縛ほばくしようと動くことも想定済みである。不安に思っているのは、シャーロットが王都フィレントで暴走することだ。これを防ぐため、彼女たちの状況が少しでも有利になるよう考えての行為とも言える。
 現時点でイオルたちは、そんなクロイスの気持ちなど理解できるはずもない。そのため、『甘い』と判断し、女王としての評価を下げてしまった。

「目的と時期を考えれば、ベアトリスたちは、私が追跡しよう。お前たちは、王都で待機だ」
『本気ですか⁉』
「無論だ。ベアトリスがあの魔法を王城に撃つ可能性もある。王都周辺の警戒をおこたるな」

 イオルはディバイルを説得し、携帯端末を切る。先程までのゆるい休暇モードから一転、現在の彼の体内では研ぎまされた覇気が駆け巡っていた。
 彼にとって、難敵は『トキワ』と『カオル』のみ‼



 1話 急転直下の危機


「シャーロット~暇だよ~。『苦戦雑務部隊』でもいいから、何かイベントが起きてほしいよ~」
「カムイ、『空戦特殊部隊』だからね~」

 私――シャーロットたちがサーベント王国に入ってから六日が経過した。この間、目新しいことは何も起きていない。最終目的地『王都フィレント』までは、かなりの距離があるため、私たちは六つの中継地点を決め、現在三つ目の『貿易都市リムルベール』を目指し、二体の騎獣ガウルを馬車代わりにして歩を進めている。
 この騎獣は、一つ目の中継地点『ノベラッテ』の街で購入したもので、王都フィレントまで一緒に行動する。私にはユニークスキル『全言語理解』があるため、このトリケラトプスに似た四足歩行の巨大騎獣とも、すぐ仲良くなれた。
 現在の馭者ぎょしゃはトキワさんとアッシュさん。私たち女性陣とカムイはほろ付きの荷台の中にいる。

「どっちでもいいよ~。暇だよ~」

 彼らを避けたくて、中継地以外の街や村には立ち寄らないことにしているけど、超エリート部隊となると、絶対どこかで遭遇そうぐうすると思う。

「カムイ、そういう言葉を口にすると、大抵よくないことが起きるんだよ。だから……暇でもそれ以上言ってはいけません」

 カムイは生後三十日にも満たない赤ちゃんドラゴン。卵の中にいる状態で、色んな種族によってあちこちにたらい回しされるという劣悪な環境にさらされたせいで、〇歳なのに、知能がやけに高い。入国以降、あまりにも平和な時間が続いていることもあって、この状況に飽きたんだね。

「ベアトリス様、あの上空に見える点、何か感じませんか?」

 荷台の後方から見張りをしているルクスさんが、何かを見つけたようだ。呼びかけに応じて、ベアトリスさんが彼女の方へ移動する。

「かなり遠いわね。でも、これは……視線? あれって、魔物なの? 遠すぎてわからないわ」

 二人の会話が気になったため、私もそこへ移動し、上空に見える点らしきものを見た。通常の視力では点にしか見えないけど、スキル『視力拡大』を最大限にまで高めると……

「多分……あれはドラゴンですね。遠すぎて、種類まではわかりません」

 当初、ベアトリスさんは私の力やユニークスキルに頼らないように行動していた。でも、セリカさんとルマッテさんが現れ、自分一人では解決できない問題が発生したことで、現在では必要に応じて頼ってくれている。

「ドラゴン⁉ もしかして、僕のお父さんかお母さん?」

 ドラゴンと聞いて、カムイも私たちの方へやって来た。カムイの両親はフランジュ帝国に住んでいるし、行方不明になって日も浅いから、まだ国内を探しているんじゃないかな?

「そこまではわからないよ。でも念のため、構造解析してみようか?」
「うん、やってよ‼ 僕の両親なら、絶対会いたいもん‼」

 う、可愛かわいい。純粋に目を輝かせ、私に期待を寄せるカムイ。ここは一肌脱ぎましょう‼ 『構造解析』‼


 名前 プリシエル
 種族 ラプラスドラゴン/性別 女/年齢 345歳/出身地 サーベント王国聖峰アクアトリウム
 レベル78/HP690/MP732/攻撃712/防御682/敏捷785/器用561/知力501
 魔法適性 水・光/魔法攻撃638/魔法防御690/魔力量732……


「え?」

 なんなの、この強さは? 習得している魔法も多く、最上級魔法だって二種類も持っている。基本スキルや応用スキルも四十種類以上習得している。おまけに、各スキルレベルが全て7以上だ。Sランクのドラゴンが、なぜこんなところにいるの? もっと深くまで情報を読もう。


 ユニークスキル:全言語理解・無詠唱・サイズ調整・狂穏反転きょうおんはんてん呪怨じゅおん
 称号:参謀・努力家・静読深思・機構打破・イオル絶対愛好者
 備考欄
 英雄イオル・グランデの従魔・最強種アクアドラゴン『シヴァ』の部下・現在の怒気量:0
 性格は非常に温厚である。だが、崇拝するアクアドラゴン『シヴァ』と、愛するイオル・グランデの悪口を言われ、怒りが一定を超えた場合に限り、ユニークスキル『狂穏反転』により狂暴化し、ステータスが十分間二倍となる。その場合、イオルかシヴァが止めなければ、周囲一帯を永久凍土と化すほどの力を発揮する。現在、イオル・グランデを乗せてベアトリスたちの行方を追っており、はるか前方から強い違和感を覚えたため、現在そこへ向かっている。


「カムイがフラグを立ててしまったよ~~~」
「なんのこと? 僕が、何かした?」

 これは、まずい事態だ。あのドラゴンと主人のイオルという人は、ここへ向かっている。しかも、イオル・グランデなる人物に関しては、トキワさんとベアトリスさんから聞いている。コウヤ・イチノイの親友で、その強さは『鬼神変化』前のコウヤさんと互角。だけど、この話自体が九年前のもののため、今はそれ以上に強くなっているのは間違いない。

「ルクスさん、大手柄です。あの黒い点に見えるものはラプラスドラゴン、空戦特殊部隊隊長イオル・グランデの従魔です。しかも、こちらに向かっています」

 その瞬間、全員が大声をあげ、ガウルたちの動きが止まり、私を凝視ぎょうしする。まあ、無理もないよね。いきなり、ボスの登場だもん。トキワさんが馭者ぎょしゃ席からここまで移動し、後方の点を確認する。

「おいおい、嘘だろ。このかすかに感じる気配と威圧感は、間違いなくイオルさんのものだ。だが、どうしてバザータウン方面から向かってきているんだ? 方向が違うだろ?」

 そう、その通りだよ。彼がいるのは王都のはず。バザータウン方面からやって来るのはおかしい。

「シャーロット、イオルさんの目的はベアトリスなのか?」

 トキワさんの顔は真剣そのもの。ここは茶化さずに話を進めていこう。

「はい、そうです。どうしますか?」

 イオルさんは、わざと私たちに気配を感じ取れるようにしている。こちらの出方をうかがっているのは明白だ。ベアトリスさんを見ると、覚悟を決めたのか、険しい表情で言う。

「トキワ、ここで話し合いましょう。周辺は草原地帯、最悪ここでなら思う存分戦えるわ」
「やむを得ない……か。シャーロット、ガウルたちに事情を話して、大人しくしてるよう命令してくれ」
「はい‼」

 私は急ぎ馭者ぎょしゃ席の方へ行き、ガウルたちに説明する。現時点で少しおびえていたけれど、私の力を説明したら落ち着きを取り戻した。仲間全員がガウルから降り、イオルさんの到着を待つ。

「ねえ、シャーロット。あのドラゴンは僕の両親じゃないけど強いんでしょ?」

 カムイの唐突な質問。全員の緊張を少しでもやわらげるため、ここは素直に教えてあげよう。

「うん、強いよ。間違いなく、Sランクの力を有しているね。アクアドラゴン腹心の部下らしいから、カムイの両親エンシェントドラゴンの現在位置を知っているかもしれない」

 同じ竜種でSランクなのだから、情報を持っていてもおかしくない。

「それじゃあ、トキワとベアトリスがイオルと話している間、僕はラプラスドラゴンと話すよ‼」

 うわあ~なんという空気を読まない発言。みんながカムイを見ているんですけど‼ 今の危機感を理解できないのかな? まあ、カムイ自身は話し合いに参加できないからこそ、自分本位に考えてしまうのかもしれない。あ、そういえば、あのドラゴン、あのスキルを持っていたよね?

「トキワさん、交渉決裂で戦闘になった場合、私も参加した方がいいのでしょうか?」

 突然話を振られたトキワさんはややあわてるものの、私の求める回答を言ってくれた。

「いや、ダメだ‼ シャーロットの力は切り札として、最後まで温存しておく。そもそも、ベアトリス自身がそれを望まないだろう」

 トキワさんが、彼女の方を見る。

「当然よ。話を聞いただけでイマイチ実感がかないけど、シャーロットがその気になれば、トキワやイオルを一蹴できるんでしょう? そんな大きな力で物事を無理矢理解決させてしまったら、サーベント王国は恐怖で支配されてしまうわ」

 私の行動次第で、本当にそうなるかもしれないから、注意しないといけない。

「わかりました。カムイにも事情がありますから、みんなが交渉もしくは戦闘している間、私がカムイを護衛しましょう」

 ここは全てトキワさんに任せて、ラプラスドラゴンのところへ行こう。カムイの事情を話せば、変に怪しまれないと思う。

「トキワさん、僕とリリヤも足手まといになりたくないので、カムイたちの方へ移動しておきます。ラプラスドラゴンはSランクでアクアドラゴンの部下なら、知能も高く、魔人語だって話せるはずです。同種族で生まれて間もないドラゴンのカムイを見たら、事情を知ろうと、向こうから話しかけてくるかもしれません。その間は少なくとも交渉や戦闘に介入できないので、イオルさんとの話も円滑えんかつに進められると思うんです」

 アッシュさんの案も聞き、トキワさんとベアトリスさんは深く考え込む。だがその間にも、イオルさんたちはここへ着実に近づいている。あまり、熟考している時間はない。

「やむを得ない……か。アッシュの言う通り、ラプラスドラゴンは知能も高く、魔人語を話せる。カムイが話しかければ、間違いなく興味を示すだろう。極力、戦闘だけは回避したいところだが、もし俺たちの交渉が失敗し、やつがイオルさんと結託してベアトリスの捕縛ほばくに参戦しようものなら、俺も『鬼神変化』で対抗するしかない」

 よし、方針が決定した‼
 トキワさん、ベアトリスさん、ルクスさんの三名が、イオルさんと会談する。その間、私、カムイ、アッシュさん、リリヤさんの三名プラス一匹はラプラスドラゴンに、カムイの事情を聞いてもらい、エンシェントドラゴンについての情報を聞き出す。
 それが終了したら、私は個人的な質問をとある言語で放つ。その反応次第では、時間をもっと稼げるだろう。あのドラゴンには、とある秘密がある。ステータス上でもっと情報を解析し、みんなにも説明したいけど、もう時間がない。
 イオルさんたちはあと数分もすれば、ここへ降り立つ。ぶっつけ本番で試すしかない‼



 2話 イオル・グランデとの交渉


 いきなりのピンチね。私――ベアトリスの目の前で、巨大なラプラスドラゴンが地面へ降り立とうとしている。全身が紺色の化物、その姿から伝わる威圧感と存在感。全てを斬り裂き、噛み砕くと言われている爪と牙、皮膚を覆う硬い鱗。これらを見ただけで、私には勝てないとわかるわ。
 つくづく、シャーロットと出会えてよかったと思う。出会う前の私なら、ルクスともども気絶して早々に捕縛ほばくされていたかもしれない。
『アクアドラゴン「シヴァ」様の腹心の部下』と呼ばれるのも納得よ。ミリンシュ家で貴族教育だけでなく、崇拝するシヴァ様についても色々教わったけど、こんな存在感を放つドラゴンでさえ、聖峰アクアトリウムにむドラゴンたちの実質ナンバーツーなのよね。シヴァ様は、どれほどの強さなのかしら?
 翼を軽く振るうだけで、周囲に暴風が吹き荒れる。砂が目に入らないよう、私は目を細め、ドラゴンの背に乗る人物を見る。
 あの長い漆黒の髪、褐色かっしょくの肌、涼しい目、自信と覇気に満ちあふれている身体、空戦特殊部隊専用の騎士服。なによりも、クレイグ様と婚約していたとき、彼と何度か話したことがある。この人物こそ『空戦特殊部隊隊長イオル・グランデ』だ。
 どうして、ボスがたった一人でいきなり登場するのよ。彼はトキワを見て、若干まゆを動かしたけど、特に動揺することもなく、地面へと降り立ち、こちらへ堂々と歩いてくる。
 身体が震えるわ。これって恐怖? それとも武者震い? なんにしても、私が彼と交渉して、王都への入場許可をもらわないといけない。絶対に、戦闘だけは回避よ‼ 向こうはほんの少ししか気配や魔力を出していないのに、それだけでこの人にはかなわないって思うもの。

「トキワ、久しぶりだな」

 りんとした透き通る声が、私の耳に響く。

「八年ぶりですね……イオルさん」

 あのトキワですら、恐れを隠せていないわ。

「君がベアトリスか。魔鬼族に変異しているようだが、魔力や気配の質が変わっていないぞ」

 嫌な汗が、背中から流れるわ。何のスキルも使わず、それを一瞬で見抜けるのは、あなただけよ。

「王都フィレントの状況は、同僚から聞いている。ベアトリス、自分の仕出かしたことを理解しているのか?」

 セリカとルマッテは国王陛下に上手く伝えたようね。英雄イオル・グランデ相手に駆け引きなど通用しない。私のわだかまりを正直に言いましょう。

「もちろんよ」
「王族への復讐として、サーベント王国を滅ぼすつもりか?」

 まあ、ありったけの憎しみを込めて放っているから、そう思われても仕方ないわね。

「ふふ、自分の生まれ故郷を滅ぼすつもりなんて毛頭ありませんわ。あれは、一種のおどしと怒りを表現しているんです。シンシアを疑う一人の令嬢を国外追放同然に王都から追い出すなんて、正気の沙汰さたではありませんから」

 私の言葉に、イオルさんはかすかにまゆを上げる。私の抱えている違和感が、彼に上手く伝わるといいのだけど。

「何が言いたい?」

 食いついた‼

「イオルさん、はじめに言っておきますが、私はシンシアに対してうらみなどありません。彼女に対して犯してきた数々の事件、あれらは間違いなく私自身が嫉妬しっとに狂って引き起こしたもの。彼女と再会したら、改めて謝罪するつもりです」

 これは、本当の気持ち。自分の精神を制御することに成功した今になって、あのときの私がどれだけ馬鹿なことをしたのか理解できた。

「嘘は言っていないようだな。だが、戻ってきた理由がそれだけとは思えない」
「セリカ・マーベットに対する処遇、酷いと思いませんか? 私の起こした事件を疑問に思い、シンシア王太子妃の近辺を探っただけですよ? それだけの行為で、国王陛下のあの仕打ち」

 家臣たちは、なぜ疑問に思わないのかしら?

「彼女は、一人無闇に動きすぎた。それゆえに、シンシア様を崇拝する者たちに目をつけられたのだ。あのまま何もしなければ、最悪殺されていただろう。国王陛下もそこを懸念し、マーベット子爵とも相談して、みんなを納得させるため、謁見のにてあのような命令をくだしたのだ」

 なるほど、そういうこと。学園在籍時から、シンシアはみんなから注目を浴びていたわ。さらに、時を経るにつれて人気も出て、ついには崇拝する者も出はじめてきた。今となっては、マーベット子爵や国王陛下でも抑えられないほど、その数が膨大に増えているのね。

「イオルさん、私は自分が落ちぶれるまでの過程で、いささか疑問に思っていることがあるんです。あなたはシンシア・ボルヘイムの評価の上がり方について、疑問を感じたことはないですか?」

 今は、自分の呪いやエブリストロ家に関する情報は話さないでおこう。シンシアとは直接的に関係ないことだし、事を余計に荒立たせるかもしれないもの。

「何を言うかと思えば……別段疑問に思ったことなどない。当初、彼女は王城の人々から煙たがられていたが、その人柄が少しずつ認められていった。どの部分に、疑う要素があるというのだ?」

 イオルさんですら、疑問に思わないのね。おそらく、ずっと見てきた私だからこそ、違和感に勘づけたんだわ。

「これは私の推測でしかありませんが、シンシアは他人の自分に対する好感度を自由自在に操るユニークスキルを所持しています。私は、それを魔法『真贋』で確認したい」

 これが私の行き着いた結論。彼女は何らかのユニークスキルで相手の持つ自分の好感度を秘かに少しずつ上げていった。そして逆に、他者の私への好感度を少しずつ下げていった。

「馬鹿らしい。そんなユニークスキルなど聞いたこともない。君は、それを確認したいがために舞い戻ってきたのか? 捕縛ほばくされ、公開処刑されるかもしれないのに?」
「その通りよ。私は自分の心の中に、制御できない嫉妬しっとしんがあることをクレイグ様や国王陛下、王妃様の三人に話しているわ。今後も、シンシアをもっと凄惨せいさんに害するかもしれないことを必死に訴えていた」

 この話を聞き、イオルさんがどんな反応を示すのかが鍵ね。お願いだから私の話を信じて、王都への入場を認めてほしい。

「三人が私の話す内容を真剣に聞き入れてくれたからこそ、彼女の命はまもられていたのよ。でも、私は卒業パーティーで裏切られたわ。私の事情を知っているにもかかわらず、全ての責任を私に背負わせ、私を殺そうとした。それが許せないのよ‼ でも、国王陛下や王妃様に限って、こんな裏切りをするはずがないと思ったわ。だから、シンシアのステータスを知りたいの‼」

 イオルさんは、黙ったまま何かを考え込んでいる。お願い‼ 私の思い、彼の心に伝わって‼


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