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✧*。63─海翔─ 回想3
しおりを挟む乃蒼は月光に片思いをし、海翔はひっそりと乃蒼に片思いをし、そんな奇妙な片思いのトライアングルが出来て約一年。
乃蒼達三年生は間もなく卒業を迎える。
結局気持ちは伝えられないまま、乃蒼と接触する事もなく、見詰めているだけの海翔の初恋が終わろうとしていた。
海翔はその日、本屋でのバイト帰りに母親の見舞いに出掛けていた。
なんと新しい父親との間に赤ちゃんが産まれたのだ。
その赤ん坊が愛翔である。
高齢出産だったので余分に入院をしている母親を見舞い、我が妹を時間いっぱい抱いて愛で、海翔は家路を急いでいた。
病院を出て少し歩いた先に、広大な敷地の森林公園がある。
そこは夜になると、ハッテン場としてゲイの間では有名な場所だった。
海翔はそれを知りながらも、公園を突っ切る方が自宅までの近道だからと何の気無しに歩を進めた。
すると、まだ夜とはいえ早い時間にも関わらず、転々と並ぶ外灯の下のベンチに若い男が腰掛けて夜空を見上げていた。
『………乃蒼っ?』
その人物は海翔が心臓を高鳴らせたあの横顔そのものの、乃蒼だった。
まるで人を待っているかのようだが、そんな事よりも、乃蒼の自宅とは少し離れたこの場所に何故居るのかと辺りを見回す。
乃蒼の若さと見目に、数人のお仲間達がチラチラと視線を投げているのを見付けた海翔は、慌てて近寄って声を掛けた。
今まで見ているだけだった乃蒼と初めて対面するため、この時ばかりはかなり緊張した。
「……お兄さん、人待ち中?」
「………………?」
乃蒼の前に立つと、彼は突然声を掛けられた事に驚きながら首を傾げた。
名前を呼んでしまうと海翔がこっそり乃蒼について調べていた事がバレてしまうと思い、気味悪がられたら嫌なので他人のフリをした。
「待ってないですけど」
「あ、そうなんだ。 じゃあ、彼氏と待ち合わせとか?」
「いや、違います」
乃蒼は見た目の華やかさとは違い、とても落ち着いた話し方をする。
会話すらした事が無かった海翔にとっては嬉しい発見だった。
見た目もタイプで、優しい声も素敵で、何より一人の人を想い続ける一途さが何より好きだ。
対面すると改めて乃蒼が素敵に見えてしまい、困惑する彼に海翔はさらに一歩近付いた。
「んーと……知らないでここにいるのかな?」
「何がですか?」
「ここ……そういう場だから、お兄さんも人待ちしてるのかと思った」
海翔の言葉にキョトンとする乃蒼は、本当にこの場所についてを知らずに呑気に座っていたらしい。
乃蒼の耳許で「この時間のここはハッテン場だよ」と囁いてやると、「え!」と驚いた声が返ってきた。
「知らなかった……。 教えてくれて、ありがとうございます。 それじゃ……」
「あ! あの……もし同じ人なら、今から……どうかな? 違ったらごめん」
立ち上がりかけた乃蒼を、海翔は清水の舞台から飛び降りる勢いで誘ってみた。
今この瞬間を逃すと、二度と乃蒼とは接触出来ない。
駄目で元々だった。
帰ろうとしていた乃蒼を引き止めた事により、不審感を顕に海翔を見てくるかと思ったが、予想に反して少し好意的な目を向けられた。
目が合った瞬間、あとひと押しでいける、そう思った。
「お兄さんの事狙ってる人多かったから、一番に声掛けないとって思ったんだ。 ダメかな?」
海翔は自身のルックスをよく分かっている。
小首を傾げてお窺いを立てれば、わりとすんなり物事が運ぶ事も重々承知していた。
右手を差し出すと、乃蒼が躊躇したのはほんの数秒で、海翔の手をおずおずと握り返してきた。
触れてみたくてたまらなかった乃蒼の掌は、柔らかくて温かかった。
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