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間幕
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ここは、王都からかなり離れた辺境。閑散としている都市は、人口が300人に満たない。海に面しており、海産物の漁を生業としている。
保護の魔法も年々弱くなっており、少子高齢化のため、あと数年で地上から消え去るだろうと言われていた。
そんな小さな村にも、代々ここを統べる貴族がいる。先だっては、領主の娘が祖父母とともに王都に呼ばれ、王族からいくばくかのお金と、保護の魔法を強化するためのアイテムを貰って帰ってきたところだ。
「ん-、いい風。おじいちゃん、おばあちゃんおはよう。今日もいい天気よ」
「トリーおはよう。ヴィクトリア王女様が、我々のために土地を守るための魔法のアイテムを施してくださったおかげじゃ」
「本当に。姫様には頭があがらないわね」
この国の王妃に似た少女の、元気な声が穏やかな潮騒とともに響く。
「うん。この国のお姫様があの方でよかった。あ、アルが帰ってきたよ!」
「トリー、おはよう。今日は特に海が穏やかで、貝やアジが沢山採れたよ」
「アル、暗いうちから漁をしてくれてありがとう。寒かったでしょう?」
「ああ、はやくトリーが作ったスープが飲みたいよ」
若い夫婦の仲睦まじい姿に、祖父母が目を細める。
清潔感のある服は、王都の貴族が来ているようなドレスではない。一時期の豪奢な生活は、本物の王女の人化によって脆くも崩れ去った。
しかし、彼らは今の生活で満足している。決して贅沢とはいえないどころか、命の糧を得るために危険な漁をしなくてはならないほどの環境ではあったものの、不自由で窮屈な場所に戻りたいとは誰も思ってないない。
「実は、王都で貴族の贅沢な暮らしをしていたあなたが心配だったの。でも、大丈夫そうね」
「トリーのおじい様たちが、生活するためにあれこれ教えてくれたおかげさ。俺も、前のような束縛された生活よりも、今のほうが性に合っているみたいだし」
「そこそこの糧と愛する人がいれば幸せなのじゃ。大きすぎる力や金は不幸もよぶからの」
「ええ、その通りね。何よりもアル君がトリーと幸せそうにしていることが、わたしたち年寄りの楽しみよ」
小さくてとても大きな幸せの中、彼らは欲しがることもなく過ごしていた。
「それにしても、あなたのお父さんは大丈夫なの? 一緒にこっちに来たら良かったのに。お元気だといいのだけれど」
「父のことは、まあ。本気で王女様が取り違えられた王女だと思って国を憂いた結果だったから、役職と資産の放棄をすることで王都にとどまる事を許されたんだけど。下っ端役人としてこき使われてるみたいだ。元々仕事ペンギンだから、心を入れ替えて国のために頑張ってるよ」
撮って来た貝とアジを、トリーに渡しながら、アルルカンは、遠くで今までこき使ってきた部下に頭を下げている父の姿を思い浮かべ苦笑した。
「あなたのお父さんが、古書を扱う店で偶然見つけたあの手紙。それを書いたのが、私のお父さんたちとはまったく関係ない他人で、巨大妄想癖のある自称作家だったなんてね……。あんな風に書かれていたら、あなたのお父さんじゃなくても、とんでもない秘密を知ったってなっちゃうかも? ふふふ、キングペンギンの王女様が生まれた時に思いついた、天から降ってきた今世紀最大のベストセラーだーって、自分が本物の王女を育てた父親になりきって一気に書いたものの、どこからも相手にされなくてボツにしていたアイテムが、まさか巡り巡って今回の騒動の元になるだなんて、本人も思わなかったでしょうね」
「だな。迷惑なことだ。しかも、本人は天寿を全うした後だし、ある意味大器晩成というやつだったかもな。ただ、おかげで、俺はトリーに出会えたんだ。あの手紙がなかったら、トリーやおじさんおばあさんは、王都に来ることもなく、今のような強力な保護魔法などない衰退する一方だったここで暮らしていただろう。それに、俺自身も、未だに父親の言うがままだったにちがいないから、俺にとってはラッキーアイテムだった」
ある意味、手紙に振り回された形ではあるが、まかり間違えば今頃どうなっていたか。
特に本物の王女である彼女が、冤罪によって酷い目にあっていたかもしれない。
終わりよければとはいえ、今があるのは王たちの冷静な判断があったからと、ヴィクトリアは下腹部を撫でた。
「トリーのおなかにある卵が孵ったら、君の遠い親戚にあたる王妃様にご覧いただこうか」
「ええ。卵が産まれたら、無事に孵化するまで、大事に守ってね、パパ」
「ああ。その間、俺は卵を守るために動けないから、君には苦労をかけるが」
「ふふ、そんなの苦労とは思わないわ。幸せになるための楽しい日々よ」
祖父母は、邪魔な年取りは退散しようと、とっくに部屋を出ていた。ふたりが微笑み合い、額をつける。
なぜか、「おめでとう、幸せにね。わたくしにも赤ちゃんを見せてね」という、傷つきながらもふたりを支援した王女の声が聞こえた気がしたのであった。
保護の魔法も年々弱くなっており、少子高齢化のため、あと数年で地上から消え去るだろうと言われていた。
そんな小さな村にも、代々ここを統べる貴族がいる。先だっては、領主の娘が祖父母とともに王都に呼ばれ、王族からいくばくかのお金と、保護の魔法を強化するためのアイテムを貰って帰ってきたところだ。
「ん-、いい風。おじいちゃん、おばあちゃんおはよう。今日もいい天気よ」
「トリーおはよう。ヴィクトリア王女様が、我々のために土地を守るための魔法のアイテムを施してくださったおかげじゃ」
「本当に。姫様には頭があがらないわね」
この国の王妃に似た少女の、元気な声が穏やかな潮騒とともに響く。
「うん。この国のお姫様があの方でよかった。あ、アルが帰ってきたよ!」
「トリー、おはよう。今日は特に海が穏やかで、貝やアジが沢山採れたよ」
「アル、暗いうちから漁をしてくれてありがとう。寒かったでしょう?」
「ああ、はやくトリーが作ったスープが飲みたいよ」
若い夫婦の仲睦まじい姿に、祖父母が目を細める。
清潔感のある服は、王都の貴族が来ているようなドレスではない。一時期の豪奢な生活は、本物の王女の人化によって脆くも崩れ去った。
しかし、彼らは今の生活で満足している。決して贅沢とはいえないどころか、命の糧を得るために危険な漁をしなくてはならないほどの環境ではあったものの、不自由で窮屈な場所に戻りたいとは誰も思ってないない。
「実は、王都で貴族の贅沢な暮らしをしていたあなたが心配だったの。でも、大丈夫そうね」
「トリーのおじい様たちが、生活するためにあれこれ教えてくれたおかげさ。俺も、前のような束縛された生活よりも、今のほうが性に合っているみたいだし」
「そこそこの糧と愛する人がいれば幸せなのじゃ。大きすぎる力や金は不幸もよぶからの」
「ええ、その通りね。何よりもアル君がトリーと幸せそうにしていることが、わたしたち年寄りの楽しみよ」
小さくてとても大きな幸せの中、彼らは欲しがることもなく過ごしていた。
「それにしても、あなたのお父さんは大丈夫なの? 一緒にこっちに来たら良かったのに。お元気だといいのだけれど」
「父のことは、まあ。本気で王女様が取り違えられた王女だと思って国を憂いた結果だったから、役職と資産の放棄をすることで王都にとどまる事を許されたんだけど。下っ端役人としてこき使われてるみたいだ。元々仕事ペンギンだから、心を入れ替えて国のために頑張ってるよ」
撮って来た貝とアジを、トリーに渡しながら、アルルカンは、遠くで今までこき使ってきた部下に頭を下げている父の姿を思い浮かべ苦笑した。
「あなたのお父さんが、古書を扱う店で偶然見つけたあの手紙。それを書いたのが、私のお父さんたちとはまったく関係ない他人で、巨大妄想癖のある自称作家だったなんてね……。あんな風に書かれていたら、あなたのお父さんじゃなくても、とんでもない秘密を知ったってなっちゃうかも? ふふふ、キングペンギンの王女様が生まれた時に思いついた、天から降ってきた今世紀最大のベストセラーだーって、自分が本物の王女を育てた父親になりきって一気に書いたものの、どこからも相手にされなくてボツにしていたアイテムが、まさか巡り巡って今回の騒動の元になるだなんて、本人も思わなかったでしょうね」
「だな。迷惑なことだ。しかも、本人は天寿を全うした後だし、ある意味大器晩成というやつだったかもな。ただ、おかげで、俺はトリーに出会えたんだ。あの手紙がなかったら、トリーやおじさんおばあさんは、王都に来ることもなく、今のような強力な保護魔法などない衰退する一方だったここで暮らしていただろう。それに、俺自身も、未だに父親の言うがままだったにちがいないから、俺にとってはラッキーアイテムだった」
ある意味、手紙に振り回された形ではあるが、まかり間違えば今頃どうなっていたか。
特に本物の王女である彼女が、冤罪によって酷い目にあっていたかもしれない。
終わりよければとはいえ、今があるのは王たちの冷静な判断があったからと、ヴィクトリアは下腹部を撫でた。
「トリーのおなかにある卵が孵ったら、君の遠い親戚にあたる王妃様にご覧いただこうか」
「ええ。卵が産まれたら、無事に孵化するまで、大事に守ってね、パパ」
「ああ。その間、俺は卵を守るために動けないから、君には苦労をかけるが」
「ふふ、そんなの苦労とは思わないわ。幸せになるための楽しい日々よ」
祖父母は、邪魔な年取りは退散しようと、とっくに部屋を出ていた。ふたりが微笑み合い、額をつける。
なぜか、「おめでとう、幸せにね。わたくしにも赤ちゃんを見せてね」という、傷つきながらもふたりを支援した王女の声が聞こえた気がしたのであった。
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