1 / 32
とある温室にて
しおりを挟む
「もういい加減あなたの罪を認めてください……」
煌びやかな装いの、見事なブロンドに碧の瞳を持つ美しい女性がため息を吐く。閉じた扇の先の向こうから聞こえる長く大きな息の音に、彼女の正面に立ち俯いている女性が肩をびくりと竦めた。
「それにね……、お姉様、もう隠し通せなくてよ?」
「……」
今いるのはとある侯爵家の温室だ。秋の花が所せましと咲き誇る場所で、見目麗しい青年が美しい金の少女の隣に立ち、その腕には彼女がしなだれかかっている。
「シルヴィア、まさか君が私を騙していたなんて……」
「それはっ!」
シルヴィアと呼ばれた女性が俯いていた顔を上げた途端、さらりと水が流れるようなストレートの銀の髪が太陽の光に当てられてキラキラ輝く。涙で少し潤んだ瞳は深い蒼をしており見つめられたら心の奥底まで暴かれる、そんな曇りのない色をしていた。
「言い訳はいいよ……。全て、君の妹であるゾフィアから聞いた。まさか、君が……、伯爵夫人ではなく、平民の妾の子だったなんて……。それを黙って、私の侯爵家に妻として入るという事がどういう事かわかっていないとは言わせないっ!」
シルヴィア・マリシュは、伯爵家の第一子としてこの世に生を受けた。魔力やスキル、加護を持つ人々は少なくなったとはいえ、貴族は血統と魔力を持つ子を後継とするためそういった人間が多く存在していた。基本的に平民には魔力がもうほとんどない。
貴族同士の政略結婚において次代の後継者は必ず魔力を所持していなければならない。そのため嫡男に嫁ぐべく令嬢も、その血統が貴族の流れを汲む事が求められている。
「シルヴィアお姉様ったら、貴女を産んだ我が家の元メイドが母だという事をシモン様に隠していたなんて……。ご存じの上でこの婚約をされていたと思っていたら、なんという……。まさか、お父様を脅して婚約するよう仕向け、優しく賢明で麗しのシモン様を謀るなど……」
「ゾフィア、だって、それはっ! それに、お母様は!」
「もういい! 私を騙してうまく侯爵夫人の座を手に入れたかったなど。浅ましい……。シルヴィアや、君の母親のような平民がいるから、いつまで経っても平民が侮辱され差別され続けるとなぜわからないっ! 恥を知れっ!」
「シルヴィアお姉様は、とてもお優しくて、わたくしも、弟も、お姉様は聞かされていた妾のような悪女ではないと慕っていたのに……。産まれて来る子は親を選べないからと、お母様が慈悲深くお姉様を引き取り育てたというのに……。わたくし、悲しくて……。でも、事実を知ったからにはこれ以上、シモン様を騙し続けるなんて耐えられないっ! カミンスキ侯爵家に申し訳なくて……、だから、だからわたくしはっ!」
ぽろぽろと透明な涙がゾフィアから流れる。白く華奢な肩は震えており今にも倒れそうだ。ゾフィアの涙ながらの訴えに対してシルヴィアは声を張り上げる。
「お母様は悪女なんかじゃっ……! だって、あれは、お父様がお母様を無理に……!」
だが、シルヴィアの声はシモンによって声高らかに遮られた。
「シルヴィア、悪女である君の母親は、伯爵に媚薬を盛り前後不覚になった彼を誑かして上手く君を産んだというではないか。そして、あろうことか、その娘である君は……。平民の母を由緒ある伯爵が乱暴して産ませたと言いがかりをつけて社交界にバラされたくなければ言う事を聞けと脅していたという事はもう分かっている! ゾフィアが勇気を持って告白してくれたんだ。きちんと君と、もう故人とはいえ君の母の悪行を裁き、正当なる血統を受け継ぐ伯爵家の娘、愛するゾフィアを妻にする!」
「そんな……! シモン様、これは!」
「ええい、黙れ。何度も言わせるな。この上言い訳か? 見苦しい! 二度とお前の顔など見たくないっ!」
にやりと勝ち誇ったかのように笑うゾフィア。彼女の今の表情は、シモンからは見えない。
「わたくしは、お姉様が罪を認めて反省し、領地の片隅で身の丈にあった人生を送っていただければそれで……」
「ああ、愛する私のゾフィア……なんて優しい聖母のようなんだ。それに引き換え、シルヴィア、君は……。君の罪のせいで何人傷ついたと思っているんだ!」
激高したシモンから魔力がシルヴィアに注がれ始めた。
「え? シモン様、なんなんですの? 黒い……、お姉様に……?」
「ぐ……、そんなバカな! ダメだ。止められない!」
不測の事態だったのだろう。二人が戸惑い慌てふためいている。その間にも 黒い魔力が、動けないシルヴィアの体を包んでいく。
「シモン様……、……これまでありがとうございました。ゾフィア……、どうか幸せになって……」
シルヴィアは、シモンがなんとか抑えようと必死になっているが、この事態の収拾がもう手遅れだと悟る。涙を流しながら二人に小さく微笑み、最後にそう言うと完全に黒い魔力で隠されてしまった。
やがて、黒い魔力が消え去り、あとには彼女が身に纏っていた洋服や宝飾品だけが地面に残されていたのであった。
煌びやかな装いの、見事なブロンドに碧の瞳を持つ美しい女性がため息を吐く。閉じた扇の先の向こうから聞こえる長く大きな息の音に、彼女の正面に立ち俯いている女性が肩をびくりと竦めた。
「それにね……、お姉様、もう隠し通せなくてよ?」
「……」
今いるのはとある侯爵家の温室だ。秋の花が所せましと咲き誇る場所で、見目麗しい青年が美しい金の少女の隣に立ち、その腕には彼女がしなだれかかっている。
「シルヴィア、まさか君が私を騙していたなんて……」
「それはっ!」
シルヴィアと呼ばれた女性が俯いていた顔を上げた途端、さらりと水が流れるようなストレートの銀の髪が太陽の光に当てられてキラキラ輝く。涙で少し潤んだ瞳は深い蒼をしており見つめられたら心の奥底まで暴かれる、そんな曇りのない色をしていた。
「言い訳はいいよ……。全て、君の妹であるゾフィアから聞いた。まさか、君が……、伯爵夫人ではなく、平民の妾の子だったなんて……。それを黙って、私の侯爵家に妻として入るという事がどういう事かわかっていないとは言わせないっ!」
シルヴィア・マリシュは、伯爵家の第一子としてこの世に生を受けた。魔力やスキル、加護を持つ人々は少なくなったとはいえ、貴族は血統と魔力を持つ子を後継とするためそういった人間が多く存在していた。基本的に平民には魔力がもうほとんどない。
貴族同士の政略結婚において次代の後継者は必ず魔力を所持していなければならない。そのため嫡男に嫁ぐべく令嬢も、その血統が貴族の流れを汲む事が求められている。
「シルヴィアお姉様ったら、貴女を産んだ我が家の元メイドが母だという事をシモン様に隠していたなんて……。ご存じの上でこの婚約をされていたと思っていたら、なんという……。まさか、お父様を脅して婚約するよう仕向け、優しく賢明で麗しのシモン様を謀るなど……」
「ゾフィア、だって、それはっ! それに、お母様は!」
「もういい! 私を騙してうまく侯爵夫人の座を手に入れたかったなど。浅ましい……。シルヴィアや、君の母親のような平民がいるから、いつまで経っても平民が侮辱され差別され続けるとなぜわからないっ! 恥を知れっ!」
「シルヴィアお姉様は、とてもお優しくて、わたくしも、弟も、お姉様は聞かされていた妾のような悪女ではないと慕っていたのに……。産まれて来る子は親を選べないからと、お母様が慈悲深くお姉様を引き取り育てたというのに……。わたくし、悲しくて……。でも、事実を知ったからにはこれ以上、シモン様を騙し続けるなんて耐えられないっ! カミンスキ侯爵家に申し訳なくて……、だから、だからわたくしはっ!」
ぽろぽろと透明な涙がゾフィアから流れる。白く華奢な肩は震えており今にも倒れそうだ。ゾフィアの涙ながらの訴えに対してシルヴィアは声を張り上げる。
「お母様は悪女なんかじゃっ……! だって、あれは、お父様がお母様を無理に……!」
だが、シルヴィアの声はシモンによって声高らかに遮られた。
「シルヴィア、悪女である君の母親は、伯爵に媚薬を盛り前後不覚になった彼を誑かして上手く君を産んだというではないか。そして、あろうことか、その娘である君は……。平民の母を由緒ある伯爵が乱暴して産ませたと言いがかりをつけて社交界にバラされたくなければ言う事を聞けと脅していたという事はもう分かっている! ゾフィアが勇気を持って告白してくれたんだ。きちんと君と、もう故人とはいえ君の母の悪行を裁き、正当なる血統を受け継ぐ伯爵家の娘、愛するゾフィアを妻にする!」
「そんな……! シモン様、これは!」
「ええい、黙れ。何度も言わせるな。この上言い訳か? 見苦しい! 二度とお前の顔など見たくないっ!」
にやりと勝ち誇ったかのように笑うゾフィア。彼女の今の表情は、シモンからは見えない。
「わたくしは、お姉様が罪を認めて反省し、領地の片隅で身の丈にあった人生を送っていただければそれで……」
「ああ、愛する私のゾフィア……なんて優しい聖母のようなんだ。それに引き換え、シルヴィア、君は……。君の罪のせいで何人傷ついたと思っているんだ!」
激高したシモンから魔力がシルヴィアに注がれ始めた。
「え? シモン様、なんなんですの? 黒い……、お姉様に……?」
「ぐ……、そんなバカな! ダメだ。止められない!」
不測の事態だったのだろう。二人が戸惑い慌てふためいている。その間にも 黒い魔力が、動けないシルヴィアの体を包んでいく。
「シモン様……、……これまでありがとうございました。ゾフィア……、どうか幸せになって……」
シルヴィアは、シモンがなんとか抑えようと必死になっているが、この事態の収拾がもう手遅れだと悟る。涙を流しながら二人に小さく微笑み、最後にそう言うと完全に黒い魔力で隠されてしまった。
やがて、黒い魔力が消え去り、あとには彼女が身に纏っていた洋服や宝飾品だけが地面に残されていたのであった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
461
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる