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父と婚約者、二種類のスキルにかけられたわたくし……

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 シモン様が、妹のゾフィアに徐々に惹かれているのは気付いていた。ゾフィアもまた、シモン様を恋慕っているようだったので、父にその旨を伝えてシモン様との結婚相手の変更を依頼していた。父は決して首を縦に振ってくれなかったが……。


※※※※



 記憶にないほど小さな頃にはすでに母はいなかった。伯爵家のメイドをしていたという母は、ある日父に見初められ、無理やり寝室に引きずり込まれ凌辱されたと聞いている。
 その頃、伯爵夫人と婚約をしていた父は、母を慰みものにするだけして、程なく妊娠した母を伯爵家から追い出したらしい。

 途方に暮れてしまった母には、魔力があり生活を便利にする程度ではあるが魔法が使えていた。そして、固有スキルである〈鑑定〉によって、妊婦であり身元も不明な女性にも拘らず、偶然出会った、とある商会の会頭に雇われ大切にされていたようだ。
  平民の女性が魔力を持っているとややこしい事態になるので、商会の会頭はそれを秘密にしたほうがいいと判断した。母をあまり従業員に見せずに、貴重品の鑑定など、主に高額取引の時にのみ母に仕事を依頼していたようだ。

 会頭は母に十二分以上の報酬を与え、父に捨てられ傷ついた母に寄り添い、25歳という年の差はあったもののやがて二人には恋が芽生えたという。

 伯爵の血をひいた娘であるわたくしが産まれ、わたくしが魔力を所持し、滅多にないとされるスキル〈創造〉を宿していた事から、あっという間に伯爵に存在が知られた。
 産後、体を壊してしまった母は、会頭に見守られる中、静かに息を引き取った。
 わたくしという存在を知った父により、会頭は、わたくしの引き渡しを要求された。母の遺児であるわたくしを実の娘のように思ってくれていた会頭はそれを拒否したものの、伯爵家からのプレッシャーや、取引先の横取りなどをされ、経営が苦しくなっていった。このままでは大勢の従業員が失業する事になる。

 わたくしを引き渡す事で、伯爵家や、懇意にしている貴族との繋がりも約束すると執拗にやって来る父の使いに対して、なんとか抵抗していた会頭は最終的に頭を項垂れたのであった。

 会頭は血のつながりのないわたくしを最後まで守ろうとしてくれており、数年前安らかに眠りについた彼には感謝しかない。

 父は、わたくしをひきとったものの、あとは使用人や家庭教師にまかせっきりで放置した。それに対して、伯爵夫人である義母は憤りを感じて、わたくしを実の子と同じように育ててくれたのである。
 年子の、血の繋がりが片方しかないとはいえかわいくて明るい妹と弟もなついてくれて、父以外の家族と仲良く暮らしていた。


「シルヴィア、お前には侯爵家の妻になってもらおう。カミンスキ侯爵夫人となり今後も私のために動くがいい」


 やがてわたくしが儚げな美しい母に似て成長すると、父は、あろうことか侯爵家にわたくしを嫁に出そうと画策した。
  母の出自が平民であり、侯爵家の、しかも後継者であるシモン様の妻になるなど、反逆罪にも等しく抵抗をしたが、父の固有スキルである〈隷属〉に支配され、父に服従しシモン様の婚約者となるしかなかった。


「これより私に絶対服従するための契約に、侯爵家に関する追加事項を設ける。私の〈隷属〉のスキルやお前自身の事、これまでの契約内容と新たな誓約事項を他者に漏らす事を禁じる。もしも破ればお前の全身はこれまで以上に痛みを生じる他、心臓の動きを止めるであろう」


 固有スキルは基本的に他人には秘匿されており、父の固有スキルは義母すら知らない。
  わたくしは、〈隷属〉を掛けられる時の条件として、父が相手にスキルの事を伝えなければならない制約があるために父のスキルを知ったのである。

 この〈隷属〉が解かれなければ、それを他者に伝えて助けを求めることも出来なかった。

 これまでも父の望むがままに、小さな宝石などを〈創造〉した。これは勿論犯罪行為であるが、父の〈隷属〉には逆らえなかった。
  〈創造〉は魔力を大きく使うため、わたくしに生み出せるのはほんのわずかな品だけであった。父の望む大きな宝石や金塊などを作り出せない時は、<隷属>に反する意思を示した事で体中が針で突き刺されるかと思うほどの痛みを生じた。さらに、父はわたくしの無能さに怒り狂い鞭で打ったのである。

 ゾフィアと弟は、わたくしを義母の本当の娘だと信じていたようで、どういう経緯かは分からないが腹違いと知った時、どれほどゾフィアは傷ついただろう。

 あの子は優しい子だ。シモン様を恋慕う気持ちがあのように暴走させてしまったのかと、あの子が思いつめてしまう前に上手く父を説得できなかった自分の不甲斐なさに臍を嚙む。

 シモン様から呼び出され、ついにわたくしの出自について詰問された。
  父が、都合の悪い事実を誤魔化すために話したのだろう出鱈目を信じているゾフィアに真実を伝えたくても伝えられない。

  ただ、これでわたくしは犯罪者として牢に囚われるとはいえ、父から自由になれるのかと思うとほっと安堵した。

  そして、やっとあるべき姿になれる恋人同士の二人に微笑む。

  わたくしは罪人として処罰されるため、シモン様の婚約者という席にはゾフィアがおさまるに違いない。

 ただ、わたくしの事はともかくとして、母を悪く言われる事だけは悲しかった。

 涙が溢れ始めた頃、シモン様からスキルが発動された。彼のスキルは〈呪い〉。侯爵家の後継者がこれを持つと言うが、これのスキルは歴代の侯爵家でも数人しか発動させた事がなかったらしい。
 シモン様も、スキルをその身に宿してはいたが、発動させる事なく、そもそもあまり解明されていないため、発動条件もわからないのでこのまま一生スキルは発動しないだろうと言われていた。
 ただ、〈呪い〉のスキルを持つ事は、高位貴族の間では公然の秘密だったので、カミンスキ侯爵家は周囲に畏怖されており、発動しない当主のほうが好まれた。

  〈呪い〉を発動させてしまったシモン様は、自由を奪われる事になるかもしれない。

 今回、わたくしに対してスキルが発動してしまったシモン様がどうなるのか気にはなるものの、先ずは自分をなんとかしなければいけないため、悲しみと戸惑いと混乱の中、必死に体を動かした。

 二人の気持ちを、着ていたドレスの中で上手く身動きできない間に聞き、やはり二人の言動はわたくしが思っていた通りだったとほっとする。

「ゾフィア! シモンさま! わたくしはここにいます!」

 声をかけても、その声が小さすぎて気づかれない。体に覆いかぶさるドレスが山のように動きを邪魔して彼らの前に姿を現して安心させる事も出来ずにどんどん焦燥感が募った。

 二人の気配が消えてしまったあと、ドレスからなんとかはい出したものの全裸だった。

 わたくしはスキル〈創造〉で、20センチほどになった体を覆えるほどのハンカチを作る。それを巻き付け首の後ろでねじりくくった。

  早く二人に自分が小さくなったとはいえ無事だと伝えたくて、足早に移動するが全く進んでいる気がしない。

 そこに、何処からともなく不思議な黒猫が現れ、珍しかったのかわたくしを咥えて侯爵家から立ち去ったのであった。
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