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 フェルミは、ゲブリオ公爵とともに貴賓たちがいる席に案内された。急遽用意されたとは思えないほど、その椅子は、豪華で座り心地が良い。

 そこには各国の外交官のみならず、招待された王族たちが勢ぞろいしていたが、世間を知らないフェルミは、そこまで雲の上の人々がいるとは思っていない。もしも分かっていれば、卒倒しただろう。

「シングリクス、そちらの方を紹介していただけませんか?」
「ああ、あなたでしたか。知っての通り、こちらはフェルミ・バスタ。我が国にとって、とても大切な人です。フェルミさん、こちらは光の国の……」

 ふたりに声をかけてきたのは、全身白い衣装を纏った女性だった。全身から柔らかい光が放たれていて、とても美しい。

「はじめまして、私はサンライト王国の聖女よ。俗世の名前は捨てたから、聖女って呼んでね。元気になって良かったわ。私もあの船に乗っていたの」
「あ、あの。せ、せせ、聖女様、初めまして、フェルミ・バスタと申します。その節は、ご心配をおかけいたしました」

 光の国の聖女といえば、人類とはかけ離れた最高位の存在である。神の代弁者であり、その力は、奇跡の技として、あらゆる苦痛を取り除いてくれるとされていた。

 周囲は、フェルミたちのことが気になっているようだが、表面上は冷静を装っている。公爵が彼らを紹介するごとに、フェルミの心臓は止まりかけた。

「フェルミさん、ちょっといいかしら? 手を貸して」

 聖女がフェルミの手を持つと、次々に高貴な人々を紹介されて、あっぷあっぷだった心が落ち着いてくる。まるで鎮静剤を投与されたかのように、ゆったり過ごすことができた。

「わぁ……」

 もう間もなく結婚式が始まるようだ。フレイム国の騎士たちが整列した。

「あ……」

 彼らの正面に、大柄な男性がいて号令をかけている。その近くに、カインがいた。船の時のラフな服装とは違い、ピシッと髪をセットして騎士服を着ている。黄金の装飾が施された深紅のそれは、彼によく似合っていた。

(港で別れを言ってから慌ててどこかに行ったのは、このためだったのね)

 彼の姿が視界に入ると、自然と胸が高鳴る。身を乗り出し彼を見ていても、カインはこちらに気づかなかった。なぜだか、ツキンと胸が痛んだ気がする。

 騎士団長の合図とともに剣が掲げられ、太陽の光が刃に反射した。

 ミルビック王子とリオ公女が、彼女が育てた薔薇の花の絨毯を歩く。一歩進むごとに、ここまで薔薇の香りが漂ってきた。

「あ、火が……」

 ふたりの行く手に、ごうごうと燃え盛る炎が立ち上がる。

 リオ公女は、少し体をこわばらせたようだが、王子と見つめ合うと微笑んだ。それはまるで、大輪の薔薇が開くかのような美しさであった。

 ふたりはしっかり見つめ合い、真剣な表情で炎の中に入った。

「フレイム国の王族の挙式では、清らかな炎をふたりが乗り越えて夫婦になるんだ。今後、国を守るべきふたりの信頼と愛があれば、火の神の祝福が得られる」

 ふたりの体が炎に飲み込まれたかと思った時、中心から光のような高温の熱が発せられた。ごうっと風が吹き、フェルミたちのところまで、熱気を運んでくる。

「すごいです……。リオ公女様が、火の女神様のようで……」

 炎が消え去り、ふたりの姿が再び人々の目の前に現れた。火の化身のように炎を従えている。不思議な事に、その炎は何も燃やしていなかった。

 フェルミは、本で読んだことのあるシーンを目の当たりにして、目頭が熱くなった。感動という言葉では表せないほど、体全体が高揚している。

 公爵の目じりにも、光るものが見えた。フェルミの言葉に気を良くしたようだ。満面の笑みで、リオ公女の晴れ姿を感慨深そうに見ていた。

「予定にはございませんが、祝福を授けたいと思います。少々騒がせますがお許しくださいますか?」
「孫娘の式で、聖女様自らそうしていただけるとは。なんとも光栄なことです。両陛下も喜んでくださるでしょう」

 聖女は立ち上がり、公爵の言葉を受けて微笑む。祭壇前にいる彼らの前に、瞬きひとつすらしないうちに移動した。公爵が言った通り、一瞬驚愕したようだが、フレイム国の国王たちは聖女の行動を容認したようだ。
 
 彼女が杖を掲げ、サンライト国の言葉で彼らに向かって歌を捧げると、彼らが従えている炎が虹色の光を放つ。光の国の聖女自ら、祝福を得る機会などほとんどない。今日の結婚式は、歴史上滅多に見ることのできないほどの成功を収めたのであった。

「孫娘は、一年前に、政略でここに嫁ぐことになったのだ。殿下とは年もかなり離れておるし心配していたが、リオはミルビック王子に心から愛されておる。しかも、光の国の聖女の祝福までいただけるとは、なんと幸せなことだ」
「公爵様の孫娘様ですもの。道中で見たフレイム国の人々も、リオ公女様と殿下の結婚を喜んでいました。美しく賢いだけでなく、どなたからも愛される、自愛あふれた方なのですね」
「あの子の両親が早くに亡くなってしまってな。わしでは行き届かない部分が多かっただろうが、自己研鑽を怠ろうともせず、まっすぐ育ってくれた」

 両親は亡くしているが誰からも愛されるリオの幸せな姿に、両親が生きているというのに自分とは大違いだと胸がじりっとなる。だが、フェルミは心から彼らの結婚を祝福した。

 公爵は、各国の代表と仕事をしなければならないようだ。フレイム国の王子と結婚したリオ殿下が、フェルミと短時間でいいから話したいと、彼女の使者が訪れた。フェルミは、多忙であろう彼女の時間をうばっていいものかと悩んだが、公爵の勧めもあり使者についていく。

 豪奢な扉が開かれ中に入ると、どんっと衝撃が走った。フェルミは体を包む薔薇の香りにくらくらする。

「まぁ、あなたがおじい様を助けてくださった方ですのね!」
「リオ、お客人が驚いているよ」
「ミール、だってぇ」
「ほら、彼女を離してあげて」
「はぁい」

 衝撃の正体は、リオ殿下がフェルミに抱き着いたものだった。フェルミは、ミルビック王子に諭された彼女から解放される。

「この国に来たばかりなのに、こちらの都合に突き合わせてしまったね。感謝するよ」
「フェルミさん、おじいさまからあなたのことは聞いているわ。本当にありがとう!」

「そんな、畏れ多いことでございます。私こそ、おふたかたの素晴らしい良き瞬間に招待していただき、恐悦至極でございます。本日は、おめでとうございます。おふたかたの未来に、火の神の導きが多からんことを」

「もう、堅苦しい挨拶はいいわ。本当に時間がなくて、もう行かなきゃいけないの。慌ただしくて申し訳ないわね。フェルミさん、フレイム国にいる間は、ここに来る前に寄ったと思うんだけど、うちの邸に滞在して欲しいの。また日を改めて招待しますから、来ていただけるかしら?」
「はい、よろこんで」
 
 ふたりと出会って、ほんの数分。フェルミが今まで見てきた中で、一番美しい一組は、嵐のように去っていった。あまりの出来事に呆然と突っ立っているフェルミを迎えに来た人物を見て、さらに驚いたのであった。





 
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