完結(R18)赤い手の嫌われ子爵夫人は、隣国の騎士に甘すぎる果実を食べさせられる

にじくす まさしよ

文字の大きさ
78 / 84

72

しおりを挟む
 いよいよ出発の日がやってきた。優しい太陽の光が大地を照らし、気持ちの良い風が吹いている。

 王宮では、これから国中を巡る旅をするフェルミを送り出す人々が集まっていた。

「あの、この騒ぎは一体?」

 フェルミが義父に訊ねると、苦虫を噛んだような表情をして答えてくれた。

 どうやら、未曾有の国家危機のために、神が遣わしてくれた人物として、聖女様並の期待を寄せられているという。

「ええ? そんな……」
「口の軽い連中がな……」

 成功するかどうかもわからない。もしかしたら、もっと酷いことになるかもと不安でいっぱいだったところに聞いたため、意識がふーっと遠のきそうになる。

「フェル、このプロジェクトは数年がかりなんだ。そもそも、大豊作による弊害を、ここまで放ったらかしにしていた国が悪い。フェルの気持ちなんて二の次になってるだろ。だから、この国のことなど放っておいていいって言っていただろ?」
「カイン、フレイム国で、私がこの国のこと、というよりもファーリや伯爵家を気にする度に、あなたは放っておけって言ってくれていたわね。こうなるってわかっていたの?」

 フェルミの問いに、カインは頷いた。本人の意思などお構いなしに、状況が加速することは珍しいことではない。しかも、今回の救世主が、たおやかで美しい女性だとくれば、「グリーン国にも聖女様が降臨された」と、勝手な群像を思い描いてしまった。

「国王も、この噂が出始めたころに手を打とうとしたんだが、止められなかったらしい。そもそも、国民の命を背負うのがフェルミひとりという認識が間違っている。そもそも、収穫高をきちんとコントロールしていればよかっただけのこと。欲を出して、採れるだけ採った報いなんだ。この国の尻拭いをしようという気持ちだけでも御の字。文句を言うやつがいたら、任務を投げだしてもいいんだよ。その旨の条項は、契約時に結んでいる。イヤになったら、いつでもうちに帰って来なさい」
「お義父様ったら……」

 フェルミは、もっと密かに出発して、ほそぼそと各地を転々とするのだろうと思っていた。予想外の大騒ぎと、民衆の期待に押し潰れそうになる。

 カインと公爵がいなければ、もっとあからさまに儀式などが行われ、逃げ出すことも失敗することも許されない過酷な旅になっただろう。

「カイン、この子は限界まで我慢をするだろう。大丈夫だという言葉ほど信用ならない。君が少しでも辛そうだと判断したのなら、すぐに連れて帰ってきてくれ」
「勿論ですとも。お任せください、お義父様!」

 カインは、前日の夜、公爵と長い間話しをしていた。何を話したのか聞いていないが、眼の前のふたりには、信頼関係が築かれているような気がする。

(でも、お義父様とはあまり呼ばれたくなさそう)

 隣にいるカインを見上げると、にやにや笑っている。フェルミの視線を感じて、こっちを見るとウィンクされた。どうやら、わざとのようだ。

 フェルミは、そんな彼らの言葉やカインの態度に、ほんの少しだけ心が軽くなる。

 両陛下にも言葉を贈られ、フェルミはひときわ豪奢な馬車に乗り込んだ。

 大勢との関わりは負担になる。同乗するのは、カインひとりだけだ。日常の生活は、現地でなんとかなると、彼女の世話をする侍女たちの同行は断った。

 あとは護衛騎士たちや研究者など、総勢30名の大所帯となる。

 王都を出るまでの大通りには、平民たちがどこから集まったのか大勢ひしめき合っていた。そんな中、フェルミ一行は進んでいく。

「フェル、手を振ってあげるか? きっと喜ぶ」
「え? でも、王女様でもないのに、私なんか」
「こら、また悪い口癖。ずいぶん減ってきたけど、なんかはなし」
「あ……」

 フェルミは、カインから行き過ぎた謙遜の言葉が出る度に注意された。やめようと思っていても、こればっかりはなかなか努力だけではやめられそうにない。

 人差し指で、ぷにっと唇を押される。カインは本気で怒ってはいないが、いつか、ああいう言葉が出なくなればいいなと思った。

「ほら、どうする?」

 窓の外の人々が、声をあげている。どれも、彼女を傷つける言葉ではない。満面の笑顔で手を振ってくれていた。

「うん、振ってみようかな」

 フェルミがそういうと、カインは馬車の窓を開けた。その向こうにいる人々に、手を軽く振る。

「フェル、あまりひとりの人に集中しようとしないで。全員に手を振り返すのは無理だから。ぼうっと全体を視野に入れて、視点を大きく変えながら手を振って」
「どうして?」
「そうすると、ほとんどの人が、自分を見てくれたと思って感激するんだ。こうして、人々の心の中に姿を焼き付けると、好意がもっと大きくなる。つまり、民衆の心を得ることができるんだ。そうすれば、多少期間が長引いても、思ったほどの効果がなくても、自分たちのためにしてくれたという、感謝の気持ちが残ったまま、君を責める人が少なくなるんだよ」
「そういうものなのね」
「それだけってわけじゃないけどね。そういう効果もあるってこと。誰だって、好きな人には評価が甘くなるものだろ?」

 カインの説明に、フェルミは関心するばかりだった。まじまじと彼を見つめる。

「フェル? どうした?」
「カインって、本当に物知りだし、とっても強いし、頼りがいがある素敵な騎士様なんだなって」

 フェルミは、カインに対して、マイナスイメージが0だと言い切る。コーパなどが聞けば、腹をかかえて大笑いするだろうが、彼女は真剣そのものだ。

「天が二つも三物も与えた、欠点のない人って本当にいるんだなって思って。そんな素敵な人が、私を愛してくれているなんて、本当に夢みたい」

 フェルミが、頬を染めて言ったことに、カインは身震いするほど悶えそうになる。フェルミが関心するほど、大した人物ではない。それは、自分でもよくわかっている。だが、愛する女性にそう言われて喜ばない男はいないだろう。

「あー……それを言うのなら、俺の方なんだが。過大評価だと思うがありがとう。いつまでも、そんな風に思って貰えるように頑張るよ」

 カインのことを、誰だと首を傾げる人々もいる。だが、ふたりの仲睦まじい様子に、夫婦だと勘違いしたようだ。
 
「ご結婚おめでとうございます!」
「え? フェルミ様ってご結婚されていないんじゃ?」
「馬鹿だな。どう見てもお似合いのふたりじゃないか」
「きっと、最近ご結婚されたんじゃないかしら」

 ふたりは、聞こえてきたそんな会話に笑みがこぼれる。徐々に、結婚式をあげたばかりの新婚夫婦に対する祝福の言葉が街中を埋め尽くす。

 そんな彼らに、カインまで手を振りながら、王都を抜けていったのである。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子を闇落ちから救ったら愛執まみれの独占欲に囚われました

大江戸ウメコ
恋愛
幼い頃に精霊の祝福である未来視の力が開花し、「夫である第二王子ナハルドに殺される」という己の運命を知った伯爵令嬢ツィーラ。この悲惨な未来を変えるべく、ツィーラは彼を避けようとしたが、ひょんなことから婚約者に選ばれてしまった! ならば、ナハルドが将来闇落ちしないよう、側で彼を支えることを決意する。そんな努力の甲斐あって、ツィーラへの好意を隠さず伝えてくるほど、ナハルドとの関係は良好になった。だけど、彼の並々ならぬ執着心のすべてを、ツィーラはまだ知らなくて――

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

黒の神官と夜のお世話役

苺野 あん
恋愛
辺境の神殿で雑用係として慎ましく暮らしていたアンジェリアは、王都からやって来る上級神官の夜のお世話役に任命されてしまう。それも黒の神官という異名を持ち、様々な悪い噂に包まれた恐ろしい相手だ。ところが実際に現れたのは、アンジェリアの想像とは違っていて……。※完結しました

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

触手エイリアンの交配実験〜研究者、被験体になる〜

桜井ベアトリクス
恋愛
異星で触手エイリアンを研究する科学者アヴァ。 唯一観察できていなかったのは、彼らの交配儀式。 上司の制止を振り切り、禁断の儀式を覗き見たアヴァは―― 交わる触手に、抑えきれない欲望を覚える。 「私も……私も交配したい」 太く長い触手が、体の奥深くまで侵入してくる。 研究者が、快楽の実験体になる夜。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

処理中です...