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とうてい信じられない転生話は、どうやら本当だったようだ。あの時、後頭部を強打したからそのままあの世に逝ったのかもしれない。あの世というよりも、この世界だったわけだが。
「あやたち、心配しただろうな……。ごめんね。こうなることがわかってたら、資産をあやにあげたり、困っている施設に寄付したのに」
孤児院出身だから、天涯孤独だったことが幸いだ。悲しむ人が少なくてすむ。それにしても、手に入れた億単位の資産はどうなったのだろうかと、めちゃくちゃ悔しいがどうしようもない。
幸い、両親には愛されているようだし、お金にも困っていなさそうどころか大金持ちっぽい。
おじいちゃんが言った通り、少しずつ以前の記憶もどし、アイーシャとしての自分を受け入れ家族仲良く暮らしていた。
「お父様、ねぇいいでしょう?」
「いや、だがな」
「あなた、いいじゃない。かわいいアイーシャがそう言ってるんだから」
「毎日、獣化するのは恥ずかしいんだが……」
「お願い。お母様は人間だから、頼めるのはお父様だけだもの。お母様だって、獣化状態のお父様が大好きじゃない」
仕方ないなと、少しうれしそうに父が獣化する。ぽわんと煙とともに現れたのは、ハートのおしりがかわいいコーギー。フリフリ揺れる尻尾とおしりがキュートすぎて、母とともに身悶えする。
アイーシャが13歳のときに考案し、伯爵家に仕える錬金術師が形にしたカメラで写真を撮る。
「かっわいー。お母様、お父様を抱っこして!」
「はいはい。あなた、おいで」
「わふんっ!」
恥ずかしいといいつつ、父はノリノリで母に飛びつく。短いしっぽがちぎれんばかりにぐるんぐるん回っていた。べろべろ母の顔を舐め回し、しつこさに母が嫌がって父の口元を手で抑える。
母のマッサージがあまりにも気持ちがよく、幸せいっぱいで膝の上で、お腹を出してだらしなく足を広げていた。
アイーシャの手によって、愛し合いされるふたりの姿は、大きな額縁に入れられて壁にぎっしり飾られている。今日の一枚も飾る予定だ。
「ふふふ、今日のベストショットゲットー! 壁はもういっぱいだから、天井に飾りましょう」
平和すぎる一日が過ぎたある日、首都で毎年開催される騎士たちによるトーナメント会場に行くことになった。
「わぁ、すごい人……」
「我が国の騎士たちは、ものすごい人気だからな」
「ふふふ、目当ての騎士に告白しようと、女の子たちが集まる日でもあるから。毎年、何組ものカップルができるのよね」
「そうらしいわねー。私は、騎士たちの躍動感あふれる写真が撮れたらそれでいいけど」
騎士たちはモテる。両親が言うように、恋人になる者が多い。だが、モテモテだから浮気率も非常に高いのだ。お互いに割り切った関係ならいいのだが、アイーシャは一途で誠実な人がいい。
恋人の範疇外の彼らは、被写体としてしか興味がなかった。
大きな一眼レフをつけたカメラを持つ。オートブレ補正があるとはいえ、一瞬の騎士の筋肉の躍動や、流れ落ちる一筋の汗、そして、何よりも獲物を切り裂かんとする真剣な眼差しの一瞬をとらえたかった。
何組もの騎士たちの決闘が終わり、本日の最終組である騎士たちが入場する。
ひときわ大きな歓声があがり、アイーシャはファインダーごしではなく肉眼で騎士を見つめた。
「すごい迫力の人ね……」
「今年は騎士団長が出場するのか。珍しいな」
我が国の騎士団長は、その強さゆえに大会には参加しない。ところが、今年は隣国の王子の新婚旅行に合わせて開催されるために、我が国が誇る騎士たちの全てを披露すべく、王命によって参加されたそうだ。
「なん…………っっっって、鍛えられた肉体なの。どの騎士たちもすばらしいわ。あぁ、ゴリマッチョ騎士ったら最高でしかないわ。しなやかなヒョウのような流れる筋肉美もすてきだけど、騎士団長様の輝くような筋肉の盛り上がりの前には霞んじゃうわね」
騎士団長の登場は、他の騎士たちとは違い黄色い声が聞こえない。野太い男たちの音だけが会場に鳴り響く。
そんな中、唯一の女性であるアイーシャの賛辞の雨あられは珍しい。彼女を見て、貴族令嬢が大声ではしたないと眉をしかめているマダムもいたが、ファインダーごしに騎士団長(の筋肉)に見惚れているため気にならなかった。
「ああ、騎士団長様の写真を、貸し切りで思う存分撮れないかしら。でも、お会いしたことがないし、私が写真を撮るのは恋人とかいたら不快よね。ねぇ、お母様。彼には決まった方がいらっしゃるのかしら?」
「あなたが殿方に興味を持つなんてめずらしいわね。ひょっとして……? まあまあまあ。ふふふ、彼なら、仕事一筋で女性の影なんかこれっぽっちもないらしいわよ。失礼だけど、女性にモテるとは言い難いし。逆に怖がられているから、騎士にしては珍しい安全牌ね」
「なに? アイーシャがどこの馬の骨ともわからぬ男に? ぐぬぬ。お父様は許さんぞ!」
「ち、ちがうわよ。私はそんな邪な考えじゃないってば。恋人よりもお父様やお母様、お友達とおしゃべりするほうが楽しいもの。それに、お父様、騎士団長様は馬じゃなくてウォンバットでしょ。彼が素晴らしい被写体だからもっと近くでたくさん写真を撮りたくて! 他意はないわよ」
アイーシャは、両親の言葉に反論しつつも、彼が動くたびに初めて感じる胸の高鳴りを抑えることができなかったのである。
「あやたち、心配しただろうな……。ごめんね。こうなることがわかってたら、資産をあやにあげたり、困っている施設に寄付したのに」
孤児院出身だから、天涯孤独だったことが幸いだ。悲しむ人が少なくてすむ。それにしても、手に入れた億単位の資産はどうなったのだろうかと、めちゃくちゃ悔しいがどうしようもない。
幸い、両親には愛されているようだし、お金にも困っていなさそうどころか大金持ちっぽい。
おじいちゃんが言った通り、少しずつ以前の記憶もどし、アイーシャとしての自分を受け入れ家族仲良く暮らしていた。
「お父様、ねぇいいでしょう?」
「いや、だがな」
「あなた、いいじゃない。かわいいアイーシャがそう言ってるんだから」
「毎日、獣化するのは恥ずかしいんだが……」
「お願い。お母様は人間だから、頼めるのはお父様だけだもの。お母様だって、獣化状態のお父様が大好きじゃない」
仕方ないなと、少しうれしそうに父が獣化する。ぽわんと煙とともに現れたのは、ハートのおしりがかわいいコーギー。フリフリ揺れる尻尾とおしりがキュートすぎて、母とともに身悶えする。
アイーシャが13歳のときに考案し、伯爵家に仕える錬金術師が形にしたカメラで写真を撮る。
「かっわいー。お母様、お父様を抱っこして!」
「はいはい。あなた、おいで」
「わふんっ!」
恥ずかしいといいつつ、父はノリノリで母に飛びつく。短いしっぽがちぎれんばかりにぐるんぐるん回っていた。べろべろ母の顔を舐め回し、しつこさに母が嫌がって父の口元を手で抑える。
母のマッサージがあまりにも気持ちがよく、幸せいっぱいで膝の上で、お腹を出してだらしなく足を広げていた。
アイーシャの手によって、愛し合いされるふたりの姿は、大きな額縁に入れられて壁にぎっしり飾られている。今日の一枚も飾る予定だ。
「ふふふ、今日のベストショットゲットー! 壁はもういっぱいだから、天井に飾りましょう」
平和すぎる一日が過ぎたある日、首都で毎年開催される騎士たちによるトーナメント会場に行くことになった。
「わぁ、すごい人……」
「我が国の騎士たちは、ものすごい人気だからな」
「ふふふ、目当ての騎士に告白しようと、女の子たちが集まる日でもあるから。毎年、何組ものカップルができるのよね」
「そうらしいわねー。私は、騎士たちの躍動感あふれる写真が撮れたらそれでいいけど」
騎士たちはモテる。両親が言うように、恋人になる者が多い。だが、モテモテだから浮気率も非常に高いのだ。お互いに割り切った関係ならいいのだが、アイーシャは一途で誠実な人がいい。
恋人の範疇外の彼らは、被写体としてしか興味がなかった。
大きな一眼レフをつけたカメラを持つ。オートブレ補正があるとはいえ、一瞬の騎士の筋肉の躍動や、流れ落ちる一筋の汗、そして、何よりも獲物を切り裂かんとする真剣な眼差しの一瞬をとらえたかった。
何組もの騎士たちの決闘が終わり、本日の最終組である騎士たちが入場する。
ひときわ大きな歓声があがり、アイーシャはファインダーごしではなく肉眼で騎士を見つめた。
「すごい迫力の人ね……」
「今年は騎士団長が出場するのか。珍しいな」
我が国の騎士団長は、その強さゆえに大会には参加しない。ところが、今年は隣国の王子の新婚旅行に合わせて開催されるために、我が国が誇る騎士たちの全てを披露すべく、王命によって参加されたそうだ。
「なん…………っっっって、鍛えられた肉体なの。どの騎士たちもすばらしいわ。あぁ、ゴリマッチョ騎士ったら最高でしかないわ。しなやかなヒョウのような流れる筋肉美もすてきだけど、騎士団長様の輝くような筋肉の盛り上がりの前には霞んじゃうわね」
騎士団長の登場は、他の騎士たちとは違い黄色い声が聞こえない。野太い男たちの音だけが会場に鳴り響く。
そんな中、唯一の女性であるアイーシャの賛辞の雨あられは珍しい。彼女を見て、貴族令嬢が大声ではしたないと眉をしかめているマダムもいたが、ファインダーごしに騎士団長(の筋肉)に見惚れているため気にならなかった。
「ああ、騎士団長様の写真を、貸し切りで思う存分撮れないかしら。でも、お会いしたことがないし、私が写真を撮るのは恋人とかいたら不快よね。ねぇ、お母様。彼には決まった方がいらっしゃるのかしら?」
「あなたが殿方に興味を持つなんてめずらしいわね。ひょっとして……? まあまあまあ。ふふふ、彼なら、仕事一筋で女性の影なんかこれっぽっちもないらしいわよ。失礼だけど、女性にモテるとは言い難いし。逆に怖がられているから、騎士にしては珍しい安全牌ね」
「なに? アイーシャがどこの馬の骨ともわからぬ男に? ぐぬぬ。お父様は許さんぞ!」
「ち、ちがうわよ。私はそんな邪な考えじゃないってば。恋人よりもお父様やお母様、お友達とおしゃべりするほうが楽しいもの。それに、お父様、騎士団長様は馬じゃなくてウォンバットでしょ。彼が素晴らしい被写体だからもっと近くでたくさん写真を撮りたくて! 他意はないわよ」
アイーシャは、両親の言葉に反論しつつも、彼が動くたびに初めて感じる胸の高鳴りを抑えることができなかったのである。
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