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5 強面騎士団長は、筋肉だけでなく耳もいい

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 大会前、王宮の広い廊下では、我が国が誇る騎士団長が早足出歩いているのが多数目撃された。

 キリリとした太い眉、黒い三白眼は大きな顔に比して小さすぎる。分厚く一文字に結ばれた唇は、まるで怒りに満ちあふれているかのようだ。
 騎士服がはちきれんばかりに膨れ上がった胸板に上腕、そして太い丸太のような大腿を動かすと風が起こりそうなほどの勢いがある。
 高い背に、鍛え上げられた肉体に見下されると、大抵の一般人は縮み上がり、子供に至っては泣き叫ぶか粗相をしてしまうほど恐ろしい。勇猛果敢な騎士ですらびくっとなった。

 そんな彼は、平常時でもそのような雰囲気なのに、先程王に命令された内容を思い出し、怒りに満ちていた。今の彼に、安易に声を掛けるどころか、半径2メートル以内に近づけば命がなさそうだ。
 彼を見かけた王宮に勤める人々は、ひと目見るやいなや、蜘蛛の子を散らすように去っていった。

 30分もしない間に、使用人たちはそのネットワークによって、彼が城から出ていくルートに近づくな危険という、エマージェンシーサイレンが密やかに広がっていた。

「くそっ!」

 ウォーレンは、先ほど命じられた内容にむしゃくしゃし、大きな拳を握りしめながら低い声を出す。ひとっこひとりいない、静かな空間の空気が、その鋭い一言によってソニックブームが生じたかのように切り裂かれた気がした。

「よりにもよって、なんだってあんな命令を……。絶対に面白がってる。無理だ。どう考えても無理だ。あんな命令なんかより、凶悪なドラゴンを単騎で退治しにいったほうが、よっぽど楽で成功率が高い」

 ぶつくさ言っている声は、誰の耳にも届いていない。彼自身、みっともない愚痴でしかない独り言を声に出しているつもりはなかった。

 ここ数日、戦争や討伐がなく平和そのものであったが、大会準備に追われ、寮の自室にも帰れない日々を送っていた。大会に参加する部下は鍛錬に忙しく、そうでない騎士たちも、苦手なデスクワークに右往左往しており、毎年恒例の騎士たちはしっちゃかめっちゃか状態。

 そんな、マメハチドリの手も借りたいほどの多忙な中、呼び出された。一大事でもあったのかと、緊張しつつ向かうと、そこには王だけでなく王妃や王太子夫妻もいるではないか。

 そこで、今年の大会に参加するように伝えられる。

 毎年行われる騎士たちによる大会にウォーレンが参加すると彼の一人勝ちになってしまう。
 余談だが、それほど強い彼が出場すると、楽しみのひとつである優勝者を当てる賭けも成立しない。すでに、賭けは締め切られていたが、急遽彼が参加することになり、賭けは準優勝者を当てることになったという。
 恒例行事のルールを破ってまでウォーレンが参加する羽目になったのは、ひとえに今年新婚旅行で来た、脳内お花畑前回のカップルたちの一言が原因だ。

「なにが、妻を早く持てだ。はっ、幸せいっぱいのやつらはいいよな。そもそも、恋愛勝ち組のイケメンと美女の組み合わせじゃないか。せめて、恋人を作れだと? そんなもん、できるものならとっくに作ってる」

 口から出るのは、愚痴と、これまでの非モテ人生の回想によるため息。ウォーレンとて、初恋のひとつやふたつあった。だが、告白する前に、ことごとく「ごめんなさい」されたのである。そんな自分に、恋人などできようはずがない。

 勿論、数瞬の迷いもなく断った。だが、曽祖母である、ウォンバット獣人最高齢で毎日ギネス更新中のピーチが、ウォーレンの結婚式を楽しみにしており、王妃に相談したのだと持ち出されては、ばあちゃん子の彼は断れなかった。

「くそ、こうなったら没落寸前の貧乏貴族の令嬢を金に物を言わせて契約結婚でも……いやいや、それはダメだ。そんな脅迫めいた結婚は気の毒だ。オレも嫌だし。かといって、オレと恋愛結婚してくれるような変わり者の女性など、ひとりもいないだろう……せめて、互いに尊重できる結婚相手がいれば……」

 ウォーレンは、自分で言った言葉による未来予想を思うと、ため息しかでない。情けなくなり、取り敢えずは大会で部下たちの実力を確かめようと気持ちを切り替え、女性のことは一旦頭から追い出した。

 そんな経緯で参加した大会。綿が地面に落ちた音すら聞き分けるウォーレンは、他の騎士たちへの女の子たちの歓声や悲鳴、うっとりするようなため息まで聞こえている。
 自分が登場しても、野太い男どものヤジにも似た声。たまに、自分に襲ってほしいという男女の垣根を超えた男に頬を染められることはあっても、女性のじょの字も縁がない。

「すごい迫力の人ね……」

 歓声の真っ只中、自分に対するかわいらしい女性の声が聞こえた。ウォーレンにとって、物珍しくもない。続くのは、「恐ろしいわ」「まるで悪魔みたい」「近づいたら襲われそう」など、100%悪い意味の言葉に違いない。

「なん…………っっっって、鍛えられた肉体なの。どの騎士たちもすばらしいわ。あぁ、ゴリマッチョ騎士ったら最高でしかないわ。しなやかなヒョウのような流れる筋肉美もすてきだけど、騎士団長様の輝くような筋肉の盛り上がりの前には霞んじゃうわね」

 ところが、その女性の言葉は、ウォーレンが内心ふてくされたように考えていたものとは、全く違う意味合いだった。どう考えても賛辞だ。相手選手のことかと一瞬訝しんだものの、眼の前の騎士は、イケメンの細マッチョだ。常に女性にモテモテで、騎士団に贈られるラブレターやお菓子が絶えない。現に、他の女性たちは、その男に秋波を送っている。

「なんだ? いったい、どこの誰が……」
「隙あり、団長!」

 あまりのことに、一瞬気がそれた。ここぞとばかりに、相手が鋭い斬撃を放ってくる。

「甘いっ!」
「くそっ、まっだまだぁ!」
「第三部隊の新入りか。脇が甘いな。体幹のバランスがそもそも取れていないから、そのようにふらつくんだ」

 ウォーレンにとって、副団長や各部隊長ならともかく、下っ端騎士の斬撃などそよ風とともにやってくるひものようなもの。一瞬で剣が弾かれた。
 気迫だけは一人前以上の部下に、稽古のように軽々剣を交える。

 すると、両親と話をしているであろう先程の女性の声が聞こえた。というよりも、声のするほうに、耳を傾け集中させる。ちらりとそちらを見ると、大きな目をキラキラさせ頬を染め、大きな一眼レフカメラを抱えたかわいらしい女性がいた。
 先程の声は、自分の勘違いかもしれないと、ひとことも逃さないように耳を傾ける。

「ああ、お会いしたことがないし、私が写真を撮るのは恋人とかいたら不快よね。ねぇ、お母様。彼には決まった方がいらっしゃるのかしら?」

 やはり、彼女の声からは、嫌悪のかけらすらない。モテなさすぎて、とうとう自分の耳か頭がおかしくなったかと首をかしげつつ、期待する気持ちが上昇する。

「いない。いたことすらない」
「団長、さっきから何してんですか! とりゃあ!」

 相手には聞こえないだろうが、彼女の質問に返事をしてしまうほど動揺していた。だだっぴろい広場の中央では、聞こえるのは眼の前の相手くらいである。

 あいにく、そこから先は、ウォーレンと一対一で剣を交える好機に喜んだ部下の必死の攻撃に対して、稽古をつけることに集中するはめになり聞こえなかった。

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