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詐欺なんてバカがひっかかるもの
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12月に入った。今年は例年以上に寒いとニュースで言っていた割には、そこそこ暖かい気候が続いている。太陽が出ている間は、厚着しなくとも十分だ。少し前まで紅葉が楽しめたものだから、本当に12月なのか疑うほど。
薄手のダウンジャケットの中は、暖かいフリース素材のハイネックのカットソーに、厚手のジーンズ。
ブラックフライデーで買った、55パーセントオフのお気に入りのショートブーツを履いてご機嫌で駅を出た。
バスまでまだ少し時間がある。まばらに並んでいる人たちの後ろで立って、時間潰しに漫画のアプリでも見ようとスマホを取り出した。
「お嬢さん、すみません」
すると、後ろから声をかけられ振り向く。そこには、痩せて、襟やポケットなどが擦りきれた、みすぼらしいおじいちゃんが立っていた。
とても困っているみたいに、おろおろしている。認知症かなにかで、ポリスボックスに連れていった方がいいか悩んだ。
「実は財布を落としてしまって。ここから家に帰るまでの電車賃を貸しては貰えませんかのぅ?」
家で要介護の奥さんがいるらしく、デイサービスの帰りの時間が迫っているようだ。
「500円でいいんじゃが。早く帰って、ばあさんの世話をしないといかんのじゃぁ」
すでに数人断られているという。焦って、今時珍しい腕時計を見ていた。
「いいですよ。本当に500円で足りるんですか?」
財布を出して、ファスナーを開けると、小銭が300円ちょっとしかなかった。冷蔵庫には食料もあるし、明後日はバイトの給料日だ。1000円貸してもなんとかなるだろう。
私は、1000円札を取り出しておじいちゃんに渡した。細い骨が浮き上がった手は、乾燥していてシワだらけ。指先もすごく冷たくて、ここにいつからいるんだろうかと思うと、気の毒になった。
「ありがとう、本当にありがとう。必ず返します。明日ここで待ってるからのぉ」
ペコペコ何度も頭を下げるおじいちゃん。これが老々介護の一部なのかと、これからも元気で頑張って欲しいと思った。
バスが来て、私が乗り込ンだあとも、おじいちゃんは頭を下げ続けていた。
バスが通っている大学に到着した。講義にはまだ時間がある。ゆっくり、大学の枯れ始めた木々の間を歩いていると、大学で出来た友達が近づいて来た。
「桃香、もう来てたんだ。いつもギリギリなのに珍しいねぇ」
「えー、いつもギリギリとかひどーい。まあ、8割はそうかもだけどー」
「あはは、ねね、今日もバイト? 夕方からコンパがあるんだけどたまには行かない?」
「あー、いつも誘ってくれてるのにごめんね。バイト入ってるんだー」
「そっか、残念! 学費も生活費も稼がないといけないって言ってたもんね」
私の家は、長男である兄以外、私も弟も大切にされていない。塾も、生活用品も、文房具すら兄のとは違う。
親は、頭の出来が悪いから、高いものなんて勿体ないとか言うけど、甘やかされて育った兄は、高い私立のFラン大学にしか入れなかった。
大事な兄にお金がかかるから、私や弟は高校卒業後に仕事に就けと言われた。
いくらなんでも不公平だと抗議したら、アパートの家賃も生活費も学費も自分でなんとかするなら大学に行っていいと言われる。
私は、同じ子供なのに酷いと思った。親に愛されているのは兄だけなのか、と。
悔しくて、悲しくて寂しくて。やけくそのように猛勉強して、国立大学に合格した。弟も、スーパーハイエンスハイスクールに通っている。
ご飯は、バイト先のレストランの店長さんたちが余り物をくれるから、あまり困らなかった。
服は、メリュカリやハードオンで買った中古品だ。たまに、セールで新しい物を買えればそれだけでウキウキする。
だから、おろしたての新品のショートブーツがコツコツアスファルトを叩く音を聞くと嬉しい。
学費は、利子のいらない奨学金を利用出来たのが救いだった。保証人には、誰もなってくれるような当てがなかったから、保証料は機構から引かれている。
働き出したら、20代で全額返済するべく、講義には全て出席しているし、今のところ問題ない。
バイト三昧の日々を過ごしているから、サークルやコンパなど、楽しそうに大学生活を謳歌している友達が輝いて見える。
「えー? じゃあそのおじいちゃんに1000円渡しちゃったのー?」
「うん。おばあちゃんがデイサービスから帰ってくる時間に間に合わなかったら大変でしょ?」
「あーぁ、桃香ったら。それって寸借詐欺だよ。数百円を色んな人から借りて、そのまま返さないやつ。少しだから、ほとんどの被害者も警察沙汰にしないから捕まらない犯人が繰り返す詐欺!」
「マジで? ほ、本当に詐欺かな? うわー、やられたぁ……」
そういえば、そういうドキュメンタリーのテレビを見た事がある。その時は、詐欺なんてひっかかるなんてあり得なーいって思っていた。
なのに、まんまとひっかかったようで、貴重な、もやし約20袋分の1000円を気前よく渡した自分に、もう笑うしかなかったのである。
薄手のダウンジャケットの中は、暖かいフリース素材のハイネックのカットソーに、厚手のジーンズ。
ブラックフライデーで買った、55パーセントオフのお気に入りのショートブーツを履いてご機嫌で駅を出た。
バスまでまだ少し時間がある。まばらに並んでいる人たちの後ろで立って、時間潰しに漫画のアプリでも見ようとスマホを取り出した。
「お嬢さん、すみません」
すると、後ろから声をかけられ振り向く。そこには、痩せて、襟やポケットなどが擦りきれた、みすぼらしいおじいちゃんが立っていた。
とても困っているみたいに、おろおろしている。認知症かなにかで、ポリスボックスに連れていった方がいいか悩んだ。
「実は財布を落としてしまって。ここから家に帰るまでの電車賃を貸しては貰えませんかのぅ?」
家で要介護の奥さんがいるらしく、デイサービスの帰りの時間が迫っているようだ。
「500円でいいんじゃが。早く帰って、ばあさんの世話をしないといかんのじゃぁ」
すでに数人断られているという。焦って、今時珍しい腕時計を見ていた。
「いいですよ。本当に500円で足りるんですか?」
財布を出して、ファスナーを開けると、小銭が300円ちょっとしかなかった。冷蔵庫には食料もあるし、明後日はバイトの給料日だ。1000円貸してもなんとかなるだろう。
私は、1000円札を取り出しておじいちゃんに渡した。細い骨が浮き上がった手は、乾燥していてシワだらけ。指先もすごく冷たくて、ここにいつからいるんだろうかと思うと、気の毒になった。
「ありがとう、本当にありがとう。必ず返します。明日ここで待ってるからのぉ」
ペコペコ何度も頭を下げるおじいちゃん。これが老々介護の一部なのかと、これからも元気で頑張って欲しいと思った。
バスが来て、私が乗り込ンだあとも、おじいちゃんは頭を下げ続けていた。
バスが通っている大学に到着した。講義にはまだ時間がある。ゆっくり、大学の枯れ始めた木々の間を歩いていると、大学で出来た友達が近づいて来た。
「桃香、もう来てたんだ。いつもギリギリなのに珍しいねぇ」
「えー、いつもギリギリとかひどーい。まあ、8割はそうかもだけどー」
「あはは、ねね、今日もバイト? 夕方からコンパがあるんだけどたまには行かない?」
「あー、いつも誘ってくれてるのにごめんね。バイト入ってるんだー」
「そっか、残念! 学費も生活費も稼がないといけないって言ってたもんね」
私の家は、長男である兄以外、私も弟も大切にされていない。塾も、生活用品も、文房具すら兄のとは違う。
親は、頭の出来が悪いから、高いものなんて勿体ないとか言うけど、甘やかされて育った兄は、高い私立のFラン大学にしか入れなかった。
大事な兄にお金がかかるから、私や弟は高校卒業後に仕事に就けと言われた。
いくらなんでも不公平だと抗議したら、アパートの家賃も生活費も学費も自分でなんとかするなら大学に行っていいと言われる。
私は、同じ子供なのに酷いと思った。親に愛されているのは兄だけなのか、と。
悔しくて、悲しくて寂しくて。やけくそのように猛勉強して、国立大学に合格した。弟も、スーパーハイエンスハイスクールに通っている。
ご飯は、バイト先のレストランの店長さんたちが余り物をくれるから、あまり困らなかった。
服は、メリュカリやハードオンで買った中古品だ。たまに、セールで新しい物を買えればそれだけでウキウキする。
だから、おろしたての新品のショートブーツがコツコツアスファルトを叩く音を聞くと嬉しい。
学費は、利子のいらない奨学金を利用出来たのが救いだった。保証人には、誰もなってくれるような当てがなかったから、保証料は機構から引かれている。
働き出したら、20代で全額返済するべく、講義には全て出席しているし、今のところ問題ない。
バイト三昧の日々を過ごしているから、サークルやコンパなど、楽しそうに大学生活を謳歌している友達が輝いて見える。
「えー? じゃあそのおじいちゃんに1000円渡しちゃったのー?」
「うん。おばあちゃんがデイサービスから帰ってくる時間に間に合わなかったら大変でしょ?」
「あーぁ、桃香ったら。それって寸借詐欺だよ。数百円を色んな人から借りて、そのまま返さないやつ。少しだから、ほとんどの被害者も警察沙汰にしないから捕まらない犯人が繰り返す詐欺!」
「マジで? ほ、本当に詐欺かな? うわー、やられたぁ……」
そういえば、そういうドキュメンタリーのテレビを見た事がある。その時は、詐欺なんてひっかかるなんてあり得なーいって思っていた。
なのに、まんまとひっかかったようで、貴重な、もやし約20袋分の1000円を気前よく渡した自分に、もう笑うしかなかったのである。
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