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「お父様、お呼びでしょ……」
「遅い、いつまで待たせるんだ。来年度からお前は隣国の全寮制の学園に行くんだ」
「……え?」

 冬が過ぎ、少しずつ桃のつぼみが膨らみ咲き始めた頃、三か月ぶりに父にいきなり呼び出された。執務室に入ると、挨拶も全て終わらないうちに、被せるようにそれだけを言われる。

 父は、ここ、ラストーリナン国の侯爵だ。

 といっても、宰相とか重要な役職についているわけでもなく。国のどの機関にも属さずに、主に自治領の発展を部下に完全に任せて過ごしている。幸い、部下たちが優秀なのか、領地が潤っているからかわからないが、貧乏ではなさそうだ。わたくし以外の使用人たちは良いものを着ているし、家全体は金や高級な家具、花瓶、宝石があしらわれている彫刻が所狭しと飾られているのだから。

 わたくし自身は、ひび割れた壁の寒い一角に住んでおり、私物はほとんどなく、服は古いものをリメイクしている。

 わたくしは、彼自身が何をしているのかは全く知らない。普段、どこにどうやって住んでいるのかも。

 わたくしの住む家はとても広い。だから、同居していても、こうして会うために機会を設けなければ、いるのかいないのかすらわからないのだ。

 使用人たちが、父の幼馴染である未亡人の家に、ここ10年入り浸りだってヒソヒソしていたから、きっとそこに住んでいるのだろう。

「隣国というと、この自治領の隣にある大国、オウトレスイリア国でしょうか?」
「他に、隣国がどこにあるというのだ。馬鹿め。我が家に能無しどころか愚か者がいるとはな。全く嘆かわしいことだ」
「……」

 実は、陸続きの隣国はいっぱいある。ラストーリナン国に隣接する国は、小さな子でも3国くらいはすっと言えるくらいには。

 けれども、そんな事を言えば、生意気だと頬を叩かれる。きゅっと唇を噛んで、目を臥して口をつぐんだ。

「私の娘も、もう10才……。ハーフ成人式を迎えた。ああ、お前は知らなかったか。けがらわしい女が産んだ忌み子のお前と違って、正真正銘私の子だ。そろそろ、正式に後継者として我が家で過ごしてもらう事になった。つまり、お前はこの家にいらなくなった不用品なのだ。ま愛らしく優しいラドロウが、書類上の姉であるお前の事を心配しておるから、留学と嫁ぎ先だけは世話をしてやる。ああ、言っておくが、あの子に必要以上に近づくな。もしも何か酷い事をすれば黙ってはおらんからな。いいな、あーアイ……、アス…………アリス! わかったか!」


(わたくしは、去年10才になったのですけれども……。あの日は、使用人たちがいつも投げるようにくれる、野菜くずの入ったスープとカチカチのパンを食べたわね……)

 そう思いつつ、わたくしの名前も知らないのかと内心ため息を吐く。



 父は、わたくしが産まれるまでは母を溺愛していたらしい。
 貴族には珍しく恋愛結婚した二人の仲は、それはもう社交界で知らない人はいないほどだったようだ。

 父は母を慈しみ、自治領を盛り立てようと精力的に働いていたそうだ。母もまた、その才覚でどんどん新しい商業を取り入れて、その頃の自治領は、今と比べ物にならないほど発展していたという。

 ところが、産まれて来た子が白い髪にヘーゼルの瞳だった。父の家系にも、母の家系にもないその色は、母の不貞を疑わせた。どれほど母が、不貞などしていないと泣きながら訴えても無駄だった。

 当時、母はわたくしと父の親子鑑定を依頼した。ところが、父は、わたくしと父が親子関係だと証明した魔法使いに嘘だと怒鳴り、その鑑定書を破ったらしい。

 白い髪は、ただでさえ神に背くモノとして忌み嫌われる。

 その事が、父には信じがたかったのだろう。そんな忌み子を産んだ母を浮気者だと憎んだ。そして、この家の後継者であるわたくしと一緒に出て行こうとする母を、吹雪の中、単身追い出したと父から聞いている。母は、実家には帰っておらず、消息不明のまま現在に至る。

 どこかで野垂れ死にしたのだろうと、父が醜く顔を歪めて高笑いしていた小さな頃の恐ろしい記憶が残っていた。

 親子関係を証明された事実があり、それは親戚など複数名が知っている。そのため、追い出すのは体裁が悪いからという理由だけで、わたくしはこの家に残され生かされた。

 そんな経緯だから、白い髪を持つわたくしは、屋敷の中の使用人からも、ほぼいない存在として扱われた。

 必要最低限の食事と衣服が与えられたけれども、ベッドのシーツは自分で取り換え、お風呂はあるけれども使える状態じゃないから冷たい井戸水で体を洗ったものだ。

 魔法が使えないわたくしは、水をお湯にすることすらできない。
 雪の降る中では、水は氷が張っていてナイフのようだった。





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