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25 ※R15程度 右手未遂

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 目が覚めると、いつものようにジョアンが隣りにいた。

(いつ寝たのかしら?)

 ジョアンと新年の挨拶をして、大きな、とても大きな流れ星を一緒に見た。そこから先の記憶がない。

 ズキッ

 思い出そうとすると、我慢ができないほどの痛みが生じた。そういえば、やけに体が重だるい。

 体を起こそうと、身を捩っただけで、ぐわんぐわんと、船酔いのようなめまいに襲われた。

「アイリス、起きたのか? おはよう」
「ジョアン、おはよう。わたくし、いつの間にか寝ちゃったのね」

 新年最初の夜を、一晩中起きて、ジョアンといっぱい話をして過ごしたかったのに。
 今年も、ジョアンにこうしておんぶに抱っこ状態で過ごすのだろうか。ジョアンに頼らず生きていかなきゃと思う。でも、ジョアンとずっと一緒にいて、甘えたいなという気持ちもあって困る。

(やだ、わたくしったら……)

 優しくて博識でジョアンによく似たご両親や、明るくてかわいいちびっコアラたち、何よりも、ジョアンと離れたくない。いつか、ジョアンと、ずぅっとこの家で過ごせたらどれほど幸せだろうか。

「ん、ああ。疲れがたまってたんだろ。お前、大丈夫しか言わねぇから気づかなかった。すまない」
「ジョアンが謝ることじゃないわ。わたくしが勝手に」
「いや、ミストやハリーからも、お前がほとんど不眠不休で頑張ってるから、ここではゆっくりさせるように頼まれてたんだ」
「先生がたが……」
「ほら、俺が、お前のペアなんだ。だからさ、お前の管理不行き届きになるっつーか」

(ペアに、管理不行き届き……そうよね、わたくしったら、なにを思い上がって……)

 刹那の幸せな夢は、絶対に叶いっこない。だって、ジョアンにとって、わたくしは保護すべき人間のパートナーで、人間の友達で、それ以上でもそれ以下でもないのだから。

 ずきんと、今度は胸が痛む。じわじわと、それが体中に広がって、幸せな夢が、一転して暗い世界になった。

「そうよね、帰って迷惑かけちゃった。本当にごめんなさい」
「いやそうじゃなくて。ほどほどに頑張るのはいいんだ。アイリスの頑張りはすげぇと思ってるし、応援している。俺だけじゃなくて、皆も。だから、迷惑とかじゃねぇから」
「ええ……」

 体の調子が悪いせいか、気持ちの切り替えがうまくできない。こんな風に落ち込んだ姿を見せたら、ジョアンがきにしちゃう。でも、無理に笑おうとしても、頬がひきつって、楽しく笑えそうになかった。

 今のわたくしは、とてもブサイクでみっともない。変な顔を見られたくなくてシーツで顔を隠した。ジョアンが、シーツごしに、いつものように優しくぽんぽん手のひらを当ててくる。
 彼の優しさと、ほどよい重みが気持ちよくて、とても幸せで、ひとことでも喋ったら涙がでそうで困る。

「今日は、一日ここで寝てろ。いいな?」
「ええ。あ、でも、ご家族に新年のご挨拶とかしないと」
「いいから。実はな、おやじたちはチビたちを連れて王都に旅行にいって帰ってこねえ。ちょっと調べ物があるんだとよ。挨拶は、来週だな」
「ああ、わたくしが眠っている間に……長くお世話になっているというのに、申し訳ないわ……」
「いや、旅行に行ったのは真夜中だから。おやじたちが、急に思い立って行ったから、挨拶なんて無理だ。逆に、アイリスがいるのに、不在にしてすまないってさ」

 ジョアンはそう言うと、人化するために部屋を出ていった。きっと、わたくしの心の負担にならないように、ああ言ってくれたのだと思うと、ますます彼の優しさに、心が満たされていく。

「え? じゃあ、ジョアンとふたりきりってこと?」

 ぐわんっ!

 ふと、今の状況が頭にはっきり浮かんできた。思わず叫んでしまって、頭の中がかき乱されてめまいが起こる。

 ジョアンに限って、絶対に男女のマチガイなどないだろう。だけど、わたくしにとって、彼とふたりっきりという状況は気になって仕方がない。

 去年の、彼の裸の上半身に抱かれていた、はしたない夢を思い出す。

 たくましく広い胸板。無駄な肉などない鍛えられた腕。そして、きゅっと引き締まった男らしい腰に、割れた腹筋。

(きゃーきゃー。どどど、どうしよう。わたくしったら、女なのになんて恥ずかしい妄想を……)

『アイリス』

 艶めいた色気たっぷりの声で、名前を呼ばれる。優しく、どこまで甘い彼の声とその体にとろけてしまいそう。

 時々、あの時の夢を思い出すと、ずくんと、体の中心が熱くなる。足の付根をもぞもぞさせて、気をまぎらわしたいのに、底がうずいて、体の中が切なくてさみしくて、全部彼に埋めてもらいたくなって仕方がなくなるのだ。

(わー、馬鹿馬鹿。マニーデさんたちは、女も素敵な雄にはしょっちゅう欲情するって言ってたけど、こんな……。もうすぐジョアンが戻ってくるのに。静まれ、静まれ……静まってぇ……)

 体が火照ってとても熱い。とてもじゃないけど、シーツの中にいるなんて無理だ。ぷはっとシーツから顔を出す。

「アイリス? どうした? 顔が真っ赤だな。熱がでてきたのか?」

 どうにもたまらなくなって、右手をそこに伸ばそうとした時、ジョアンがちょうど帰ってきた。

「ひゃ、ひゃぁいっ! だだ、だ、だいじょぶ、よ?」

 薄いシーツごしに、自分の手の位置がばれてないかひやひやする。恥ずかしすぎて、ますます顔と耳が熱くなった。おそらく、真っ赤になっているだろう。

 彼の手が、熱を確かめるために額に触れる。それだけで、すでに敏感になっている体がびくんと震えた。

「アイリス、やっぱり熱があがってるじゃねぇか。解熱剤を持ってくるから、絶対に安静にしてろ。いいな?」
「あ、ジョアン、これはちがうの、ちがうから……」

 わたくしの静止を振り切って、ジョアンはあっという間に部屋から出ていった。ばたばたと走る音がしたと思うと、すぐにコップとくすりを持ってきてくれる。

 わたくしは、純粋な彼に対して、とんでもない想像しかけた自分が恥ずかしくてたまらなくなる。絶対に、こんないやらしい自分を知って欲しくない。彼の持ってきた解熱鎮痛剤を飲み込み、そのまま目を閉じて眠ったふりを始めた。



 
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