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王女様の恋人である勇者を誘惑した罪で、魔の森に捨てられてしまいました
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私が手を振り払った時、カインは笑みを張り付かせた顔で固まった。まさか、彼だけを見てずっと尽くしてきた私が、カインを拒否するだなんてこれっぽっちも思っていなかったのだろう。
私は、一体、今まで彼の何を見ていたのだろうか。
その時々の、彼の甘い言葉や仕草にドキドキしてきた自分の見る目の無さに情けなくなる。
彼に請われてついて来たこの旅の途中で、何度も何度も辛い思いをした時に庇われ、優しくされ、好きだった気持ちが大きく育った。彼の言葉も、視線も、笑顔も何もかもが、私だけだと伝えてくれているとばかり思っていたのに。
目の前の男は、愛を誓った私とは違う16歳になったばかりの女の子に手を出すような男だ。
払いのけた手がじんじんする。心が痛くて堪らない。
どうして? なんで、こんな男のために、こんなにも胸が苦しくなるの?
未婚の女の子に手を出して妊娠させるような男なんて最低だ。しかも、理由は彼女を愛しているからとかではなさそうな、一時のお遊びで手を付けるような、そんな酷い男なのに。
未だに信じられない想いもある。ついさっき、本人から散々有り得ない言葉を聞いた。なのに、何かの間違いなんじゃないのかとか、どうしようもない理由があるのかもしれないだなんて、都合のいいだけのバカな女の考えまで浮かんでくる。
だから、だから……
「馬鹿にするんじゃないわよ! さっきから、何を言っているの? 聖女様にも失礼よ! あんた、まさか……聖女様に、私と結婚の約束をしているって説明してないとか言うんじゃないわよね?」
未練の欠片ような、ヒビが入り砕けてなくなりそうなのに、なおも私の心に居座る、カインを好きだと言う気持ちを無くして嫌いになれと、自分に言い聞かせるように大きな声をあげた。
せめて、人として、男として、私の幼馴染の優しいカインは、聖女様だけには誠実に向き合っていたんだと信じたい。
なのに、そんな気持ちを踏みにじるかのような言葉が、カインの唇から発せられる。
「はぁ? んなもん、言うわけないって。キシロ様と俺と二人っきりの時に、なんで、お前の事が出てくるんだ。お前にはわかんねぇだろうけど、その時々で、男女のあれこれってやつはだなぁ……はぁ、野暮な事言うなよ。そもそも、お前が俺と離れたくない、結婚したいっていうから連れてきたんだ。とにかく、俺が本当に結婚して一生幸せに過ごしたいのはビスカスだけなんだよ。なぁ、キシロ様の子を父なし子にするわけにいかないだろ? いつもみたいにわかってくれるよな?」
信じられない。もう、何を信じていいのか分からない。ここまで酷い人が、私の幼馴染だなんて。誰かに、嘘だと、夢だと言って欲しい。
「何よそれ……。何も知らない聖女様を騙してたっていう事? あんたが! あんたが、他の人と平凡な結婚をしたいって言った私を、ここまで連れてきたんでしょうが! それなのに、それなのに……」
ありったけの声を出していった言葉は、周囲の人たちの耳にばっちり聞こえていたはずだ。聖女様は、聖なる力を使って、魔王たちの残滓の浄化をしているためここにはいない。
悪いのは、二股を隠して、聖女様を妊娠させたカインだ。
なのに、カインをそんな気にさせて、いつのまにか子供を作るような仲になった聖女様が憎らしくも感じて愕然となる。
おかしいな……
カインの眩しい黄色の髪や、カッコイイ顔がゆらゆら滲んでいる。耳に、心になにか薄い膜が張っているかのように、さっきまであれほど鮮明に聞こえていた彼の素敵な声が、ぼわーんとした意味のない音にしか聞こえない。
頬に流れる、熱くて冷たい涙がとまらない。鼻の奥がちぃんと痛くなって、すすらないと鼻水が出てきそう。口がわなないて、もう、彼にかける言葉が何一つ出て来なくなった。
水の膜を通して見るカインの顔は、私に対して、悪かったなんていう気持ちなんてない。ただ、どうして私がこんなにも泣いて声を上げるのかわからず、どうすればいつもの従順なだけのカインに都合のいい女に戻るのかを考えあぐねているだけだ。
くすり。
彼のせいで、こんなにも心が乱れて悲しんでいるというのに、バツが悪くなった時の幼馴染の表情は手に取るようにわかってしまう。彼のために、カインを困らせないように、今すぐ泣き止まなくちゃって条件反射みたいに思うだなんて、つくづく私っておめでたい。
なんの笑みなのかは、自分でもわからない。でも、私が笑った時、カインはほっとした表情を見せた。
「カイン様~、こちらにいらしたのですね」
仕事を終えた聖女様が戻って来たみたいだ。当然のように、彼の側に立つ。それもそうだろう。聖女様にとっては、相思相愛の恋人だ。しかもお腹にいる子供の父親なのだから。
「ビスカスさん、どうなさったの? 大丈夫ですか? どこか具合でも?」
心の底から、泣いている私を気遣ってくれているのがわかる。このまま、全てをぶちまけるように訴えたらどうなるのだろうか。
「カイン様、一体何があったのでしょうか?」
「いや、それが……」
カインが口ごもる。そりゃそうだろう。純粋な彼女に、さっきまで私に言っていた事なんて打ち明けられるはずはない。
「おそれながら……」
口を閉ざす私とカイン。沈黙が暫く続く。
すると、聖女様の侍女のうち、一番偉い人が口を開いた。
「この女は、先ほどから、王女殿下の夫君になられる勇者様に、幼馴染という立場を利用して愛人にして欲しいと懇願しておりました。殿下にはこのような醜聞をお耳にいれるのは憚られますが、このままこの女をお側においては、良からぬ事態になりかねません。勇者様は、殿下おひとりを愛していると何度も仰って拒絶なさっておりましたが、か弱い女のふりをして狡猾にお二人の仲をひきさこうとするなど……。なんと浅ましく卑しい女なのでしょう」
「まさか、そんな……ビスカスさんがそんな人だなんて、嘘でしょう? カイン様、本当なのでございますか?」
「え、いや……」
侍女の言葉に対して、カインは反論しようとしたけれど、下手をすれば自分の立場が悪くなる。自分を悪者にせず、聖女様の事も、そして、私の事も手に入れたいけれど、名案が浮かばないのだろう。
もう、どうでもいい。
両親もいないし、信じていた愛は幻でしかなかった。私は、投げやりな気持ちで、屈強な護衛にその場から引きずられるように歩かされた。抵抗もなにもせずついていく。
そして私は、勇者を誑かして愛人の座につこうとした悪女として、魔の森に捨て置かれたのであった。
私は、一体、今まで彼の何を見ていたのだろうか。
その時々の、彼の甘い言葉や仕草にドキドキしてきた自分の見る目の無さに情けなくなる。
彼に請われてついて来たこの旅の途中で、何度も何度も辛い思いをした時に庇われ、優しくされ、好きだった気持ちが大きく育った。彼の言葉も、視線も、笑顔も何もかもが、私だけだと伝えてくれているとばかり思っていたのに。
目の前の男は、愛を誓った私とは違う16歳になったばかりの女の子に手を出すような男だ。
払いのけた手がじんじんする。心が痛くて堪らない。
どうして? なんで、こんな男のために、こんなにも胸が苦しくなるの?
未婚の女の子に手を出して妊娠させるような男なんて最低だ。しかも、理由は彼女を愛しているからとかではなさそうな、一時のお遊びで手を付けるような、そんな酷い男なのに。
未だに信じられない想いもある。ついさっき、本人から散々有り得ない言葉を聞いた。なのに、何かの間違いなんじゃないのかとか、どうしようもない理由があるのかもしれないだなんて、都合のいいだけのバカな女の考えまで浮かんでくる。
だから、だから……
「馬鹿にするんじゃないわよ! さっきから、何を言っているの? 聖女様にも失礼よ! あんた、まさか……聖女様に、私と結婚の約束をしているって説明してないとか言うんじゃないわよね?」
未練の欠片ような、ヒビが入り砕けてなくなりそうなのに、なおも私の心に居座る、カインを好きだと言う気持ちを無くして嫌いになれと、自分に言い聞かせるように大きな声をあげた。
せめて、人として、男として、私の幼馴染の優しいカインは、聖女様だけには誠実に向き合っていたんだと信じたい。
なのに、そんな気持ちを踏みにじるかのような言葉が、カインの唇から発せられる。
「はぁ? んなもん、言うわけないって。キシロ様と俺と二人っきりの時に、なんで、お前の事が出てくるんだ。お前にはわかんねぇだろうけど、その時々で、男女のあれこれってやつはだなぁ……はぁ、野暮な事言うなよ。そもそも、お前が俺と離れたくない、結婚したいっていうから連れてきたんだ。とにかく、俺が本当に結婚して一生幸せに過ごしたいのはビスカスだけなんだよ。なぁ、キシロ様の子を父なし子にするわけにいかないだろ? いつもみたいにわかってくれるよな?」
信じられない。もう、何を信じていいのか分からない。ここまで酷い人が、私の幼馴染だなんて。誰かに、嘘だと、夢だと言って欲しい。
「何よそれ……。何も知らない聖女様を騙してたっていう事? あんたが! あんたが、他の人と平凡な結婚をしたいって言った私を、ここまで連れてきたんでしょうが! それなのに、それなのに……」
ありったけの声を出していった言葉は、周囲の人たちの耳にばっちり聞こえていたはずだ。聖女様は、聖なる力を使って、魔王たちの残滓の浄化をしているためここにはいない。
悪いのは、二股を隠して、聖女様を妊娠させたカインだ。
なのに、カインをそんな気にさせて、いつのまにか子供を作るような仲になった聖女様が憎らしくも感じて愕然となる。
おかしいな……
カインの眩しい黄色の髪や、カッコイイ顔がゆらゆら滲んでいる。耳に、心になにか薄い膜が張っているかのように、さっきまであれほど鮮明に聞こえていた彼の素敵な声が、ぼわーんとした意味のない音にしか聞こえない。
頬に流れる、熱くて冷たい涙がとまらない。鼻の奥がちぃんと痛くなって、すすらないと鼻水が出てきそう。口がわなないて、もう、彼にかける言葉が何一つ出て来なくなった。
水の膜を通して見るカインの顔は、私に対して、悪かったなんていう気持ちなんてない。ただ、どうして私がこんなにも泣いて声を上げるのかわからず、どうすればいつもの従順なだけのカインに都合のいい女に戻るのかを考えあぐねているだけだ。
くすり。
彼のせいで、こんなにも心が乱れて悲しんでいるというのに、バツが悪くなった時の幼馴染の表情は手に取るようにわかってしまう。彼のために、カインを困らせないように、今すぐ泣き止まなくちゃって条件反射みたいに思うだなんて、つくづく私っておめでたい。
なんの笑みなのかは、自分でもわからない。でも、私が笑った時、カインはほっとした表情を見せた。
「カイン様~、こちらにいらしたのですね」
仕事を終えた聖女様が戻って来たみたいだ。当然のように、彼の側に立つ。それもそうだろう。聖女様にとっては、相思相愛の恋人だ。しかもお腹にいる子供の父親なのだから。
「ビスカスさん、どうなさったの? 大丈夫ですか? どこか具合でも?」
心の底から、泣いている私を気遣ってくれているのがわかる。このまま、全てをぶちまけるように訴えたらどうなるのだろうか。
「カイン様、一体何があったのでしょうか?」
「いや、それが……」
カインが口ごもる。そりゃそうだろう。純粋な彼女に、さっきまで私に言っていた事なんて打ち明けられるはずはない。
「おそれながら……」
口を閉ざす私とカイン。沈黙が暫く続く。
すると、聖女様の侍女のうち、一番偉い人が口を開いた。
「この女は、先ほどから、王女殿下の夫君になられる勇者様に、幼馴染という立場を利用して愛人にして欲しいと懇願しておりました。殿下にはこのような醜聞をお耳にいれるのは憚られますが、このままこの女をお側においては、良からぬ事態になりかねません。勇者様は、殿下おひとりを愛していると何度も仰って拒絶なさっておりましたが、か弱い女のふりをして狡猾にお二人の仲をひきさこうとするなど……。なんと浅ましく卑しい女なのでしょう」
「まさか、そんな……ビスカスさんがそんな人だなんて、嘘でしょう? カイン様、本当なのでございますか?」
「え、いや……」
侍女の言葉に対して、カインは反論しようとしたけれど、下手をすれば自分の立場が悪くなる。自分を悪者にせず、聖女様の事も、そして、私の事も手に入れたいけれど、名案が浮かばないのだろう。
もう、どうでもいい。
両親もいないし、信じていた愛は幻でしかなかった。私は、投げやりな気持ちで、屈強な護衛にその場から引きずられるように歩かされた。抵抗もなにもせずついていく。
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