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目の前の、結婚を約束してくれた人の言っている事がさっぱりわかりません。

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「カイン、魔王討伐おめでとう! きっと、あなたならやり遂げるって信じていたわ。で、話しって何?」

 同じ町で育った幼馴染みは、勇者として魔王討伐する運命にあった。私は、そんな彼とは縁がないだろうと思い、淡い憧れに似た初恋を諦めて、町で普通の人とお見合いして結婚するつもりだった。

 だけど、カインから、好きだからついてきて欲しいと、断っても断っても懇願され、しぶしぶ勇者パーティの一員としてここまでやってきた。

 辛く厳しい旅は、数年続くかと思いきや、半年で成功をおさめる。聖女さまが王女殿下であることから、たくさんの大人たちがいたので、あまり不便は感じなかった。

 カインはお子さま舌で好き嫌いが激しい。そんな彼のために好物の食事の世話をするのが、私の役目のようなものだった。



「ビスカス、実は……その……」

 魔王を倒したら、町に帰って結婚しようと言ってくれた彼の表情はなぜか暗い。歯切れ悪く、言いづらそうにしていた。

「なんなのよ、もう。言いづらい事? 私たちの間には隠し事なしって約束したでしょ。遠慮せず言ってよ」

 嫌な予感がする。一抹の不安を抱えつつも、彼が打ち明けしやすいように明るくそういうと、意を決したような表情で言われた内容は、まさに青天の霹靂だった。

「……じゃあ、言うよ。実は、キシロ様が俺の子を妊娠したんだ。だから、お前とは結婚できない」

「え?」

「だから……俺、父親になるんだ。子供には父親が必要だろう?」

 頭が真っ白になって、体が地中に埋もれていくかのように重い。子供には父親は必要だと思うから、彼のその問いにだけ答えた。

「う、うん」

「わかってくれたかっ! ありがとう、ビスカス。いやあ、泣かれたり怒られたりするかと思ったんだが。やっぱりお前って優しいな。そうだよな、父親がどこの誰だかわかんないお前には、自分と同じような子供が産まれるなんて許せないっていつも言ってたもんなー。おばさんも、旅の直前亡くなっちまったし、やっぱりひとりになっちまったお前ならわかってくれるって思ってたんだよ」

 私が返事をしたのは、子供には父親が必要だという部分だけで、その他の事に関しては承諾もなにもしていない。なのに、カインは浮気をしたあげく、聖女様であり王女殿下と子供を作ったのに、まるで全部許されたかのように、さっきまでの暗い表情とは真逆の満面の笑顔になった。混乱したまま、明るくなった彼の好き勝手すぎる早打ちトークを聞いているうちに、ようやく頭が回転しだした。

「……それって、私を旅に連れてきて散々こき使っている間に、聖女様と浮気したって事? 私と結婚の約束をしていたのに?」

「浮気とか、人聞きの悪い事言うなよ~。俺はただ、慣れない旅で悲しんでいるキシロ様を慰めてて、だな。だって、気の毒だろう? それで、ほら、慰めていただけで。そのうちに、な? わかるだろ?」

 わからない、わかりたくない。心も頭もぐちゃぐちゃだ。目の前のこの人は、本当に私を好きだと言ってくれた幼馴染みなんだろうか?

「……いつから?」

「いつからって……うーん、かれこれ半年くらいになるかなあ」

 がつんと頭を殴られたかのような衝撃を受ける。心だけじゃなくて、体も震え出した。口から、私の声とは全く違う、小さな低い低い声が出た。

「旅が始まってすぐじゃない……さいってー……」

「ん? なんだって? 聞こえないよ」

 だんだん、悲しみや混乱よりも怒りの方が増してきた。ぶつぶつ心の中に思いつく限りの言葉を繰り返して呟く私の言葉は、浮かれ切っている彼には届いていないみたい。

「最低のクズだって言ったの! なによ! 聖女様といい仲になったんなら、直ぐに言えば良かったんじゃない! 私だって故郷を離れて慣れない旅で疲れたし悲しかったんだよ? カインが、好きだ、愛してるから側にいてって言うからここまでついてきたのに! さ、最初に言ってくれたら、すぐに町に戻る事も出来たのに……」

 私の大声を聞いているのに、周囲の人たちは知らないふりをしている。聖女様とカインの仲は、皆が知っていて、知らなかったのは私一人だったようだ。

「何言ってんだよ。そんな事言ったら、お前、マジで帰っちゃうだろ。そうしたら、俺の口に合う料理が食べられなくなるじゃないか。お前は、俺を好きなんだから、俺といれて幸せだったろ? なぁ、そんなに怒るなよ。あ、俺がキシロ様と結婚するからヤキモチ焼いて拗ねてるのか? 安心しろよ、天涯孤独になったお前の事も、ちゃあんと見捨てず、俺が一生面倒見てやるからさ」

 無駄に長いまつ毛は目がチカチカする黄色だ。そのまつ毛が、バッチーンって星が出てくるくらいの勢いで瞼を閉じるドヤ顔の彼。両目同時だからウィンクになっていない。瞼を閉じたら、黄色の色が点滅しているくらいある意味眩しい色がダイレクトに入って来る。

「なによ、それ。カインに捨てられた憐れな女を、どこかで雇ってくれるわけ?」

「いや、後先になったが、お前とも俺の子を作ってだなー……はは、ごめんな、本当はさ、お前との子を最初に作りたかったのに。なんつーか、キシロ様とは相性が良くてさー。子供が出来ちまったんだから仕方ないだろ? 城に帰ったら、魔王討伐の祝宴と俺たちの結婚式が催されるんだ。お前とは表立っては出来ないから、ふたりきりで結婚式を挙げよう。キシロ様は妊娠しているから、その間にビスカスに似た女の子を一緒に作ろうな。勿論、喜んでくれるよな?」

「は? それって、それって……私を愛人にして囲うって事?」

「だからさ、どうしてそう飛躍して可愛くない言い方をするんだよ。ま、そういうところも可愛いんだけど。あんまりそういう事言うと、流石の俺でも嫌な気分になるじゃねーかよ。とにかく、そんなんじゃなくてさ。キシロ様とは責任とるっつーか。お金持ちだしさ。勇者と聖女って結婚するのが当たり前っつーか。な? お前とは、ずっと一緒だったし、やっぱり、俺としてはお前のほうが愛しているんだ。ったく、こんな事言わせんなよ。照れるじゃねぇか」

 なんだろう。彼の言っている事のほうが正しい気がするほど、彼の態度は堂々としていて極々普通で。怒っている私がまるでわがままな子供のようだ。おかしい。

 頬を赤らめて照れくさそうにそんなぶっ飛んだ事を言う幼馴染が、うっとりした表情で、私の肩を持とうと手を伸ばしてキスをしようと顔を近づけてきた。

 私は、体の底からぞぞぞーっとして、触れられたくないと思い、その手をパシンと振り払ったのである。

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