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幸桜苑の女将
幸桜苑の女将2
しおりを挟む呼び出し当日。
生憎の雨。しとしとと降る雨はしばらく止みそうになかった。赤い花柄の傘をさして足元を小さく跳ねる雨粒と一緒に最寄駅に向かった。
残業をしてしまい、予定していた時間を少し押したが、間に合いそうで良かったと胸をなでおろした。
就業中ヤキモキして何度も時計を見てしまったが、なんとか17時半には仕事を終わらせることができた。
雨の日は電車利用の人が多くなるから嫌いだ。
ラッシュの時間帯にギリギリかかってしまったが、5駅程過ぎれば座席に座る事ができた。
外は雨で夕日が見えないが、まだ少し明るくぽつりぽつりと電気がつき始めた街並みが過ぎて行く。
時々降りる駅を確認しながら師匠にLINEをいれた。
今◯◯駅を過ぎたところです。
6時15分くらいには着くかと思います。
既読だけついて返信はなし。
大体このパターン。慣れっ子だ。
電車には約15分。歩いてバス停まで2分。そこからバスで約30分って所かな。
自分が座れた駅の次から、どんどん人が多くなっていった。
あっという間にまた満員電車になり、目の前に立った男の人をぼんやりみると背中に男の人。明らかに天井に近い位置まで体が伸びていて、目の前の男の人を覗き込むように立っていた。どれだけ身長が高くても人ではなかった。そう、幽霊である。人が多いと比例して霊も多くなる。駅は専ら自殺や事故が多いので更にみる確率が高くなる。
電車は本当に嫌いだ。
寄せつけ無い様に、無関心、寝たふり、目を合わせない、気をしっかり持つ。そして近づくなオーラ!
そうこうしてる内に、降りる駅近くなったので人混みを掻き分けて降り口へ向かった。
バスに乗る頃にはヘトヘトで、たった15分でも精神的にとても疲れる。
電車は極力乗りたくないので、朝は早めのバスで通勤している。
都市部を少し離れても通る人は多い。私の乗るバスも列が出来ていて吊革に掴まって立っている。
傘から滴る滴が小さな水たまりを足元に作っていた。
心の中で、師匠にバイト代多めに欲しいと言おう。とひとつ溜息をついた。
今バスに乗りました。
あと30分くらいです。
既読の文字がついて、珍しく返信が返ってきた。
雨が降っているから#幸桜苑_こうおうえん_#に先に中に入ってろ。
了解と返信して、スマホをバッグの中にしまった。
目的地にここまで移動して来て、初めて本当の目的地を知った。
幸桜苑とバスの中で調べたら、一泊素泊まりで数万円もする旅館だった。
今回はこの旅館で除霊の依頼なのか、前のようにお宝発見なのか少々考えを巡らせてみたが、師匠が考えていることはわからないので、考えるのを即座にやめた。
どんどん街から遠ざかって道も狭くなり、店も少なくなり、住宅地を抜けて、木が生茂る様な山道を登って行く。
座席に座って、街灯も疎になった外を見る。ガラスに映る自分の顔を見てまた溜息。
どこまで行くんだろうか。
ナビでは30分出ていた道のりも、雨でバスを利用するお客さんが多かったせいか各バス停で下車が続いて時間を取った。
今バスの中には私の他に4組。初老のご夫婦やおじ様がうたた寝をしている。
私も電車での疲労もあり、座ってからすぐに眠くなっていた。
「……次は、……、だ、次は、か……だ」
うとうとしていて、バスのアナウンスで起きる。
なんとか浮上した意識の中、亀田の駅名が呼ばれた。ぼんやりとしていて、もう少し気が付くのが遅ければ乗り過ごす所だった。
急いで降車ボタンを押した。
下車した所は街灯が1つポツンとバス停を照らしている。
何もないじゃないか。師匠の口ぶりでは、下車してすぐの所に旅館があるように思ったが自分の間違いだったのだろうか。
日はとっくに沈んで、街灯意外の灯りがない。街灯の下を少しでも離れると真っ暗。少し弱まり始めた雨も、傘をささないとすぐずぶ濡れになってしまう。
傘を肩にかけて、ナビを設定した。
山に入った為に電波が悪い。
ナビが後ろを指した。徒歩20分と言ったり、5分と言ったり、GPSがまともに動いて無かった。
ただわかったのは、目的地1つ先だという事。
街灯に薄く照らされたバス停には、金田駅。亀田は次のバス停だった。
次のバスは、二時間後。
とりあえず5分でたどり着くと信じて、バスが昇って行った道をスマホのライトを頼りに進んだ。
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