ドS年下エリート騎士の執着愛

南 玲子

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エミリー騎士団に潜入する

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結局あの後ミルドレイルの屋敷まで馬車で送ってもらい、そのまま自室にこもった。キャサリンは久しぶりのギルバート様とのデートを楽しんでいるようで、まだ屋敷には戻ってきていなかった。

自室の化粧台の前でダニエルがくれたチョーカーを外す。それは赤いベロア生地のリボンの上に金と銀の捻じれて組み合わされた鎖が縫いつけられていて、その鎖から下に垂れた金の鎖には涙の形をした大きなダイヤがぶら下がっている。

一番大きなダイヤは本物なのか疑うほどの大きさだ。恐怖を感じるほどに値がはるであろう高価なチョーカーを確認した今、それを身に着ける勇気は私にはない。しかもそれは変態ドSダニエルからの贈り物なのだ。

「いたた・・・やだ、本当に歯形がついちゃってる」

化粧台の前でダニエルの残した赤い歯列の残った痕を鏡越しに見つめた。そうしてチョーカーは化粧台の引き出しにしまいこんで、代わりに手持ちのリボンを首元に巻く。

ダニエルは本気だ。彼は私に嫌がらせをしているだけなのではない。本当に私をどんな手段を使ってでも手に入れようとしている、それだけは理解できた。

それは執着といってもいいほどの愛情で・・・執念と思わんばかりの激情を持ってしてまで、ダニエルは私を陥落させたいのだ。

確かにダニエルは顔だけは格段にいい。もう安定のレベルを維持している、群を抜いた超絶イケメンだ。でも紐で縛られたり鞭で殴られたり、蝋燭を垂らされたりするのはさすがにイケメンでも無理だ。

しかも私が痛みに悶えているのをダニエルがほくそ笑んでみていると思うだけで、腹が立って鞭で殴り返して蝋燭を整った鼻の穴に入れてやりたくなる。

私はドSではないが自尊心は人並み以上にある。真性変態ドSのダニエルの相手がつとまるドМではないのだ。

「まずはダニエルの事を調べないと・・・ダニエルは私の事を知っているのに、私は彼の事を何も知らないわ」

思いついたら即行動がモットーの私は、いろいろ情報を集めて回ることにした。早速ミルドレイル伯爵家の図書室に行くと、オルグレン伯爵家に関する情報が載っている本を片っ端から読む。

そこで分かった事は、前オルグレン伯爵・・つまりダニエルの父親は、名門伯爵家の名のもとに生まれただけの全くの凡人だった。ただ・・・彼の母親がダニエルと同じように、頭が異常に良い方だったらしい。

でもその分、人としての常識に多分に欠けていた女性らしく、奇行が多いと社交界でも有名だったようだ。そうして彼女はダニエルが生まれてすぐに育児放棄をして、二度と子供を持とうとはしなかったらしい。

今では本格的に精神的にも狂ってきてしまったようで、王国の僻地でひっそりと自分の興味のある本だけをひたすら読み続けている生活を送っていると分かった。

でも前オルグレン伯爵には他に妻と子供がいたはずだわ。そうか・・・本妻であるダニエルの母がまだ存命中だから離婚できないので、愛人に妻の代わりをさせているというわけね。よくある話だわ・・・じゃあダニエルは母の愛情を受けられない、寂しい子供時代を送ったいうことなのね・・・。

「それで変態ドSになってしまったのかしら・・・母親の愛情を代わりに私に求めているとか・・・・???」

いくら考えてもしっくりこない。そもそも私は母性が溢れているなどと他人に評価されたことは一度もない。もしかして私の顔がダニエルの母親に似ているのかも知れないとも考えたが、貴族年鑑に載っていたダニエルの母親は、彼によく似た感じの絶世の美女だった。

「ええい、とにかくっ!ダニエルをもっと調べるわよ!」

私はスタインズの屋敷から持ってきていた大きなトランクを、侍女の目を盗んで漁った。そうしてスタインズの屋敷で使っていたあるものを見つけて取りだす。それは茶色の程よい長さののウィッグと黒縁の瓶底メガネだった。

「これを昔よく使って、屋敷を抜け出して街で遊んでいたのよね。まさかここでこれが役に立つ時が来るとは思わなかったわ」

ミルドレイル伯爵家の使用人にもいろいろダニエルの事を聞いて回った時に、騎士団ではお昼の訓練を公開しているとの情報を手に入れた。もちろん身分がしっかりしたものしか見学は許可されないが、騎士団内部に入り込んでダニエルの素行を探るのには丁度いい機会だ。

万が一のことを考えて持ってきた変装用グッズを胸に抱きしめ、ほくそ笑む。

「ふふふ、ダニエル。今度は私が攻撃する番よ。見てなさい」

そうして私は騎士団に潜入することに決めた。
♢ ♢ ♢
次の日、朝食を済ませると私は王立図書館に行くといって、一人でミルドレイル家の馬車で伯爵家を出た。そうして図書館には行かずにそのまま騎士団を目指す。午後の訓練は一時半からの開始らしいが、そんなのを待つつもりは全くない。

騎士団の入り口で警備に呼び止められたが、そこはミルドレイル伯爵家の家紋のついた馬車だ。中をチラッと確認しただけで騎士団の敷地内に入ることが出来た。

馬車を馬留めで待たせておいて、用意しておいたものを詰めた袋を持って馬車を降りる。

騎士団は五つの隊で構成されていて、ダニエルのいる隊にはおよそ100人の騎士団隊員がいる。騎士団の訓練は年に二回、一か月間行われるので各隊で交替して訓練所を使用するらしい。ちなみに騎士団本部はその隣の敷地にあって、事務的なことなどはそこで行われているらしい。

騎士団の午前の訓練は十時から十二時、そして午後の訓練が一時半から三時半まで行われる。どうりでダニエルが私に偶然会いに来る時間がその時間以外であるという訳に納得がいった。

まずはこっそりと建物の陰に隠れて変装をする。肩までの茶色いくねったぼさぼさのカールの髪に、この黒縁メガネなら私がエミリーだと気づく人はまずいないはずだ。ダニエルに私が騎士団に潜入していることが見つかるとまずい。念のために大きめのグレーのショールを肩から羽織る。

騎士団の馬留めからあまり遠くない草むらにいた私は、まず自分の位置を確認するために周囲を注意深く見渡した。ここは訓練所と騎士団本部の間にある中間点で、木々が生い茂って土煙が立ち込めている西の方が訓練場で、恐らくその反対側に見える整備された庭に質実剛健な建物が並んでいるのが騎士団本部だろう。

あちこちで騎士様たちが歩いていたり歓談をしたりしているが、私の地味な変装のお陰で誰も私に関心を抱かないようだ。うまく使用人に紛れているに違いない。私は自信を付けた。

「まあそりゃあ訓練場に行って騎士様にダニエルの話を聞くのが一番ね。本部に行ったらダニエルに会うかもしれないし」

そう考えて西の方角に足を向けたその時、背後から誰かが駆け寄ってくる足音がしたと思ったら畳みかけるような口調で話しかけられた。

「ああ君、そこにいたんだ!探したよ!早くこの資料を騎士団本部に持って行かないと!俺一人では持てないんだ。隊長には後で紹介するからまずこっち来て!」

振り返ってみると、そこには騎士服を着た細みの銀縁メガネをかけた、年上らしき青年が立っていた。彼は薄い金色の短い髪に焦げ茶色の瞳の持ち主で、そうして地味すぎてとても貴族令嬢には見えない私の青いシンプルなドレスをじろじろと見た。

そうしていきなり私の手を取ってさっき来たばかりの馬留めに連れてくると、目の前に積まれた四つの箱の上に手をついた。鋭い目つきで私を睨むと焦ったような声を出してこういった。

「とにかくこの資料を今すぐ持って行かないと、隊長にものすごく怒られてしまうんだ!」


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