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ダニエルは何処まで行っても
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ダニエルは相変わらずの整った顔に微笑みを浮かべ、手すりのついた椅子に深く腰掛けて静かに座っていた。その両手首は縄で縛られて膝の上に置かれているものの、長い足を組んでいつもながらの余裕の表情を浮かべて私をみた。
その顔には四日間も誘拐されていたというのに疲れは全く見えず、いつもと同じ支配者の微笑みを端正な顔に浮かべている。縛られているのはダニエルだというのに、誘拐された被害者には全く見えないのは何故だろうと不思議に思う。
地下の空間は思ったよりもかなり広く、壁は上階で見たのと同じ石が積まれていて床は切り出した木で組まれている。窓はなく、天井に近い部分にいくつかの空気取りの穴が開いていた。さっき感じた風はそこからの風だったらしい。部屋の中には五名の武装した集団があちこち散らばって立っていた。。
「とうとうエミリーを連れてきたんだね。でもどうしてエミリーは水で濡れているんだい?彼女に酷いことをすれば書類の在処は絶対に言うつもりはないといったはずだよ」
「傷をつけるなと言われていたから薬を使った。そうしたらこの女なかなか起きてこないから仕方なく水をかけたんだ。水をかけるなとは言われていわなかった」
「まあ水に濡れて小さく震えているエミリーも可愛いからいいけどね。じゃあエミリー、僕に助けてってお願いしてくれないかな?そうしたら僕がこの人たちの欲しい書類を渡して、僕たちは解放されるよ。どうする?」
私の頭の中は究極に混乱していた。どうしてダニエルがこの誘拐犯と取引をしたような形になっているのだろうか?
しかもまるでダニエルが誘拐犯に私を連れてくるように頼んだような話しぶりだ。そんな簡単に渡してもいい書類ならば、さっさと渡してしまって解放してもらえば、すぐにでも私に会えたのではないだろうか????
「・・・・ルーク様は無事なの?」
何度考えてもダニエルの意図が分からないので、取り敢えず一番気になることを質問してみた。髪の先から垂れる水滴が目に入ってうっとうしいが、背中で両手が縛られているので水滴をはらうことすら出来ない。
「僕に会えたのに先にルークの事を聞きたいのかい?なんだか妬けるね。僕とは別の牢に入れられているけどあいつは無事だよ。さあ、エミリー。僕に飛び切り可愛い顔でお願いしてくれないかな?床に頭をこすり付けて惨めな声を出してくれたら一番いいのだけれども、それは無理でしょう?」
ダニエルはにっこりと笑って何でもない風に話し続ける。誘拐犯たちはダニエルがいた四日間で、彼の変態ドSな性格を充分に理解させられてしまったらしい。表向きは天使の顔をした稀代の天才と言われているダニエルが何を言いだそうが、驚いた気配は全くといっていいほどにない。
私はそんなダニエルに対してとうとう今までに溜まった鬱憤を爆発させた。
「嫌よ、絶対に貴方にお願いなんてしないわ!それよりも私のアレを返して!どこにあるの?素直に吐かないと恥辱の極みを味あわせてあげるわよ!」
するとダニエルは大きくため息をつくと、悲しそうに首を右に傾けた。額の上の柔らかそうな金髪も同時に右へと揺れるて、憂いをたたえたエメラルドグリーンの瞳が蝋燭の灯りに反射して揺れる。
「ふう・・・困ったね、このままだと僕は彼らが欲しがる書類の在処をいうわけにはいかない。そうすると彼らも君も・・・ルークだって解放されなくて困ることになるよ。それでもいいの?」
「私はこのままでもちっとも困らないわ。大体、拉致されて四日間も監禁されていた人のとる態度じゃないでしょう?!もっとやつれて惨めな演技くらいできないのかしら?ダニエルは少し謙虚さを学ぶべきだわ!」
「僕ほど謙虚に君を愛している男はいないよ。いつだって、エミリーを抱きしめて滅茶苦茶に壊したい欲求を抑えているからね」
それまで黙って見ていた男が、私たちの会話に我慢の限界が来たようで突然大きな声を上げた。
「ちょっと待て、お前たちは自分の立場が分かっているのか?!俺たちがお前たちの命を握っているんだぞ!」
そういって男がもう一人の仲間に目配せをすると、別の男が私を背後から羽交い絞めにして私の首にナイフを当てた。首の薄い肌の上に冷たい金属の触れる感覚がして、体を硬くする。
「もういい、伯爵!この女の命が惜しかったら早く書類の在処を教えるんだな。さもないと彼女の頭と胴体が離れてしまう事になるぞ」
「ダニエル!私は絶対にお願いはしないわよ。貴方になんか跪くものですか!」
私は真剣な目をしてダニエルに訴えた。何の書類かは知らないが、とにかく今日までダニエルがその在処を言わなかったほどに大事なものなのだ。私の命ごときが釣り合う程度の書類ではないことは分かっている。恐らく王国の未来を左右するほどの重要な書類なのだ。
するとダニエルは目を細めて切ない表情を浮かべると、ゆっくりと深いため息をついた。
「エミリー、君は本当に読めない女性だね。そんな所が大好きだけど、このままだと君は殺されてしまうのかもしれないんだよ?それでも僕に可愛くお願いをすることができないのかな」
「できないわ・・・ダニエル。貴方こそ何を考えているのか知らないけれども、これ以上私を怒らせない事ね。この四日間私がどんな気持ちでいたのか分かっているのかしら」
「そうだね、エミリーは僕の事が心配でどうしようもなくて、こんなところにまで来てしまったんだよね。僕は本当に嬉しいよ」
そういうとダニエルはいきなり椅子から立ち上がった。その瞬間、周囲の男たちが小さくざわめいて剣に手を掛け、身を固くする。私の知らない四日間に何があったのか知らないけれど、よほどダニエルは彼らにとって脅威らしい。
「お・・おい、何をするつもりだ。伯爵・・・こっちには人質がいるんだぞ!」
突然のダニエルの行動に訳が分からず神経をとがらせている男たちには目もくれずに、ダニエルは私のいる方向に向かって悠然と歩き始めた。
その両手首は縛られているので体の前で組まれたままだ。なのにその落ち着きはらった態度と、漂ってくる威圧感は誘拐犯たちを怯えさせるのに十分だった。
私の首に押し付けられたナイフを持つ男の手が震えだし、背後で大きく息を飲んだのが分かった。
「伯爵、こっちに来るな!この女がどうなってもいいのか!!」
するとその瞬間ダニエルは急に歩みを止めて、柔らかな微笑みを浮かべて私を見つめた。私も彼の緑色の瞳をじっと見つめ返す。
「まだエミリーは僕に助けてくれと懇願しないつもりなの?」
「それは私の台詞だわ。私が殺されるのを黙って見ておくつもりじゃないのでしょう?早く何とかしないと、後でお仕置きするわよ」
「はは、それは困る。君は僕の生きる価値の全てだからね。君に会うために僕はこの世に生まれてきたんだ・・・だから・・・『愛しているよ、エミリー』」
ダニエルがそういった瞬間、まるでその言葉が合図だったかのように背後の男がうめき声をあげて床に崩れ落ちた。振り返ってみると肩に深々と短剣が刺さっている。時をおかずに数名の兵が空気孔から侵入してきて、周囲を取り囲んでいた他の男たちがあっという間に次々と兵士に倒されていく。
上階にも兵士がなだれ込んだらしく、天井からも入り乱れるような足音や剣を交わす音がひっきりなしに聞こえてきた。ついさっきまで静寂と緊張が場を支配していたのに・・・今では騒音と振動が辺りを包みこんだ。
そんな状況にありながらも、私は目の前のダニエルにしか気持ちが動かなかった。肩を押さえて床に倒れこんだ男が起き上がって抵抗したところを、誰かが剣で動きを抑え込み格闘している。
なのに私はそのすぐ傍でダニエルを見つめたまま、まるで魂を吸い取られたみたいにその場に立ち尽くしていた。
ダニエルもそんな私から視線を外さずに熱い目をして私を見つめている。
「エミリー・・・会いたかった・・・」
あまりに小さい声でダニエルがつぶやいたので、乱闘の騒音の中・・・私は彼の声が聞き取れなかった。なのに私には彼が何を言ったのかが何故か理解できた。私の瞼から水が滴っては顎を濡らせていく・・・。
「ダニエルの馬鹿ぁ・・・」
私は蚊のなくような小さい声をだした。
その顔には四日間も誘拐されていたというのに疲れは全く見えず、いつもと同じ支配者の微笑みを端正な顔に浮かべている。縛られているのはダニエルだというのに、誘拐された被害者には全く見えないのは何故だろうと不思議に思う。
地下の空間は思ったよりもかなり広く、壁は上階で見たのと同じ石が積まれていて床は切り出した木で組まれている。窓はなく、天井に近い部分にいくつかの空気取りの穴が開いていた。さっき感じた風はそこからの風だったらしい。部屋の中には五名の武装した集団があちこち散らばって立っていた。。
「とうとうエミリーを連れてきたんだね。でもどうしてエミリーは水で濡れているんだい?彼女に酷いことをすれば書類の在処は絶対に言うつもりはないといったはずだよ」
「傷をつけるなと言われていたから薬を使った。そうしたらこの女なかなか起きてこないから仕方なく水をかけたんだ。水をかけるなとは言われていわなかった」
「まあ水に濡れて小さく震えているエミリーも可愛いからいいけどね。じゃあエミリー、僕に助けてってお願いしてくれないかな?そうしたら僕がこの人たちの欲しい書類を渡して、僕たちは解放されるよ。どうする?」
私の頭の中は究極に混乱していた。どうしてダニエルがこの誘拐犯と取引をしたような形になっているのだろうか?
しかもまるでダニエルが誘拐犯に私を連れてくるように頼んだような話しぶりだ。そんな簡単に渡してもいい書類ならば、さっさと渡してしまって解放してもらえば、すぐにでも私に会えたのではないだろうか????
「・・・・ルーク様は無事なの?」
何度考えてもダニエルの意図が分からないので、取り敢えず一番気になることを質問してみた。髪の先から垂れる水滴が目に入ってうっとうしいが、背中で両手が縛られているので水滴をはらうことすら出来ない。
「僕に会えたのに先にルークの事を聞きたいのかい?なんだか妬けるね。僕とは別の牢に入れられているけどあいつは無事だよ。さあ、エミリー。僕に飛び切り可愛い顔でお願いしてくれないかな?床に頭をこすり付けて惨めな声を出してくれたら一番いいのだけれども、それは無理でしょう?」
ダニエルはにっこりと笑って何でもない風に話し続ける。誘拐犯たちはダニエルがいた四日間で、彼の変態ドSな性格を充分に理解させられてしまったらしい。表向きは天使の顔をした稀代の天才と言われているダニエルが何を言いだそうが、驚いた気配は全くといっていいほどにない。
私はそんなダニエルに対してとうとう今までに溜まった鬱憤を爆発させた。
「嫌よ、絶対に貴方にお願いなんてしないわ!それよりも私のアレを返して!どこにあるの?素直に吐かないと恥辱の極みを味あわせてあげるわよ!」
するとダニエルは大きくため息をつくと、悲しそうに首を右に傾けた。額の上の柔らかそうな金髪も同時に右へと揺れるて、憂いをたたえたエメラルドグリーンの瞳が蝋燭の灯りに反射して揺れる。
「ふう・・・困ったね、このままだと僕は彼らが欲しがる書類の在処をいうわけにはいかない。そうすると彼らも君も・・・ルークだって解放されなくて困ることになるよ。それでもいいの?」
「私はこのままでもちっとも困らないわ。大体、拉致されて四日間も監禁されていた人のとる態度じゃないでしょう?!もっとやつれて惨めな演技くらいできないのかしら?ダニエルは少し謙虚さを学ぶべきだわ!」
「僕ほど謙虚に君を愛している男はいないよ。いつだって、エミリーを抱きしめて滅茶苦茶に壊したい欲求を抑えているからね」
それまで黙って見ていた男が、私たちの会話に我慢の限界が来たようで突然大きな声を上げた。
「ちょっと待て、お前たちは自分の立場が分かっているのか?!俺たちがお前たちの命を握っているんだぞ!」
そういって男がもう一人の仲間に目配せをすると、別の男が私を背後から羽交い絞めにして私の首にナイフを当てた。首の薄い肌の上に冷たい金属の触れる感覚がして、体を硬くする。
「もういい、伯爵!この女の命が惜しかったら早く書類の在処を教えるんだな。さもないと彼女の頭と胴体が離れてしまう事になるぞ」
「ダニエル!私は絶対にお願いはしないわよ。貴方になんか跪くものですか!」
私は真剣な目をしてダニエルに訴えた。何の書類かは知らないが、とにかく今日までダニエルがその在処を言わなかったほどに大事なものなのだ。私の命ごときが釣り合う程度の書類ではないことは分かっている。恐らく王国の未来を左右するほどの重要な書類なのだ。
するとダニエルは目を細めて切ない表情を浮かべると、ゆっくりと深いため息をついた。
「エミリー、君は本当に読めない女性だね。そんな所が大好きだけど、このままだと君は殺されてしまうのかもしれないんだよ?それでも僕に可愛くお願いをすることができないのかな」
「できないわ・・・ダニエル。貴方こそ何を考えているのか知らないけれども、これ以上私を怒らせない事ね。この四日間私がどんな気持ちでいたのか分かっているのかしら」
「そうだね、エミリーは僕の事が心配でどうしようもなくて、こんなところにまで来てしまったんだよね。僕は本当に嬉しいよ」
そういうとダニエルはいきなり椅子から立ち上がった。その瞬間、周囲の男たちが小さくざわめいて剣に手を掛け、身を固くする。私の知らない四日間に何があったのか知らないけれど、よほどダニエルは彼らにとって脅威らしい。
「お・・おい、何をするつもりだ。伯爵・・・こっちには人質がいるんだぞ!」
突然のダニエルの行動に訳が分からず神経をとがらせている男たちには目もくれずに、ダニエルは私のいる方向に向かって悠然と歩き始めた。
その両手首は縛られているので体の前で組まれたままだ。なのにその落ち着きはらった態度と、漂ってくる威圧感は誘拐犯たちを怯えさせるのに十分だった。
私の首に押し付けられたナイフを持つ男の手が震えだし、背後で大きく息を飲んだのが分かった。
「伯爵、こっちに来るな!この女がどうなってもいいのか!!」
するとその瞬間ダニエルは急に歩みを止めて、柔らかな微笑みを浮かべて私を見つめた。私も彼の緑色の瞳をじっと見つめ返す。
「まだエミリーは僕に助けてくれと懇願しないつもりなの?」
「それは私の台詞だわ。私が殺されるのを黙って見ておくつもりじゃないのでしょう?早く何とかしないと、後でお仕置きするわよ」
「はは、それは困る。君は僕の生きる価値の全てだからね。君に会うために僕はこの世に生まれてきたんだ・・・だから・・・『愛しているよ、エミリー』」
ダニエルがそういった瞬間、まるでその言葉が合図だったかのように背後の男がうめき声をあげて床に崩れ落ちた。振り返ってみると肩に深々と短剣が刺さっている。時をおかずに数名の兵が空気孔から侵入してきて、周囲を取り囲んでいた他の男たちがあっという間に次々と兵士に倒されていく。
上階にも兵士がなだれ込んだらしく、天井からも入り乱れるような足音や剣を交わす音がひっきりなしに聞こえてきた。ついさっきまで静寂と緊張が場を支配していたのに・・・今では騒音と振動が辺りを包みこんだ。
そんな状況にありながらも、私は目の前のダニエルにしか気持ちが動かなかった。肩を押さえて床に倒れこんだ男が起き上がって抵抗したところを、誰かが剣で動きを抑え込み格闘している。
なのに私はそのすぐ傍でダニエルを見つめたまま、まるで魂を吸い取られたみたいにその場に立ち尽くしていた。
ダニエルもそんな私から視線を外さずに熱い目をして私を見つめている。
「エミリー・・・会いたかった・・・」
あまりに小さい声でダニエルがつぶやいたので、乱闘の騒音の中・・・私は彼の声が聞き取れなかった。なのに私には彼が何を言ったのかが何故か理解できた。私の瞼から水が滴っては顎を濡らせていく・・・。
「ダニエルの馬鹿ぁ・・・」
私は蚊のなくような小さい声をだした。
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