ドS年下エリート騎士の執着愛

南 玲子

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ダニエル絶体絶命

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馬車の中で揺られながら私はずっとダニエルのことを考えていた。彼のしたことは許せない。誰が聞いても酷いというだろう。首のチョーカーを指で触りながら、胸の奥で渦巻いている怒りを抑えていた。

白くて高い塀が永遠と続いたかと思ったら、縮尺を間違えたかと思うほどの大きな門に出た。門番に名前を告げ、屋敷の中に馬車で入っていく。玄関までは広大な庭を横切るように作られた白い砂利がまかれた道の間を通っていく。

道の両端には彫像が等間隔に並んでいて、ミルドレイル伯爵家よりも古くからあるオルグレン伯爵家の歴史を思い知らされる。オルグレン伯爵家は何代も昔から続く名門貴族なのだ。その若き当主がダニエルなのだ。

どれほどの権力を彼が手にしているか想像するだけで身震いがしてくる。その彼をいまから私は地面にひれ伏せさせるつもりなのだ。体中に緊張が走る。

私の名を筆頭執事も知っているのだろう。丁寧に私を出迎えてくれた。ベテランの執事なのだろうが、顔の表情はにこやかなのだが額に汗が一滴ういているのが見えた。それが私の訪問に対しての緊張感からだというのはわかっている。

ダニエルが私にしたことを執事の長である彼が知らないはずがない。事前に約束もしていない礼儀に全く外れた時間帯の令嬢の訪問に、私の意図が込められていることにも頭のいい彼なら既に気が付いているだろう。

「ダニエル様はエミリー様と入れ違いでミルドレイル伯爵家に行かれていたようで、今から屋敷に戻ってこられるそうですので、もう少しお待ちください」

「いつまででも待つつもりですわ。お気遣いありがとうございます」

私はにっこりと笑って表情のない執事の顔を見た。私の通された応接室はまるで王城に来たかと思わんばかりに桁外れに豪華な内装だった。良く知られている画家の絵や彫刻。花瓶から床の素材に至るまで贅沢の粋を尽くした豪華絢爛な部屋に圧倒される。

壁にかかった絵には昔のものなのだろう。ダニエルの両親と、まだ幼い小さいころのダニエルの絵が飾ってあった。白い服を着て椅子に腰かけている母親とその背後に立つ父親。その二人の間に立っている金の巻き髪をした少年。

天使のような微笑みをたたえて笑っている女性は、貴族名鑑で見た絵と同じだった。この世のものとも思えないほどに美しいダニエルの母の隣に立つ少年は無気力で、どこを見ているのかわからないその目は空中をさまよっているようだった。

今とは違って表情のない顔をしたダニエルは、少しも幸福そうには見えなかった。上等な服に高価な小物・・・それらは全てダニエルを幸せにする物ではなかったのだろう・・・。

「ダニエル・・・あなたが私の人生を滅茶苦茶にしたのよ・・・・」

私はその絵のダニエルの部分にそっと指で手を触れた。そうしてその手を離してぎゅっと爪が食い込むほどに握りしめた。

次の瞬間、大きな樫の扉が重々しく開いたかと思ったらそこにダニエルの顔が見えた。いつものように笑顔をたたえてはいるが、その顔は少し青ざめているように見えた。

彼が動揺した顔を一度は見てみたいと思っていたはずなのに、いざ目にするとそんなに感動するものではなかった。それどころか怒りが湧きあがってくる。

私はそんな感情を理性で抑えて、ダニエルの目を見てこの上なく楽しそうに微笑んでから、棚の上に飾られている宝飾品である剣を抜いた。飾る目的で作られた剣とはいえ、その刃先は十分に研ぎ澄まされている。刃先の切れ具合を反対の指で確かめながら私はダニエルの方に向き直った。

「お帰りなさい、ダニエル。貴方の正体が分かったわ。貴方が私にしたこともね・・・。さあ、正直に話してちょうだい。どこまでの人があなたの協力者なの?」

ダニエルは手ぶりで部屋の中にいたメイドや執事を下がらせて、部屋の扉を閉めた。ダニエルの背後に心配そうな顔をしたルーク様の姿が見えたが、閉じられる扉で見えなくなる。

「エミリー、それは危ないよ。君を傷つけていいのは僕だけだといったはずだ。早くしまった方がいい・・・・」

「ダ・ニ・エ・ル!!!」 シュンッ!!

私はゆっくりと言葉を紡ぎながら剣先をダニエルに向けた。剣を振りかぶる時の独特の空気を割く音が部屋に響く。

彼は驚きもせずにいつもの柔らかい微笑みを浮かべたまま、無言で剣先に向かって足を進めてきた。そうして剣先が自身の心臓に当たる位置ぎりぎりまで歩くとそこで止まった。私が剣を持つ手を決して離さないことを確信したのか、ダニエルは端正な顔を一気にほころばせた。

「はは・・そこまでばれてしまったのなら、聡明なエミリーなら大体わかっているのでしょう?」

「そうね、恐らく私の両親やスタインズ家の人間すべて、それにアーロン様・・・もしかしてミルドレイル伯爵家の人間は御者に至るまであなたの協力者だったのじゃなくて?でもあの屋敷では多分キャサリンだけは違ったはずだわ。そうでしょう?ダニエル」

キャサリンがダニエルの協力者ならルイス様を紹介してくれるはずがない。さすがに親友にまで裏切られていたというならば、私はもう立ち直れそうにない。息をのんでダニエルの回答を待つ。

「正解だよ・・・君が十五歳で社交界にデビューしてからずっと誰かに君を見張らせていた。他の男が間違って君を口説かないようにね・・・」

「そうやって私が誰とも恋におちないように邪魔していたのね。ライリー様とバルナス様にもやったように・・・」

私は持っている剣を振り上げてダニエルの肩に置いた。そうしてそれをゆっくりと肩に押し付けるようにして、ダニエルを床に跪かせる。少し肩の布が切れてしまったようだが、私は気にしなかった。彼は私の意図を察したらしく、右ひざを床について私を見上げている。

「あの二人か・・・君に夢中になる男性をなくそうとあらゆる手を使ってきたのだけど、あの二人だけは僕の妨害をすり抜けて君とデートを数回した。僕はその時まだ十三と十五だったのを覚えているよ。君が他の男と会っていると思っただけで胸が焼け付くように痛んだ。しかも僕にはそれを止める手立てがなかった」

「だからマダム・ボニータに頼んで、彼らの好みの令嬢を見繕って差し向けたのね。お蔭で私は振られたと思ってかなり泣いたのよ。私のどこが悪かったのか分からなくてすっかり自信を無くしたわ」

「あの頃の僕はまだ子供だった・・・。君に会いに行っても、四歳も年下の僕を男性と認識してくれるかどうかさえも疑わしかった。だから早く君の理想の大人の男になって迎えに行こうと、そればかり考えていたんだよ」

「だからと言って裏で私の悪い噂をまいたり、夜会でダンスを申し込んでくれた男性を脅したりするのはやりすぎだったと思うの。八年間・・・そんなに長い間、貴方ったら私の出会いをことごとく潰してきたのね。物凄い執念だわ・・・」

「八年前のあの日、君と森で出会ってから僕は君を手に入れることだけを考えて生きてきた。やっと念願の騎士になって爵位を得た瞬間、僕は震えるほどに喜んだんだ。やっと君を迎えに行けるってね・・・ハイレイス侯爵家の夜会では普通に出会うだけのつもりだったのに、エミリーが可愛すぎてもう自分を止められなかった」

「貴方がマダム・ボニータと話しているときに気が付くべきだったのね。彼女が話していた、人生を滅茶苦茶にされた女性は私だっただなんて・・・。本当にあなた最低だわ、ダニエル」

はじめから答えはそこにあったのだ。それに気が付かなかっただなんて悔しすぎる。

私は大きなため息をついて、泣きたい気持ちになった。実際目頭が少し熱くなっているのを感じる。

「八年よ・・・そんなに長い間・・・一体私のどこがそんなに良かったの?」


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