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第1章
第1話 メスガキ系幼馴染
しおりを挟む幼馴染の女の子――このフレーズを耳にして、一番初めに誰を思い浮かべただろうか?
それがたとえ、フィクションの世界の住人でも、あるいはノンフィクションの現実を生きている人間だろうと、どっちだっていい。
どちらにせよ共通して言えることは、自分が悪い印象を抱いている相手を想像した人は、極めて少ないのではないだろうか。
そしてかく言う俺――夜木 奏向にも、幼稚園から同じ学校に通う幼馴染がいる。
そいつは所謂メスガキ属性で、口を開けば俺を罵倒してきては、その反応を見て楽しんでいるような嫌味な女だ。
あんな傲慢で憎たらしい女、大嫌いだ!
と、声を大にしたいところだが……恥ずかしながら俺は、そんな幼馴染のことが好きになってしまった。告白したって、どうせ振られることは分かってる。
好きになったきっかけや経緯はもう思い出せないけれど、いつかアイツをわからせたい――内に秘めたこの想いだけは、一瞬たりとも忘れたことはない。
「なぁなぁ、夜木ってどこ中? 部活は入ってんの?」
前の席に座る茶髪の男がくるりと振り返ると、安物くさい香水の匂いがフワリと舞った。
「に、西中。部活は入ってないけど……そっちは?」
「あれ、名前覚えてくれてない感じ? さっきも自己紹介したけど俺は持田 健斗。はやく覚えてちょ? 東中出身で部活はバスケ、これからヨロシクぅ! てか奏向って呼んでいい? いいよな!?」
聞いてもいないのに勝手に名乗り始めたそいつはノーネクタイでシャツのボタンを2つ目まで開けており、中からは派手な蛍光色の肌着が顔を覗かせていた。耳から垂れるシルバーのピアスも相まって、ある程度の人となりは一目ですぐに分かった。
「い、いいけど……」
「サンキュー奏向、俺のことも気軽に健斗って呼んでくれていいからな!」
あまりにも自然にスッと伸びてきた手を、俺はしぶしぶ握り返した。
今日は高校2年生になった初日――クラスの皆は一刻も早く自分の居場所や地位を築こうと浮き足立っているように感じた。
ふと、教室内でひときわ目立つ賑やかで煌びやかな女子の集団へと首が向く。
「そうなの! 昨日の『君恋』の潤くんが超カッコよくてさ~」
「分かりみ~! 潤くんの笑顔マジ尊いよね~!」
その輪の中心には、俺の幼馴染である黒川 遥香の姿があった。
ラムネ瓶みたいに透き通った水色の、肩までの髪。そこに当然の如く鎮座する、高校生には幼すぎる印象のちゃちなヘアピンには、どうしても場違い感が否めなかった。
「まだあんなもんつけてんのかよ……」
俺が小さくそう溢してしまったのには理由がある。なぜならアレは、ずっと昔に近所のお祭りで、俺がプレゼントしたものだったから。
「そお? あたしは潤くんより海人くんの方が好みだったけどなぁ~」
「えぇ~!? それは遥香が変わってるって~!」
「そだよぉ! ウチも圧倒的潤くん推しだし!」
「だってあの人、なんか顔だけで薄すっぺらい感じすんだよねぇ~」
遥香がそう言った後、偶然にも俺たちの視線が交わる。わざとらしく目を背けるのも癪だし、なんの気なしにそのまま見つめていると、遥香の顔がくにゃりと歪んだ。
「ちょっと奏向~。さっきから何ジロジロ見てんのぉ? キモいんですけどぉ~」
「は……? お前だってこっち見てたから目が合ったんだろ!?」
「あたしは奏向の変態チックな視線に気が付いたからそっち向いちゃっただけだし。みんなも気を付けてね? アイツ、いっつも女子をえっちな目で見てるから!」
「え、マジー!?」
「ガチ引くわ~」
今後間違いなくクラスの中心メンバーになるであろう女子生徒たちから、まるでゴミを見るような眼差しを向けられる。
「おい遥香、初日でそんなありもしない噂立てられたら俺の今後の学校生活どうしてくれんだよ!」
遥香は俺を嘲るようにハハと笑い、続けた。
「どーせ奏向にあたし以外の女子の友達なんてできるわけないじゃん。はい自惚れおつー!」
あっかんべーっと舌を出す遥香。
「て、てめぇ……」
どうしてこんな女を好きになってしまったのか、自分でも不思議でならない。でもこう見えて、実は遥香にも良いところが沢山あるのも事実だった。
例えば――俺が風邪をこじらせて寝込んだ時は、共働きの両親に代わって学校を早退してまで看病に来てくれたり、高校受験の時なんかは俺の為にわざわざ片道3時間もかけて合格祈願の御守りを買ってきてくれたり。
普段と優しい時の温度差がありすぎて、どっちが本当の遥香なのか、たまに分からなくなる瞬間があるくらいだ。
「ねね、今謝るなら許してあげるよ?」
「俺が誰に、何に対して謝るんだよ」
「そんなのもわかんないのぉ~? 奏向のばぁ~か」
楽しそうにニヤリとほくそ笑みながら、あいも変わらず俺を見下す幼馴染。
「こ、この……メスガキ……!」
この苦し紛れの反抗も、すぐ裏目に出ることになる。
「あ、今の聞いた? 幼馴染の女の子に向かって酷くな~い!?」
とってつけたような被害者ヅラで、遥香は周りの女子たちの同情を誘いだした。
「夜木くん最低ー」
「さすがにそれは言い過ぎだよね……」
「遥香かわいそう……」
周囲の共感という最強の味方を得た遥香は、ニタニタと勝ち誇ったように頬杖をつく。
「奏向ぁ~、まだぁ?」
これ以上の抵抗は状況を悪化させるだけだと悟った俺は、潔く負けを認める他なかった。
「す、すいませんでした……」
「ざぁこ♡」
このメスガキ……いつか絶対……わからせてやる……!
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