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第2章
第19話 転校生とデートすぎる
しおりを挟む今朝は、珍しく髪の毛をセットしてみた。
ワックスが手になじむ際の不快感は、いつまでたっても慣れることはないだろう。
後ろ髪はおかしくないか、横から見ても自然かどうかなどを確かめていると興が乗り、意図せず鏡の前でポーズをとってみたり。そのとき、背後から聞こえる棒読みの「へぇ~」という声に驚き振り返る。
「なっ……なんでお前がいるんだ……俺、昨日ちゃんと言ったよな……?」
洗面所の入口から、顔の上半分だけ出してこちらを覗き込んでいる、妖怪みたいな幼馴染。
「聞いたよ~。ちょっとでも会いたいなあって思ったから来てみたけど、やっぱこなきゃよかった。奏向、あたしといる時は髪型なんて気にしたことないじゃん……」
「そ、それは……お前には昔から俺の顔なんて飽きる程見られてるから、今さら着飾る必要なんてないかと思ってただけで……」
「なん言いよーとよ、嘘つき……」
嘘つき、うそつき、ウソツキ……まるでエコーがかかったように、俺の頭の中で遥香の声がこだました。
「ごめん……」
「なーんて、うっそー! 落ち込んだフリでしたー。やーい、騙されてやんのー!」
ケロッとメスガキモードにチェンジした遥香は、下瞼を引き下げてペロッと舌を覗かせた。
「お前……マジで心臓に悪いからやめてくれ」
「ざぁこ♡」
朝っぱらから恒例の決め台詞を頂戴した俺は、玄関まで遥香に見送られて家を出る。
――なぜあいつはまだ俺ん家に残っているんだ? という疑問はこの際考えない事にした。
待ち合わせの駅に到着すると人が大勢いたけれど、モデル体型の白峰さんは目立つから迷わず合流できた。
ノースリーブのブラウスにロングスカートというイメージにそぐわぬ清楚な私服姿は、目の保養を越えて目のエナジードリンクと言って差し支えない。心なしか視力が3くらい上がった気さえする。
「ごめん、待たせちゃったか?」
「い、いえ、私が勝手に早く着いてしまっただけなので……」
「昨日はホントごめん!」
「そ、そんな……こちらこそ先に帰ってしまってすみませんでした。手紙が風に飛ばされちゃったらどうしようって思っていたので、ちゃんと届いて良かったです……」
「わざわざ紙で残さなくてもメールくれればよかったのに。でもアレ、読んでから美味しく頂いたよ」
俺の冗談に、ぷっ……と吹きだす白峰さん。
「ははは……それだと夜木君じゃなくて、ヤギさんになっちゃいますよ? ふふ……」
良かった、またあの無邪気な顔で笑ってくれた。白峰さんはやっぱり、この笑顔が一番素敵だ。
「伝わってよかった……」
「でも……もしそうだとしたら夜木くんは、白ヤギさんなのでしょうか、それともやっぱり、黒ヤギさんでしょうか……」
彼女は表情を戻すと、考え込むように手を顎に当てた。
「ど、どういう意味……?」
「な、なんでもありません、今のは忘れてください……!」
両手を俺に向けてバタバタと振った際にチラリと見えた美しい腋は、今すぐ天然記念物に認定して保護されるべきだと思った。
「それで今日はどこか行きたいとことかある?」
「わ、私、動物園に、行きたいです……! いいでしょうか……?」
いじらしく向けられた上目遣いを、直視できない。
「も、もちろん、俺も動物園とか久々だし楽しみだ……!」
「あ、ありがとうございます……!」
電車に乗り込むと、白峰さんは乗り合わせた男性諸君から一斉に注目を浴びる。
やはり学校の外でも彼女の魅力は人を惹きつけるみたいだ。というより、制服を脱いだことによって、より一層あか抜けて見えるのかもしれない。
「白峰さん、あの席空いてるから座ったら?」
「え……でも1席分しか空いていませんし、夜木君が座って下さい……」
「今日は昨日のお詫びなんだから、俺にかっこつけさせてくれよ」
「わ、わかりました……でも疲れたらすぐ言ってくださいね。交代するので……」
もしこれが遥香だったら、遠慮などせず、わーいと言って座っているだろう。別に比べている訳じゃない。2人にはそれぞれいいところがあって、タイプも全然違う。だからこそ、俺はこんなにも悩まされているのだから。
「夜木君は、動物園でなんの動物がみたいですか……?」
吊革に掴まる俺を見上げ、彼女は尋ねた。
「えっと……やっぱライオンとかトラかな。かっこいいし」
「やっぱり男の子は、強い動物が好きなんですか?」
「うーん、一概には言えないけど人気だとは思うよ。白峰さんは?」
「今日のお目当ては、シマウマさんです」
「どうして?」
「以前、ネットでどこかの動物園の人気ランキングを見たことがあるんですけど、そのアンケートではシマウマさんが0票だったんです。私たち人間のためにせっかく動物園で暮らしてくれているのに、そんなのあんまりだって思いました。だから私は今日、シマウマさんに1票を入れにいくんです」
「白峰さんらしいな……じゃあ俺も、ライオンには悪いけど今日はシマウマに浮気するよ」
「ふふ……浮気はいけませんけど、これで2票も集まりましたね」
声を抑え、控えめに笑う白峰さん。
――彼女の微笑みには、不思議な力がある。
きっとこれは、彼女の底知れぬ優しさと、裏表のない素直さからくる安心感なのだろう。心が洗われて、優しい光で照らされ、綺麗に畳まれるような、そんな感覚。
もしも更生不可能とされるような凶悪犯でも、彼女の微笑みを受ければ、あるいは……
ふと、そんなことすら考えさせられてしまう。
電車を降りて複雑に入り組む駅の構内を抜けて行くと、動物園はすぐ目の前だった。
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