メスガキ系幼馴染をわからせるのは諦めて普通の青春送ります……おや!? 幼馴染のようすが……!

野谷 海

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第2章

第21話 幼馴染の誘惑

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「……分かった。一緒に行こう」

「本当ですか……!?」

「次はきっと、ちゃんとエスコートするって約束するから……」

「そんなこと気にしないで下さい。私は夜木君との予定がたくさん増えて、それだけで嬉しいんです……」

 地の底にまで落ちていた俺の自己肯定感を拾い上げるような歯の浮く台詞に耐えきれず、ふと辺りを見渡すと、園内にはもう、数時間前までの活気はなかった。

 楽しかったデートの終了を告げるように、閉館のアナウンスが流れ出す。

「帰ろっか?」

「はい……」

「結局、動物園来たのに動物見れなかったな」

「でも、そのおかげでシマウマさんから浮気せずに済みました……」

「言われてみれば、そういう考え方もあるか」

 帰り道に昨日のTシャツに付いていた口紅のことを尋ねようかとも思ったけれど、なんと切り出して良いのか分からず真相を聞き出すまでには至らなかった。

 
 白峰さんとは駅で解散し、帰宅して自室の扉を開けると、そこは俺の知っているいつもの6畳間ではなかった。

 ――壁にも、床にも、天井にも、部屋中が遥香の写真で埋め尽くされている。

 まるでテレビでよく見かけるストーカーの部屋みたいに。どうやら俺は幼馴染の手によってストーカーにでっちあげられたようだ。

 部屋のどこを向いても遥香と目が合う。落ち着かないったらありゃあしない。

 ただ呆然と部屋の中心で立ち尽くしていると、入口から幼馴染の声が聞こえた。

「あ、帰ってたんだ。おかえり奏向」

「おぉただいま……じゃねえよ!   なんだよこの有り様は!?」

「どう?   気に入った?」

 ニシシ……と、満足げに笑う遥香。

「気にいるも何もお前なぁ……家に残ったのはこの為かよ……」

「探せば水着のサービスショットもあるから!   宝探しみたいで楽しいでしょ?」

 なにっ!?   と思わず反応してしまったけれど、そんなことよりも、意外だった。

 てっきり仏頂面で出迎えられ、ベテラン刑事のような貫禄で取り調べを受けるものだとばかり思っていたから。

「で、どうだった?   デート……」

「うん……俺やっぱダメだわ……」

 今日の不甲斐ない結果を遥香に話すと、またもや予想だにしない言葉が返ってくる。

「そっか……でもまた次があるよ」

 いつもなら腹を抱えて笑い、俺を馬鹿にしてくる筈だ。それなのになんでこいつは今、俺を励ましているんだ?

 今朝まではデートに行って欲しくないオーラ全開だったのに。この数時間でこいつに一体何があったというのだろう。
 
「次も、行っていいのか……?」

「いいよ?   そんでまた落ち込んだら、あたしが慰めてあげるから……」
 
「慰めるって……どうやって」

 興味本位で聞いてみただけで、やましい事なんて勿論ちょっとしか考えていない。

「あ、奏向今えっちなこと想像してたでしょ?   そーゆー意味じゃないし。でも奏向がどうしてもして欲しいって言うなら、考えてあげてもいいけど?」

 メスガキの挑戦的な視線が、今の俺には心地良かった。やはり俺は、ドMなのだろうか。

「じゃあ、一発殴ってくれ」

 眉間に皺を寄せ俺からササッと離れる遥香。

「え……やっぱ変態じゃん。あたし、口で罵るのは大好きだけど、暴力とかは可哀想だし嫌なんですけど……それ、どんなプレイ?」

「別に興奮するから言ってるんじゃねーよ。気合い入れたかっただけだ」

「分かった。もう仕方ないなぁ……じゃあ、歯を食いしばれ!」

 遥香が立ち上がると、俺は強く目を閉じた。

 こちらへ近付いてくる際の床が軋む音に、緊張が増す。

 右か、左か、それとも顎か。それもあらかじめ注文しておけば良かったと後悔しても、もう遅い。

 恐らく、既に目の前には奴がいる……

 そうだ、遥香は右利きだ。ということは俺の左側面に攻撃がくる可能性が最も高い。

 そうして意識を集中させていた左頬に当たったのは、到底拳とも張り手とも思えない、柔らかで生温かい感触だった。

 目を開けると、すぐ左隣で立膝をつき、赤面しつつもニヤニヤと笑う幼馴染。

「騙されてやんの……」

 遥香はプププと口元を押さえる。

「え、お前、何した……?」

「ほっぺにチューだけど?」

「いや、だからなんで?」

「慰めてあげるって言ったじゃん」

「エッチなのは、なしなんだろ……?」

「これもえっちに入るのかな?   じゃあ、今日は特別ってことで……」

 恥ずかしくなって目を逸らしても、そこら中に遥香がいた為、意味をなさない。

「これじゃあ逆に気が抜けちまったよ……」

「じゃあ……この先、進んでみる……?」

 ――人格が入れ替わったのかと思う豹変ぶり。

 人を小馬鹿にしたようなメスガキとは対極に位置する、純真無垢な乙女の表情へと一転した。

「は……?」

 何を言い出すんだこいつ……この先ってどこまで?

 てか、やっぱ慰めるってそういう意味なのか?

「どうする……?   まだ奏向ママも帰ってきてないよ……?」

「お前、なんか変なもんでも食ったんじゃないのか……?」

「じゃあ……そういうことにしとこっかな……?」

 ――遥香の顔が、ポッと赤くなる。

 ちょ待て、そういうことってどういうこと!?

 大人な女性の、酔っちゃった……みたいなやつか!?

 そんなノリ、高校生に通用するのか!?

 まさかコイツ……俺が弱っている時を見計らい優しくして、既成事実を作ろうと……?

 こんなに……策士だったか……?

 ここで甘える訳にはいかない……そんなこと分かっている。でも、つい……流されそうにも、なる。

 だってめちゃくちゃ可愛いし……


 その時、夢見心地の俺を現実に引き戻すかのようなけたたましいスマホの呼び出し音が鳴り響いた。

「あ……」

 あわあわとポケットからスマホを取り出すと、それは持田からの着信だった。

 まったく、タイミングが良いのか悪いのか。

 俺が電話に出ると、遥香の頬はぷっくり膨れていた。

「もしもし……」

『よお親友、その迷惑そうな声は、もしかしてオナニー中だったか?』

「ああそうだよ」

『マジ!?   おかずは何?   奏向って普段どんなの見てんの!?』

「いいから……早く本題を言えよ……」

『前に言った大会の決勝が明日なんだけどさ、相手もかなり強豪だから、黒川さんと白峰さんも誘って応援に来てくんねーかなあって思ったんだけど』

「決勝戦か。すごいな、おめでとう」

『それは明日勝ってから聞かせてくれよ。んで、予定とかどう?』

「遥香……お前、明日空いてる?」

「空いてるよ」

『え、そこに黒川さんいんの!?   ってことはお前、オナニー見せてたのか!?   やっぱお前らそういうかんけ――』

 ――うるさいので、電話を切った。

 返事がまだだったからラインで『いく』とだけ送ると、『そんな報告いらねーよ……』と返ってくる。

 どうも話が噛み合わなかった為、それからは持田は無視して白峰さんを誘うと、彼女もOKとのことだった。


 不本意だが、持田のおかげで3日連続で白峰さんと会えることに、ほんの少しだけ感謝をしておくことにする。


 
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