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第2章
第37話 幼馴染と夏祭り2
しおりを挟む「次は何したい?」
俺がそう尋ねると、遥香は人差し指を顎に当て、上を向いて考え込んだ。
「んー、久しぶりに金魚すくいしたいけど、とれてもお世話できる自信ないしなぁ……」
「じゃあもしとれたら、うちで飼うか? 昔飼ってたことあるから、家ん中を探せばまだどっかに水槽あると思うし」
「それ、昔一緒にここへ来たときに、奏向が意地になって最後の最後で1匹だけとれたやつ?」
「お前……よく覚えてんなそんな昔のこと」
「だってその日だもん、奏向があのヘアピンくれたの……」
「そうだったな……でも高校生にはガキっぽいから、そろそろ新しいの買ったらどうだ?」
「だってアレ、今でもあたしの宝物だし……」
唇を尖らせながら横目で見つめてくる遥香が愛らしくて、照れ臭くって……俺はそれを誤魔化す為に、おちょくったように返す。
「お前って、ホントたまに小学生みたいなこと言うよな?」
「奏向だって、まだトマト食べらんないくせに!」
「最近はトマトソースなら食えるようになったっつーの!」
「へぇ、奏向も少しは進歩したんだぁ。でも好き嫌いしてる内はまだ子供だから! ざぁこ♡」
浴衣にも映える、勝ち誇ったしたり顔。
やっぱり、コイツはメスガキだ。
でも、それもいい。いや、それがいい。
「お前だって辛いもの食べられないだろうが……!」
「それは好き嫌いに入りませーん!」
「そんなのお前だけズルイだろ!」
言い争いに飽きたのか、遥香は前を歩いていた俺のTシャツの裾を引き、歩みを止めた。
「ねね、金魚すくいの前に焼きそば食べたい!」
「お、おぅ……」
毎度この笑顔でおねだりされてしまったら、俺はなんでもYESと言ってしまいそうだ。
惚けている俺を見て、遥香は挑発的な視線を向ける。
「どしたの奏向? もしかして、見惚れちゃったとか?」
「そ、そんなんじゃねーよ!」
「あっやしい~。でももし今あたしとチューしたら、甘~い味がすると思うけど、一回やっとく……?」
「ば、バカっ、お前っ……何言って……」
「冗談だし、夜なのに顔赤すぎだから! アハハハハ……」
からかい上手な幼馴染は、腹を抱えて笑っていた。恥ずかしくなった俺が遥香に背を向けて焼きそばの屋台へと歩み始めると、小走りで追いかけてくるのが足音でわかる。
なんだか、昔に戻ったような気がしていた。
屋台の列に並び順番が回ってくると、焼きそばを2つ注文しようとする俺の声に「ひとつでいいです!」と、被せてきた幼馴染。
「え、お前も食べたいんじゃなかったのかよ?」
「あたしはひと口だけでいいから」
「なんで? 腹減ってねーのか?」
「だってせっかく来たんだし、なるべく多くの屋台ごはん食べたいじゃん」
「なるほど……まぁお前らしいか」
屋台のそばで腰掛け焼きそばを食べようとすると、遥香が俺の肩をポンポンと叩いた。
視線を向けると、俺は息を呑む。
「あーん」
なぜならそこには、目を閉じ、口を開けて待ち構えている幼馴染の姿があったから。
「マジかよ……」
「あって、かたへふさがってるもん」
口を開いたままモゴモゴと話す遥香の口内がハッキリと見え、妙な気分になる。普段まじまじと見ることなんてない部分だからだろうか。
「お前、最初からそれが狙いだったな……」
「あ・や・く!」
「溢すなよ……?」
俺はパスタのように箸へ焼きそばをくるくる巻きつけると、それを遥香の口へと運ぶ。受け止めた遥香は美味そうに咀嚼して、子供のような笑顔を向けた。
「やっぱ屋台の焼きそばって超美味しいよねぇ~。なんでこんなにいつもと違うって思うんだろ」
「俺も食おっと……」
一仕事を終えてやっと飯にありついた俺をまじまじと見つめる幼馴染。
「どお? 間接キスのお味は……?」
「お、おいその言い方やめろ! 普段からそのくらいはよくあるだろ!?」
「屋台のご飯とおんなじでシチュエーション違ったら変わるかな~って思って。あたしはさっきのわたあめ食べた時、ちょっとドキドキしたけど……」
コイツの言う通りだった。いつもは特に意識していないことだった筈なのに、正直、B級グルメの焼きそばには似つかわしくない緊張感を共に味わっていた。
「まんまとお前の策略にハマりっぱなしだよ……」
「やっぱ奏向は単純だねぇ~♡」
どうやら、いつもがいつもじゃなくなる特別な瞬間は、結構頻繁に訪れるらしい。
あのまま家に篭っていてはわからなかった、大人になった遥香の新たな一面も、俺の中で移ろいでいく感情も。
「遥香は、変わったな……」
「奏向だって背、伸びたじゃん……」
「俺は、それだけだよ……」
「そうかなぁ……でも、あたしは今の奏向も、昔の奏向も、どっちとも大好きだから、参考になんないかも……」
「金魚……今度は何匹とれっかな……」
「欲張らなくていいよ……でも1匹だと可哀想だから、今度は2匹くらいとれるといいね……?」
「そうだな……」
「じゃあ勝負しようよ? 金魚すくいでなら、もしかしてあたしに勝てるかもしんないよ?」
「よし、乗った。負けた方が次の屋台を奢るっていうのはどうだ?」
「いいよー? じゃああたしも本気だそーっと!」
いつも通りの、ただの意地の張り合い。でも、こうやってコイツに挑み続けることこそが、俺が俺である何よりの証明なんだ。
コイツには勝てない、敵わないと諦めてしまったあの時、きっと俺の成長はそこで止まっていたんだろう。
――俺は、遥香に追いつきたい。
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