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第四章 やはり美少年との日常は甘くて危険らしい
第三十七話 寝待深夜子は不満なのだ!
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寝待深夜子は不満なのだ。
いったい何が? それは、ここ最近の朝日に関する出来事である。
男性健康診断に端を発した男事不介入案件。結果は梅の独壇場だった。ご褒美と称して、美少年のマッサージサービスという非合法な快楽をゲット。身体中のあちらこちらを朝日にもみもみしてもらう喜びを知りやがって――くっ、このメス犬め! ちがったメス猫か。
さらには朝日が勘違い、いや知らなかったから。ただそれだけで、五月は半日デートをゲット。確かに微妙な内容ではあったが、何やらその夜、朝日から濃厚で素敵な夜の挨拶をされたらしい。翌日は終日にやにやヘラヘラした面をしおって――おのれ、淫乱メガネめ!
そう自分だけ、自分だけ役得らしい役得がないではないか!?
この世界に朝日が来てからはや四ヶ月が過ぎようとしている。趣味も年齢も一番近い。何より、朝日のことを一番わかって、一番想っている自負がある。
だのに、だのになんなのだ、この敗北感は!
――そんな深刻なお悩みを抱え中の寝待深夜子さん。現在、ご自分の部屋で、朝日と二人して協力プレイが売りの携帯ゲーム『クリーチャーハンターZ』をプレイ中である。
先週発売されたばかりの、二人して発売を心待ちにしていた新製品だ。ここのところ毎日プレイしている。
「深夜子さん! 罠設置できる?」
「もちおまかせ。余分に持ち込んでる」
床に座布団をしいて、ベッドを背もたれに二人仲良く隣あわせで座りこみ、声を掛けあいながらお楽しみ中だ。
「よし、捕獲できたー。さっすが!」
「ふふん!」
ちなみに、朝日と深夜子が二人でゲームをしている時間は、一日平均にしても三時間はくだらない。世の女性からすれば、嫉妬の炎で焼き尽くしたくなるであろう美少年との時間共有である。
あげく、格闘ゲームの通信対戦で連勝記録を決めたりしたら、勢いでボディタッチもしばしば、どこをどうみても毎日がフェスティバル。これを役得といわずして、いったい何を役得というのだろうか?
灯台もと暗し、隣の花は赤い、よく言ったものである。
それでも寝待深夜子は不満なのだ――。
「あのさ、深夜子さん」
「ん。なに?」
ゲームがひと段落したところで、朝日が微妙そうな口調で質問を投げかける。
「なんか、部屋中にさ。すごく露骨に……この……花火大会? のチラシが貼られたり、置いたりしてるのはどうしてかな?」
扉から壁、窓と、あからさまに花火大会のビラが貼ってある。さらには机や床に『ご自由にお取りください』のメモ付きで置いてあったりした。気にはなっていたが、あまりの露骨さに聞くタイミングを逃していた朝日であった。
「ああっと!? これは偶然! 曙港花火大会……今週末にあるんだって! ……あっ、それと、あたしその日非番」
実に、実に都合のよい偶然もあったものである。
そして残念なことに、深夜子の脳内お花畑ではこのあとの展開はこうなっている。
『わー! 花火大会? すごーい! いきたいなーいきたいなー』
『ふふん! もう朝日君はしょうがないなー。あたし、たまたま非番だから、案内してあげてもいいよ(キラーン)』
『ほんと? やったー! さすが深夜子さん大好きー!』
……あいたた。
しかし現実は――。
「ふーん」
「!?」
塩対応であった。
「あれ? ……え、えーと。その……この辺りでは夏で一番大きいお祭り! あたしその日非番」
まだだ、まだ終わらんよ。ここは情報を小出しにして興味を引く作戦に変更だ。
「へー」
「!!??」
塩対応であった。
「……もっ、ももももちろん。その、あの、男性福祉対応もばっちり! 男性無料の屋台ロードとか、専用の花火観賞用の土手も完備! あたしその日非番!」
これはマズい。ならば一気に売りをアピール、男性でも安心して楽しめますよ。これだ!
「そーなんだー」
「…………はい」
実にしょっぱい。
「あ……朝日君は……あの……花火大会……とか……その」
必死に説明するも、だんだんとしどろもどろになってゆく深夜子である。
もちろんこの朝日の塩対応。これ以上ないくらいわかりやすい深夜子の思考に対しての軽いイタズラであり、その反応を楽しんでいるだけだ。もうっ、小悪魔ですね!
「ねえねえ、深夜子さん?」
「はうあっ!? なっ、なにかな?」
笑顔を浮かべ、ずいっと上目遣いでにじり寄ってくる朝日に気圧される深夜子。
「もしかして、僕と二人で花火大会に行きたいの?」
もしかしない。朝日から的確なカウンターが容赦なく放たれた。
「はべっ!? べべべ別に、そうでなくて! あたしも朝日君とデートしたっ――ちが、い、いや、そう、たまたま? そう、たまたま非番大会が花火!」
こうかはばつぐんだ!
セクハラまがいの冗談ならおまかせの割には、こういった正統派なケースにはめっぽう弱い深夜子である。すでに顔と耳を真っ赤にして、気の毒なまでの動揺を見せている。
しかし、この反応が面白かったようで、調子にのった朝日がさらに追い討ちをかけた。
「そうだ! 深夜子さん知ってた? こういうのって、僕の世界では恋人同士で行くものなんだよ」
「こっ? こ、ここここいっ……びとっ!?」
「あれー? もしかして深夜子さんってば、僕のことをそんな目で――」
「あわっ、あわわわわ……あ、あたし、そそそそそんなつもりじゃ!」
突然の『恋人』という、この世界におけるスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルパワーワードに反応して、だらだらと顔中に汗を流して、びびりまくる深夜子。
それもそのはず。朝日は何も考えずにからかい半分の軽い冗談であるが、この世界で恋人とは非常に重い言葉である。
何せ基本的に一定年齢で即結婚という義務の鎖でからめとられている男性たちだ。さらには男性警護、男性看護、そういった職種の女性でも、そうなる前に脈ありの男性は即結婚に持っていくのがセオリーとなっている。
たとえ短期間でも、女性と恋人関係となる男性のレア度はソーシャルゲームの凶悪なガチャすら可愛く見えるレベルである。つまりは男性と義務でなく、強引にいただいたのでもなく、自然に恋に落ち、愛しあったという証左。真の意味で夢のまた夢。夫婦の昔話で『実は恋人だったんだよね』などとは勝ち組中の勝ち組。伝説級、いやまさに神話級なのだ。
よって、男性を軽々しく『恋人』扱いするなど精神的凌辱に等しい行為となる。しかも、それを身辺警護をまかされている身であるMapsが行ったとなれば――週刊誌の表紙に『警護対象男性に恋人関係を強要! ”Mapsの闇” 【実録】従順な美少年(十七歳)が性的玩具として扱われた地獄の百二十日間』くらいのタイトルで掲載されてもおかしくない。
そんなわけで、もはや絶命寸前の猪のように横たわり、息も絶え絶えな深夜子である。朝日も少しやりすぎてしまったことに気づき、あわててフォローにはいる。
「な、なーんて、冗談だよ。深夜子さん! 冗談だからね!」
「……朝日君……あたしもう疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ……朝日君……」
「ちょおっ!? 気を確かに! え、えと……はっ、花火大会行きたいなー。深夜子さんと行きたいなー。あっ、五月さんと梅ちゃんには僕から頼んでおくねっ、ねっ!」
「ほへっ!? ほっ、ほんとにっ!」
まるで天からラッパを吹き鳴らして、天使が舞い降りてくる回復魔法をかけられたかの如く深夜子が復活をとげる。
ひたすらあわを食っていただけだったが、終わって見ればきれいに話はまとまり、要望通りの結果となった。朝日が部屋を出たあとも、しばらくぼっーとして座りこんで現実感のわかない深夜子であったが、じわじわと喜びはこみ上げてくる。
「……やった……やったあ!! 朝日君とデート……屋台まわって、花火をいっしょに見て、へへ、うへへ……はっ!? 練習! 練習しとかないと!」
なんの練習であろうか? 深夜子は喜びのあまり、よくわからない思考に突入したらしい。その日は深夜、いや早朝まで、渾身の一人芝居という名の花火大会デートシミュレートは続いた――そこに扉を乱暴に開けて駆けこんできた影が一つ。
「うるっさいっですわぁぁーーっ! 深夜子さん、貴女今何時だとお思いですのっ!? 不気味な独り言をひたすらと……儀式? 何かの儀式ですの? いい加減にしてくださいませーーっ!!」
深夜子の部屋から、ちょうど壁一つ隔てた隣りは五月の部屋である――。
待望の週末、八月最後の日曜日である。そんな花火大会の当日の朝、玄関で深夜子に心配そうに声をかける朝日がいた。
「ちょっと、深夜子さん? 昨日……もしかして、本部勤務でまた徹夜したの……大丈夫?」
「よゆー。実質睡眠ゼロだけど、よゆー」
右手でサムズアップしているが、目の下には立派なクマがあり、まったく余裕は感じられない。月一の定例本部勤務ではなく、チームリーダーだからか、深夜子は本部で定期的に用事があるらしく、非番前に予定を入れては完徹で仕事を済ませて帰ることが多かった。
「全然ダメそうだね……まあ、夕方まで時間あるから深夜子さん寝た方がいいよ?」
「らじゃ……そ、ふする……ふぁ」
眠そうな口調で、ふらふらと自分の部屋に消えていく深夜子であった。
――出発三十分前。
今回は朝日の希望で、深夜子は浴衣、朝日自身はダークグリーンの甚平姿である。もちろん甚平は五月によるお取り寄せの逸品なのは言うまでもない。
「まあ、朝日様っ! やはり私が選んだだけありまして、よくお似合いですわっ!(でも私とデートした時のお洋服には敵いませんけど――)」
誉めながらも、ぼそっと本音が漏れる。
「え? 五月さん。どうかしました?」
「いっ、いえいえ! なんでもありませんわ。本当によくお似合いですことよ。素敵ですわ、朝日様。おほほほほ……今日は楽しんでくださいませ」
(……悔しいなら、悔しいって言えよ。めんどくせえな)
(んなっ! 余計なお世話ですわっ!)
五月と梅がぼそぼそとやりとりを続けていると、深夜子が着付けを終えてリビングにやってきた。
「お待たせ、朝日君。どっ、どうかな……?」
今日は髪を夜会巻きにして、かんざしを挿している深夜子。少し緊張した面持ちで、自信なさそうに浴衣姿を披露する。
黒地に赤系色で蝶と紫陽花の紋様が入っている少し古風でスタンダードな柄。帯はグラデーションの入った紫色。その和風な組み合わせが、深夜子を年齢より少し大人びて艶やかな印象に魅せている。
「うわー! うん、すごい似合ってる。あっ、かんざしは三日月のデザイン! ピアスとおそろいなんだね。すごくかわいい!」
「んへっ、ふへっ、へへへへへ」
頬を桃色に染め、身体をくねらせながら――そうかな? そうかな? と出発前からデレデレの深夜子である。
(ふぬぬっ……ぐぬぬっ……五月だって、五月だって浴衣を着れば――)
(んだよ。うらやましいんなら、うらやましいって言えよ。めんどくせえな)
(うるさいですわねっ!!)
花火大会の会場ともなれば、レストランに行って帰るのとは違うため、身辺警護担当は浴衣姿というわけにはいかない。今回は警護向きの私服で同行なことに少々不満気味の五月をよそに、深夜子待望の花火大会デートへ出発となった。
いったい何が? それは、ここ最近の朝日に関する出来事である。
男性健康診断に端を発した男事不介入案件。結果は梅の独壇場だった。ご褒美と称して、美少年のマッサージサービスという非合法な快楽をゲット。身体中のあちらこちらを朝日にもみもみしてもらう喜びを知りやがって――くっ、このメス犬め! ちがったメス猫か。
さらには朝日が勘違い、いや知らなかったから。ただそれだけで、五月は半日デートをゲット。確かに微妙な内容ではあったが、何やらその夜、朝日から濃厚で素敵な夜の挨拶をされたらしい。翌日は終日にやにやヘラヘラした面をしおって――おのれ、淫乱メガネめ!
そう自分だけ、自分だけ役得らしい役得がないではないか!?
この世界に朝日が来てからはや四ヶ月が過ぎようとしている。趣味も年齢も一番近い。何より、朝日のことを一番わかって、一番想っている自負がある。
だのに、だのになんなのだ、この敗北感は!
――そんな深刻なお悩みを抱え中の寝待深夜子さん。現在、ご自分の部屋で、朝日と二人して協力プレイが売りの携帯ゲーム『クリーチャーハンターZ』をプレイ中である。
先週発売されたばかりの、二人して発売を心待ちにしていた新製品だ。ここのところ毎日プレイしている。
「深夜子さん! 罠設置できる?」
「もちおまかせ。余分に持ち込んでる」
床に座布団をしいて、ベッドを背もたれに二人仲良く隣あわせで座りこみ、声を掛けあいながらお楽しみ中だ。
「よし、捕獲できたー。さっすが!」
「ふふん!」
ちなみに、朝日と深夜子が二人でゲームをしている時間は、一日平均にしても三時間はくだらない。世の女性からすれば、嫉妬の炎で焼き尽くしたくなるであろう美少年との時間共有である。
あげく、格闘ゲームの通信対戦で連勝記録を決めたりしたら、勢いでボディタッチもしばしば、どこをどうみても毎日がフェスティバル。これを役得といわずして、いったい何を役得というのだろうか?
灯台もと暗し、隣の花は赤い、よく言ったものである。
それでも寝待深夜子は不満なのだ――。
「あのさ、深夜子さん」
「ん。なに?」
ゲームがひと段落したところで、朝日が微妙そうな口調で質問を投げかける。
「なんか、部屋中にさ。すごく露骨に……この……花火大会? のチラシが貼られたり、置いたりしてるのはどうしてかな?」
扉から壁、窓と、あからさまに花火大会のビラが貼ってある。さらには机や床に『ご自由にお取りください』のメモ付きで置いてあったりした。気にはなっていたが、あまりの露骨さに聞くタイミングを逃していた朝日であった。
「ああっと!? これは偶然! 曙港花火大会……今週末にあるんだって! ……あっ、それと、あたしその日非番」
実に、実に都合のよい偶然もあったものである。
そして残念なことに、深夜子の脳内お花畑ではこのあとの展開はこうなっている。
『わー! 花火大会? すごーい! いきたいなーいきたいなー』
『ふふん! もう朝日君はしょうがないなー。あたし、たまたま非番だから、案内してあげてもいいよ(キラーン)』
『ほんと? やったー! さすが深夜子さん大好きー!』
……あいたた。
しかし現実は――。
「ふーん」
「!?」
塩対応であった。
「あれ? ……え、えーと。その……この辺りでは夏で一番大きいお祭り! あたしその日非番」
まだだ、まだ終わらんよ。ここは情報を小出しにして興味を引く作戦に変更だ。
「へー」
「!!??」
塩対応であった。
「……もっ、ももももちろん。その、あの、男性福祉対応もばっちり! 男性無料の屋台ロードとか、専用の花火観賞用の土手も完備! あたしその日非番!」
これはマズい。ならば一気に売りをアピール、男性でも安心して楽しめますよ。これだ!
「そーなんだー」
「…………はい」
実にしょっぱい。
「あ……朝日君は……あの……花火大会……とか……その」
必死に説明するも、だんだんとしどろもどろになってゆく深夜子である。
もちろんこの朝日の塩対応。これ以上ないくらいわかりやすい深夜子の思考に対しての軽いイタズラであり、その反応を楽しんでいるだけだ。もうっ、小悪魔ですね!
「ねえねえ、深夜子さん?」
「はうあっ!? なっ、なにかな?」
笑顔を浮かべ、ずいっと上目遣いでにじり寄ってくる朝日に気圧される深夜子。
「もしかして、僕と二人で花火大会に行きたいの?」
もしかしない。朝日から的確なカウンターが容赦なく放たれた。
「はべっ!? べべべ別に、そうでなくて! あたしも朝日君とデートしたっ――ちが、い、いや、そう、たまたま? そう、たまたま非番大会が花火!」
こうかはばつぐんだ!
セクハラまがいの冗談ならおまかせの割には、こういった正統派なケースにはめっぽう弱い深夜子である。すでに顔と耳を真っ赤にして、気の毒なまでの動揺を見せている。
しかし、この反応が面白かったようで、調子にのった朝日がさらに追い討ちをかけた。
「そうだ! 深夜子さん知ってた? こういうのって、僕の世界では恋人同士で行くものなんだよ」
「こっ? こ、ここここいっ……びとっ!?」
「あれー? もしかして深夜子さんってば、僕のことをそんな目で――」
「あわっ、あわわわわ……あ、あたし、そそそそそんなつもりじゃ!」
突然の『恋人』という、この世界におけるスーパーウルトラグレートデリシャスワンダフルパワーワードに反応して、だらだらと顔中に汗を流して、びびりまくる深夜子。
それもそのはず。朝日は何も考えずにからかい半分の軽い冗談であるが、この世界で恋人とは非常に重い言葉である。
何せ基本的に一定年齢で即結婚という義務の鎖でからめとられている男性たちだ。さらには男性警護、男性看護、そういった職種の女性でも、そうなる前に脈ありの男性は即結婚に持っていくのがセオリーとなっている。
たとえ短期間でも、女性と恋人関係となる男性のレア度はソーシャルゲームの凶悪なガチャすら可愛く見えるレベルである。つまりは男性と義務でなく、強引にいただいたのでもなく、自然に恋に落ち、愛しあったという証左。真の意味で夢のまた夢。夫婦の昔話で『実は恋人だったんだよね』などとは勝ち組中の勝ち組。伝説級、いやまさに神話級なのだ。
よって、男性を軽々しく『恋人』扱いするなど精神的凌辱に等しい行為となる。しかも、それを身辺警護をまかされている身であるMapsが行ったとなれば――週刊誌の表紙に『警護対象男性に恋人関係を強要! ”Mapsの闇” 【実録】従順な美少年(十七歳)が性的玩具として扱われた地獄の百二十日間』くらいのタイトルで掲載されてもおかしくない。
そんなわけで、もはや絶命寸前の猪のように横たわり、息も絶え絶えな深夜子である。朝日も少しやりすぎてしまったことに気づき、あわててフォローにはいる。
「な、なーんて、冗談だよ。深夜子さん! 冗談だからね!」
「……朝日君……あたしもう疲れたんだ。なんだか、とても眠いんだ……朝日君……」
「ちょおっ!? 気を確かに! え、えと……はっ、花火大会行きたいなー。深夜子さんと行きたいなー。あっ、五月さんと梅ちゃんには僕から頼んでおくねっ、ねっ!」
「ほへっ!? ほっ、ほんとにっ!」
まるで天からラッパを吹き鳴らして、天使が舞い降りてくる回復魔法をかけられたかの如く深夜子が復活をとげる。
ひたすらあわを食っていただけだったが、終わって見ればきれいに話はまとまり、要望通りの結果となった。朝日が部屋を出たあとも、しばらくぼっーとして座りこんで現実感のわかない深夜子であったが、じわじわと喜びはこみ上げてくる。
「……やった……やったあ!! 朝日君とデート……屋台まわって、花火をいっしょに見て、へへ、うへへ……はっ!? 練習! 練習しとかないと!」
なんの練習であろうか? 深夜子は喜びのあまり、よくわからない思考に突入したらしい。その日は深夜、いや早朝まで、渾身の一人芝居という名の花火大会デートシミュレートは続いた――そこに扉を乱暴に開けて駆けこんできた影が一つ。
「うるっさいっですわぁぁーーっ! 深夜子さん、貴女今何時だとお思いですのっ!? 不気味な独り言をひたすらと……儀式? 何かの儀式ですの? いい加減にしてくださいませーーっ!!」
深夜子の部屋から、ちょうど壁一つ隔てた隣りは五月の部屋である――。
待望の週末、八月最後の日曜日である。そんな花火大会の当日の朝、玄関で深夜子に心配そうに声をかける朝日がいた。
「ちょっと、深夜子さん? 昨日……もしかして、本部勤務でまた徹夜したの……大丈夫?」
「よゆー。実質睡眠ゼロだけど、よゆー」
右手でサムズアップしているが、目の下には立派なクマがあり、まったく余裕は感じられない。月一の定例本部勤務ではなく、チームリーダーだからか、深夜子は本部で定期的に用事があるらしく、非番前に予定を入れては完徹で仕事を済ませて帰ることが多かった。
「全然ダメそうだね……まあ、夕方まで時間あるから深夜子さん寝た方がいいよ?」
「らじゃ……そ、ふする……ふぁ」
眠そうな口調で、ふらふらと自分の部屋に消えていく深夜子であった。
――出発三十分前。
今回は朝日の希望で、深夜子は浴衣、朝日自身はダークグリーンの甚平姿である。もちろん甚平は五月によるお取り寄せの逸品なのは言うまでもない。
「まあ、朝日様っ! やはり私が選んだだけありまして、よくお似合いですわっ!(でも私とデートした時のお洋服には敵いませんけど――)」
誉めながらも、ぼそっと本音が漏れる。
「え? 五月さん。どうかしました?」
「いっ、いえいえ! なんでもありませんわ。本当によくお似合いですことよ。素敵ですわ、朝日様。おほほほほ……今日は楽しんでくださいませ」
(……悔しいなら、悔しいって言えよ。めんどくせえな)
(んなっ! 余計なお世話ですわっ!)
五月と梅がぼそぼそとやりとりを続けていると、深夜子が着付けを終えてリビングにやってきた。
「お待たせ、朝日君。どっ、どうかな……?」
今日は髪を夜会巻きにして、かんざしを挿している深夜子。少し緊張した面持ちで、自信なさそうに浴衣姿を披露する。
黒地に赤系色で蝶と紫陽花の紋様が入っている少し古風でスタンダードな柄。帯はグラデーションの入った紫色。その和風な組み合わせが、深夜子を年齢より少し大人びて艶やかな印象に魅せている。
「うわー! うん、すごい似合ってる。あっ、かんざしは三日月のデザイン! ピアスとおそろいなんだね。すごくかわいい!」
「んへっ、ふへっ、へへへへへ」
頬を桃色に染め、身体をくねらせながら――そうかな? そうかな? と出発前からデレデレの深夜子である。
(ふぬぬっ……ぐぬぬっ……五月だって、五月だって浴衣を着れば――)
(んだよ。うらやましいんなら、うらやましいって言えよ。めんどくせえな)
(うるさいですわねっ!!)
花火大会の会場ともなれば、レストランに行って帰るのとは違うため、身辺警護担当は浴衣姿というわけにはいかない。今回は警護向きの私服で同行なことに少々不満気味の五月をよそに、深夜子待望の花火大会デートへ出発となった。
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