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第1話 家庭教師の仮面
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「天月詠の屋敷…ここか」
屋敷の大きな扉がゆっくりと開いた。
市民として育った身体が勝手に縮こまり、本能的に場違いだと自分自身に警告している。
一歩前へ踏み出すと、同じ国の中であるはずなのに、そこはまるで外の喧騒とは無縁の世界であった。
——ここに潜り込めば、国の情報が手に入る。ここに来て初めに考えたことがそんなことだなんて、犯罪者としての素質があるのだろうと、自分自身でも感心してしまった。
胸に期待を膨らませてしまったため、使用人が出迎えてくれていたのだと、今気がついた。
「家庭教師の方ですね。お待ちしておりました、ご案内いたします」
家主の元まで案内してくれるらしい。
俺はいかにも教育者であるかのように礼儀正しく振る舞うが、頭の中はすでに計算でいっぱいだった。
どんな部屋にどのような書類があるのか、使用人や教え子の行動パターン、そして自分の家主である男の性格までも、想像していたらキリがない。
庭へ一歩踏み出すと、空気がさらに冷たくなり、警備員の位置、魔力の範囲、障害物の有無、観察対象が一気に目の前に広がる。
「こちらは庭園でございます。朝と夜では雰囲気がまるで異なるのです。ご子息様は、日中が特にお気に入りですが」
「こんなに立派な庭は生まれて初めて目にしましたよ、実に見事です」
均一に揃っている草木は人の生活の痕跡を拒むように静かであり、まるでこの庭園のすべてが整えられた演出のように思えてしまう。
——踏み荒らすな。
そう言われている気がして無意識に歩幅を広げて先に進もうと思ったが、大きな噴水の前で立ち止まってみる。
あることが妙に気になってしまったからだ。
それに気づいた使用人が、早くしろと言いたげに見つめてきたが、俺は心にある言葉をそのまま口にする。
「シンプルなデザインなのですね」
小さく吐息をつくと、使用人は口を開いた。
「えぇ、無駄なものは一切置いておりませんので。お気に召さなかったでしょうか」
きっと相手が言ったことはそのままの意味で捉えるのが普通なのだろうが、俺の長年の経験が、他人の言動を大げさに捉えてしまうのだ。
「いえ、良い教育環境であると思います。おっしゃる通り、無駄なものがあっては学業に集中できませんので」
教員のふりをするのは疲れるな、と思いつつ、事務的な話をしている間に庭を抜け、屋敷の入り口の目の前まできていた。
導かれるままに屋敷の内部へ入ると、これまで見たことがない、豪華な空間が広がっていて思わず息を吞んだ。
天井は高く、壁には金箔の装飾、俺の背丈ほどはある大きな窓から差し込む光が、シャンデリアに反射して部屋全体が光に包まれている。
これが、名家“天月詠”の財力か。
廊下の壁には油絵や装飾品が規則正しく並び、歩くごとにその価値が目に刺さる。部屋一つひとつが、権力と金で作られた迷路のようだ。
「こちらがご依頼主の書斎でございます」
扉には金の紋章。魔力の刻印が、圧を放っている。
ここでは、俺は俺であってはならない。
反射的に呼び起こしかけた魔力を、すぐに押し込める。
深く息を吸って、力強くノックした。
革命家でもない。
犯罪者でもない。
今日から俺は、ただの家庭教師だ。そう、心に言い聞かせながら。
「入りたまえ」
低く、よく通る声。だがどこか冷酷さを感じる雰囲気だった。
扉を押し開け、広く静寂な部屋に足を踏み入れた。
壁一面の書棚に天井まで届く窓の前に立つ男。奴が家主だとひと目でわかった。
振り返った瞬間、お互いの視線が絡む。
背筋を伸ばし、一定の速度でその男に歩み寄った。
落ち着け、俺は今教師なんだぞ。
「本日よりお世話になります。公認魔法教育者の鳴海です」
事実そのもののように口にするが、今まで数え切れないほどしてきた嘘の自己紹介の1つにすぎない。
「経歴は確認した。ただ、身元保証人なし。ずいぶん思い切った人選だと思わないか?」
「雇ったのはあなたです」
「そうだ」
先に視線を外したのは男の方だった。
「私は“能力”で人を選ぶからな」
俺の首筋を見ながら、その言葉が放たれた。
「教育方針についてですが」
「あぁ、息子に教えて欲しいことは4つだ」
「その4つとはいったい……」
控えめなノックが部屋に響き、俺たち二人の視線が同時に扉へ向いた。
「入れ」
扉が開かれると、差し込む光の中に、ひとりの少年が立っていた。
まるでここだけ冬なのかと思わせる、雪のような白い肌に、白い髪。整いすぎた輪郭。
作り物のように美しい子だった。
美少年という言葉は、この子どものためだけにつくられたのではないかと思ってしまうほどに。
そしてなによりもその瞳…どこか懐かしい目の色をしていた。
「父上、お話中でしたか」
「いや、構わない」
俺には目の前の親子の会話など耳に入っていなかった。
——このガキは使える。
頭の中は、その考えだけで支配されていたから。
思考が冷たく回転する。
権力者の血筋、魔力の正統継承者。
うまく利用すれば“計画”の近道になるのでは。
「先生、息子の紡です」
普段着であるのだろうが、それでもどこか上品さを放つ服装に、正しい作法。少しの無駄もない姿勢。幼くもよく教育されているのだろう。
ただ少しだけ、妙な雰囲気を感じるが。
「紡、こちらは公認魔法教育本部からわざわざお前のために来て下さった家庭教師、鳴海先生だ」
億万長者なんて家庭教師を雇うのが普通だと思っていたため、わざわざという言葉に少し違和感を覚えたが、余計な疑問はすぐに頭から消した。
今この場であれこれ考えすぎるのは良くない。穏やかな顔をつくり、教師としての仮面を整えなければ。
「本日からご指導させていただきます」
その言葉を聞いて、紡の瞳がわずかに揺れる。
「こんな未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
紡は新しい教師を数秒見つめ、そして小さく笑った。
その笑みは、どこか寂しげだった。
「先生も長旅でお疲れでしょう、今日はゆっくり休むと良い。ほら紡、鳴海先生を部屋まで案内しなさい」
「はい、父上」
連れられて部屋を出ると、階段をゆっくり下りながら、鳴海は紡にあることを尋ねた。
「まず、どのような魔法を学びたいのですか?御曹司様が今までどのような魔法を教わってきたのかは分かりませんが…まずはすべての魔法の土台となる空間圧縮法などはどうでしょうか」
まぁ、こんなお坊ちゃまには魔法の基礎なんて教えなくともすぐに習得できるだろうがな。
「もしすでにそれが使いこなせるのであれば、早速すべての魔法に対応できる展開術というものを教えましょう」
紡は目を輝かせ、少し考え込んでから答えた。
「うーん…その展開術っていうのやってみたいかなぁ」
「あ、でも…」
その途端、肩をすくめ、小さな声で言った。
「実は僕、魔法を使えたことないんだ」
階段の一番下で立ち止まり、俺は思わず声を上げた。
「は…?」
この国では、魔法は血統と権力の証だ。議会の頂に座る者、軍を率いる者、王に仕える者。そういう人間だけが扱える力。
このガキも、あの家主の男も、そういう身分の者だから近づいたのに…
「父上も、周りの人も、皆そのうち魔力が目覚めるだろうって。血は本物なんだって。でも……何度やっても、何も起きないんです」
少年の手は赤くなるほど握りしめられていた。
魔法が使えない権力者の子。それは、この国では欠陥品と同義だった。
俺は視線を逸らし、ゆっくりと息を吐いた。
計画が狂う——
この家に入り込み、この子どもとその父親を通じて国の機密へ近づくつもりだった。いずれ少年が魔法を自在に扱えるようになれば、儀式にも立ち会える。国家中枢の結界室にも入れる、そう思っていたのに。
だが——魔法が使えない?
ならば俺がここにいる意味はない。その瞬間、冷たい計算が俺の胸をよぎった。
しかしそれと同時に、自身の記憶が蘇る。
薄汚れた小屋。権力も血統もない自分。
俺は“市民”だった。
盗み出した理論書を使って1日中鍛錬を積んだ。
身体を焼くような反動。
成功すれば力を得るが、失敗すれば死。
それでも、ある方法で魔法を手に入れたのだ。誰も知らない裏の習得法で。
「先生は……がっかりしましたよね」
その目は、怯えと諦めで濁っている。
「今までうちに来た家庭教師は、最初こそすごく親切にしてくれたのに、魔法が使えないと知った途端…皆すぐに僕を突き放してしまう。それでも未来の権力者なのかって……」
鳴海は沈黙したまま、紡を見つめる。
このガキを捨てるか?
計画のためなら、それが合理的だ。別のルートを探せばいい。もっと使える駒を。
だが——
「……いや」
自分でも意外な声が出た。
「魔法が使えないと言ったな」
「はい」
紡は先程とは全く異なる口調で話す鳴海に戸惑いつつも、はっきりと返事をした。
「なら、使えるようになればいい」
「え……?」
紡が目を見開く。
「君は知らないだけだ。魔法は、権力者だけのものではない」
その言葉は、この国では反逆に等しいため、かすかに息を呑んだ。
「……?方法が……あるんですか?」
鳴海は一瞬、迷う。
教えれば、この子は変わる。強くなる。
そして——自分の計画に深く組み込まれる。だが同時に、危険が及ぶ。あの方法は、命も削るのだ。
利用するために教えるのか?それとも——
紡の瞳は、期待と絶望のはざまで揺れている。
鳴海はゆっくりと膝をつき、紡と視線を合わせた。
「ある。ただし——」
声が低くなる。
「正規の魔法とは違う、誰にも言えないものだ。そしてもし成功しても、君はもう普通の人間ではいられない」
「…普通じゃなくていい」
その言葉に、胸がわずかに軋んだ。
「僕は、父上に認められたいんです。」
長い沈黙が流れ、ゆっくりと立ち上がる。
「…わかった。なら教えましょう、基礎から。」
その言葉に、紡の目が初めて強く光る。
やっと笑った、そう思った。
鳴海はさっきまでの一瞬、教師としての演技を忘れて紡と会話をしていたということに、自分でも気づいていなかった。
俺は窓の外を見ながら色々考えた。
無駄にでかい庭園にある大きな噴水。その水音は、規則正しく、心拍数を測っているみたいだった。
——魔法は選ばれた人間だけのものじゃない
幼い頃の記憶だが、その言葉は今もはっきりと残っている。
教えるふりをして駒に育てる。
従順なふりをして距離を詰める。
家庭教師。
今日からそれが、俺の仮面だ。
屋敷の大きな扉がゆっくりと開いた。
市民として育った身体が勝手に縮こまり、本能的に場違いだと自分自身に警告している。
一歩前へ踏み出すと、同じ国の中であるはずなのに、そこはまるで外の喧騒とは無縁の世界であった。
——ここに潜り込めば、国の情報が手に入る。ここに来て初めに考えたことがそんなことだなんて、犯罪者としての素質があるのだろうと、自分自身でも感心してしまった。
胸に期待を膨らませてしまったため、使用人が出迎えてくれていたのだと、今気がついた。
「家庭教師の方ですね。お待ちしておりました、ご案内いたします」
家主の元まで案内してくれるらしい。
俺はいかにも教育者であるかのように礼儀正しく振る舞うが、頭の中はすでに計算でいっぱいだった。
どんな部屋にどのような書類があるのか、使用人や教え子の行動パターン、そして自分の家主である男の性格までも、想像していたらキリがない。
庭へ一歩踏み出すと、空気がさらに冷たくなり、警備員の位置、魔力の範囲、障害物の有無、観察対象が一気に目の前に広がる。
「こちらは庭園でございます。朝と夜では雰囲気がまるで異なるのです。ご子息様は、日中が特にお気に入りですが」
「こんなに立派な庭は生まれて初めて目にしましたよ、実に見事です」
均一に揃っている草木は人の生活の痕跡を拒むように静かであり、まるでこの庭園のすべてが整えられた演出のように思えてしまう。
——踏み荒らすな。
そう言われている気がして無意識に歩幅を広げて先に進もうと思ったが、大きな噴水の前で立ち止まってみる。
あることが妙に気になってしまったからだ。
それに気づいた使用人が、早くしろと言いたげに見つめてきたが、俺は心にある言葉をそのまま口にする。
「シンプルなデザインなのですね」
小さく吐息をつくと、使用人は口を開いた。
「えぇ、無駄なものは一切置いておりませんので。お気に召さなかったでしょうか」
きっと相手が言ったことはそのままの意味で捉えるのが普通なのだろうが、俺の長年の経験が、他人の言動を大げさに捉えてしまうのだ。
「いえ、良い教育環境であると思います。おっしゃる通り、無駄なものがあっては学業に集中できませんので」
教員のふりをするのは疲れるな、と思いつつ、事務的な話をしている間に庭を抜け、屋敷の入り口の目の前まできていた。
導かれるままに屋敷の内部へ入ると、これまで見たことがない、豪華な空間が広がっていて思わず息を吞んだ。
天井は高く、壁には金箔の装飾、俺の背丈ほどはある大きな窓から差し込む光が、シャンデリアに反射して部屋全体が光に包まれている。
これが、名家“天月詠”の財力か。
廊下の壁には油絵や装飾品が規則正しく並び、歩くごとにその価値が目に刺さる。部屋一つひとつが、権力と金で作られた迷路のようだ。
「こちらがご依頼主の書斎でございます」
扉には金の紋章。魔力の刻印が、圧を放っている。
ここでは、俺は俺であってはならない。
反射的に呼び起こしかけた魔力を、すぐに押し込める。
深く息を吸って、力強くノックした。
革命家でもない。
犯罪者でもない。
今日から俺は、ただの家庭教師だ。そう、心に言い聞かせながら。
「入りたまえ」
低く、よく通る声。だがどこか冷酷さを感じる雰囲気だった。
扉を押し開け、広く静寂な部屋に足を踏み入れた。
壁一面の書棚に天井まで届く窓の前に立つ男。奴が家主だとひと目でわかった。
振り返った瞬間、お互いの視線が絡む。
背筋を伸ばし、一定の速度でその男に歩み寄った。
落ち着け、俺は今教師なんだぞ。
「本日よりお世話になります。公認魔法教育者の鳴海です」
事実そのもののように口にするが、今まで数え切れないほどしてきた嘘の自己紹介の1つにすぎない。
「経歴は確認した。ただ、身元保証人なし。ずいぶん思い切った人選だと思わないか?」
「雇ったのはあなたです」
「そうだ」
先に視線を外したのは男の方だった。
「私は“能力”で人を選ぶからな」
俺の首筋を見ながら、その言葉が放たれた。
「教育方針についてですが」
「あぁ、息子に教えて欲しいことは4つだ」
「その4つとはいったい……」
控えめなノックが部屋に響き、俺たち二人の視線が同時に扉へ向いた。
「入れ」
扉が開かれると、差し込む光の中に、ひとりの少年が立っていた。
まるでここだけ冬なのかと思わせる、雪のような白い肌に、白い髪。整いすぎた輪郭。
作り物のように美しい子だった。
美少年という言葉は、この子どものためだけにつくられたのではないかと思ってしまうほどに。
そしてなによりもその瞳…どこか懐かしい目の色をしていた。
「父上、お話中でしたか」
「いや、構わない」
俺には目の前の親子の会話など耳に入っていなかった。
——このガキは使える。
頭の中は、その考えだけで支配されていたから。
思考が冷たく回転する。
権力者の血筋、魔力の正統継承者。
うまく利用すれば“計画”の近道になるのでは。
「先生、息子の紡です」
普段着であるのだろうが、それでもどこか上品さを放つ服装に、正しい作法。少しの無駄もない姿勢。幼くもよく教育されているのだろう。
ただ少しだけ、妙な雰囲気を感じるが。
「紡、こちらは公認魔法教育本部からわざわざお前のために来て下さった家庭教師、鳴海先生だ」
億万長者なんて家庭教師を雇うのが普通だと思っていたため、わざわざという言葉に少し違和感を覚えたが、余計な疑問はすぐに頭から消した。
今この場であれこれ考えすぎるのは良くない。穏やかな顔をつくり、教師としての仮面を整えなければ。
「本日からご指導させていただきます」
その言葉を聞いて、紡の瞳がわずかに揺れる。
「こんな未熟者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」
紡は新しい教師を数秒見つめ、そして小さく笑った。
その笑みは、どこか寂しげだった。
「先生も長旅でお疲れでしょう、今日はゆっくり休むと良い。ほら紡、鳴海先生を部屋まで案内しなさい」
「はい、父上」
連れられて部屋を出ると、階段をゆっくり下りながら、鳴海は紡にあることを尋ねた。
「まず、どのような魔法を学びたいのですか?御曹司様が今までどのような魔法を教わってきたのかは分かりませんが…まずはすべての魔法の土台となる空間圧縮法などはどうでしょうか」
まぁ、こんなお坊ちゃまには魔法の基礎なんて教えなくともすぐに習得できるだろうがな。
「もしすでにそれが使いこなせるのであれば、早速すべての魔法に対応できる展開術というものを教えましょう」
紡は目を輝かせ、少し考え込んでから答えた。
「うーん…その展開術っていうのやってみたいかなぁ」
「あ、でも…」
その途端、肩をすくめ、小さな声で言った。
「実は僕、魔法を使えたことないんだ」
階段の一番下で立ち止まり、俺は思わず声を上げた。
「は…?」
この国では、魔法は血統と権力の証だ。議会の頂に座る者、軍を率いる者、王に仕える者。そういう人間だけが扱える力。
このガキも、あの家主の男も、そういう身分の者だから近づいたのに…
「父上も、周りの人も、皆そのうち魔力が目覚めるだろうって。血は本物なんだって。でも……何度やっても、何も起きないんです」
少年の手は赤くなるほど握りしめられていた。
魔法が使えない権力者の子。それは、この国では欠陥品と同義だった。
俺は視線を逸らし、ゆっくりと息を吐いた。
計画が狂う——
この家に入り込み、この子どもとその父親を通じて国の機密へ近づくつもりだった。いずれ少年が魔法を自在に扱えるようになれば、儀式にも立ち会える。国家中枢の結界室にも入れる、そう思っていたのに。
だが——魔法が使えない?
ならば俺がここにいる意味はない。その瞬間、冷たい計算が俺の胸をよぎった。
しかしそれと同時に、自身の記憶が蘇る。
薄汚れた小屋。権力も血統もない自分。
俺は“市民”だった。
盗み出した理論書を使って1日中鍛錬を積んだ。
身体を焼くような反動。
成功すれば力を得るが、失敗すれば死。
それでも、ある方法で魔法を手に入れたのだ。誰も知らない裏の習得法で。
「先生は……がっかりしましたよね」
その目は、怯えと諦めで濁っている。
「今までうちに来た家庭教師は、最初こそすごく親切にしてくれたのに、魔法が使えないと知った途端…皆すぐに僕を突き放してしまう。それでも未来の権力者なのかって……」
鳴海は沈黙したまま、紡を見つめる。
このガキを捨てるか?
計画のためなら、それが合理的だ。別のルートを探せばいい。もっと使える駒を。
だが——
「……いや」
自分でも意外な声が出た。
「魔法が使えないと言ったな」
「はい」
紡は先程とは全く異なる口調で話す鳴海に戸惑いつつも、はっきりと返事をした。
「なら、使えるようになればいい」
「え……?」
紡が目を見開く。
「君は知らないだけだ。魔法は、権力者だけのものではない」
その言葉は、この国では反逆に等しいため、かすかに息を呑んだ。
「……?方法が……あるんですか?」
鳴海は一瞬、迷う。
教えれば、この子は変わる。強くなる。
そして——自分の計画に深く組み込まれる。だが同時に、危険が及ぶ。あの方法は、命も削るのだ。
利用するために教えるのか?それとも——
紡の瞳は、期待と絶望のはざまで揺れている。
鳴海はゆっくりと膝をつき、紡と視線を合わせた。
「ある。ただし——」
声が低くなる。
「正規の魔法とは違う、誰にも言えないものだ。そしてもし成功しても、君はもう普通の人間ではいられない」
「…普通じゃなくていい」
その言葉に、胸がわずかに軋んだ。
「僕は、父上に認められたいんです。」
長い沈黙が流れ、ゆっくりと立ち上がる。
「…わかった。なら教えましょう、基礎から。」
その言葉に、紡の目が初めて強く光る。
やっと笑った、そう思った。
鳴海はさっきまでの一瞬、教師としての演技を忘れて紡と会話をしていたということに、自分でも気づいていなかった。
俺は窓の外を見ながら色々考えた。
無駄にでかい庭園にある大きな噴水。その水音は、規則正しく、心拍数を測っているみたいだった。
——魔法は選ばれた人間だけのものじゃない
幼い頃の記憶だが、その言葉は今もはっきりと残っている。
教えるふりをして駒に育てる。
従順なふりをして距離を詰める。
家庭教師。
今日からそれが、俺の仮面だ。
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