犯罪者の俺が億万長者に家庭教師として雇われた理由〜悪魔の心を解かすのは、誰も知らない天使の微笑み〜

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第2話 同じ夜、別々の孤独

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 屋敷の奥、客間として与えられた一室の前で、鳴海と紡は立ち止まった。

 「ここが先生の部屋です」
 紡は扉を開け、少し誇らしげに中を示した。

 「家具やカーテンなども新しいものを用意してもらいました。足りないものがあれば、使用人に伝えてください」

 「気遣いは無用だ。私は雇われた身です」
 鳴海は淡々と答え、室内を見回した。
 天井の高さ、でかすぎるベッドに壁の装飾。市民として過ごしてきた日常とは全く異なる部屋だった。監視の気配もなさそうだな。豪華さに目を奪われながらも、頭の中は別のことでいっぱいだった。

 この屋敷、どこに国家の情報があるのだろうか。書斎や倉庫、壁の裏側、あらゆる可能性を思い浮かべる。

 「あの…先生…お気に召さなかったでしょうか?」
 心配そうにこちらを見つめてきた。
 俺があまりにも部屋の隅々まで凝視してしまったからだろう。

 「いえ、そんなことはありません。実に良い部屋です。私にはもったいないほどですよ」

 それを聞いた紡は、安堵の表情を浮かべた。そして少し迷うように視線を泳がせ、それから小さく息を吸った。

 「……先生」

 「なんでしょう」

 期待に満ちた、年相応の、柔らかい笑顔で言った。
 「本当にありがとうございます。先生が初めてで、魔法が使えないことについてこんなに向き合ってくれたのは」

 胸の奥が、わずかに熱を持つ。

 ——やめろ
 男は無意識に奥歯を噛んだ。
 このガキは“駒”だ。計画のための道具。
 そう、ただの——

 「これからよろしくお願いします、鳴海先生」

 ——馬鹿げている。お前はこれから私に利用されるというのに

 「礼は不要です」
 声が少しだけ硬くなる。

 「私は御曹司様に魔法を教える。そしてあなたは私の教え子として魔法を教わる。それだけの関係なので」

 紡はきょとんとしたあと、少しだけ寂しそうに、それでもまた笑った。

 「僕はいつか、父上のような偉大な魔法使いになりたいのです。必ずや天月詠家の一族として、恥ずかしくない者になります」

 胸いっぱいに誇りを詰め込んで、紡の目は輝いていた。
 真っ直ぐで、疑いを知らない信頼に満ちている。

 鳴海は目の前の子どもを見下ろす。
 その顔には微笑みが浮かんでいるが、目は冷たい光を含んでいた。

 心の中で笑った。
 この世はお前が思っているほど優しくない。そもそも俺が想像する未来の世界に、お前ら権力者はいないのだと。
 屋敷も、お前の誇りも——

 「…それは素晴らしい目標ですね」
 そう言うと、紡の目がさらに輝いた。
 
 「父上の跡を継ぐのですか。御曹司様なら、きっとできるでしょう」
 言葉のひとつひとつに、励ましを込めた。
 肩に手を置くこともせず、距離を保ったまま。

 そう聞いて、嬉しそうに笑った。
「本当でしょうか? 先生がそう言ってくれるなら、僕、明日から頑張れます」

 鳴海も小さく笑みを返す。

 その無防備さ。疑いのない信頼。
 ——だから子どもは嫌いだ。
 利用するには、あまりにも素直すぎる。胸の奥に湧いた感情を、男は即座に分析する。
 同情。保護欲。
 あるいは——罪悪感。
 どれも計画には不要なものだ。

 「案内ご苦労。もう自室へ戻りなさい」

 「はい。先生」
 少年はぺこりと頭を下げ、軽い足取りで廊下を去っていく。

 その背を見送った瞬間、鳴海は小さく舌打ちした。
 
 「……くだらない」
 自分は犯罪者だ。この屋敷にいる理由も、優しさとは無縁だ。

 扉が閉まり、足音が完全に遠ざかると、部屋は静寂に沈んだ。

 部屋に残った俺は机の上に魔法書とノートを広げ、椅子に腰を下ろした。
 豪華な装飾が眩しく、部屋も広すぎて落ち着かないが、そんなことを気にしてはいられない。これからあのガキにどうやって俺の魔法を教えていこう。そもそも市民じゃない人間に通用するのかも分からないが…。

「血統由来の魔力を前提を捨てる」
 小さく呟きながら書き込む。
 この国の魔力は、権力者の体内にのみ“核”が存在するという前提で組まれている。だからあの子は、何も感じられない自分を欠陥だと思い込んでいるのだろう。
 だが違う。
 魔力は外界にも満ちている。
 問題は——接続方法だ。

 とりあえずあのガキの魔力は弱い、と仮定しておいた方が良いな。
 血統の未発現ではなく、単純に“量が少ない”のだとしたらどうする?

 最も不安定なのが魔力だ。だがそれと同時に一番扱いやすいのも魔力だ。

 量が足りないなら、使い方を変えるしかない。

 権力者の魔法は大胆だ。
 魔力が多いからこそ大量の魔力を流し込み、多少意志や構造が粗くても押し切ることで成り立ってしまう。
 だが少年にはそれができない。ならば逆の方法を使えばいい。

 「魔力の浪費をゼロに近づける」
 黙々と新しい紙に式を書き始めた。

 そして鳴海が屋敷に来てから半日が過ぎようとした時、ようやく1つの結論に達した。

 明日の授業は、きっと地味で退屈だ。
 ガキはがっかりするかもしれないが、それでも構わない。

 「基礎を誤れば、すべてが歪む」
 小さな魔力を、正確に。
 それができたとき、あの子は初めて——
 “魔力が弱い”という前提を、覆す足場を得るのだから。

 紡の声が、不意に蘇る。あの笑顔、まっすぐで疑いを知らない目も。
 自分を先生として信頼し、見上げる、あの無防備な笑顔。誰かがあんなふうに自分に笑いかけたのは、いつぶりだろう。
 思い出そうとしたが、すぐにやめる。
 必要のない記憶だ。

 屋敷がどれだけ大きくても、関係ない。
 天井が高くても、絨毯が分厚くても、豪華な食事が運ばれてきても。
 自分のいる場所は変わらない。

 あの笑顔を考えると、小さく息を吐く。
 眩しい、と思った。
 だがそれは、自分には無縁の光だ。

 それからも計算は止まらず、どう育てていくかひとりで次々にシナリオを描いていた。しかし、視覚と頭脳のフル稼働は思ったよりも体力を消耗させる。

 気づけば目の前の豪華なベッドに腰掛け、頭の中では様々なルートを考えていたはずが、まぶたが重くなっていく。

 明日にでも手がかりが見つかると良いが…

 次の瞬間、頭の中の計算と探究心は徐々に薄れ、気づけば鳴海は静かに眠りに落ちていた。
 豪華な部屋の静けさが、緊張を包み込むようだった。

 鳴海の書斎から漏れていた灯りも消え、長い廊下には魔法灯の淡い光だけが残っている。

 そのころの紡は、自室の窓辺に座り膝を抱えていた。
 先生はもう眠っている頃だろう。

 「なら、使えるようになればいい」
 あの低い声が蘇る。
 断言だった。
 慰めではなく、可能性でもなく、言い切った声。

 ——本当に……できるようになるのかな。
 周囲は当然のように期待している。
 血統は本物だと。
 でも、自分だけが空っぽのようで。
 父上は…直接口にはしないが、どこかで諦めているようである。

 他の家庭教師たちは、豪華な魔法を自分に見せつけた。
 「あなたもいずれこうなります」と。
 でも、鳴海先生は違った。基礎から、と言った。まるで自分が本当に“何もできない”ことを知っていたみたいに。

 明日から授業だけど…できなかったらどうしよう。
 今日部屋の前で笑ったとき先生は少しだけ、目を細めた気がした。怖い人ではなさそうだ。

 でも、その中で、ふと引っかかる言葉があった。

 ――私は御曹司様に魔法を教える。そしてあなたは私の教え子として魔法を教わる。それだけの関係なので

 そのときは、先生の言葉だから当然だと思って聞き流していた。しかし今ひとりで考えると、少し素っ気なく感じる。
 あの短い一言に、先生の距離感や計算された冷静さがにじんでいる気がする。決して無愛想ではないけれど、心の奥で一歩離れているような、そんな感じ。

 紡は首をかしげる。
 どこかで会ったことがある?
 記憶を探る。
 社交界?父のパーティー?
 いや、違う。

 「……?」
 頭が少し痛む。どうしても思い出せない。気のせいか。

 それより——
 「明日、ちゃんとできるかな」

 紡はそっと手を胸に当てる。
 もし、使えるようになったら——
 最初に思い浮かぶのは、父の顔だった。厳しくて、滅多に笑わなくて、いつも忙しい人。それでも父の背中が好きだった。広くて、まっすぐで、誰よりも強く見える背中。
 幼い頃、執務室の扉の隙間からこっそり覗いたことがある。父が魔法陣を展開し、青白い光を操る姿。その光に照らされた姿は、とてもきれいだった。自分もあんなふうになりたい。
 尊敬だった。
 憧れだった。

 自分もいつか、あの背中を追いかけて、父のようにならなければならない。父上みたいに家を守り、国から認められる魔法使いになりたい。

 褒められた記憶はほとんどない。撫でられた記憶も、もう曖昧だ。
 でも、幼い頃に一度だけ。書斎で小さな光を灯した父を見て、
 「すごい」
 と言った自分に、父が少しだけ笑った。
 その横顔が、ずっと胸に残っている。

 もう一度、あんな顔をしてほしい。魔法が使えるようになったら父は振り向いてくれるだろうか。

 「よくやった」
 と言って抱きしめてもらえるだろうか。自分を、誇りに思ってくれるだろうか。もしまた頭を撫でてもらえたら…
 一度でいいから、「自慢の息子だ」と言ってほしい。それだけで、きっと全部報われる気がする。
 
 でももし、どれだけ頑張っても使えなかったら?先生も、やっぱり無理だとわかってしまったら?父の期待が、完全に消えてしまったら?

 「紡ならできる」
 父は一度も、そう言ってくれなかったからこそより不安になってしまう。

 布団をぎゅっと握る。

 怖い——

 もしできなかったら、それでも先生はまた教えてくれるだろうか。見放されないだろうか。その不安が、胸の奥に重く沈む。

 紡はベッドに潜り込み、天井を見上げた。

 「魔法が使えるようになったら……父上に見せにいこう」
 子どもらしい、まっすぐな願い。それだけを胸に抱いて。

 まぶたがゆっくり閉じていく。眠りに落ちる直前、ふと先生の声がまた蘇る。低くて、静かで、どこか懐かしい声。
 しかし、思考はそこで途切れる。

 紡は知らない。自分が計画の一部であることを。その力が、父の立つ場所を揺るがす可能性も。先生が、その父を壊そうとしていることも。

 ただ、明日の授業を楽しみにしながら。
 不安と希望を胸に抱いたまま、静かな眠りへと落ちていった。























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