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132 結婚式

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 ルジー・バルモンド子爵令息とメイベル・サイルズ男爵令嬢の結婚式が行われる前日のこと。

 なんとフラワーガールを公爵家の紅一点ノエミが、トレーンボーイをグレイザールがやるといって、前日から男爵家に泊まる母マーリアルについてきた。
もともと二人は結婚式もお留守番だったのだが、その日になって自分たちが置いていかれると知り、どうしても行きたいとゴネまくられた母が苦肉の策として連れてきたのだ。

 フラワーガールもトレーンボーイも誰にも頼む予定はなく、ましてや公爵家のお子様が侍女のお供なんてと、言われたメイベルのほうが驚いたが。

「近い親戚の次期男爵の結婚式だからおかしくはないでしょ」

とマーリアルに押し切られ、ちびっこ二人は母から大切な仕事を頼むと言われて俄然やる気を漲らせた。
 すると今度は式に参列予定のドレイファスの方が狡い!ぼくがやりたい!と怒る始末。

「貴方は式に参列するんだからどちらもできないわ」

 母にさらりと言われてむくれたが、こっそり廊下に連れ出されて。

「二人の前では言えないけど。ああいうのは小さなこどもがやることよ。お兄様の貴方はゲストのほうが相応しいわ」

 そう言われたドレイファスはストンと納得する。

「じゃあぼくはゲスト頑張る!」

 まるで参列することが仕事のように胸を張ったのだった。

 グレイザールが大声で泣き、ノエミが令嬢に似つかわしくない地団駄を踏んで、ドレイファスがとんちんかんな納得をする様を見た新郎ルジーは、

(本当に俺、このご家族が大好きだなぁ)

心からそう思った。

 結婚式前夜は。
 サイルズ男爵家の娘である、グレイザールの侍女リンラやノエミの侍女トロイラも戻り、マーリアルも含めた女性陣で大騒ぎを繰り広げる。

「ドレスを見せて」
「髪はどうセットするの?」

 マーリアルに付いてきた公爵家侍女長アリサも一緒に、ああでもないこうでもないと。
いつもはこども部屋で早くに寝かせられるノエミも一緒になって

「メイベリューちれー」

騒いでいたが、瞼はとろりと、舌も回らなくなっていることに気づいた母マーリアルに寝台に押し込まれていた。

「早く寝ないと、明日クマだらけになるぞ」

 そのかまびすしさにうんざりしたサイルズ男爵ラトリーがいらん一言を言うと、皆にギロリと睨まれたが、それをもってなんとか解散となった。

 翌朝、男爵家の使用人たちは早くから皆の湯浴みの湯を沸かすことに追われたが、公爵家のアリサと朝から駆けつけたキラの手を借りて、順よく支度を終えることができた。

 厨房ではボンディたちが、すでに市販されている大量の新品の薄鉄鍋やかき混ぜ棒などを持ち込んだ。非公開のレシピや材料を使うものは公爵家でほとんどの準備を終え、男爵家では最後の仕上げのみ。そのへんは抜かりない。

 男爵家の料理人たちはまったく出る幕がなく寂しい気はしたが、出来上がった料理を味見させてもらうと感嘆して心よく厨房を譲り、その手並みを廊下から覗いてはため息をついた。
見たことも食べたこともない料理がどんどんと運ばれていく。
 料理が終わったあと、男爵家の料理人たちが片付けを申し出たのは、鍋に残った様々な残り汁を味見するため。
少しの汁でも、皆で指先で拭って味をみる。
 男爵家ではここまで塩味や甘味をふんだんに使うことはできない。
 料理人たちは公爵家の力を見せつけられた気がしたが、実はメイベルとルジーが男爵家を継ぐことで正式に公爵家の後援を受けることが決まっており、これからは公爵領から産出される岩塩やサトー、ローザリオが作る商品、合同ギルドで作る農具や、乾燥スライムを使った濁りガラス、料理道具などが流通し始めることになるのだ。但し、サイルズ領は農会が多いため、保護のために野菜の流入だけは制限はするが。

 そんなこととは知らない料理人や給仕たちは、淡々と「公爵家の料理人だから自分たちとは違う」と諦めて、庭の四阿あずまやに用意されたテーブルにカトラリーのセットを並べて。

 その頃邸内のチャペルではノエミが花をまき散らした赤絨毯の上を、美しく装うメイベルが父ラトリーに手を引かれて歩き始めていた。長いトレーンをグレイザールが持ってついていく。

 ルジーが差し出した手にメイベルが自分の手をそっと乗せ、神父の前に二人で立つ。
マンロイド教の神父は、片手をあげて教本の中から結婚式に纏わる一文を読むと、誓いの言葉に進んだ。

「ルジー・バルモンド、貴方は病めるときも健やかなるときも、貧しいときも富むときも、命尽きるときまで変わらずメイベル・サイルズを愛し続けることを誓いますか?」

 ルジーの瞳がメイベルを見つめると、少し細められる。

「誓います」

「メイベル・サイルズ、貴方は病めるときも健やかなるときも、貧しいときも富むときも、命尽きるときまで変わらずルジー・バルモンドを愛し続けることを誓いますか?」

 頬を染めたメイベルはにっこり笑った。

「ちっかいっますっ」

 裏返った大きな声だった・・・。

 ルジーが肩を揺らしているので、メイベルはつま先でルジーの足を踏んでやる。

 賓客は笑うのを我慢するのに苦労はしていたが、メイベルをよく知る者たちは彼女らしいと空気を読んで見守った。
 おとなたちにはそれができたのだが、こどもたちには難しい。

「メイベル、変なこえ」

 グレイザールの一言が思いのほか響いてしまい、とうとうメイベル自身が笑ってしまったのだ。
 メイベルとつられたルジーは笑いながら指輪の交換を終えたが、それまで我慢していた人々も、いつまでも止まらない新しい夫婦の笑い声に糸が切れたように笑い始めて。

 神父はキョトンとしていたが、咎めることはせず、笑い声に包まれたあたたかい結婚式はこうして幕を閉じたのだった。

 ガーデンパーティーへ賓客たちに移動してもらうと、給仕たちが配膳を開始する。
案内された貴族たちはフォンブランデイル公爵傘下のものが圧倒的に多いが、そうではないが最低限付き合わねばならない者もいる。
 そういう貴族の席には、ドリアンが特に信頼するサンザルブ侯爵やロンドリン伯爵、モンガル伯爵やスートレラ子爵などが、爵位に合わせて配置されていた。もちろん必要以上探らせないように、サイルズ男爵を取り込まれないように。

「この煮込みは初めて食べたが素晴らしいな」

 サンザルブ侯爵夫妻の隣に座るマルリア侯爵がレシピを所望し、給仕が丁寧に断ると、

「侯爵の私が所望しているのだから誉れと思うて差し出せば良いではないか」

「いえ、それが」

 答えようとするのに

「おまえごときでは話にならん、サイルズ男爵を呼びたまえ」

 答えを聞かずに被せていく。

「マルリア侯爵、そのへんで許して差し上げたほうがよろしいかと」

 ワルターが声をかけたが

「サンザルブ侯爵、男爵と子爵の結婚式に運んでやっているのだぞ。所望されてありがたいと差し出すくらいでなければおかしかろう?」

 ワルターは笑いそうになった。

 ─それをドリアンの前でも言えるかね─

 ワルターが給仕に視線をやると、ちょうど来賓の挨拶が始められる。
 その間もマルリア侯爵は給仕に文句を言って、まわりの貴族から冷たい目を向けられているのだが、四阿あずまやに作られた壇上にドリアンが上がってもまだ止めようとしないのでワルターが止めに入った。

「フォンブランデイル公爵閣下のご挨拶が始まりますよ」

 マルリア侯爵もさすがに席に戻る。

「本日の善き日に皆々様お集まりいただき、新郎新婦の後援として代わってお礼申し上げる」

 ドリアンの言葉に、旧知のものは軽く頷き、なんらかの欲があって縁を深めようと来ていた派閥外の貴族たちからはどよめきが起きた。

 ドリアンは少し長めの挨拶の最後に

「本日の料理は、フォンブランデイル公爵家の料理長が我が家のために開発した秘伝レシピだが、私たちが娘のように愛おしんでいる新婦のため、特別に皆様に振る舞わせたもの。レシピの所望はご遠慮願いたい」

 ワルターは、目の端でマルリア侯爵の様子を盗み見た。

「フォンブランデイル公爵家の秘伝レシピだと何故すぐに言わないんだ!」

 さきほどの給仕を呼びつけて文句を言っている。さすがにレシピは諦めざるを得ないが、弱いものに憂さをはらさねばいられない性格らしい。

「マルリア侯爵、申し訳ないが給仕に酒を頼みたいのでもうよいだろうか?」

 いつまでもぐずぐずと文句をやめそうにないマルリアから給仕を救ってやったおかげか、そのあと給仕はワルターを最優先にまわり、サンザルブ夫妻は実に気配りの効いた時間を過ごすことができたのだった。

 パーティーの最後、これも公爵家のレシピと断りをいれたあとに振る舞われたウィーの重ね焼クレーメがけに歓声が上がった。
 もちろんウィーとは言わない。
今日のためにボンディは「デコレーショラクレーメ」と名付け、何からどう作られたのか探ることができないように準備していた。

「素晴らしい!何という美しさ!」
「なんてやわらかいのかしら」
「こんなに甘くてとろける!」

 あちらこちらから絶賛されているのをボンディは脇からこっそり覗き、にんまりしている。


 花嫁の父が締めの挨拶をし、ローザリオが作った新しいカモフラワーのオイルセットを土産として新郎新婦が手渡しながら賓客たちを見送ると、サイルズ男爵家に漸く静けさが戻ってきた。

「素晴らしい式だったな」

 ドリアンがラトリーの肩を叩くと、

「ドリアン様とマーリアル様のおかげでございます。此度は本当に手厚い御助力を賜りありがとうございました」

深々と頭を下げた。
 男爵が礼を述べていることに気づいたイベラとメイベルたち姉妹、ルジーとバルモンド子爵夫妻たちも続々と頭を下げてくるので、収拾がつかなくなり、マーリアルが

「お礼ごっこはもう終わり!」

と仕切り直したほど。




 ドレイファスがメイベルのそばにやって来た。

「ドレイファス様、今日は本当にありがとうございました。いままでお世話になりました」

 メイベルは屈んで同じ目線でそう別れの挨拶をした。
泣いてはいない。

「メイベル、おめでとう。あのこれ」

 ブルーのリボンがかけられた小さな袋を渡すと、メイベルはリボンを解いて中を見た。

「あっ!これは・・・」
「うん、メイベルがこれがいいって言ってたからお祝いにしようと思って」

 避暑で行った湖のそばで、確かにメイベルが選んだもの。ドレイファスはこれは買わないと言っていたのに。
あのときから自分の祝いにと決めて、買っておいてくれたのだと気づくと、メイベルの目から涙が溢れて止まらなくなった。

「気に入ってくれた?」
「はい、坊ちゃま、ドレイファスさ・・・ま」

 小さな大切な主は、満足そうに頷いた。

「メイベル、お願いがあるの」

 涙があふれる瞳でドレイファスを見つめると、公爵家の刺繍が施されたハンカチでやさしく拭いてくれ、さらに涙が溢れてしまう。

「なんでしょう」

 ドレイファスはにっこり笑って言った。

「メイベルがいないとさみしいから、毎日遊びに来て!」



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


いつもお読みくださり、ありがとうございます。
仕事が立て込みまして、数日更新をおやすみいたします。
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