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辺境のタケリード編
5話
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ナナリーの通信学校で学び始めたタケリードは、どんどんとテキストを進め、予定より早く卒業資格を得ると、今度は建築学を独学で取り組み始める。
「学院でいくらでも学ぶ機会があったのになあ、もったいないことをした。本当に俺は馬鹿だったな」
学院に建築学の教師がいたことを思い出すが、すでに遅く、取り寄せた書籍を読み進めるくらいしか学ぶ手段がないことが歯がゆい。
それでも思い立ち、かすかに覚えていた教師あてに辺境で道路建設、そしてこれから溪谷にかける橋の建設に携わるが、設計通りに作るのは当然として、工事中はもちろん完成後の橋の安全性を確保するために自分はどうしたらよいか、何を学べばよいかなどを認めて送ってみた。
もう生徒でもなんでもない自分に、返事は来ないだろうとダメもとだったが。
作業員と橋と、橋を利用する者の安全を真摯に慮ったタケリードに感嘆した貴族学院の教師は、橋や土木は専門外の自分ではなく、恩師の建築学の権威にタケリードに返事を書いてやってくれないかと相談したのだ。
王都の主要な公共施設を設計しているモラド・サーザーは、教え子の中でも特に優秀でありながら学院に残り、後進の指導を人生の糧と選んだヌイズ・フィーラが持参した手紙を読んだ。
フィーラから聞いたところによると、この者は不祥事を起こして退学させられた挙げ句、辺境の地でメリエラの公共工事の現場監督に追いやられたらしい。
そのような者のためになぜわざわざそんなことをしてやらねばならん!と、最初は手紙を読む気もなかったのだが、フィーラがしつこく読めと言うので誤魔化しに少しだけと思って目を通したら、一気に最後まで読んでしまった。
「学院にいた頃の彼は不勉強だったと聞いていますが、手紙を見る限りそうとは思えませんね。辺境の厳しい生活で変わったということでしょうか?」
「かもしれんな。しかしこれは、この者のためということではない、その橋を利用するだろうすべての者にとって必要な助けとなるな」
道路を均すのとはわけが違う。安全な工事を進めたいが、そのために圧倒的に足りない知識と経験値を素直に認めて教えを請うているのだ。
「では」
モラド・サーザーは静かに頷いた。
建築学の権威モラド・サーザーからの突然の手紙にびっくりしたタケリードだが、開いて読み始めると自然と涙が溢れてきた。
こんな自分に、たくさんの人々が手を差し伸べてくれていることに感動して。
作業員たちとはすっかり打ち解け、時折ともに飲みに行ったりもするが、それ以外はすべてを勉学に励んだ。サーザーは無償で知識を分け与えたので、タケリードはほんの少しも漏らさず、スポンジが水を吸い込むように自分のものにしていった。
ちなみに。
タケリードがサーザーから学びを得ていると手紙で知ったナナリーは、サーザーに面会を申し込み、タケリードのサポートと、いずれ通信学校で建築設計学を取り入れるときの全面協力を引き換えに、研究費を支援すると取り付けたのは秘密の話。
その熱心さにすっかりタケリードが気に入ったサーザーは、わざわざ辺境ドルドミラまで足を運んだ。
ある日、タケリードの元に見慣れない白髪の紳士が訪ねてきて、満面の笑みでこう言ったのだ。
「君がタケリード・ザンバトかね?ああ、会いたかったよ我が弟子!私がモラド・サーザーだ!」
驚きのあまり固まったタケリードを見て
「やった!驚かせてやろうと黙って来たが、成功したな」
そう笑い転げた。
サーザーは数日をかけてタケリードと建設中の橋の確認を行った上、やる気があるなら自分が主催する建築講座を受けないかと誘ったが。
「現場監督は自分に与えられたたくさんの人々の恩情で、途中で放り出すことはできないのです」
そうタケリードが淡々と語ると、学院中退までの経緯を聞いていたサーザーは、
「では時折お互いに行き来をし、基本は手紙でやってみるのはどうだ?通信学校で学院卒業の資格も取ったのだから、書簡のやり取りでも学べるだろう?」
これまた通信学校を模したやり方で応援してくれたのだ。
その思いに応えたタケリードは、一から建設に携わった大型の橋の膨大な工事記録とサーザーからの教えをもとに、記録の分析結果から生み出した改良とその失敗や成功を反映させた、耐久性を高めるための論文を書き上げた。
緻密に検証と推敲を重ねた論文はサーザーをも唸らせ、彼の推薦受けた専門誌に取り上げられたことで、恩師と自分の名を一気にあげてみせたのだ。
今やタケリード・ザンバトの名は、新進気鋭の土木建築研究者として広がり、様々なところから引き抜きの声がかかったが、本人は辺境ドルドミラから離れようとはしなかった。
愚直なまでに、マードル・メリエラ伯爵と父から与えられた現場監督を全うし続けている。
学院時代は剣術が好きで、それなりに筋肉をつけた体つきだったが、作業員たちとともに現場に出る今では、筋肉質で日に焼けた精悍な姿に変わっていた。それでもどこか洗練された貴族の片鱗を漂わせるタケリードは辺境ドルドミラの若い女性たちの憧れの的。
しかし浮いた噂もなく。仕事と勉強に打ち込むタケリードを果敢に誘う女性はとても多かったが、彼は決して誘いに乗らなかった。
そうして、タケリード、ナナリーとも25歳を迎えようという頃。
タケリードは、数年ぶりにマードル・メリエラ伯爵から一度メリエラ家に顔を出すよう呼び出された。
「学院でいくらでも学ぶ機会があったのになあ、もったいないことをした。本当に俺は馬鹿だったな」
学院に建築学の教師がいたことを思い出すが、すでに遅く、取り寄せた書籍を読み進めるくらいしか学ぶ手段がないことが歯がゆい。
それでも思い立ち、かすかに覚えていた教師あてに辺境で道路建設、そしてこれから溪谷にかける橋の建設に携わるが、設計通りに作るのは当然として、工事中はもちろん完成後の橋の安全性を確保するために自分はどうしたらよいか、何を学べばよいかなどを認めて送ってみた。
もう生徒でもなんでもない自分に、返事は来ないだろうとダメもとだったが。
作業員と橋と、橋を利用する者の安全を真摯に慮ったタケリードに感嘆した貴族学院の教師は、橋や土木は専門外の自分ではなく、恩師の建築学の権威にタケリードに返事を書いてやってくれないかと相談したのだ。
王都の主要な公共施設を設計しているモラド・サーザーは、教え子の中でも特に優秀でありながら学院に残り、後進の指導を人生の糧と選んだヌイズ・フィーラが持参した手紙を読んだ。
フィーラから聞いたところによると、この者は不祥事を起こして退学させられた挙げ句、辺境の地でメリエラの公共工事の現場監督に追いやられたらしい。
そのような者のためになぜわざわざそんなことをしてやらねばならん!と、最初は手紙を読む気もなかったのだが、フィーラがしつこく読めと言うので誤魔化しに少しだけと思って目を通したら、一気に最後まで読んでしまった。
「学院にいた頃の彼は不勉強だったと聞いていますが、手紙を見る限りそうとは思えませんね。辺境の厳しい生活で変わったということでしょうか?」
「かもしれんな。しかしこれは、この者のためということではない、その橋を利用するだろうすべての者にとって必要な助けとなるな」
道路を均すのとはわけが違う。安全な工事を進めたいが、そのために圧倒的に足りない知識と経験値を素直に認めて教えを請うているのだ。
「では」
モラド・サーザーは静かに頷いた。
建築学の権威モラド・サーザーからの突然の手紙にびっくりしたタケリードだが、開いて読み始めると自然と涙が溢れてきた。
こんな自分に、たくさんの人々が手を差し伸べてくれていることに感動して。
作業員たちとはすっかり打ち解け、時折ともに飲みに行ったりもするが、それ以外はすべてを勉学に励んだ。サーザーは無償で知識を分け与えたので、タケリードはほんの少しも漏らさず、スポンジが水を吸い込むように自分のものにしていった。
ちなみに。
タケリードがサーザーから学びを得ていると手紙で知ったナナリーは、サーザーに面会を申し込み、タケリードのサポートと、いずれ通信学校で建築設計学を取り入れるときの全面協力を引き換えに、研究費を支援すると取り付けたのは秘密の話。
その熱心さにすっかりタケリードが気に入ったサーザーは、わざわざ辺境ドルドミラまで足を運んだ。
ある日、タケリードの元に見慣れない白髪の紳士が訪ねてきて、満面の笑みでこう言ったのだ。
「君がタケリード・ザンバトかね?ああ、会いたかったよ我が弟子!私がモラド・サーザーだ!」
驚きのあまり固まったタケリードを見て
「やった!驚かせてやろうと黙って来たが、成功したな」
そう笑い転げた。
サーザーは数日をかけてタケリードと建設中の橋の確認を行った上、やる気があるなら自分が主催する建築講座を受けないかと誘ったが。
「現場監督は自分に与えられたたくさんの人々の恩情で、途中で放り出すことはできないのです」
そうタケリードが淡々と語ると、学院中退までの経緯を聞いていたサーザーは、
「では時折お互いに行き来をし、基本は手紙でやってみるのはどうだ?通信学校で学院卒業の資格も取ったのだから、書簡のやり取りでも学べるだろう?」
これまた通信学校を模したやり方で応援してくれたのだ。
その思いに応えたタケリードは、一から建設に携わった大型の橋の膨大な工事記録とサーザーからの教えをもとに、記録の分析結果から生み出した改良とその失敗や成功を反映させた、耐久性を高めるための論文を書き上げた。
緻密に検証と推敲を重ねた論文はサーザーをも唸らせ、彼の推薦受けた専門誌に取り上げられたことで、恩師と自分の名を一気にあげてみせたのだ。
今やタケリード・ザンバトの名は、新進気鋭の土木建築研究者として広がり、様々なところから引き抜きの声がかかったが、本人は辺境ドルドミラから離れようとはしなかった。
愚直なまでに、マードル・メリエラ伯爵と父から与えられた現場監督を全うし続けている。
学院時代は剣術が好きで、それなりに筋肉をつけた体つきだったが、作業員たちとともに現場に出る今では、筋肉質で日に焼けた精悍な姿に変わっていた。それでもどこか洗練された貴族の片鱗を漂わせるタケリードは辺境ドルドミラの若い女性たちの憧れの的。
しかし浮いた噂もなく。仕事と勉強に打ち込むタケリードを果敢に誘う女性はとても多かったが、彼は決して誘いに乗らなかった。
そうして、タケリード、ナナリーとも25歳を迎えようという頃。
タケリードは、数年ぶりにマードル・メリエラ伯爵から一度メリエラ家に顔を出すよう呼び出された。
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